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序章
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世界が燃えていた。夕日が空を焦がし、大火が城下町を燃やし尽くす。天も地も赤に染まった世界に白亜の城のみが残されていた。
城下町を囲う白壁目掛けて四方八方から押し寄せた大軍を幾度となく押し返してきた白銀の精鋭たちの多くが志半ばで倒れていった。女子供を城内へ避難させた男たちは城壁の門が破られると城内に残っていた兵士たちと共に敵軍に突撃するが、次々と雪崩れこんで来る敵兵の勢いを僅かに削ぐことしかできなかった。
大陸南西部に位置するラインヴェルト王国。湖の畔に築かれた白城が象徴的な美しき王都が蹂躙されていた。最後の砦とも言うべき城門前の激しい攻防も、決着の時が近づいていた。
「勇者様、もう持ちません!」
「まだだ! 諦めるな!」
最後の力を振り絞り敵兵を切り伏せて膝をつく青年騎士の叫びに、漆黒の軽鎧を身に纏った少年が吠えた。
「黒炎地獄!」
勇者と呼ばれた少年は右手の長剣を一閃して数名の命をまとめて刈り取りながら瞬時に体内の魔力を練り上げ、左手の銀剣を触媒にして魔法を行使する。放たれた黒塊は敵兵のただ中に着弾すると黒炎を円状に周囲へと一気に広げ、触れたものすべてを燃やし尽くした。だがそれも焼け石に水。一瞬開けた空間も、あっという間に再び敵兵で埋め尽くされた。グレンシール王国を中心とした連合軍との兵数の差は絶望的だった。
「勇者様、王女様のところへ行ってください」
「王女様はきっと最後まで抗われるおつもりでしょうが、私たちはそれを望んでいません」
「勇者様のお力で王女様を逃がしてやってください」
「王女様さえ生きていれば私たちの勝利です!」
「なーに、時間稼ぎくらいはしてみせますよ」
迫りくる死の気配を感じ取った騎士たちは疲労困憊の表情の中に笑みさえ浮かべ、少年の返事を待たずに最後の突撃を敢行する。
「者ども、私に続けえええええ!」
一際大柄な壮年の騎士の叫びを背に、少年は城内を風のように駆ける。騎士たちの死を無駄にするわけにはいかなかった。気配察知と魔力感知の技能を駆使して王女の居場所を特定し、残された僅かな魔力で身体強化を施して疾走した。目の前に迫った金属製の大扉を体当たりするかのように勢いよく開け放ち、魔力に満ちた一室に転がり込む。
「クリス! 逃げるぞ!」
「ジン、丁度良かった。こちらに来てください」
どこか神殿を思わせる静謐な空気の中、巨大な一枚の大理石に刻まれた魔法陣の傍らに立つ金髪の少女は、焦る少年と対照的に穏やかな笑みを浮かべていた。
「何を悠長なことを言っているんだ! 早く! 騎士たちが命を懸けてクリスが逃げる時間を作ってくれてるんだ!」
「ジン、落ち着いてください」
少女に駆け寄って腕を掴む少年の手を、少女はもう片方の手で優しく包んでから引きはがす。
「お別れです」
「えっ?」
意図しない言葉と共に両肩を押され、少年は戸惑いの声を上げながら数歩後退した。直後、足元の魔法陣が白い光を放ち、少年の体を覆い隠していく。
「今まで本当にありがとうございました。勝手にこちらの世界へ召喚した私たちを怨んでも仕方がないというのに、あなたは最後の最後まで私たちのために頑張ってくれました」
「こんなときに何を言っているんだ! 早く逃げないと! 騎士たちが! くそっ! ここから出してくれ! クリス!」
魔法陣から立ち上がる光の壁に阻まれ、少年は少女に近づくことさえできない。
「安心してください。私が騎士たちにあなたをここへ寄越すようにお願いしていたんです。あなたを元の世界に返すこと。それが私たち全員の願いです」
「そんな! どうして! 俺は、クリスと、みんなと一緒に!」
少年の脳裏に、この城で、街で、世界で出会った多くの人々の笑顔が過った。みんなかけがえのない仲間で、家族だった。
「何とか間に合ったようですね。さようなら、ジン。私たちの勇者様に心からの感謝を」
「待って、待って、待ってえええ!」
少年の視界が白で埋め尽くされる直前、少女の頬を一筋の涙が伝った気がした。
こうして異世界から召喚された勇者は、この世界を去った。
城下町を囲う白壁目掛けて四方八方から押し寄せた大軍を幾度となく押し返してきた白銀の精鋭たちの多くが志半ばで倒れていった。女子供を城内へ避難させた男たちは城壁の門が破られると城内に残っていた兵士たちと共に敵軍に突撃するが、次々と雪崩れこんで来る敵兵の勢いを僅かに削ぐことしかできなかった。
大陸南西部に位置するラインヴェルト王国。湖の畔に築かれた白城が象徴的な美しき王都が蹂躙されていた。最後の砦とも言うべき城門前の激しい攻防も、決着の時が近づいていた。
「勇者様、もう持ちません!」
「まだだ! 諦めるな!」
最後の力を振り絞り敵兵を切り伏せて膝をつく青年騎士の叫びに、漆黒の軽鎧を身に纏った少年が吠えた。
「黒炎地獄!」
勇者と呼ばれた少年は右手の長剣を一閃して数名の命をまとめて刈り取りながら瞬時に体内の魔力を練り上げ、左手の銀剣を触媒にして魔法を行使する。放たれた黒塊は敵兵のただ中に着弾すると黒炎を円状に周囲へと一気に広げ、触れたものすべてを燃やし尽くした。だがそれも焼け石に水。一瞬開けた空間も、あっという間に再び敵兵で埋め尽くされた。グレンシール王国を中心とした連合軍との兵数の差は絶望的だった。
「勇者様、王女様のところへ行ってください」
「王女様はきっと最後まで抗われるおつもりでしょうが、私たちはそれを望んでいません」
「勇者様のお力で王女様を逃がしてやってください」
「王女様さえ生きていれば私たちの勝利です!」
「なーに、時間稼ぎくらいはしてみせますよ」
迫りくる死の気配を感じ取った騎士たちは疲労困憊の表情の中に笑みさえ浮かべ、少年の返事を待たずに最後の突撃を敢行する。
「者ども、私に続けえええええ!」
一際大柄な壮年の騎士の叫びを背に、少年は城内を風のように駆ける。騎士たちの死を無駄にするわけにはいかなかった。気配察知と魔力感知の技能を駆使して王女の居場所を特定し、残された僅かな魔力で身体強化を施して疾走した。目の前に迫った金属製の大扉を体当たりするかのように勢いよく開け放ち、魔力に満ちた一室に転がり込む。
「クリス! 逃げるぞ!」
「ジン、丁度良かった。こちらに来てください」
どこか神殿を思わせる静謐な空気の中、巨大な一枚の大理石に刻まれた魔法陣の傍らに立つ金髪の少女は、焦る少年と対照的に穏やかな笑みを浮かべていた。
「何を悠長なことを言っているんだ! 早く! 騎士たちが命を懸けてクリスが逃げる時間を作ってくれてるんだ!」
「ジン、落ち着いてください」
少女に駆け寄って腕を掴む少年の手を、少女はもう片方の手で優しく包んでから引きはがす。
「お別れです」
「えっ?」
意図しない言葉と共に両肩を押され、少年は戸惑いの声を上げながら数歩後退した。直後、足元の魔法陣が白い光を放ち、少年の体を覆い隠していく。
「今まで本当にありがとうございました。勝手にこちらの世界へ召喚した私たちを怨んでも仕方がないというのに、あなたは最後の最後まで私たちのために頑張ってくれました」
「こんなときに何を言っているんだ! 早く逃げないと! 騎士たちが! くそっ! ここから出してくれ! クリス!」
魔法陣から立ち上がる光の壁に阻まれ、少年は少女に近づくことさえできない。
「安心してください。私が騎士たちにあなたをここへ寄越すようにお願いしていたんです。あなたを元の世界に返すこと。それが私たち全員の願いです」
「そんな! どうして! 俺は、クリスと、みんなと一緒に!」
少年の脳裏に、この城で、街で、世界で出会った多くの人々の笑顔が過った。みんなかけがえのない仲間で、家族だった。
「何とか間に合ったようですね。さようなら、ジン。私たちの勇者様に心からの感謝を」
「待って、待って、待ってえええ!」
少年の視界が白で埋め尽くされる直前、少女の頬を一筋の涙が伝った気がした。
こうして異世界から召喚された勇者は、この世界を去った。
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