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84話 不思議な少女(1)
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私とリズは一旦釣り小屋で待機することになった。小屋の中に入って間もなくして、リズが泣き出してしまう。私自身もかなり動揺していたのだけれど、隣でしゃくり上げるリズを見ているうちに、何故だか頭の中は変に冷静になっていく。部屋の隅にあった長椅子に彼女を座らせると、私もその横に腰を下ろした。リズの手を握り、背中をさすってあげる。しばらくして、ルイスさんが小屋に戻って来た。私達が座っている椅子まで近寄ると、彼は泣いているリズの頭を優しい手付きで撫でた。
「姫さんは、大丈夫? 気分とか悪くなってない?」
大丈夫だと頷くと、彼は『そっか』と安心したように呟いた。しかし、表情はとても険しくて、周囲に重苦しい空気が漂っている。さっき釣り堀で起きた出来事を考えれば当たり前だ。
「リズが落ち着いたら、すぐに王宮へ帰ろう。ごめんね……こんなことになって」
「いいえ……。あの、レナードさんは?」
「あいつは生簀の周りを調べてる。ちゃんと詳しく調査しなきゃ分からないけど、多分事故だと思うよ」
「事故……」
生簀の中から見つかった遺体は、この釣り堀の管理人さんだった。私が釣り上げた猫の刺繍の帽子は、その管理人さんがよく被っていたお気に入りの物だったそうだ。大人の男性が被るには些か可愛らしいその帽子を、レナードさんはよく覚えていたのだという。
「レナードの話だと、ここの管理人……かなりの飲んだくれらしくてね。昼間から酒瓶抱えて、ご機嫌だったんだって。ただでさえ水場は注意して歩かなきゃいけないのにね……」
室内をよく見てみると、釣り道具に混じってお酒の瓶らしきものが転がっていた。管理人さんが酒好きというのは本当みたい。
酔っ払って足を滑らせて、そのまま……というのがおふたりの考えだ。生簀は足を踏み外して落下してしまっても、大人なら上によじ登ることができる。しかし、それはあくまで正常な状態ならという前提だ。泥酔して足元がおぼつかなくなっていたのだとしたら……底に足がつかない生簀でパニックになり、溺れてしまっても不思議ではない。
「落ちた時に、周りに人がいなかったのも運が悪かったな。巡回の兵士でも通りかかってくれてたら、助かっていたかもしれないのに……」
冷たい水の中で、苦しくて怖かっただろうな。本人の不注意だったとしても、亡くなった時の状況を想像すると胸が痛くなる。
その時、入り口のドアノブを回す音がして、私達は一斉にそちらに振り返った。小屋に入って来たのはレナードさんだった。ルイスさん同様、表情は固い。普段の和やかな雰囲気は、すっかりなりを潜めてしまっている。彼は管理人さんと、それなりに交流があったのだ。私達よりもショックは大きいに違いない。
「レナードさん、あの……管理人さんのこと、お気の毒でした」
「酒は控えろって何度も言ってたんですけどね……」
こんな時、なんて声をかければいいのだろうか。私はそれ以上何も言うことができなくて俯いてしまう。レナードさんは私の側へ歩み寄り、膝を折ると、下から見上げるようにして顔を覗き込んだ。
「彼の死に心を痛めて下さるのですね……あなたとリズちゃんには、辛い所に立ち合わさせてしまいました。今日はもう、ルイスと一緒に王宮にお戻り下さい。後の事は私に任せて……」
「はい……」
「ルイス、ふたりをお願いね。王宮へ着いたらクライヴに報告して。それと……」
私との話が終わると、レナードさんはルイスさんの方へ行ってしまった。何となく部屋の壁にあった時計を眺める。時刻は13時になるところだった。お昼はとっくに過ぎていた。持参したバスケットの中にはお弁当が入っている。せっかく用意して貰ったのだけれど、今は食事をするような気分には到底なれなかった。
「クレハ様、すみません……わたし……」
「どうして謝るの? リズ」
泣いていたリズが私に話しかけて来た。会話ができる程度には落ち着いたようで良かった。しかし、その顔は悔しそうに歪んでいた。
「クレハ様、リズは情けないです。クレハ様が気丈に振る舞っておられるのに、側仕えの私がこんな体たらく……本来なら、私がクレハ様を支えてあげなくてはならないのに」
彼女は主人である私を差し置いて、泣き喚いたことが相当不本意だったようだ。そんなの気にしなくていいのに……
「はぁ!? 事故じゃないかもって……どういうことだ」
リズを宥めていると、ルイスさんの声が耳に飛び込んできた。驚いて彼の方を見る。ルイスさんも『しまった』というような顔をして私達を見ていた。今、事故じゃないって言ったよね……だったら管理人さんは……
「なにやってんの……」
「わりぃ」
レナードさんは額に手を当て、呆れたようにルイスさんを窘めた。さっきルイスさんが大声で言ってしまった内容は、私達に聞かせるつもりではなかったのだろう。
「少し気になることがありましてね。でも、今の時点では何とも……色々な可能性を視野に入れて調査しなければなりませんから」
「ふたりが心配するような事は無いから。リズも泣き止んだみたいだし、俺たちは先に王宮へ帰ろうか」
リズの様子を見て、ルイスさんは帰り支度を始めたので私達もそれに続いた。リズは私の頭に帽子を被せる。必要最低限の荷物だけを持ち、私は椅子から立ち上がった。
釣り小屋から出ると、少し強めの風に煽られる。また帽子を飛ばしそうになってしまったので、手でしっかりと押さえた。ちらりと生簀の方へ視線をやると、私達が釣りをしていた場所に、大きな布に包まれた物体が横たわっていた。あれはきっと……亡くなった管理人さんだ。私はすぐにそこから目を逸らしたのだが、逸らした先に人影を発見してしまい、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
「おっ、女の子……?」
生簀へと繋がっている桟橋の手前に10代半ばくらいの少女が立っていた。黄色の髪に、黄色の服……全身を黄色で統一した少女は、小屋から出てきた私達をじっと見つめている。王宮で働いてる子かな……それとも、誰かの家族? この子も釣りをしに来たのだろうか。だとしたら事情を説明して、帰って貰わなくては……今はとても釣りなんてできる状態ではないのだから。
「……ルイス」
「ああ……」
ルイスさんはレナードさんの呼びかけに頷くと、腰に携えている剣を握った。そして、私達へ後ろに下がれと命じる。彼のまとう空気が刺すようにピリピリしている。訳が分からないまま、私はリズと一緒にルイスさんの後ろへ隠れた。
黄色の少女に向かって、レナードさんが一歩踏み出した。そのままニ歩目三歩目とゆっくりと距離を詰める。レナードさんが長身ということもあるけど、ふたりが並ぶと少女の小柄さが更に際立った。
「こんにちは、お嬢さん。ここで何をしているのかな?」
私達とレナードさんとの距離は数メートルも離れていないので、会話の内容ははっきりと聞くことができた。彼は少女に挨拶をしている。少女はレナードさんに声をかけられると、私達を見つめ続けていた瞳を彼の方へ向けた。
「今日は釣り堀には入れないよ。だから申し訳ないけど、帰って……」
彼はその言葉を最後まで言うことはできなかった。一瞬だった。少女の右手辺りから槍のようなものが飛び出して、レナードさんの顔を貫こうとしたのだ。少女は武器なんて持っていなかったのに……私は息を呑んだ。レナードさんは体を横に反らし、すんでの所で攻撃をかわした。そしてすぐさま剣を抜き、伸ばされた少女の右腕をためらいもなく切り落としてしまった。
「ひっ……!!」
衝撃的な光景を目の当たりにし、リズが小さく悲鳴を上げた。そんな私達に追い討ちをかけるように、更なる衝撃が襲う。腕を切られたのに、少女からは血が全く出ていないのだ。地面に転がる少女の腕を見ると、信じられないことに腕自体が長い針のような形をしていた。少女は隠し持っていた武器で攻撃したのではなく、自身の腕を針状に変化させていたのだ。痛みも感じないのか、切断された腕の断面を無言で眺めている。
「動くな。次は首を斬る」
レナードさんの警告も意に介さずといった様子で、少女は着ている服のポケットをかざごそと漁りだす。そして、白い紙束のような物を取り出した。その瞬間、レナードさんは少女に向かって斬りかかった。宣言した通り首を狙い、勢いよく……しかし、先程の腕のように切断することは叶わなかった。少女の体はぐにゃりと形を変え、まるで水飴のようにドロドロになってしまった。首なんてもうどこにあるか分からない。ここまできたら、疑いようがなかった。
「人じゃない……?」
「ふたり共、小屋に戻れ!!」
ルイスさんが叫んだ。リズは硬直したように動けなくなってしまっていた。私はリズの手を引っ張り、さっきまでいた釣り小屋に向かって走り出した。
「姫さんは、大丈夫? 気分とか悪くなってない?」
大丈夫だと頷くと、彼は『そっか』と安心したように呟いた。しかし、表情はとても険しくて、周囲に重苦しい空気が漂っている。さっき釣り堀で起きた出来事を考えれば当たり前だ。
「リズが落ち着いたら、すぐに王宮へ帰ろう。ごめんね……こんなことになって」
「いいえ……。あの、レナードさんは?」
「あいつは生簀の周りを調べてる。ちゃんと詳しく調査しなきゃ分からないけど、多分事故だと思うよ」
「事故……」
生簀の中から見つかった遺体は、この釣り堀の管理人さんだった。私が釣り上げた猫の刺繍の帽子は、その管理人さんがよく被っていたお気に入りの物だったそうだ。大人の男性が被るには些か可愛らしいその帽子を、レナードさんはよく覚えていたのだという。
「レナードの話だと、ここの管理人……かなりの飲んだくれらしくてね。昼間から酒瓶抱えて、ご機嫌だったんだって。ただでさえ水場は注意して歩かなきゃいけないのにね……」
室内をよく見てみると、釣り道具に混じってお酒の瓶らしきものが転がっていた。管理人さんが酒好きというのは本当みたい。
酔っ払って足を滑らせて、そのまま……というのがおふたりの考えだ。生簀は足を踏み外して落下してしまっても、大人なら上によじ登ることができる。しかし、それはあくまで正常な状態ならという前提だ。泥酔して足元がおぼつかなくなっていたのだとしたら……底に足がつかない生簀でパニックになり、溺れてしまっても不思議ではない。
「落ちた時に、周りに人がいなかったのも運が悪かったな。巡回の兵士でも通りかかってくれてたら、助かっていたかもしれないのに……」
冷たい水の中で、苦しくて怖かっただろうな。本人の不注意だったとしても、亡くなった時の状況を想像すると胸が痛くなる。
その時、入り口のドアノブを回す音がして、私達は一斉にそちらに振り返った。小屋に入って来たのはレナードさんだった。ルイスさん同様、表情は固い。普段の和やかな雰囲気は、すっかりなりを潜めてしまっている。彼は管理人さんと、それなりに交流があったのだ。私達よりもショックは大きいに違いない。
「レナードさん、あの……管理人さんのこと、お気の毒でした」
「酒は控えろって何度も言ってたんですけどね……」
こんな時、なんて声をかければいいのだろうか。私はそれ以上何も言うことができなくて俯いてしまう。レナードさんは私の側へ歩み寄り、膝を折ると、下から見上げるようにして顔を覗き込んだ。
「彼の死に心を痛めて下さるのですね……あなたとリズちゃんには、辛い所に立ち合わさせてしまいました。今日はもう、ルイスと一緒に王宮にお戻り下さい。後の事は私に任せて……」
「はい……」
「ルイス、ふたりをお願いね。王宮へ着いたらクライヴに報告して。それと……」
私との話が終わると、レナードさんはルイスさんの方へ行ってしまった。何となく部屋の壁にあった時計を眺める。時刻は13時になるところだった。お昼はとっくに過ぎていた。持参したバスケットの中にはお弁当が入っている。せっかく用意して貰ったのだけれど、今は食事をするような気分には到底なれなかった。
「クレハ様、すみません……わたし……」
「どうして謝るの? リズ」
泣いていたリズが私に話しかけて来た。会話ができる程度には落ち着いたようで良かった。しかし、その顔は悔しそうに歪んでいた。
「クレハ様、リズは情けないです。クレハ様が気丈に振る舞っておられるのに、側仕えの私がこんな体たらく……本来なら、私がクレハ様を支えてあげなくてはならないのに」
彼女は主人である私を差し置いて、泣き喚いたことが相当不本意だったようだ。そんなの気にしなくていいのに……
「はぁ!? 事故じゃないかもって……どういうことだ」
リズを宥めていると、ルイスさんの声が耳に飛び込んできた。驚いて彼の方を見る。ルイスさんも『しまった』というような顔をして私達を見ていた。今、事故じゃないって言ったよね……だったら管理人さんは……
「なにやってんの……」
「わりぃ」
レナードさんは額に手を当て、呆れたようにルイスさんを窘めた。さっきルイスさんが大声で言ってしまった内容は、私達に聞かせるつもりではなかったのだろう。
「少し気になることがありましてね。でも、今の時点では何とも……色々な可能性を視野に入れて調査しなければなりませんから」
「ふたりが心配するような事は無いから。リズも泣き止んだみたいだし、俺たちは先に王宮へ帰ろうか」
リズの様子を見て、ルイスさんは帰り支度を始めたので私達もそれに続いた。リズは私の頭に帽子を被せる。必要最低限の荷物だけを持ち、私は椅子から立ち上がった。
釣り小屋から出ると、少し強めの風に煽られる。また帽子を飛ばしそうになってしまったので、手でしっかりと押さえた。ちらりと生簀の方へ視線をやると、私達が釣りをしていた場所に、大きな布に包まれた物体が横たわっていた。あれはきっと……亡くなった管理人さんだ。私はすぐにそこから目を逸らしたのだが、逸らした先に人影を発見してしまい、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。
「おっ、女の子……?」
生簀へと繋がっている桟橋の手前に10代半ばくらいの少女が立っていた。黄色の髪に、黄色の服……全身を黄色で統一した少女は、小屋から出てきた私達をじっと見つめている。王宮で働いてる子かな……それとも、誰かの家族? この子も釣りをしに来たのだろうか。だとしたら事情を説明して、帰って貰わなくては……今はとても釣りなんてできる状態ではないのだから。
「……ルイス」
「ああ……」
ルイスさんはレナードさんの呼びかけに頷くと、腰に携えている剣を握った。そして、私達へ後ろに下がれと命じる。彼のまとう空気が刺すようにピリピリしている。訳が分からないまま、私はリズと一緒にルイスさんの後ろへ隠れた。
黄色の少女に向かって、レナードさんが一歩踏み出した。そのままニ歩目三歩目とゆっくりと距離を詰める。レナードさんが長身ということもあるけど、ふたりが並ぶと少女の小柄さが更に際立った。
「こんにちは、お嬢さん。ここで何をしているのかな?」
私達とレナードさんとの距離は数メートルも離れていないので、会話の内容ははっきりと聞くことができた。彼は少女に挨拶をしている。少女はレナードさんに声をかけられると、私達を見つめ続けていた瞳を彼の方へ向けた。
「今日は釣り堀には入れないよ。だから申し訳ないけど、帰って……」
彼はその言葉を最後まで言うことはできなかった。一瞬だった。少女の右手辺りから槍のようなものが飛び出して、レナードさんの顔を貫こうとしたのだ。少女は武器なんて持っていなかったのに……私は息を呑んだ。レナードさんは体を横に反らし、すんでの所で攻撃をかわした。そしてすぐさま剣を抜き、伸ばされた少女の右腕をためらいもなく切り落としてしまった。
「ひっ……!!」
衝撃的な光景を目の当たりにし、リズが小さく悲鳴を上げた。そんな私達に追い討ちをかけるように、更なる衝撃が襲う。腕を切られたのに、少女からは血が全く出ていないのだ。地面に転がる少女の腕を見ると、信じられないことに腕自体が長い針のような形をしていた。少女は隠し持っていた武器で攻撃したのではなく、自身の腕を針状に変化させていたのだ。痛みも感じないのか、切断された腕の断面を無言で眺めている。
「動くな。次は首を斬る」
レナードさんの警告も意に介さずといった様子で、少女は着ている服のポケットをかざごそと漁りだす。そして、白い紙束のような物を取り出した。その瞬間、レナードさんは少女に向かって斬りかかった。宣言した通り首を狙い、勢いよく……しかし、先程の腕のように切断することは叶わなかった。少女の体はぐにゃりと形を変え、まるで水飴のようにドロドロになってしまった。首なんてもうどこにあるか分からない。ここまできたら、疑いようがなかった。
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