28 / 40
七本槍
清州会議
しおりを挟む
山崎の戦いから十四日後の天正十年六月二十七日、織田家の宿老が清州城に集まり、織田家の行く末について話あうことになった。
筑前守、柴田修理亮、池田紀伊守、丹羽五郎左衛門、蜂屋出羽守、筒井順慶らが一堂に会した。諸将は、こぞって岐阜中将の忘れ形見、三法師に拝謁した。
この会合の目的は、どうのように三法師を盛り立てていくかについてであった。柴田修理亮が口火を切った。
「若君の名代は、当然にして三七殿(織田信孝)であろうな。」
修理亮は、内心焦っていたのだ。惟任謀叛の注進が届いたとき、越中平定が目前であった。上杉と早々に和睦し、一路京を目指したものの、自軍で惟任軍を討伐すべく、一万騎の軍勢を引き連れていた。柴田勢が近江に到着したのは天正十年六月十八日。決して遅い着陣ではなかった。普通に考えれば、修理亮を総大将とした惟任討伐軍が編成されたことだろう。ところが、筑前守の活躍により、既に惟任日向守は討たれていた。修理亮は出鼻を挫かれた格好となった。
「あいや、しばらく。ここは、敢えて名代を置かず、我ら織田家宿老による合議で織田家を盛り立てていくことを提案したい。」
筑前守がすかさず切り返した。筑前守は既に腹を決めていた。そのために、疾風迅雷の早さで舞い戻ってきたのだ。相手が、織田家筆頭家老の修理亮とて、もはや遠慮している場合ではない。筑前守の狙いは、己が織田家の手綱を握ることは諦める代わりに、他の誰かにも握らせないことにあった。均衡を保とうとしたのだ。そうすれば、いざというときに惟任日向守を討った事実が活きてくる。
「合議とな…相分かった。ならば、筑前殿、我らが一堂に会しやすいように、各々畿内にも居城が要るであろう。どうじゃ、貴殿の長浜城と北近江三郡をわしに譲ってくれぬか?もちろん、ただとは言わぬ。織田旧領から河内、山城を貴殿が領有するということでどうじゃ。」
虫のいい話だ。だが、筑前守に断る理由もない。北近江で領民と培ってきた縁が切れるのは痛いが、河内と山城を領有することになれば、むしろ筑前守の総石高は以前より上がる。もちろん、修理亮がそこまで見越して打診してきたのだ。
「ご斟酌賜り、恐縮の極みでございます。拙者に異論のあろうはずがございませぬ。強いて言えば、ひとつご相談がございます。」
筑前守は、あくまで姿勢を低くして修理亮に接した。
「何じゃ?」
修理亮も、ここまですんなり話が進むとは思っていなかったようだ。拍子抜けした様子で筑前守に聞き返した。
「されば。長浜城は、伊賀守殿(柴田勝豊)にお預けしたい。柴田家の次代を担われる伊賀守殿ならば、北近江をよく治めていただけることと存じます。」
それを聞いた修理亮は、一瞬、眉を曇らせた。とはいえ、修理亮にこれを断る理由はない。念願の北近江を領有したことで、本国越前は盤石となったのだ。これ以上、我を通しては、他の宿老どもにも警戒されかねない。
「相分かった。筑前殿の申し出、尤もである。これからも、我ら一同手を携えて、織田家を盛り立てて行こうではないか。」
修理亮は満面の笑みで、場を収めた。
筑前守、柴田修理亮、池田紀伊守、丹羽五郎左衛門、蜂屋出羽守、筒井順慶らが一堂に会した。諸将は、こぞって岐阜中将の忘れ形見、三法師に拝謁した。
この会合の目的は、どうのように三法師を盛り立てていくかについてであった。柴田修理亮が口火を切った。
「若君の名代は、当然にして三七殿(織田信孝)であろうな。」
修理亮は、内心焦っていたのだ。惟任謀叛の注進が届いたとき、越中平定が目前であった。上杉と早々に和睦し、一路京を目指したものの、自軍で惟任軍を討伐すべく、一万騎の軍勢を引き連れていた。柴田勢が近江に到着したのは天正十年六月十八日。決して遅い着陣ではなかった。普通に考えれば、修理亮を総大将とした惟任討伐軍が編成されたことだろう。ところが、筑前守の活躍により、既に惟任日向守は討たれていた。修理亮は出鼻を挫かれた格好となった。
「あいや、しばらく。ここは、敢えて名代を置かず、我ら織田家宿老による合議で織田家を盛り立てていくことを提案したい。」
筑前守がすかさず切り返した。筑前守は既に腹を決めていた。そのために、疾風迅雷の早さで舞い戻ってきたのだ。相手が、織田家筆頭家老の修理亮とて、もはや遠慮している場合ではない。筑前守の狙いは、己が織田家の手綱を握ることは諦める代わりに、他の誰かにも握らせないことにあった。均衡を保とうとしたのだ。そうすれば、いざというときに惟任日向守を討った事実が活きてくる。
「合議とな…相分かった。ならば、筑前殿、我らが一堂に会しやすいように、各々畿内にも居城が要るであろう。どうじゃ、貴殿の長浜城と北近江三郡をわしに譲ってくれぬか?もちろん、ただとは言わぬ。織田旧領から河内、山城を貴殿が領有するということでどうじゃ。」
虫のいい話だ。だが、筑前守に断る理由もない。北近江で領民と培ってきた縁が切れるのは痛いが、河内と山城を領有することになれば、むしろ筑前守の総石高は以前より上がる。もちろん、修理亮がそこまで見越して打診してきたのだ。
「ご斟酌賜り、恐縮の極みでございます。拙者に異論のあろうはずがございませぬ。強いて言えば、ひとつご相談がございます。」
筑前守は、あくまで姿勢を低くして修理亮に接した。
「何じゃ?」
修理亮も、ここまですんなり話が進むとは思っていなかったようだ。拍子抜けした様子で筑前守に聞き返した。
「されば。長浜城は、伊賀守殿(柴田勝豊)にお預けしたい。柴田家の次代を担われる伊賀守殿ならば、北近江をよく治めていただけることと存じます。」
それを聞いた修理亮は、一瞬、眉を曇らせた。とはいえ、修理亮にこれを断る理由はない。念願の北近江を領有したことで、本国越前は盤石となったのだ。これ以上、我を通しては、他の宿老どもにも警戒されかねない。
「相分かった。筑前殿の申し出、尤もである。これからも、我ら一同手を携えて、織田家を盛り立てて行こうではないか。」
修理亮は満面の笑みで、場を収めた。
0
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
奥遠の龍 ~今川家で生きる~
浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。
戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。
桶狭間のバッドエンドに向かって……
※この物語はフィクションです。
氏名等も架空のものを多分に含んでいます。
それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。
※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。
米国戦艦大和 太平洋の天使となれ
みにみ
歴史・時代
1945年4月 天一号作戦は作戦の成功見込みが零に等しいとして中止
大和はそのまま柱島沖に係留され8月の終戦を迎える
米国は大和を研究対象として本土に移動
そこで大和の性能に感心するもスクラップ処分することとなる
しかし、朝鮮戦争が勃発
大和は合衆国海軍戦艦大和として運用されることとなる
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
幻影の艦隊
竹本田重朗
歴史・時代
「ワレ幻影艦隊ナリ。コレヨリ貴軍ヒイテハ大日本帝国ヲタスケン」
ミッドウェー海戦より史実の道を踏み外す。第一機動艦隊が空襲を受けるところで謎の艦隊が出現した。彼らは発光信号を送ってくると直ちに行動を開始する。それは日本が歩むだろう破滅と没落の道を栄光へ修正する神の見えざる手だ。必要な時に現れては助けてくれるが戦いが終わるとフッと消えていく。幻たちは陸軍から内地まで至る所に浸透して修正を開始した。
※何度おなじ話を書くんだと思われますがご容赦ください
※案の定、色々とツッコミどころ多いですが御愛嬌
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる