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仕官
旅立ち
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「甚内!聞いておるぞ。心中、お察し申し上げる。まずは上がってくれ。」
見上げるような大男が安治を出迎えた。
藤堂与吉。藤堂家は、近江藤堂村を地盤とする土豪である。与吉は藤堂家の主、虎高の二男であった。
藤堂家は、脇坂家同様、浅井家に仕えていた。安治の父、安明も藤堂虎高と行動を共にすることが多く、藤堂家とは旧知の間柄であった。与吉は安治の二つ下で、安治とは実の兄弟のように接していた。
観音寺合戦への参陣を与吉に伝えると、与吉は我が事のように興奮していた。同時に、ひどく心配もしていた。与吉には兄がいたのだが、敢え無い最期を遂げていたのだ。兄と接するように行動を共にしてきた与吉にとって、安治まで失うのは耐えられなかったのであろう。こうして、安治の無事な姿を見て、ひとまず安堵したということであろう。
与吉は、敢えて控えの間に安治を案内した。じっくり、語り明かしたいからこその気遣いなのであろう。もっともそれは、安治にとっても好都合であった。
「甚内、改めてお悔やみ申し上げる。お父上のことは痛恨の極みであるが、お主が無事であったのは何よりであった。」
与吉は、座るなりいきなり切り出した。藤堂家は、観音寺合戦には参陣しなかったが、その顛末は既に知っていた。浅井家に仕える者として、当然、浅井方で討死した者も耳に入っている。観音寺合戦は、結果としては、織田・浅井両軍の大勝ではあったが、被害は少なくなかった。とりわけ、箕作城、和田山城を攻めた木下軍や明智軍は大きな被害を被った。与吉としても、脇坂家の動向は気がかりであったことだろう。そして、安治のこれからについても。
「本来であれば、わしが弔問に伺うべきところ、こうしてご足労をおかけし、誠に忝い。とはいえ、わざわざご足労いただいたということは、何かあるのだろう?」
早々に与吉の方から切り出してきた。与吉は、その体躯から腕っぷしだけの男と思われがちだが、非常に聡い一面も持っている。だからこそ、安治は与吉に一目置いているのだ。こうして打ち明けに来たのも、これからも与吉と誼を通じておきたいと思ったからである。
「こちらこそ、突然の訪問にもかかわらず、暖かく迎えていただき、誠に痛み入る。そんなお主の厚情に甘え、単刀直入に申し上げる。わしは、浅井家を去り、木下藤吉郎様にお仕えすることにした。」
与吉は、さして驚いた様子もなく、軽くうなずいていた。安治は続けた。
「お主にだからこそ、申せることじゃが、わしは脇坂の家名を上げたい。もちろん、このまま勲功を重ねれば、それもいつかは果たせるであろう。じゃが、生憎、父を失った。浅井家でどんなに戦功を上げても、結局、“あやつも漸く父に追いついてきたか”と言われるのが関の山じゃ。父とて、脇坂の家名が上がるのであれば、それが浅井家でなかろうが気にはしまい。ならば、いっそ、新しい主君の下で手柄を立てていこうと思うたのじゃ。別に浅井家に義理立てする理由もなく、浅井家とて、わしがおらなんだとて、何ほどのことがあろう。」
「先を越されたな…。」
与吉は、ぼそっとつぶやいた。そして、与吉はしっかりと安治の目を見た。
「わしも、縦横無尽に働いてみたい…。甚内、父上を亡くされたのは、誠に気の毒じゃが、お主にとっては好機やもしれぬぞ。父上が亡くなられて“好機”など、不謹慎極まりないが、これまでのしがらみを絶つには絶好の機会ではないか。木下藤吉郎殿と言えば、飛ぶ鳥を落とすが如きお方と聞く。そのお方にお仕えするとなれば、お主の働き次第でどこまでも行けるではないか。翻って、今のわしにはそこまでできぬ。父に従って勲功を重ねるまでよ。無論、父も浅井家に忠節を誓う以外の道はあるまい。どんなに働いたところで、浅井家を越えることはできぬ。その点、お主は違う。織田家は上洛を果たし、足利将軍家を後見するまでにいたった。この先、まだまだ伸びることであろう。それに従う、木下殿もまた然り。甚内、先は明るいな。この機を、ゆめゆめ逃してはならぬぞ。」
こういった激励が出来るのが与吉である。与吉に会ったのは、やはり正解だった。安治は心底そう思った。先を越された。与吉のこの言葉は、本心に違いない。それを隠さず、敢えて直接口に出し、それを安治への激励に変える。中々できる事ではない。確かに、与吉ほどの力量であれば、そしてその力量を認めてくれる主君がおれば、とんとん拍子で出世できることであろう。
「与吉、誠に忝い。お主の言葉に、わしは救われた。幸い、織田家と浅井家は味方同士。お主と敵味方に分かれるわけではない。いつか、ともに手を取り合い、戦場をめぐることもあろう。どうか、その時まで壮健であれ。わしも、お主の激励に恥じぬよう精進するつもりよ。与吉、お主のような男と誼を通じることができたことを心から感謝している。これにてご免。」
安治は、名残惜しさを断ち切るように立ち上がった。与吉も黙って立ち上がり、安治を見送るべく肩を並べた。いつの日か、与吉と戦場を駆け巡ってみたい。そのためには、木下様の下で戦功を立てねばならない。安治は決意を新たにして、藤堂家の屋敷を後にした。
見上げるような大男が安治を出迎えた。
藤堂与吉。藤堂家は、近江藤堂村を地盤とする土豪である。与吉は藤堂家の主、虎高の二男であった。
藤堂家は、脇坂家同様、浅井家に仕えていた。安治の父、安明も藤堂虎高と行動を共にすることが多く、藤堂家とは旧知の間柄であった。与吉は安治の二つ下で、安治とは実の兄弟のように接していた。
観音寺合戦への参陣を与吉に伝えると、与吉は我が事のように興奮していた。同時に、ひどく心配もしていた。与吉には兄がいたのだが、敢え無い最期を遂げていたのだ。兄と接するように行動を共にしてきた与吉にとって、安治まで失うのは耐えられなかったのであろう。こうして、安治の無事な姿を見て、ひとまず安堵したということであろう。
与吉は、敢えて控えの間に安治を案内した。じっくり、語り明かしたいからこその気遣いなのであろう。もっともそれは、安治にとっても好都合であった。
「甚内、改めてお悔やみ申し上げる。お父上のことは痛恨の極みであるが、お主が無事であったのは何よりであった。」
与吉は、座るなりいきなり切り出した。藤堂家は、観音寺合戦には参陣しなかったが、その顛末は既に知っていた。浅井家に仕える者として、当然、浅井方で討死した者も耳に入っている。観音寺合戦は、結果としては、織田・浅井両軍の大勝ではあったが、被害は少なくなかった。とりわけ、箕作城、和田山城を攻めた木下軍や明智軍は大きな被害を被った。与吉としても、脇坂家の動向は気がかりであったことだろう。そして、安治のこれからについても。
「本来であれば、わしが弔問に伺うべきところ、こうしてご足労をおかけし、誠に忝い。とはいえ、わざわざご足労いただいたということは、何かあるのだろう?」
早々に与吉の方から切り出してきた。与吉は、その体躯から腕っぷしだけの男と思われがちだが、非常に聡い一面も持っている。だからこそ、安治は与吉に一目置いているのだ。こうして打ち明けに来たのも、これからも与吉と誼を通じておきたいと思ったからである。
「こちらこそ、突然の訪問にもかかわらず、暖かく迎えていただき、誠に痛み入る。そんなお主の厚情に甘え、単刀直入に申し上げる。わしは、浅井家を去り、木下藤吉郎様にお仕えすることにした。」
与吉は、さして驚いた様子もなく、軽くうなずいていた。安治は続けた。
「お主にだからこそ、申せることじゃが、わしは脇坂の家名を上げたい。もちろん、このまま勲功を重ねれば、それもいつかは果たせるであろう。じゃが、生憎、父を失った。浅井家でどんなに戦功を上げても、結局、“あやつも漸く父に追いついてきたか”と言われるのが関の山じゃ。父とて、脇坂の家名が上がるのであれば、それが浅井家でなかろうが気にはしまい。ならば、いっそ、新しい主君の下で手柄を立てていこうと思うたのじゃ。別に浅井家に義理立てする理由もなく、浅井家とて、わしがおらなんだとて、何ほどのことがあろう。」
「先を越されたな…。」
与吉は、ぼそっとつぶやいた。そして、与吉はしっかりと安治の目を見た。
「わしも、縦横無尽に働いてみたい…。甚内、父上を亡くされたのは、誠に気の毒じゃが、お主にとっては好機やもしれぬぞ。父上が亡くなられて“好機”など、不謹慎極まりないが、これまでのしがらみを絶つには絶好の機会ではないか。木下藤吉郎殿と言えば、飛ぶ鳥を落とすが如きお方と聞く。そのお方にお仕えするとなれば、お主の働き次第でどこまでも行けるではないか。翻って、今のわしにはそこまでできぬ。父に従って勲功を重ねるまでよ。無論、父も浅井家に忠節を誓う以外の道はあるまい。どんなに働いたところで、浅井家を越えることはできぬ。その点、お主は違う。織田家は上洛を果たし、足利将軍家を後見するまでにいたった。この先、まだまだ伸びることであろう。それに従う、木下殿もまた然り。甚内、先は明るいな。この機を、ゆめゆめ逃してはならぬぞ。」
こういった激励が出来るのが与吉である。与吉に会ったのは、やはり正解だった。安治は心底そう思った。先を越された。与吉のこの言葉は、本心に違いない。それを隠さず、敢えて直接口に出し、それを安治への激励に変える。中々できる事ではない。確かに、与吉ほどの力量であれば、そしてその力量を認めてくれる主君がおれば、とんとん拍子で出世できることであろう。
「与吉、誠に忝い。お主の言葉に、わしは救われた。幸い、織田家と浅井家は味方同士。お主と敵味方に分かれるわけではない。いつか、ともに手を取り合い、戦場をめぐることもあろう。どうか、その時まで壮健であれ。わしも、お主の激励に恥じぬよう精進するつもりよ。与吉、お主のような男と誼を通じることができたことを心から感謝している。これにてご免。」
安治は、名残惜しさを断ち切るように立ち上がった。与吉も黙って立ち上がり、安治を見送るべく肩を並べた。いつの日か、与吉と戦場を駆け巡ってみたい。そのためには、木下様の下で戦功を立てねばならない。安治は決意を新たにして、藤堂家の屋敷を後にした。
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