奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

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第十四章

14-19.勘違い

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 玲奈の最後の質問に、仁は少しだけ拍子抜けしながらも力強く真摯に頷く。数瞬の後、心配そうに仁の顔色を窺っていた玲奈が大きく息を吐き、安堵の表情を浮かべた。玲奈の顔からマイナスの感情がスッと消えていく。

 仁はホッと胸を撫で下ろす。そのほとんどが間違えようのない質問だったが、仁の返答と玲奈の望む答えが一致していたようだった。

「仁くん、ありがとう」

 玲奈が、はにかんだような笑みを浮かべていた。仁の望んだ満面の笑みとは違うが、柔らかく微笑む玲奈に、仁は一瞬見惚れて呆けてしまい、慌てて口を開く。

「えっと……。少しは玲奈ちゃんの役に立てたかな?」

 仁には玲奈が自身をどのように利用しようとしていたのか明確にはわからないままだが、玲奈の様子から、少しは玲奈の悩みを解決する力添えができたと思っていいのではないかと考えていた。

「うん――ううん」

 頷きかけた玲奈が途中で動きを変え、首を横に振った。

「きっと、役に立つとか立たないとかじゃないんだよね……。私は仁くんの気持ちがすっごく嬉しかった。仁くん。だから、ありがとう」

 仁を見つめて再度感謝の言葉を口にする玲奈は、晴れやかな笑みを浮かべていた。仁は自身の頬が自然と緩まっていくのを自覚する。

「どういたしまして――って言うのもおかしいな。俺の方こそ、玲奈ちゃんがこんなにも俺と一緒にいたいって思っていてくれて、すごく嬉しいから。だから、玲奈ちゃん。ありがとう」

 仁が幸せな気持ちを噛みしめながら笑顔で告げると、玲奈の表情にも更なる変化が見られた。玲奈の表情筋が持ち上がり、口角が吊り上る。上下の瞼の距離が狭まり、目尻は柔らかに垂れ下がる。

 見つめ合う二人の表情が、シンクロしたかのように同じものになっていた。



「ジン殿。レナ様」

 視線を交わらせたままだった仁と玲奈が、ビクッと肩を揺らし、同時に声のした方へ顔を向けた。

「お邪魔してしまって申し訳ありません」
「「ロゼ!?」」

 仁と玲奈の驚愕が重なる。テントの前に立つロゼッタは謝罪の言葉とは裏腹に、気持ちのいい笑みを浮かべていた。その後ろではミルが眠気眼ねむけまなこを小さな手の甲で擦り、カティアがほとんど無表情の中に申し訳なさと気まずさをにじませている。その更に後ろから、イムがさも迷惑そうにしかめた顔をテントの入口から覗かせていた。

「み、みんな、どうしたの!?」

 腕時計やスマホのない世界なので分単位で決めているわけではないが、仁の感覚ではまだ夜番の交代には早いはずだった。

「自分はお二人の様子が気になってしまってなかなか寝付けずにいたのですが、その、ジン殿のレナ様を呼ぶ声で目が冴えてしまいまして。お話が一段落ついたようでしたので、お声をかけた次第です」
「ミルはジンお兄ちゃんの声で目が覚めたの!」
「ミルと同じ」
「グルゥ……」

 笑顔のロゼッタに、ミルがニコニコと追従し、カティアはほとんど無表情。そして、イムは明らかに不機嫌そうにしていた。仁は皆を起こしてしまったことを申し訳なく思いながら、ミルとカティアが怒っていないことに安堵する。その一方で、先ほどのやり取りを聞かれていたかもしれないと思うと、仁の心の底からじわりと恥ずかしさが込み上げてきた。

「み、みんな。その、起こしちゃってごめん」
「ご、ごめんね」

 玲奈も仁と似たような気持ちのようで、ほんのりと頬を赤く染めていた。

「いえ。それより」

 ロゼッタがこれ以上ないくらいに口角を吊り上げる。ロゼッタの細くなった目が仁と玲奈を交互に行き来した。

「ジン殿。レナ様。ご婚約おめでとうございます!」
「「……え?」」

 仁と玲奈が同時に声を漏らし、パチパチとまばたきを繰り返す。はっきりと告げられたロゼッタの言葉の意味がわからない。いや、言葉自体の意味はわかるのだが、なぜそんな言葉がロゼッタの口から出てくるのかわからないのだ。

「婚約式はメルニールの屋敷に戻ってからですか? 自分としてはエルフィーナ様に場をお借りして、エルフの里で行ってしまってもいいのではないかと思います。メルニールに戻った際には改めてもう一度行えば、ルーナ様方やマークソン商会の皆様、ガロン様やヴィクター様たちに対しても不義理にはならないと思いますよ」

 呆然としている仁に構わず、ロゼッタが嬉しそうに続ける。直後、まじめな顔で「リリー様への配慮はお忘れなく」と、ロゼッタが仁と玲奈に念を押す。

「ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃん、結婚するの?」

ロゼッタの横に並んだミルの真ん丸の瞳が仁と玲奈の姿を交互に映す。ミルは焚き火の前で座ったままの玲奈とは目線を合わせ、立ち上がったままの仁は下から見上げていた。

「ちが――」
「そうですよ、ミル様」

 仁がハッとして否定しようとするが、その前にロゼッタが肯定してしまう。優しく告げられたミルは一瞬ロゼッタに目を向けてから、ぱーっと瞳を輝かせた。

「いやいやいやいや! 違うから! 違うからね!?」

 仁はぶんぶんと首を激しく横に振り、慌てて声を上げた。玲奈は目を見開いたまま、未だ硬直したままだった。

「違うの?」
「違いませんよ、ミル様。ジン殿は照れていらっしゃるだけですよ。先ほど、ミル様もお聞きになったでしょう? レナ様とジン殿は未来永劫共にあると、お誓いになられていたではありませんか」

 なぜかロゼッタに問いかけたミルに、ロゼッタがよどみなく答えた。ミルは何かを思い出すように中空を見つめてから、曇りのない満面の笑みで頷いた。ミルがイムを抱き上げ、仁と玲奈が結婚するのだと嬉々として報告し始める。イムはどうでもよさそうに見えたが、ミルに合わせて無理やり明るく鳴いていた。

「あ、あのさ、ロゼッタ。ミルも。ついでにイムも。本当に違うからね……?」

 直前の発言から仁はロゼッタが何をどのように勘違いしたのか察し、盛り上がる2人に水を差す。

「何が違うのですか? レナ様がこれから先もずっとジン殿と共にありたいと願い、ジン殿もレナ様のことが好きだから一緒にいたいのだと熱弁されておられたではないですか。レナ様の想いをジン殿が受け止め、ジン殿の気持ちもまた、レナ様が受け入れられた。これが伴侶として生涯を共にあらんとする誓いでなくて何だと言うのですか」

 半ば呆れ顔で言うロゼッタに、仁は言葉を詰まらせる。改めて思い返すと、端から見ればそう受け止められてしまっても仕方がないような気がしないでもなかった。

 仁がチラリと玲奈の顔色をうかがうと、玲奈は茹蛸のようになった真っ赤な顔で、金魚のように、ぱくぱくと口だけを動かしていた。

「えっと。ロゼにはそう聞こえたかもしれないけど、婚約とか結婚とか、そういう話では全然なくってですね?」

 混乱状態に陥りつつある仁の口調がおかしなものになっていた。

「ほら。あくまで、この世界にいる間は一緒にいよう、みたいな?」
「しかし、ジン殿。先ほど、世界を越えてでも追いかけるとおっしゃっていたではありませんか?」
「え、あ。そ、そう言われてみると、そんなようなことを口走っていたような気が?」

 ほとんど勢い任せだったため一言一句を正確に覚えているわけではないが、確かにそのようなことを言っていた記憶があり、仁は口ごもる。この世界にいる間はともかく、元の世界に戻れば仁と玲奈はある意味では別の世界の住人に戻るのだ。声優とファンは基本的には結婚は元より恋人関係になることもない。

 “基本的に”と付けたのは、仁が知らないだけでそういったことがないわけではないかもしれないからだ。少なくとも、声優ではないが、アイドルがファンと付き合っていたことが発覚してネットニュースなどを賑わせていたのを仁は覚えている。

 しかし、元の世界にいる間の仁は、声優とファンとしてではない、もっと別の出会い方をしていればなどと妄想することはあったが、それを悔やんでもどうにもならないとわかっていた。当時の仁は、漠然と、いつかは自分も玲奈ではない誰か別の女性と恋に落ちるだろうし、何年も後のこと、それこそ10年以上先のことだとは思っているが、いつかブログやラジオなどで玲奈の結婚の報告を聞くのだろうと思っていた。

 最近は声優も所謂芸能人と同様に週刊誌のネタにされてプライベートを暴かれることがあるが、できればその報告は玲奈自身から聞きたいと思っていた。そうなったときに素直に祝福できるかどうかはそのときになってみないとわからないが、少なくとも仁はそれで玲奈のファンを止めるようなことはしないだろうと思っている。

 仁と玲奈、二人の人生という名の道が直接交わることは決してない。握手会で物理的に接触する機会はあっても、声優とファンの間に生まれる絆以上に精神的に結ばれることはない。それが声優とファンである二人を隔てる世界の壁なのだ

 この世界に渡ったことで二人の関係はただの声優とファンよりは進んだように思えるが、それはあくまで期間限定の関係なのだ。

 そう考えると仁はどことなく寂しい気持ちになったが、それは仕方がないことなのだと自身に言い聞かせる。

「と、とにかく、違うから。俺は玲奈ちゃんと婚約なんてしていないから!」
「ですが、ジン殿はレナ様のことがお好きなのでしょう? だから一緒にいたいと思われているのでしょう?」

 仁としてはロゼッタの勘違いだということで早々に話を切り上げたかったが、周囲を気遣い、周りを立てて自分の主張をあまり表に出さない傾向にあるロゼッタにしては珍しく、簡単には引く気配を見せなかった。
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