奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

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最終章

21-45.不意打ち

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「ジンお兄ちゃんもレナお姉ちゃんも、早く起きるの!」

 仁が玲奈との二人きりの時間をしばし楽しんだ翌朝、例の如く玲奈の抱き枕になっていた仁は、ミルの元気な声で目を覚ました。起き抜けに玲奈の顔や頭頂が視界に飛び込んでくるのには未だ慣れないが、強く抱きしめられたことによる締め付けさえ気にしなければ、これほど幸せなことはあまりない。

 仁がもの悲しさを感じながらも最後の幸せを噛みしめていると、玲奈が身動みじろぎする。枕の端で仁の顎の辺りに頭頂をくっつけていた玲奈が頭を後方に反らしながら枕をよじ登る。それと共に仁の薄いネグリジェ越しに玲奈の適度に柔らかな肢体が押し付けられ、仁は思わず腰を引く。無駄な抵抗かもしれないが、如何に玲奈との心の距離が近付いた自覚があっても、例え玲奈から密着してきているのだとしても、仁は自身の欲望だけをぶつけるようなことはしたくなかった。

「ジン殿。目を覚まされたのであれば、口付けするなどしてレナ様を起こしてあげてください」
「ロ、ロゼ。朝から何を言っているの!?」

 仁は目の前に現れた玲奈の柔らかそうで張りのある唇に釘付けになりつつ、キスとは別の方法で起こすべく玲奈に声をかける。口付けした方が早いというロゼッタの煽りに負けず、仁が何度も玲奈の名前を呼んでいると、もぞもぞしながら更に玲奈の唇が迫ってきた。

「れ、玲奈ちゃん。早く起きて!」

 同じ枕の上に頬を乗せた玲奈が、じりじりと近付いてくる。仁は言葉とは裏腹に、このままもう少し起きないでほしいとも願いながら、玲奈に覚醒を促す。

 昨夜のリリー不在のパジャマパーティー第二夜はミルやココが眠ってしまった後も静かに続き、仁と玲奈、ロゼッタ、そしてイムは珍しく夜更かしをすることになったため、玲奈の眠りはいつも以上に深いようだった。

「玲奈ちゃん! 朝だよ!」

 既に、仁が少し唇を突き出すだけで触れてしまう距離まで近づいていた。仁の視界のすべてが玲奈で覆いつくされている。

 ふと、仁の脳裏に、まだメルニールの宿屋にいた頃のことが浮かんだ。ひょんなことから玲奈のベッドで同衾することになった仁は、翌朝、玲奈が仁との唇の接触を殊更に否定するのを見て、本当は触れたのではないかとドキドキしたことを思い出す。とはいえ、もしそのときに実際に触れていたのだとしても、仁に記憶はない。

 玲奈の吐息を吸い込んだ仁の胸の内で、もう少しで合法的に玲奈とキスできるという期待と、それと同じくらいの罪悪感がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。仁の頭と心の中で、悪魔と天使がせめぎ合う。悪魔に味方するロゼッタの後押しも加わり、仁の心の天秤が徐々に悪魔の側に傾いていく。仁はよこしまな悪魔に負けないよう、目を閉じて最後の理性を振り絞る。

「あ……」

 大好きな声が仁の顔全体を包み込み、耳と鼻腔から仁の体内を優しく侵していく。仁が恐る恐る目を開けると、黒真珠のような瞳が仁を映していた。

「仁くん……?」

 玲奈のぱっちりした目を瞼が覆い隠しては晒す。仁が生唾を飲み込む間、玲奈はそれを数度繰り返した。

「れ、玲奈ちゃん。おはよう……」

 仁がおずおずと口を開くと、玲奈はカッと目を見開いて勢いよく起き上がろうとするが、がっちりと掴んだままの玲奈自身の腕と足がそれを許さない。

「わ、わわ……!」

 バランスを崩した玲奈が僅かに浮いた体を再びベッドに落とす。その拍子で玲奈の額が仁の唇をかすめた。

「お、おおおはよう、仁くん……!」

 今度は仁の拘束を解いた上で起き上がった玲奈が、前髪をガードするように手を当てていた。

「レナ様、おはようございます。額を気にされるより、唇の心配をなさった方がよいのでは?」
「く、唇!?」

 からかい交じりのロゼッタの言葉に、玲奈が慌てた様子で唇を片手で覆い隠す。

「ま、また触れちゃった……?」
「また?」

 思わず仁が首を傾げながら問いかけると、玲奈の頬が一気に茹で上がった。玲奈は何でもないと首をぶんぶんと左右に振った。仁の脳裏に、“まさかあのとき”という考えが過るが、深く考えるより先にミルの朝の挨拶がリビングに木霊こだました。

「ジンお兄ちゃんもレナお姉ちゃんも、早く身支度を済ませるの!」
「ミル。そんなに急かしてどうしたの?」
「ミルちゃん。今日、何かあるの?」

 仁と玲奈は昨日の夕方に二人きりの時を過ごした後、これからの時間をミルとロゼッタ、イムのために使おうと話し合っていた。奴隷騎士隊やエルフの皆が挨拶に来る予定はあるし、昨日話せなかったリリーやエルヴィナと会えればとも思っているが、今日の夕方の帰還まで、できるだけミルやロゼッタたちと共に過ごすつもりだった。

 仁としてはミルが望むなら最後に一緒にダンジョンに潜ることも考えていたが、昨晩のパジャマパーティーの折に、ミルにはやんわりと断られてしまっていた。そんなわけで、これといって決まった予定はなかったはずだが、仁と玲奈はミルに言われるまま、手早く身支度を整える。続いて二人はパジャマパーティーの片づけをしようとするが、ミルとロゼッタに後でいいと半ば強引に手を引かれ、リビングを後にする。

「ミルもロゼも、どこに連れていくつもり?」

 朝食がまだだと訴える仁と玲奈を、ミルとロゼッタがダイニングではなく玄関へと連れていく。イムは、すまし顔で後を付いてくるが、ココの姿はどこにもなかった。仁と玲奈は顔を見合わせ、首を傾げる。頭上を疑問符で埋め尽くす二人を余所に、ニコニコ顔のミルとロゼッタが玄関のドアを大きく開け放った。

「ジンさん、レナさん。おはようございますっ!」

 続けてミルたちにも笑顔で朝の挨拶を告げたのは、一昨日の夜から姿を見せることのなかった赤髪の少女だった。

「リリー? おはよう」

 仁と玲奈は何が何だかわからず混乱しつつも、長いツインテールを揺らしながら数歩分を駆け寄るリリーを出迎える。

「さあ、行きましょうっ! ミルちゃんっ」
「はいっ、なの!」

 ミルが仁と玲奈の手を取り、自身の手でそれぞれに握った。ミルを真ん中に、左右に仁と玲奈が、手を繋いで並んだ。イムがミルの後ろを飛び、リリーが仁の、ロゼッタが玲奈の横に付く。

 ミルが歩き出し、皆がそれに続く。僅かばかり先頭を歩くミルは、両手をぶんぶんと大きく前後に揺らしていた。

「えっと、みんな。どういうこと?」
「どこに行くの?」

 仁と玲奈が同じような疑問顔で尋ねると、リリーが笑いながら「すぐにわかりますよっ」と応じた。

 ラインヴェルトにおける仁たちの家を出てしばらく進むと、冒険者ギルドが見えた。ダンジョンを擁する街としてメルニールのギルド本部に見劣りしないどころか、より大きいくらいの規模を誇るラインヴェルト支部。仁たちはその建物ではなく、いずれいろいろと拡張していくために用意された広い空き地に案内された。

 仁と玲奈は息を呑む。普段であればまだそれほど賑わっていない広場に、人がごった返していた。

「兄ちゃん、嬢ちゃん。よく来たな」

 最前列で出迎えたのは、将来ギルド支部長を任されるのではと噂のガロンだった。その後ろにアシュレイとゲルト、トリシャ、エクレア、ノクタやヴィクター、エイミー、ココにキャロル、ファム、ラウル。そしてコーデリア主従。その他にも、多くの知人らが集まっていた。更にその後方にはエルフ族や元リガー村の住人たち、メルニールからの移住組にドワーフ族など、ラインヴェルトで暮らす皆が集まっていた。

「じ、仁くん。あれ……!」

 玲奈の目がガロンたちの頭上に向く。仁も釣られるように視線を動かすと、そこには横断幕が掲げられていた。“戦斧バトルアックス”の二人が支える長い棒の間ではためく横断幕。

 そこに記されていたのは、仁と玲奈への感謝を示す言葉だった。

「ジンさん、レナさん。ささやかな宴の席ですが、最後まで楽しんでくださいねっ」

 仁と玲奈が目を丸くする中、二人の送別会が始まった。
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