強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

三木城落城

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 「甚内、まことか!?あの小三郎が、己の命と引き換えに城兵の助命を乞うたというのは!?」
 筑前守は興奮を隠しきれないようであった。三木城の城兵が死に絶えるまで我慢比べをし続けなければならないと半ば覚悟していたのだ。
 安治の到着を知るや、筑前守は諸将を集め、軍議を開いた。そこで安治に結果を尋ねたのだ。別所小三郎が城兵の助命を乞うたという事実は、筑前守のみならず、並み居る諸将をも驚かせた。あからさまに安治を馬鹿にしていた古参たちは、空いた口が塞がらない様子であった。
 「甚内、一体どんな手を使ったのじゃ?あの小三郎の決死の覚悟を変えさせるなど、並大抵のことではあるまい。」
 筑前守は、いち早くそのことを聞きたいようだ。
 「畏れながら、拙者は何もしておりませぬ。いや、むしろ羽柴家に泥ぬったやも知れませぬ…。」
 安治は、言い淀んだ。正直に言えば、古参たちから、また非難されるかもしれないからだ。話す相手が筑前守だけであれば堂々と言えるのだが、この場で言うのは、憚られた。安治の誤算であった。
 「泥をぬったとな!?ますます気になる。とにかく申せ!」
 「されば…別所様は三木城を枕に一兵残らず討死を果たすつもりでございました。それは、皆々様も感じておられたことと存じます。相手がいかなる手を打とうとも、奴らには万に一つも勝機はありませぬ。であれば、一兵残らず死に絶えるさまを見届ければよい、というご意見もありましょう。さりながら、我らとて米を食べぬわけにはまいりませぬ。この三木城を落とせば毛利が降るというならばいざしらず、毛利との戦はまだまだ序盤にございます。無駄な出費は控えるべきと判断いたしました。とはいえ、別所様は簡単には投降に応じないことは目に見えておりました。そこで、拙者から別所様のお命と引き換えに城兵の助命を乞うたのでございます。頭を下げ、別所様のご英断を仰いだ次第でございます。」
 頭を下げたと安治が口にしてから、周囲はざわめき始めていた。何故、勝者である我らが頭を下げねばならぬのか。毛利に足元を見られるぞ。このような声が聞こえてきた。
 「甚内、お主の方から切り出したのか…思い切ったことをするものよ。そなたの方から頭を下げたことを、泥をぬったと思うたのか?無用の気遣いじゃ。頭下げて、城が落ちるなら、それに勝る策などない。甚内、よくやった。とんぼ返りで悪いが、至急、三木城へ向かってくれ。筑前守、しかと承ったとな。また、城兵どもはわれらが手厚く見守る故、案ずるなと伝えよ。」
 周囲を制するように筑前守が下知した。安治は再び三木城に向かった。相変わらず静まり返っている大手門で来意を告げると、すぐさま広間に通された。
 程なくして、小三郎がやってきた。小三郎が着座するなり、安治は口を開いた。
 「別所様のご決意、しかと承ったと、主、筑前守が申しておりました。加えて、残された城兵は一兵残らず羽柴家が手厚く遇するとも申しておりました。筑前守より、早急にこの旨お伝えするよう命じられ、再び罷り越した次第でございます。」
 安治は言い終えると、這いつくばるように平伏した。
 「面を上げられよ、脇坂殿。頭を下げるのは、こちらの方じゃ。筑前殿のご厚情、誠に忝い。脇坂殿、恐縮だが暫しお待ちいただきたい。」
 小三郎は、一旦、席を外した。半刻ばかり待ったであろうか。小三郎が書状を携えて戻ってきた。
 「筑前守殿にこれをお渡し願いたい。拙者と弟、別所彦進の辞世を認めてある。これをもって、筑前殿への返答としたい。追って、我らの首級をお届けに上がる。」
 「しかと承りました。急ぎ、筑前守に申し上げます。然らば、これにて失礼仕る。」
 安治は、小三郎に何と答えるべきか妙案が浮かばないまま、頭を下げ、その場を後にした。せめて気の利いた話の一つでもと思う反面、もし己が小三郎の立場であったなら、あのように泰然としていられるだろうかという不安も沸き上がり、いたたまれない思いに囚われたのもまた事実であった。
 本陣に戻った安治は、伝令に首尾を伝えると共に、小三郎から預かった書状を直に筑前守に手渡したい旨も伝えた。程なくして伝令から呼び出しがかかった。
 「甚内。上手く運んだようじゃな。」
 筑前守は、安治が跪くなり、いきなり声をかけてきた。
 「三木城の城兵の扱いにつきまして、殿のご意向を申し上げましたところ、別所様は、ご厚情、誠に忝いとの仰せでございました。また、別所様は殿に辞世を差し上げたいと、拙者に託されました。お目通しの程を。」
 安治は、懐から書状を二通取り出し、筑前守に差し出した。筑前守は、二つの書状に目を落とした。
 「”いまはただうらみもなしや諸人の 命にかはる我が身と思へば”小三郎の辞世じゃ。惜しい男よな。我が膝下に居てほしかったがな…。」
 筑前守は、誰にともなく口を開いた。
 「”命をもおしまざりけり梓弓 すゑの世までも名の残れとて”弟彦進の辞世じゃ。三木城が、かくも持ち堪えたわけが分かるような気がする。甚内、大儀であった。」
 筑前守が声をかけたと同時、伝令が駆け込んできた。
 「三木城より使者到来。城主、別所小三郎および別所彦進の首級が届けられました。大至急、首実検の程を!」
 伝令の後に続き、近習が首桶を携えた筑前守の前に進み出た。近習は、首桶から晒しに包まれた首級を取り出し、晒をほどいた。
 まぎれもなく、別所小三郎の首級であった。ゆっくりと目を開け、語り掛けそうな雰囲気さえ醸し出していた。
 「別所小三郎、天晴れな最期でった。甚内、苦労をかけるが、三木城の兵どもに振舞う重湯をもって、急ぎ三木城へ向かってくれ。せめてもの餞じゃ。」
 「心得ました、お任せくだされ!」
 安治は、一礼してその場を離れた。
 三木城に舞い戻ってきた安治は大手門を開けさせ、城兵たちに振舞った。
 「よいか!皆に行き渡るように準備しておる!決して、がっつくでないぞ!少しずつ口にせよ!いきなり食せば、死んでしまうぞ!」
 安治は大声で叫び、覚兵衛に走らせて、触れ回させた。それでも、極限の飢餓に追い詰められたものは、頬張れるだけ頬張って、そのまま事切れる者が後を絶たなかった。
 安治が、城兵に重湯を振舞っている頃、筑前守が三木城の包囲を解いて、本丸に入城した。足掛け二年にわたる三木攻防戦はここに集結した。完全に播磨を掌握した筑前守の眼は、西に向けられていた。
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