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第一章
1-20.化け物
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激しい戦闘音が聞こえる。
颯は脳裏に浮かんだ疑問に突き動かされ、瞼を開く。その胸中では計り知れない不安が渦巻いていた。
「ま、な……?」
近くで彦五瀬と手力男、そして沙々羅が必死の形相で鬼と化した薙と激戦を繰り広げていたが、颯の目には入らない。颯の瞳は一点に注がれている。
赤い水溜りの中に、大切な家族が倒れていた。颯の目がゆっくりと見開かれていく。
目の前の光景が理解できない。いや、颯の脳が理解することを拒んでいた。
「真菜、真菜……」
近付き、何度呼んでも返事はない。その代わり、物心ついてから今日までの妹との大切な思い出の数々が、颯の脳裏を巡った。
そんな中、彦五瀬や沙々羅らの断末魔に似た叫び声が響いた。
「ガァアアア!」
勝ち誇ったかのような咆哮に釣られ、颯が呆然と顔を上げる。視線が鬼から地に伏した彦五瀬、手力男、沙々羅と順に動いた。そして、最後に再び真菜へ。
「うあぁああああ!」
颯が叫び、背中に背負った天之尾羽張を引き抜く。颯の心臓が、ドクンと一際大きく鳴った。
次の瞬間、天之尾羽張が眩い輝きを放った。剣を覆った光が広がるにつれて、天之尾羽張自体が伸びていく。
柄が拳10個分にもなると言われる十拳剣。颯が手にしたことで縮んだ剣が今、本来の姿を取り戻していた。
神々しい白い光を放つ剣。しかし、それを握る颯の顔からは感情がすっぽりと抜け落ちていた。
颯が無表情のまま鬼を見据えて天之尾羽張を上段に構えると、柄の上部の辺りから炎が巻き上がる。轟々と燃え上がる真紅の炎が、輝く刃を覆い尽くす。白と赤が一体となり、神聖さと荒々しさを併せ持つ不滅の炎が生まれた。
いつの間にか暗い雨雲が太陽を隠していたが、剣の炎が辺りを明るく照らす。
鬼の咆哮が轟く。鬼と化した薙の人外の顔に、うっすらと恐怖の色が浮かんでいた。鬼はその恐れを信じられないのか、我武者羅な様子で颯に肉薄し、斜め上方に筋骨隆々な腕を振り上げた。
颯と鬼の視線が交わり、炎を纏った神剣と黒い爪を有する極太の腕が交差する。
絶叫が木霊した。黒い爪の手が宙を舞い、颯の全身をどす黒い鬼の鮮血が濡らす。一拍遅れて、胸から腹まで続く縦一直線の切り傷から炎が立ち上った。鬼の全身を炎が覆い、苦悶に満ちた声が辺りに響く。
俄かに雨が降り出したが、炎が消えることはない。
やがて、断末魔の叫びと共に炎が消え去り、黒い靄が霧散する。後に現れたのは生気を無くした少年の倒れ伏した姿だった。
呆然と立ち尽くす颯の目に、薙の元へ足を引きずりながら近寄っていく彦五瀬の姿が映った。
「僕は、何を……」
颯の乾いた唇から掠れ声が零れ落ちると同時に、再び縮んだ天之尾羽張が拳の内から滑り落ちた。剣が、ぬかるみ始めた土の地面に転がった。颯の体が、ぐらりと揺らぐ。
「颯様……!」
知らない間に近寄ってきていた沙々羅が、倒れる颯を支えた。
「颯様、お体は大丈夫ですか?」
「沙々羅さんこそ――」
沙々羅の無事を問うはずの言葉が唐突に途切れる。颯の視線が沙々羅を逸れ、動かぬまま雨に打たれ続ける少女に向いていた。
「真菜!」
反射的に真菜の方へ一歩を踏み出した颯が体勢を崩し、沙々羅が抱き留める。
「沙々羅さん! 真菜は、真菜は……!」
颯が縋りつくが、沙々羅は沈痛な面持ちで顔を伏せた。
「そんな……! 真菜、真菜!」
颯は沙々羅に支えられながら、ゆっくりと、けれど気持ちの上では急ぎ足で真菜の元へと向かった。
「真菜……!」
血と雨の交じり合った水溜りが颯の膝を濡らす。颯が真菜の名を連呼しながら動かぬ手を握って泣きじゃくる。鬼の黒い爪でばっさりと体を切り裂かれた様は、誰がどう見ても手の施しようがないように思えた。
それは、沙々羅や五十鈴媛の傷を癒した彦五瀬の一族の秘薬をもってしてもどうすることもできない。颯の傍で、沙々羅が立ち尽くしていた。
「誰でもいいから真菜を助けて!!」
天を仰いだ颯の心からの叫びが、雨雲に届かんばかりに空へと打ち上がった。その次の瞬間。雨雲に稲光が走り、雷鳴が天を切り裂いた。
地上にまで届いたそれは、爆風と土埃を撒き散らす。
「な、なんだこれ……」
颯と沙々羅、そして真菜のすぐ近く。落雷の跡に、巨大な化け物がいた。
大蛇のような体にトカゲに似た強靭な4本足を持ち、まるで般若の面のような恐ろしい顔をした化け物は、ダンプカーのような巨躯を誇っていた。その威容から放たれる威圧感は相当なもので、颯の足が、がくがくと震えた。
化け物の口から雷鳴を思わせる叫びが轟き、2本の角の辺りから青白い雷が迸る。
颯と沙々羅、手力男、そして彦五瀬とその腕の中の薙。その場の真菜を除いた皆が青白い煌めきに吹き飛ばされた。
地に倒れ伏した颯が顔だけを上げて化け物を見遣ると、化け物もまた、颯を見ていた。ぞくりと、颯の背筋に冷たいものが走った。化け物の角が先ほど以上に青白く輝いていた。
般若の角から放たれた雷が空を切り裂き、颯を穿たんと迫る。颯は今日二度目の死の予感に襲われたが、突如、颯の目の前の土中から紫の雷が天へと伸び、青白い雷を防いだ。直後、地が震え、紫の雷鳴の穿った穴から骸骨を思わせる顔が覗いた。
顔がせり上がり、地を砕いてもう一体の化け物が姿を現した。モグラに似たずんぐりとした体に鋭い5本の爪を有する四肢を持つ、般若顔の化け物と同等の体躯を誇る化け物は、まるで颯を守るかのように立ち塞がっている。
2体の化け物が睨み合う。颯も皆も、それを呆然と眺めることしかできない。
未知の化け物による、いつまで続くかわからない睨み合い。しかし、それは唐突に終わりを迎えた。
雷鳴と共に1体が土中に消えた。そしてもう1体がトカゲに似た前足で真菜を掴み、現れたときと同じ雷鳴を轟かせながら、今度は天に向かって青白い雷が昇っていく。
「真菜ぁあああ!!」
颯の叫びが届くより早く、天を覆った雨雲を、稲光が伝っていった。
颯は脳裏に浮かんだ疑問に突き動かされ、瞼を開く。その胸中では計り知れない不安が渦巻いていた。
「ま、な……?」
近くで彦五瀬と手力男、そして沙々羅が必死の形相で鬼と化した薙と激戦を繰り広げていたが、颯の目には入らない。颯の瞳は一点に注がれている。
赤い水溜りの中に、大切な家族が倒れていた。颯の目がゆっくりと見開かれていく。
目の前の光景が理解できない。いや、颯の脳が理解することを拒んでいた。
「真菜、真菜……」
近付き、何度呼んでも返事はない。その代わり、物心ついてから今日までの妹との大切な思い出の数々が、颯の脳裏を巡った。
そんな中、彦五瀬や沙々羅らの断末魔に似た叫び声が響いた。
「ガァアアア!」
勝ち誇ったかのような咆哮に釣られ、颯が呆然と顔を上げる。視線が鬼から地に伏した彦五瀬、手力男、沙々羅と順に動いた。そして、最後に再び真菜へ。
「うあぁああああ!」
颯が叫び、背中に背負った天之尾羽張を引き抜く。颯の心臓が、ドクンと一際大きく鳴った。
次の瞬間、天之尾羽張が眩い輝きを放った。剣を覆った光が広がるにつれて、天之尾羽張自体が伸びていく。
柄が拳10個分にもなると言われる十拳剣。颯が手にしたことで縮んだ剣が今、本来の姿を取り戻していた。
神々しい白い光を放つ剣。しかし、それを握る颯の顔からは感情がすっぽりと抜け落ちていた。
颯が無表情のまま鬼を見据えて天之尾羽張を上段に構えると、柄の上部の辺りから炎が巻き上がる。轟々と燃え上がる真紅の炎が、輝く刃を覆い尽くす。白と赤が一体となり、神聖さと荒々しさを併せ持つ不滅の炎が生まれた。
いつの間にか暗い雨雲が太陽を隠していたが、剣の炎が辺りを明るく照らす。
鬼の咆哮が轟く。鬼と化した薙の人外の顔に、うっすらと恐怖の色が浮かんでいた。鬼はその恐れを信じられないのか、我武者羅な様子で颯に肉薄し、斜め上方に筋骨隆々な腕を振り上げた。
颯と鬼の視線が交わり、炎を纏った神剣と黒い爪を有する極太の腕が交差する。
絶叫が木霊した。黒い爪の手が宙を舞い、颯の全身をどす黒い鬼の鮮血が濡らす。一拍遅れて、胸から腹まで続く縦一直線の切り傷から炎が立ち上った。鬼の全身を炎が覆い、苦悶に満ちた声が辺りに響く。
俄かに雨が降り出したが、炎が消えることはない。
やがて、断末魔の叫びと共に炎が消え去り、黒い靄が霧散する。後に現れたのは生気を無くした少年の倒れ伏した姿だった。
呆然と立ち尽くす颯の目に、薙の元へ足を引きずりながら近寄っていく彦五瀬の姿が映った。
「僕は、何を……」
颯の乾いた唇から掠れ声が零れ落ちると同時に、再び縮んだ天之尾羽張が拳の内から滑り落ちた。剣が、ぬかるみ始めた土の地面に転がった。颯の体が、ぐらりと揺らぐ。
「颯様……!」
知らない間に近寄ってきていた沙々羅が、倒れる颯を支えた。
「颯様、お体は大丈夫ですか?」
「沙々羅さんこそ――」
沙々羅の無事を問うはずの言葉が唐突に途切れる。颯の視線が沙々羅を逸れ、動かぬまま雨に打たれ続ける少女に向いていた。
「真菜!」
反射的に真菜の方へ一歩を踏み出した颯が体勢を崩し、沙々羅が抱き留める。
「沙々羅さん! 真菜は、真菜は……!」
颯が縋りつくが、沙々羅は沈痛な面持ちで顔を伏せた。
「そんな……! 真菜、真菜!」
颯は沙々羅に支えられながら、ゆっくりと、けれど気持ちの上では急ぎ足で真菜の元へと向かった。
「真菜……!」
血と雨の交じり合った水溜りが颯の膝を濡らす。颯が真菜の名を連呼しながら動かぬ手を握って泣きじゃくる。鬼の黒い爪でばっさりと体を切り裂かれた様は、誰がどう見ても手の施しようがないように思えた。
それは、沙々羅や五十鈴媛の傷を癒した彦五瀬の一族の秘薬をもってしてもどうすることもできない。颯の傍で、沙々羅が立ち尽くしていた。
「誰でもいいから真菜を助けて!!」
天を仰いだ颯の心からの叫びが、雨雲に届かんばかりに空へと打ち上がった。その次の瞬間。雨雲に稲光が走り、雷鳴が天を切り裂いた。
地上にまで届いたそれは、爆風と土埃を撒き散らす。
「な、なんだこれ……」
颯と沙々羅、そして真菜のすぐ近く。落雷の跡に、巨大な化け物がいた。
大蛇のような体にトカゲに似た強靭な4本足を持ち、まるで般若の面のような恐ろしい顔をした化け物は、ダンプカーのような巨躯を誇っていた。その威容から放たれる威圧感は相当なもので、颯の足が、がくがくと震えた。
化け物の口から雷鳴を思わせる叫びが轟き、2本の角の辺りから青白い雷が迸る。
颯と沙々羅、手力男、そして彦五瀬とその腕の中の薙。その場の真菜を除いた皆が青白い煌めきに吹き飛ばされた。
地に倒れ伏した颯が顔だけを上げて化け物を見遣ると、化け物もまた、颯を見ていた。ぞくりと、颯の背筋に冷たいものが走った。化け物の角が先ほど以上に青白く輝いていた。
般若の角から放たれた雷が空を切り裂き、颯を穿たんと迫る。颯は今日二度目の死の予感に襲われたが、突如、颯の目の前の土中から紫の雷が天へと伸び、青白い雷を防いだ。直後、地が震え、紫の雷鳴の穿った穴から骸骨を思わせる顔が覗いた。
顔がせり上がり、地を砕いてもう一体の化け物が姿を現した。モグラに似たずんぐりとした体に鋭い5本の爪を有する四肢を持つ、般若顔の化け物と同等の体躯を誇る化け物は、まるで颯を守るかのように立ち塞がっている。
2体の化け物が睨み合う。颯も皆も、それを呆然と眺めることしかできない。
未知の化け物による、いつまで続くかわからない睨み合い。しかし、それは唐突に終わりを迎えた。
雷鳴と共に1体が土中に消えた。そしてもう1体がトカゲに似た前足で真菜を掴み、現れたときと同じ雷鳴を轟かせながら、今度は天に向かって青白い雷が昇っていく。
「真菜ぁあああ!!」
颯の叫びが届くより早く、天を覆った雨雲を、稲光が伝っていった。
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