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第十八章
18-19.巨大ワニ
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「肉食暴君鰐……」
仁の呟いた言葉が、湖の彼方で鳴った水音に混ざって掻き消える。
鑑定の魔眼で知った巨大なワニの魔物の名は、聞き覚えのないものだった。仁は殺人鰐王のようなものではないかという予想が外れ、ワニに似た魔物であるという共通点はあるものの、別の種なのではないかと考えを改める。
しかし、殺人鰐と時を同じくして湖に侵入してきた以上、無関係だとは考えにくい。ともかく、両者に関係があろうがなかろうが、肉食暴君鰐をどうにかしなければならない事実に変わりはなかった。
一瞬、仁の頭に“肉食”は“ミート”ではないのではないかという疑問も湧いてくるが、それこそどうでもいいことだった。今考えるべきはそんなことではない。
仁は濁った湖の先に視線を送る。湖面が大きく波打ち、水面下で巨大な鰐型の魔物が縦横無尽に暴れている様が脳裏に浮かんだ。仁の目には見えないが、水中で魚人族たちが戦っているのだろうと推測する。
『主。湖に入りますか?』
オニキスは『本当に泳ぎは得意なんです。毒だってきっと大丈夫です!』と念話を続けるが、仁は湖面を見つめて否と答えた。オニキスは、しゅんとして項垂れるが、頼みがあると仁が告げた途端、活き活きとした様子を取り戻した。
仁は愛馬の背から降りると、周囲に気を配りながら朽ちかけた桟橋の端の端まで進む。その横にオニキスがピタリと寄り添っている。
「じゃあ、オニキス。周囲の、特に湖の中の警戒をお願い。何か異変があれば、すぐに教えてほしい」
『はい! 任せてください!』
索敵に自身を持っているオニキスは最近の不甲斐ない結果を挽回しようと意気込んでいた。仁としてはそれでも十分以上に助かっているのだが、そんなオニキスを頼もしく思いながら気を引き締める。
仁は桟橋の際でしゃがみ込み、そっと湖面に両手を差し入れた。毒耐性の技能を持つ仁に湖の毒の影響はない。仁は目を瞑り、意識を手のひら、指先、そして水中へと向ける。
「やっぱり。これなら……!」
一旦、仁は目を開き、波で揺れる湖面の先を確認すると、再び瞼を閉じて意識を集中させた。
仁の予想通り、大気中と同様に、水中にも魔力が、その元となる魔素が存在したのだ。この事実は、仁が水中でも遠隔魔法を発動できるかもしれないということを示している。
ただし、水中での遠隔魔法の使用は、発動する場所が目に見える陸上と違い、敵や味方の位置、そして地形などの把握が困難を極める。湖の水が濁っていることも難しさに拍車をかけた。
広い湖の中のどこかで発動させるだけでは意味がないのだ。
仁は集中力を高め、湖中にゆっくりと自身の魔力の網を広げていく。いつ殺人鰐が襲ってきてもおかしくない状況で、仁は心を落ち着け、湖中の魔力を探る。
『主! 何かいます!』
オニキスから念話が届くと同時に、仁はパッと目を開け、手を引き抜いて飛びずさる。両手に黒雷刀を構えた仁の鋭い視線の先、桟橋から約20メートルの辺りの水面から、僅かにワニの目だけが覗いていた。
「黒雷撃!」
湖面から露出した殺人鰐の直上から小さな黒い雷撃が放たれ、ワニの瞼を狙う。遠隔魔法を予期できなかったワニの魔物は恐竜染みた叫び声を上げ、湖の中へ姿を消した。
「よし!」
仁は手ごたえを感じ、心の中でガッツポーズをとる。
「さっきの魔力の塊が殺人鰐なら、あっちは魚人族か……?」
先ほど、湖中で魔力探知をしていた仁はオニキスの警告の前に、何者かの存在を感知していた。個々の特定まではできずとも、おおよそでも内包する魔力量の違いからある程度判別することは可能だった。
仁は初めて遠隔魔法を使用したときを思い出し、水中での使用に僅かながら自信を抱く。陸上ほどピンポイントでの発動は難しいが、幸いなことに、的は十二分に大きいのだ。
それに、少なくとも殺人鰐には雷魔法が有効であることもわかった。
「あとは――」
問題は魚人族と連絡手段がないこと。連携が取れなければ仁のやりたいことが魚人族の邪魔をしてしまうかもしれないし、逆もまた然り。最悪、仁の遠隔魔法で、助けるべき魚人族を傷つけてしまうかもしれない。
そう仁が考えた瞬間、オニキスが再び警告を発した。仁は一旦思考を放棄し、身構える。その直後、ちょうど先ほど殺人鰐が目を覗かせていた辺りの湖面から一人の魚人族が顔を出した。仁には個人の判別はできないが、鮫と魚の中間のような顔を持つ、男の魚人族だった。
その魚人族が単身、桟橋へと泳いで近付いてくる。
『馬の魔物と一緒にいるってことは、そこの陸人はジンだべか!?』
「ハギール!」
聞き間違えようのない訛り交じりの誰何に、仁は喜色を浮かべる。ハギールが無事だったことは元より、仁の話を聞いてくれそうな魚人族の出現は、ナイスタイミングだとしか言いようがなかった。
仁はすかさずハギールを招き寄せた。
『メーア様は無事だべか?』
桟橋の目の前まで泳いできたハギールが開口一番、そう問いかける。仁がロゼッタに任せて避難させたと伝えると、気の良い魚人族は獰猛そうな顔に、おそらく安堵の笑みだと思われる表情を浮かべた。
互いの無事と再会を喜び合う二人だが、すぐに表情を引き締める。
『ジンも早く逃げるべ。最初に現れた魔物は囮で、後から見たこともねえ親玉が現れたんだべ』
ハギールが警告を口にした直後、湖の奥で盛大な水しぶきが上がった。湖面から突き出した巨大なワニの口先に、魚人族の半身が捕らえられていた。
一瞬振り返ったハギールは悔しさを滲ませ、このままだと魚人族の戦士たちが全滅してしまうと告げた。
囮によって戦士たちの多くを釣り出されてしまった中、肉食暴君鰐が狙ったのは魚人族の街ではなく、その更に奥の湖底洞穴。巨大なワニの魔物はそこに眠る湖の主を急襲したというのだから、仁は驚きに目を見開いた。
その事態に気付いた魚人族たちは街に残った戦力を総動員して撃退したのだが、ハギールはどうも弄ばれているだけだと顔を歪めた。
肉食暴君鰐の真意はともかく、街から離れた巨大ワニは追撃する魚人族を一人また一人と時間をかけてその腹に収めていき、それは釣り出された戦士たちが戻ってきても、変わらなかったのだという。
今は肉食暴君鰐が遊んでいる内に、少しでも多くの人々を街から避難させるために、生き残っている戦士たちが決死の覚悟で時間を稼いでいるようだ。
ハギールは早口で現状を仁に聞かせると、メーアに迎えに行けないことを謝っておいてほしいと言い残し、颯爽と身を翻す。
仁は死を覚悟した湖で生きる男の背に手を伸ばす。振り返らず、今生の別れの言葉を口にする魚人族の戦士に、仁は共闘を持ちかけた。
仁の呟いた言葉が、湖の彼方で鳴った水音に混ざって掻き消える。
鑑定の魔眼で知った巨大なワニの魔物の名は、聞き覚えのないものだった。仁は殺人鰐王のようなものではないかという予想が外れ、ワニに似た魔物であるという共通点はあるものの、別の種なのではないかと考えを改める。
しかし、殺人鰐と時を同じくして湖に侵入してきた以上、無関係だとは考えにくい。ともかく、両者に関係があろうがなかろうが、肉食暴君鰐をどうにかしなければならない事実に変わりはなかった。
一瞬、仁の頭に“肉食”は“ミート”ではないのではないかという疑問も湧いてくるが、それこそどうでもいいことだった。今考えるべきはそんなことではない。
仁は濁った湖の先に視線を送る。湖面が大きく波打ち、水面下で巨大な鰐型の魔物が縦横無尽に暴れている様が脳裏に浮かんだ。仁の目には見えないが、水中で魚人族たちが戦っているのだろうと推測する。
『主。湖に入りますか?』
オニキスは『本当に泳ぎは得意なんです。毒だってきっと大丈夫です!』と念話を続けるが、仁は湖面を見つめて否と答えた。オニキスは、しゅんとして項垂れるが、頼みがあると仁が告げた途端、活き活きとした様子を取り戻した。
仁は愛馬の背から降りると、周囲に気を配りながら朽ちかけた桟橋の端の端まで進む。その横にオニキスがピタリと寄り添っている。
「じゃあ、オニキス。周囲の、特に湖の中の警戒をお願い。何か異変があれば、すぐに教えてほしい」
『はい! 任せてください!』
索敵に自身を持っているオニキスは最近の不甲斐ない結果を挽回しようと意気込んでいた。仁としてはそれでも十分以上に助かっているのだが、そんなオニキスを頼もしく思いながら気を引き締める。
仁は桟橋の際でしゃがみ込み、そっと湖面に両手を差し入れた。毒耐性の技能を持つ仁に湖の毒の影響はない。仁は目を瞑り、意識を手のひら、指先、そして水中へと向ける。
「やっぱり。これなら……!」
一旦、仁は目を開き、波で揺れる湖面の先を確認すると、再び瞼を閉じて意識を集中させた。
仁の予想通り、大気中と同様に、水中にも魔力が、その元となる魔素が存在したのだ。この事実は、仁が水中でも遠隔魔法を発動できるかもしれないということを示している。
ただし、水中での遠隔魔法の使用は、発動する場所が目に見える陸上と違い、敵や味方の位置、そして地形などの把握が困難を極める。湖の水が濁っていることも難しさに拍車をかけた。
広い湖の中のどこかで発動させるだけでは意味がないのだ。
仁は集中力を高め、湖中にゆっくりと自身の魔力の網を広げていく。いつ殺人鰐が襲ってきてもおかしくない状況で、仁は心を落ち着け、湖中の魔力を探る。
『主! 何かいます!』
オニキスから念話が届くと同時に、仁はパッと目を開け、手を引き抜いて飛びずさる。両手に黒雷刀を構えた仁の鋭い視線の先、桟橋から約20メートルの辺りの水面から、僅かにワニの目だけが覗いていた。
「黒雷撃!」
湖面から露出した殺人鰐の直上から小さな黒い雷撃が放たれ、ワニの瞼を狙う。遠隔魔法を予期できなかったワニの魔物は恐竜染みた叫び声を上げ、湖の中へ姿を消した。
「よし!」
仁は手ごたえを感じ、心の中でガッツポーズをとる。
「さっきの魔力の塊が殺人鰐なら、あっちは魚人族か……?」
先ほど、湖中で魔力探知をしていた仁はオニキスの警告の前に、何者かの存在を感知していた。個々の特定まではできずとも、おおよそでも内包する魔力量の違いからある程度判別することは可能だった。
仁は初めて遠隔魔法を使用したときを思い出し、水中での使用に僅かながら自信を抱く。陸上ほどピンポイントでの発動は難しいが、幸いなことに、的は十二分に大きいのだ。
それに、少なくとも殺人鰐には雷魔法が有効であることもわかった。
「あとは――」
問題は魚人族と連絡手段がないこと。連携が取れなければ仁のやりたいことが魚人族の邪魔をしてしまうかもしれないし、逆もまた然り。最悪、仁の遠隔魔法で、助けるべき魚人族を傷つけてしまうかもしれない。
そう仁が考えた瞬間、オニキスが再び警告を発した。仁は一旦思考を放棄し、身構える。その直後、ちょうど先ほど殺人鰐が目を覗かせていた辺りの湖面から一人の魚人族が顔を出した。仁には個人の判別はできないが、鮫と魚の中間のような顔を持つ、男の魚人族だった。
その魚人族が単身、桟橋へと泳いで近付いてくる。
『馬の魔物と一緒にいるってことは、そこの陸人はジンだべか!?』
「ハギール!」
聞き間違えようのない訛り交じりの誰何に、仁は喜色を浮かべる。ハギールが無事だったことは元より、仁の話を聞いてくれそうな魚人族の出現は、ナイスタイミングだとしか言いようがなかった。
仁はすかさずハギールを招き寄せた。
『メーア様は無事だべか?』
桟橋の目の前まで泳いできたハギールが開口一番、そう問いかける。仁がロゼッタに任せて避難させたと伝えると、気の良い魚人族は獰猛そうな顔に、おそらく安堵の笑みだと思われる表情を浮かべた。
互いの無事と再会を喜び合う二人だが、すぐに表情を引き締める。
『ジンも早く逃げるべ。最初に現れた魔物は囮で、後から見たこともねえ親玉が現れたんだべ』
ハギールが警告を口にした直後、湖の奥で盛大な水しぶきが上がった。湖面から突き出した巨大なワニの口先に、魚人族の半身が捕らえられていた。
一瞬振り返ったハギールは悔しさを滲ませ、このままだと魚人族の戦士たちが全滅してしまうと告げた。
囮によって戦士たちの多くを釣り出されてしまった中、肉食暴君鰐が狙ったのは魚人族の街ではなく、その更に奥の湖底洞穴。巨大なワニの魔物はそこに眠る湖の主を急襲したというのだから、仁は驚きに目を見開いた。
その事態に気付いた魚人族たちは街に残った戦力を総動員して撃退したのだが、ハギールはどうも弄ばれているだけだと顔を歪めた。
肉食暴君鰐の真意はともかく、街から離れた巨大ワニは追撃する魚人族を一人また一人と時間をかけてその腹に収めていき、それは釣り出された戦士たちが戻ってきても、変わらなかったのだという。
今は肉食暴君鰐が遊んでいる内に、少しでも多くの人々を街から避難させるために、生き残っている戦士たちが決死の覚悟で時間を稼いでいるようだ。
ハギールは早口で現状を仁に聞かせると、メーアに迎えに行けないことを謝っておいてほしいと言い残し、颯爽と身を翻す。
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