強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

文字の大きさ
23 / 40
戦功

神吉攻め

しおりを挟む
 筑前守は、惟任日向守らの援軍を加えた総勢三万騎で神吉城を包囲した。既に筑前守は、野口城を始め三木城の支城を落としていた。この神吉城を落とせば、三木城は丸裸となる。筑前守は、堅牢な三木城を力で落とそうとは考えておらず、三木城を孤立させた後、兵糧攻めを敢行するつもりでいた。兵糧攻めの成否は、この神吉城の行方にかかっていた。
 「覚兵衛、ここは正念場じゃな。敵方も死に物狂いで歯向かってこような?」
 安治は、己に言い聞かせるように覚兵衛に話しかけた。
 「左様。この戦に脇坂家の浮沈がかかっていると言っても過言ではございますまい。」
 覚兵衛は、頷いた。
 「大殿も、神吉城を落とし、首尾よく三木城まで落とせば、織田家中でさらにご飛躍遊ばされることでしょう。大殿の子飼いとして、更なるお引き立てがあるや否や、まさに殿の手柄一つにございます。」
 覚兵衛は、いつになく神妙に安治に語り掛けた。
 「ご案じ召さるな。この覚兵衛、身命を賭して殿をお守りいたす。」
 「覚兵衛、わしの背中は任せたぞ!」
 安治が、固い決意とともに覚兵衛に答えたと同時に、筑前守の伝令が駆け込んできた。
 「筑前守様より伝令!全軍で神吉城に総攻撃をかける。狼煙の合図とともに、一気に攻めかかれ!」
 伝令はそれを二度繰り返して、別の陣に向かっていった。
 「覚兵衛、我らは狼煙の合図の後、大手門の木戸口から攻め入るぞ。配下の者どもに左様、下知せよ!」
 「承知仕った。」
 覚兵衛は、兵卒の詰め所に向かっていった。覚兵衛が安治の元に戻ってから、程なくして狼煙が上がった。
 「覚兵衛、突撃じゃ!」
 安治は言うや否や、形見の槍を握りしめ先頭を走った。覚兵衛以下、配下三百騎も安治に従い駆け出した。
 神吉城の大手門では、既に交戦が始まっていた。総勢三万の大軍で包囲しているとはいえ、さすがの敵も大手門の守備は厚くする。矢、鉄砲で羽柴軍の進軍を防いでいた。
 木戸口を抜けば、一気に形勢が傾く。安治は直感した。敵の矢玉をかいくぐって進むことにはなろうが、躊躇していられない。神吉城の守備兵は多く見積もっても二千。ここは一気に攻め落とさねば、三木城の士気が上がってしまう。仕掛け時とみた安治は、木戸口向かって走り始めた。
 その時、安治は頭をかち割られたような衝撃を受けた。安治もこれには堪え切れず、その場に倒れ込んだ。
 「殿!」
 覚兵衛が血相を変えて駆け寄り、安治を抱き起した。
 「殿、殿、目を開けてくだされ!こんなところで果てる殿ではございますまい!」
 覚兵衛は懸命に安治を励ました。安治は意識が朦朧としていたが、漸く目がさえてきた。そして、覚兵衛と目があった。
 「おお、殿!起き上がれますか?」
 覚兵衛は安治の肩に手を回し、安治が倒れ込まないように支えた。
 「…覚兵衛、この戦、天も味方しておる。このまま、一気に攻め入るぞ!」
 「殿、ご無理はなりませぬ。一旦、お引き遊ばせ!」
 いつになく覚兵衛は慎重だった。身命を賭して安治を守り抜くと言った矢先、流れ弾に見舞われたのでだ。幸い、兜のお陰で致命傷は避けられたが、頭に衝撃を受けたことに変わりはない。一旦、態勢を立て直してからでも遅くはないと考えてのことだろう。
 「柄にもない態度ではないか、覚兵衛?こういう時こそ、わしの尻を叩くのが、お主の役割ではないか?」
 安治は、形見の槍を杖代わりに立ち上がった。
 「当たり所が悪ければ、今の一発で、わしは死んでいた。天がわしを生きながらえさせたのじゃ。殿とともに、泰平の世を築けと、天が命じたのじゃ。この期に及んで、おめおめ引き下がっている場合ではない!」
 安治は、己に喝を入れるべく、槍を二、三度振るった。
 「覚兵衛、続けよ。一気に攻め落とすぞ!」
 安治は、銃弾を受けた者とも思えぬ身のこなしで、木戸口目掛けて駆けて行った。
 「者ども続け!殿を討たせまいぞ!」
 覚兵衛もあらん限りの声を張り上げ、後に続いた。
 安治隊三百騎が木戸口に攻め入った。安治隊の勢いがすさまじく、敵方はもはや鉄砲で応戦する余裕はなかった。白兵戦となれば、兵力に勝る安治隊に分がある。安治隊は、木戸口を占拠した。
 「本陣に注進せよ!脇坂甚内、木戸口制圧。ここを足掛かりに、一気に本丸まで攻め入るべし、とな!」
 安治は、伝令に下知すると共に、部隊を二手に分け、一隊を木戸口の防衛に当たらせ、もう一隊を自ら率い、本体の進軍を助けるべく、出丸の制圧に向かった。
 安治が出丸で戦闘を繰り広げていると、羽柴軍本隊が木戸口から本丸に向かっていったと伝令が知らせてきた。
 羽柴軍本隊が、雲霞のごとく本丸に向かっていく。本丸が羽柴軍に包囲されてから程なくして、勝鬨が聞こえてきた。伝令が安治の元に駆け寄ってきた。
 「神吉民部、討死!神吉城制圧!」
 歓声が神吉城を包んだ。安治も兜を脱ぎ、額をさすった。こぶが出来ているわけでもなく、出血もしていなかった。
 「殿、やりましたな!殿の果断な攻めが功を奏したのでございます。頭は何ともありませぬか?」
 覚兵衛が近寄り、労ってくれた。
 「ああ、大事ない。父上が、見守ってくれたのやもしれぬ。親父殿は、このまま三木も攻め落として、毛利と決戦に臨むことになろう。わしらも休んでいる暇はなさそうじゃの。覚兵衛、引き続き頼んだぞ。」
 「御意。」
 覚兵衛は、力強く頷いた。
 安治は、ふと山岡暹慶のことを思い出した。観音寺合戦の折り、安治は山岡相手に全く手も足も出せなかった。あれから安治は幾多の戦陣に加わった。もし今、あの男と対峙しても、この槍を突くことが出来るであろうか?安治は、筑前守に認められ少しずつ出世していく己にまんざらでもなかったが、一方でそれに見合う力量が伴っているか不安になることもあった。
 六角家滅亡後、山岡暹慶は将軍家の下に身を寄せていた。しかし、将軍家が鞆の浦に動座した後は、織田家重臣の一人、佐久間右衛門の与力になったという話を聞いていた。そう、山岡暹慶は今や味方なのだ。しかし、安治は筑前守に従って各地を転戦しており、また佐久間右衛門と筑前守が連携して何かをすることもなかったため、山岡暹慶と会うこともなかった。
 あの男に認められるくらい、わしも精進せねばなるまいな。槍を握る安治の手に力がこもった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。 戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。 桶狭間のバッドエンドに向かって…… ※この物語はフィクションです。 氏名等も架空のものを多分に含んでいます。 それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。 ※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

米国戦艦大和        太平洋の天使となれ

みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止 大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える 米国は大和を研究対象として本土に移動 そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる しかし、朝鮮戦争が勃発 大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

幻影の艦隊

竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」 ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。 ※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください ※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌

処理中です...