強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

文字の大きさ
26 / 44
七本槍

大返し

しおりを挟む
 三木城を陥落させた筑前守は、破竹の勢いで毛利勢を駆逐していった。天正九年には、再び兵糧攻めで鳥取城を陥落させ、但馬を手中に収めた。そして、翌天正十年、羽柴家の麾下に入った宇喜多軍とともに、備中高松城に進軍した。
 備中高松城は、堅城で知られていた。沼地に囲まれた本丸には、容易に近づけず、無理に攻めようとすると城方から手痛い反撃を食らうのは必至であった。しばらく睨み合いを続けていた両軍であったが、筑前守が奇策を捻りだした。
 折しも長雨が続いていた。筑前守は、備中高松城の側を流れる足守川を堰き止め、備中高松城を川の水で囲むことを思いついたのだ。
 筑前守は、金に糸目をつけず、近隣の農民を搔き集め、土塁を築き上げ、足守川の流れを堰き止めた。行き場のなくなった川の水が、備中高松城に向かって流れ込み、さながら湖に浮かぶ孤島と化した。
 兵糧の絶たれた備中高松城は、容易に落ちると思われた。しかしながら、三木城主別所小三郎と同じく、城主清水長左衛門もまた徹底抗戦の構えを崩さなかった。加えて、今回は毛利本国から救援軍も到来していたため、羽柴軍も兵糧攻めを貫徹できずにいた。
 天正十年六月四日、丑の刻。筑前守の本陣が騒然としだした。何事かと安治も飛び起き、様子を伺いにいったが、人払いがなされており、安治は様子をうかがい知ることが出来なかった。
 大事件が起こったことは分かるが、何が起こったのかまでは分からない。このまま、持ち場に帰るのも憚られた安治は、本陣の側で控えていた。すると、一人の伝令が毛利軍の本陣に向かっていった。
 一刻ばかり過ぎた頃、伝令が一人の僧体の男を引き連れ、本陣に戻ってきた。その男は、直ぐに筑前守と密談を始め、夜が明け始めたころ、ようやく毛利軍の本陣に戻っていいた。
 「殿が貴殿をお呼びである。至急、罷り越されよ。」
 伝令が、安治に伝えてきた。持ち場に戻らんでよかった。安治は、そう思いながら、筑前守の本陣の中に入っていた。
 「早かったな。さすがに、この騒ぎは知っておったか。」
 筑前守は安治の姿を認めると、安治が跪くのを待たずに、声をかけてきた。 
 「単刀直入に申す。昨夜、毛利方の安国寺恵瓊と談判し、備中、備後、伯耆、出雲、石見の五か国の割譲 および城主清水長左衛門 の切腹で毛利家と和睦することに相成った。ついては、至急、清水長左衛門宛に酒肴を届けてくれ。清水の武勇を称えるためにな。」
 筑前守はそれだけを安治に伝えた。安治はことの経緯をもっと聞きたかったが、それを許そうとしない筑前守の雰囲気を感じ取ってもいた。
 「しかと承りました。」
 詳しいことを聞こうとしない安治の態度に満足したのか、筑前守は深くうなずいた。
 安治は、直ちに酒肴と小舟を用意し、自ら漕ぎだして備中高松城に向かっていった。
 大手門に船を寄せ、安治は大声で来意を告げた。城方も、羽柴家から酒肴が届くとは思っていなかったようだが、和睦の内容は既に知らされていたのだろう。酒肴を渡した門番から、城主清水長左衛門より、水上にて切腹仕る故、ご検分賜りたく、至急、羽柴様にお伝え願いたいと、言付かった。
 安治は、直ちに筑前守に事の次第を報告した。清水長左衛門の最期を見届けるべく、筑前守はじめ主だった筑前守の配下は、こぞって舟を漕ぎだした。
 羽柴方から幾艘もの小舟が漕ぎだしてくるのに気付いたのか、城方からも白装束を纏った武士を乗せた小舟が現れた。その武士こそ、城主清水長左衛門その人であった。長左衛門は、装束をはだけ、白刃を手に取った。長左衛門が腹に刃を突き立てた刹那、介錯の太刀がきらめいた。
 長左衛門の最期を見届けた筑前守は、速やかに陣払いを行い、全力で姫路に戻る様、全軍に下知した。その理由は、明かされなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

離反艦隊 奮戦す

みにみ
歴史・時代
1944年 トラック諸島空襲において無謀な囮作戦を命じられた パターソン提督率いる第四打撃群は突如米国に反旗を翻し 空母1隻、戦艦2隻を含む艦隊は日本側へと寝返る 彼が目指したのはただの寝返りか、それとも栄えある大義か 怒り狂うハルゼーが差し向ける掃討部隊との激闘 ご覧あれ

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...