奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

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最終章

21-51.叫び

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「ロゼ」

 仁はその背後に注がれていた意識をロゼッタに向けた。

「ジン殿、レナ様も。ついにこの時が来てしまったのですね」

 一歩下がっていた玲奈が仁に並び、二人揃ってロゼッタと相対する。ロゼッタの言う“この時”が別れの時であることは言うまでもなかった。

「ロゼ。これまでありがとう。ロゼがいてくれて、仲間に、家族になってくれて本当に良かった」

 仁が告げると、玲奈もそれに続いた。

「ロゼ。本当に良かったの? その、私との隷属を解除しなくて」
「はい。この首輪は自分とレナ様、いてはジン殿との絆の証ですので」
「さっき仁くんにも言ったけど、その首輪がなくたって、絆はなくなったりしないよ」
「それは重々承知しております。しかし、自分はこの首輪に誓ったのです。お二人の意志を継いでみせると。自分の最後のわがままをお許しください」

 ロゼッタが静かに頭を下げる。ロゼッタと玲奈がこの世界と元の世界に離れても隷属状態が継続するのか誰にもわからなかったが、例え魔法的な繋がりが失われようとも、この世界から奴隷制がなくなろうとも、ロゼッタの意志が変わらないことだけは誰の目にも明らかだった。

「あの日、お二人とミル様がレヴェリー奴隷館を訪ねられた日、なけなしの勇気を振り絞った自分を誇りに思います」

 顔を上げたロゼッタが穏やかな微笑みを湛えて二人を順に見つめる。当初、ロゼッタは仁たちの希望する条件からは外れていた。それでもロゼッタが選ばれたのは、ロゼッタ自身が売り込んできたからだった。

 仁は初対面時のロゼッタの、かつての仲間を思わせる凛とした佇まいを思い出す。当時は張り子だったかもしれない白き虎は、今では誰もが武人と認める立派な虎になっていた。

「お二人は、あの時、自分を選んだことを後悔しておられませんか?」
「するはずがないよ」
「うん」

 仁と玲奈が即答すると、ロゼッタが笑みを深める。それは、玲奈のことが大好きな仁が見惚れてしまいそうになるくらい、魅力的な笑顔だった。

「ジン殿。自分に見惚れていると、レナ様が焼きもちを焼かれますよ」
「ロ、ロゼ……!」

 仁と玲奈が揃って狼狽ろうばいする。仁はロゼッタに見惚れそうになっていたことを否定も肯定もできずに困るが、その一方で、ロゼッタが自身の容姿が他者から魅力的に見えるのだと自然と受け入れているような言動を嬉しく思う。

 先のルーナリアの発表によって、長い目で見れば少なからず白虎族の立場も変わっていくのは間違いない。元々ラインヴェルトでは差別的な見方はされていなかったが、これからは帝国や他の地域でも美しい種族の代名詞として白虎族が語り継がれていくことになるかもしれないと仁は思った。

「お二人のお子をこの手に抱けないのは残念でなりませんが、どうか、お幸せに」
「みんなを残していく俺にこんなこと言う権利があるかわからないけど、俺もロゼの幸せを祈っているよ」
「ロゼも幸せにね」

 ロゼッタはその瞳を涙で湿らせながらも笑顔で仁と玲奈と固く握手を交わし、リリーの傍へと下がっていく。仁は敢えてミルを頼むとは言わなかった。今更言うまでもなく、ロゼッタはロゼッタの意志でミルと共にいてくれる。仁も玲奈も、そう信じていた。

 仁は心の中でロゼッタに最大限の感謝の言葉を告げると、視線をミルへと動かした。皆と別れの挨拶をしている間も、ミルは俯いたまま、何かに耐えるように両手を握りしめていた。その足元で、イムが心配そうにミルを見上げながら寄り添っている。

「ミル……」

 仁が呼びかけると、ミルの肩がビクッと上下した。仁がミルの前に屈み、玲奈もその横で同様にして並ぶ。

「ミル。可愛い顔を見せてほしいな」
「うん。私も見せてほしい」

 努めて優し気な声を出す仁に玲奈も続くが、ミルは顔を上げようとしなかった。しばらくすると、ミルが小さく呟く。

「今のミルは可愛くないの……」
「そんなことないよ。ミルはいつでも可愛いよ」
「うんうん」

 仁と玲奈はそのままミルが顔を上げるのを待つ。コーデリアを待たせているし、極論すぐにでも帰還すべきなのだが、仁は大事な妹の顔を見るまでは帰れない。その想いは玲奈も同じだった。しかし、だからと言って、無理やり顔を上げさせるようなことはしたくなかった。

「みんな我慢してたのに、ミルはダメな子なの……」

 ミルが嗚咽交じりに、ぽつぽつと話し始めた。仁と玲奈は心が引き裂かれそうな気持ちになりながら耳を傾ける。

「リリーお姉ちゃんもロゼお姉ちゃんも、ココちゃんも我慢してたのに、ミルは、ミルは涙が止まらないの……!」

 ミルの肩がプルプルと震えていた。その悲痛な叫びを聞いて、仁はミルを抱きしめる。

「ミル。泣いていいんだよ。泣いていいんだ……!」
「ジンおにい、ちゃん……」

 ミルが仁の肩に額を押し付ける。仁とむせび泣くミルを、玲奈が横からまとめて抱きしめた。

「ミルちゃん。泣くのは悪いことじゃないんだよ。私と仁くんのために我慢してくれたのは嬉しいけど、自分のために泣いてくれる人がいるっていうのも、とっても嬉しいことなんだよ」
「レナ、お姉ちゃん……」

 ミルの口から溢れ出る嗚咽の量が僅かに増した。

「ジンお兄ちゃん、レナお姉ちゃん……。泣いて、いいの? ミルは、泣いていいの……?」
「ミル。顔を上げてごらん」

 仁がミルの問いへの返答代わりにそう言って抱きしめる力を強めると、ミルは戸惑いつつも恐る恐る顔を上げた。次の瞬間、堰を切ったようにミルが声を上げて泣き出す。仁も玲奈も、そしてミルも、皆が同じ顔をしていた。

「ジンお兄ちゃん……! レナお姉ちゃん……!」

 ミルが両腕を目一杯に広げて仁と玲奈を掻き抱いた。小さな顎を二人の肩の間に乗せて、ミルが泣き叫ぶ。

「ミルは悪い子なの! ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんとお別れしたくないの! 笑顔でお見送りするのがジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんへのご恩返しだって決めたのに……!」

 ミルの悲痛な叫びが、想いが途切れることなく次々と溢れ出す。

「ミルは、いけない子なの! ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんがミルのところに来てくれたとき、ほんとは、いっぱいいっぱいお話ししたかったの。だけど、ミルとお話ししたら、ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんは行っちゃうの。ミルは嫌なの! ミルはずっと一緒にいたいの。ジンお兄ちゃんとレナお姉ちゃんと、一緒にいたいの。離れたくないの……!」

 それは物分かりのいい妹の、最後のわがままだった。決して叶うことはないと理解した上での悲しいわがまま。別れは避けられずとも仁と玲奈と少しでも長くいたいと願う純粋な想いが、その場の皆の心を強く揺さぶった。

 地下研究室に、涙が溢れた。
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