花も実も

白井はやて

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14.大切な人

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 八雲町を囲むように存在している山々の中でも一際高い東の山はその中腹に町の東端を流れる川の水源があり、町の人々から信仰され奉られている水龍「あもり様」の小さいものの立派な社が建立されている。
 その社へ登るための山道と、町同士を繋ぐ街道が交差した場所である大きな丸い橋がこの町の大通りの最も東端。
 そしてその街道は西に連なる山々の山間に繋がるため、大通りは緩やかに曲がって家々は建てられていた。
 そんな大通りの西端に、朝陽にとって大切な綾菜たち家族が営む団子屋があった。
 城下町よりはずっと小さいものの、街道に合わせて作られた町でもあるため、人はそれなりに住んでいて賑わっている。
 大通り沿いに時折生えている大きな大木や木々の葉もまだ完全に若葉色を付けてはおらず、時折春めいてきたとはいえ、それでも朝晩はまだ底冷えもする寒さなため通りを歩く人々は少し足早だ。
 それでも朝陽の半歩後ろを歩く夕顔は楽しいらしく、興味津々で周囲をのんびり西へ向けて歩きながら見回していた。

「面白いですか?」
「もちろんです。わたくしの実家がある町には川がなく水路を引いておりますから、雰囲気が全く違います」

 その様子が理解できず尋ねたことへ、彼女が満面の笑顔で頷いて再び通りへと目線を動かす。
 住むことができれば町なんて結局どこも一緒だろうという考えも微かにあった、が。
 ふと足を止めて朝陽は振り向き、東の山を見上げる。
 見える範囲の社へ登る山道を見てから、丸い橋から今いる大通りに伸びている道。ここから緩やかに曲がる通りは西の山間へ伸びている。
 周囲は山で冬はかなり寒いものの、春になれば東の山が一気に梅の花だらけになって、この町は梅の香りが漂い出す。
 夏は東の川で多くの人が涼んでいるし、秋は川の周囲に並ぶ田んぼに実り。
 朝陽にとってあまりにも身近すぎて当たり前だったために、これらが他の町にはないものなのだと指摘されて気付かされる。

「平和で良い町ですわね」
「そう、ですね」
 
 夕顔の笑みに、朝陽も釣られて頷く。
 そうか、ここは良い町なのか。周囲を見回して改めてそう噛み締めていると、半歩後ろにいた夕顔が少し先まで進んだところでぴたりと足を止め、振り向いて小さく手招くので近くまで駆け寄る。

「何かありましたか」
「いえ、…あの。何だかとても香ばしい香りが…どこからか分かりますか?」
「知ってます」

 どことなく恥ずかしげに尋ねられた質問の答えを知っていた朝陽は目を細めて頷いた。
 綾菜たち家族の営む団子屋に近づくと、普段から食欲をくすぐる香りが漂ってくる。
 今日は少し焦げたような甘い香り。先週のようにみたらしのタレか。
 全く違うものかもしれない。綾菜たちは商品を研究して売っていることも多いから。
 表情が一変した朝陽を見て夕顔は目を伏せて、口元だけ笑みを作ると、切り出す。

「連れていっていただいても?」
「買い食いになりますが、良いですか?」
「気づかれなければ良いのですよ。この香りに抗える人間などそういないとわたくしは考えますが、朝陽さまはどのような意見がありますでしょうか」
「俺はいつもこの香りに負けて引き寄せられている人間ですから、勝てる者はいないとしか答えられません」
「まあ、ふふ」

 夕顔が口元を抑えて笑うので、朝陽は通い慣れた団子屋までの道を歩く。
 その半歩後ろを夕顔が付いてくる。
 顔だけ傾けて後ろをチラ見してから、気になったことを彼女へ聞いてみた。

「何故後ろを歩くのですか?」
「父にそう躾けられましたから」
「…」

 豪快だが気のいい人に見えた橘家の当主はそんなにも細かいことを言うのかと思わず眉間を少し寄せたところを夕顔は見逃さず、だがおかしそうに笑って付け加えた。

「あら、そんな顔はされないでくださいな? 外では、が抜けておりましたから」

 外では、後ろを歩くように。
 では、家では?
 そう聞こうと考えたが、にこりと微笑まれて朝陽は聞くのを止めて団子屋への足を動かす。
 のんびり周囲を眺めて歩く夕顔に合わせるため、普段よりはゆっくりめに。
 緩やかに曲がっている通りを進んだ団子屋の前周辺には人が多かった。香りに引き寄せられて購入を迷っている者や、品書きを見て悩んでいる者もいる。
 今日はなかなかに盛況しているようだった。
 店の横にある路地に店の様子を遠巻きに眺めている見慣れた将吉の姿があり、向こうもまた朝陽に気がついてぱっと表情が変わったものの。
 興味津々で団子屋を見つめて隣に立つ夕顔を見て、はっと目を丸くして何かを察したのか話しかけてはこない。
 店の前にたどり着き、夕顔が目を輝かせていたため、僅かに空いていた長椅子を勧めて彼はその前に立った。空けば座るつもりで品書きを手渡していると、視線を感じてそれを辿る。

「!」

 綾菜と目が合った。
 向こうはお盆を抱えて、驚きの表情でじっと見ていたが、目が合うなり慌てて俯いた。

「朝陽さま、お勧めなどはあるのでしょうか?」
「えっと…」

 言い淀んで、朝陽は先程目が合った綾菜のいる方向へまた視線を向ける。
 また目が合った。
 綾菜へ向けて笑顔で「綾菜さん」と名を呼び手招くと、大声ではなかった呼びかけだったものの綾菜がやって来る。

「ここの看板娘の綾菜さんです」
「え、あ、…い、いらっしゃいませ」

 普段は天真爛漫な綾菜が珍しく焦りながら、朝陽の紹介に合わせて夕顔へ向けて頭を深々と下げる。

「こちらは父の旧友の娘で、夕顔さん。町を見てみたいということで付き添い、…かな」
 
 綾菜に自分の紹介をする朝陽を、彼女は長椅子に腰掛けたままでじっと見ていて。
 それまで聞いたことのない砕けた口調の彼に目を細めたあと明るく綾菜を話しかけた。

「こちらの店からの香りに引き寄せられてしまいました。お勧めなどありますでしょうか?」
「きょ、今日はよもぎ団子がお勧めなのですが。い…一度みたらしの注文を受けてから、そちらの注文が増えました」

 珍しいほどにどもりながら話す綾菜を隣で見つめたあと、夕顔へ目を向け朝陽は尋ねる。

「どうしますか?」
「では、その二つをぜひ…!」

 声を弾ませた夕顔がよもぎ団子とみたらしを食べるということでそれぞれ二つずつ頼んだ。
 彼女の隣が空いたため、そこに朝陽も腰掛けて、周囲を相変わらず興味深げに見回す夕顔を変わった人だなとぼんやり眺めていると。

「お、待たせ、しました…」

 戸惑いの表情で綾菜がお盆を間に置こうとしたが少し震えているようで揺れていたため、朝陽が受け取り、彼女へ笑いかける。

「ありがとう」
「い、いえ…」
「美味しそう! 早速いただきますね」

 団子を見つめてから満面笑顔の夕顔へ、何か言いかけたものの結局それを口にはせずに綾菜は無言で頷き返す。
 椅子が埋まる程度には客がいるため、すぐに他のところから声が掛かり、心残りがあるかのように時折振り向きながらも綾菜は移動していく。
 朝陽はそんな彼女を不思議に思いながらも見送っていると、隣で頬を押さえて満ち足りた表情を浮かべた夕顔が息を飲んだ。

「美味しいですわね…!」
「そうなんです! 綾菜さんたちが作る団子は本当に美味しくて! 俺、かなり通い詰めてます」

 綾菜がいるからとはいえ、もちろん団子だって美味しいから常連となっているわけで。
 好きな味を褒められて、朝陽は思わず笑顔となって勢いよく語りだした。
 忙しい店の状況が分かっていて長居することはできず、朝陽は近くの長椅子に置いてある食べ終えた皿を片付け始めていた綾菜に声を掛け、料金を支払い、今日はもう屋敷へ戻ることを伝える。
 見上げながらそんな朝陽の話しを聞いていた彼女は穏やかに微笑んで「またのお越しをお待ちしています」と告げて頭を下げた綾菜へ手を振り、店を出る。
 大通りの最も西側にある店から引き返して、屋敷方面のある町の東に歩き出したところで夕顔が晴れやかな笑顔を浮かべて半歩前の朝陽へ話しかけた。

「朝陽さんはあの方を大切に想われていらっしゃるのですね」

 急な言葉だったので少々驚きつつも、振り向いた朝陽は照れながら頷く。

「全てにおいて尊敬している、大切な人です」
「そこまで誠実に大切と明言できる方がいらっしゃって、羨ましいですわ」

 羨望の瞳を朝陽へ向けてから、夕顔は目を伏せる。

「わたくしにはとても眩しく見えます」

 その言葉に含まれる感情を朝陽は予想するしかできないが、この縁談だけでなく他の物事全てにおいて親に決定権があると仮定したなら、夕顔はきっと自由が好きなんだろうと想像がついた。
 全く励ましにはならないかもしれないが、朝陽が彼女へ向けて言えることは跡継ぎになるだろう兄のこと。
 
「……後継者の最有力候補である理嗣兄上は誠実だと思いますよ」
「まあ。では風苅様は?」
「金遣いの荒い不誠実な奴です」
「そうでございますか」
 
 ふふと夕顔は口元を抑えて笑い、前を向く。
 姿勢を正し、背筋を伸ばして通りを歩き出した姿は、つい先程親に何もかもを決められた人だと感じた相手と同一人物とは思えないほどの強い気概はもちろん、武道をしたことがあるような無駄のない動きを微かに感じさせた。


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