強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖

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七本槍

山崎の戦い

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 清水長左衛門の最期を見届けた筑前守は、側近だけを引き連れ、姫路に向かった。そして、天正十年六月六日には姫路に到着した。安治も、筑前守に付き従って姫路に着いた。そして、ここで初めて惟任日向守の謀叛により、織田右府が落命したことを知った。筑前守が毛利との和睦を急ぎ、姫路に舞い戻ってきたのは、惟任日向守を討つためだったのである。
 備中高松城から引き揚げてきた兵が続々と姫路に集まってきた。筑前守は兵の到着を待つ間、畿内の有力部将たちに書状を認め続けた。備中高松城での密談は、惟任討伐の布石だったのだ。
 安治も、人伝に惟任日向守の謀叛の顛末を聞いたが、惟任日向守の手腕に舌を巻かざるを得なかった。備中高松城攻めにあたり、筑前守は右府に中国戦線への出陣を要請していた。右府も、毛利家を屈服させる好機と考え、惟任日向守に出陣を下知し、自らも参戦する腹積もりでいたのだ。天正十年六月一日、右府は近習ばかりを引き連れ、本能寺に逗留した。また、岐阜中将も右府とともに中国戦線に参陣することになっており、妙覚寺に逗留していた。岐阜中将もまたわずかな供廻りしか引き連れていなかった。
 惟任日向守は、この機を逃さなかった。天正十年六月二日未明、一万三千騎で本能寺を包囲した。この時、右府の運命は決した。右府はせめてもの抵抗として、本能寺に火を放った。混乱に紛れて逃げようとするのではない。己の首級を惟任日向守に渡さないためである。右府の目論見どおり、惟任日向守は、灰燼に帰した本能寺から右府の首級を見つけ出すことはできなかった。
 右府の首級こそ見つけられなかったものの、惟任日向守に抜かりはなかった。本能寺を攻め落とした惟任日向守は、岐阜中将が立て籠る妙覚寺を攻め立てた。岐阜中将とて、わずかな近習しか引き連れていない。岐阜中将の必死の抵抗も空しく、岐阜中将もまた露と消えた。
 惟任日向守は、瞬く間に天下人に上り詰めた。少なくとも、本人はそう思ったことだろう。織田家の宿老が、直ぐに畿内に戻ってくるとは考えにくい。その間に、朝廷からお墨付きをもらって、名実ともに天下人として君臨する。そう描いていたことだろう。
 だが、そこに誤算があった。本能寺が焼け落ちてからわずか四日で筑前守が姫路に舞い戻ってきたのだ。そして筑前守は、逆賊惟任討伐を旗印に、諸将に檄を飛ばした。もし、筑前守の帰還が遅れていたら、惟任日向守は朝廷の信認を得て、右府の後継者足り得ていただろう。だが、筑前守の帰還で、その目論見は潰えた。右府に討たれる理由が無かったからだ。
 右府が、天下人として朝廷を蔑ろにし、苛烈な年貢の取立でも行っていれば、惟任日向守は、暴君を討つ義将となったであろう。確かに右府は、松永弾正や荒木摂津守らに煮え湯を飲まされたことはある。だが、右府は朝廷や百姓を敵に回したことはなかった。これこそが、惟任日向守の致命的な弱点であった。実際、惟任方の大和の筒井、丹後の細川は、惟任日向守に与しなかった。彼らも、筑前守が舞い戻ってきた意味を理解したのだ。
 天正十年六月十三日、筑前守を総大将とする連合軍と惟任日向守が、摂津と山城の間に位置する山崎で戦火を交えた。筑前守の檄に応じて、羽柴軍は総勢四万騎にまで膨れ上がった。対する惟任軍は一万六千騎。惟任軍の劣勢は明らかであった。
 兵数で劣る惟任軍ではあったが、斎藤勢、伊勢勢の活躍により、羽柴方の中川勢、高山勢を窮地に立たせた。しかし、羽柴方の池田勢が惟任方の津田勢を急襲し、津田勢を壊滅させると、惟任軍全体に動揺が広がり、惟任軍から兵士の逃亡が相次いだ。惟任日向守は、一旦、勝竜寺城に退き、そこから坂本城への落延びることを図ったが、途中の小栗栖で落武者狩りに遭い、敢え無い最期を遂げた。
 安治は、備中高松城攻めの後は、筑前守の脇を固めることに終始していた。山崎の合戦の前、あの山岡暹慶が惟任日向守の勧誘を拒否し、瀬田の橋を落として、惟任日向守を妨害していたという話を耳にした。山岡家を守り抜くことを第一に考える男が、惟任日向守を見限ったのだ。しかも、大和の筒井や丹後の細川と違い、静観を保つわけではなく、はっきりと惟任日向守と戦ったのだ。
 安治も、山崎の戦いの後は、だれが織田家の当主となるかでひと悶着あるだろうと予期していた。当然、あの男もそれは考えていることであろう。あの男と再び相まみえる日も遠くないかもしれない。勝利に湧く羽柴軍にあって、一人安治は考え込んでいた。
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