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しおりを挟む博愛主義という言葉がある。
誰にでも平等に接し、許すことを知っている聖人のような人間のこと。
つまり、俺の婚約者であるシザーのことを指す。
シザーはトレー子爵家の三男で、上二人に渡す爵位はあるがトレーには与えられず、婿養子に出すか士官学校に入れるかの二択だった。トレー子爵領は特産があるわけでもなく、王の覚えが目出度いわけでもない、どちらかと言えば資産の少ない家だった。
この時俺は十三、シザーは十四と婚約するのにいい年齢を迎えていた。
シザーは麗人と名高いトレー子爵婦人によく似た美少年で、艶やかな金の髪を後ろで結い、晴れ渡った空色の瞳はキラキラと輝いていた。
こんな美少年が士官学校に放り込まれたら待っているのは……お察しの通りだろう。
シザーは頭も気立てもよく、スラリと伸びた身体は軽やかで、誰もがシザーに見惚れる程の美形ぶりだった。
俺の父であるグレーシア侯爵はシザーの噂を聞き、トレー子爵領と交渉の後、トレー子爵家との共同事業を視野に入れ政略結婚と相成った。
これは、体のいい身売りではないかと思ったものだ。
初めて顔合わせを行った時、シザーの美少年ぶりに呆気にとられてしまった。それ程にシザーの美貌はずば抜けていた。
一つ年上のシザーは博識でとても優しく、微笑み一つで相手を軽く陥落させてしまう。
最初はそこまでの博愛を見せなかったシザーだが、俺と婚約して五年後、そりゃあもう立派な博愛主義者になっていた。
父はどういう教育をシザーに施したのか。
「シザー」
「はい、なんでしょう?」
「アイズ家の子息と懇意にしているらしいな」
「ええ、良い友人関係を築いております」
この通りの返答だ。
〝懇意〟というだけあって、シザーとアイズ家の子息とはかなり密接な関係にある。
これが普通の〝子息〟なら問題ないが、アイズ家の子息は子宮持ちだ。となれば話は変わる。アイズ家の子息は令嬢と同じ扱いになる。
勿論、シザーを婿にとった俺も子宮持ちで、その為に一人息子である俺は子を産む側だ。故に、俺も婚約者以外の男性と二人きりになるのは良しとされていない。
魔力持ちの男で子宮持ちは産む子供も魔力持ちで生まれてくる。子宮持ちで生まれた男は、より魔力を持った伴侶を選ぶ必要がある。
だと言うのに、この男はアイズ家の子息と二人きりで会い、学園の外でも二人きりで会っているそうだ。
「何度も言っているだろう? アイズ家の子息は子宮持ちで、二人きりで会うのは醜聞が悪いと」
「いえ、しかしガランはその所為で同性の友が出来ず悲しんでおります。わたしが学友として親しくすることによって、その憂いが晴れるかと」
「……そうか」
驚くことにそれは純粋な好意であり、下心なんてチリ程にもない。
シザーは困った者に無償の愛を捧げ、自分で出来ることならと手を差し伸べることを止めない。
俺に対しても平等の愛は、とても薄っぺらく感じる。
誰もシザーのようなが聖人君子のような人間ばかりではない。
「しかし、君は俺の婚約者だ。適切な距離をとってくれ」
「勿論です!」
身長が伸びて、中性的な美少年だったシザーは美貌の青年へと変貌を遂げた。少し微笑むだけで漂う色香がやばい。
そんなシザーだから、婚約者の俺が居ようとも構わずアピールするものが後を絶えない。
俺がシザーに負けず劣らずの美貌を持っているんだったら、そういったちょっかいもなかっただろう。 しかし、俺は黒髪に地味な目の色を持っていて、華奢な見た目と美貌を有することで有名な子宮持ちだってのに背はシザーと同じくらいありガタイもいい、どこからどうみても男性体である。
魔力も高く、子宮もあり、高位貴族である俺は勝ち組の筈なのに、シザーと婚約して見た目のハンデを実感するようになってしまった。
我ながら卑屈な性格が嫌になる。
誰にでも優しいシザーを見る度に、モヤモヤとした澱が心の中に溜まっていくようだ。
アイズ家の子息なんて、友人のふりをしてシザーを狙っている筆頭の男だっていうのに、シザーに何度注意しても聞き入れることはない。
シザーは魔力が高く、その魔力を継承することができる子宮持ちは喉から手が出る程に魅力的な物件だ。きっと家の為にシザーに近づいたが、魅力的で優しいシザーに惹かれ俺から強奪することに決めたんだろう。
アイズ家の子息は見目がよく、子宮持ちらしく華奢な身体をしており、そこらの令嬢と変わらぬ美しさを武器としている。
学園でシザーと仲良くしているアイツは俺に見せつけるように身体を密着させて、此方をチラリと見て鼻で笑う。
お前には出来ないだろう? そんなニュアンスだ。
「さすがに疲れてしまったよ、シザー」
俺はため息を一つつき、まとめ上げた書類の束を抱え、父のいる書斎へと向かった。
+++
学園では爵位も関係なく、切磋琢磨し学ぶことが美徳とされている。
それでいて、ある程度のマナーは必須であり、暗黙の了解である。貴族が通う学園なのだから、習ったマナーを使用しないのはバカのすることだ。
だというのに、俺の恋敵と言っていいアイツは裏庭のベンチにシザーと一緒に座り、一つの本を二人で呼んでいた。さして大きくもない本を二人で読むのだから、顔の位置はとても近く、婚約者が居る人間のしていい距離ではない。
目の前がチカチカして、自分が怒りに染まっているんだという自覚をした。
ここで自分がアイズ家子息のような可憐な見た目だったら割入って、距離の近さについて喧々と怒っていたに違いない。
しかし俺はそれなりにゴツく、優良物件な筈なのに此方から申し込まなきゃ婿入りの話もこない見た目をしている。
そんな俺がここで悋気に支配されシザーを糾弾するのは憚られる。
逡巡している俺に、奴はいち早く気づきまたあの嫌な勝ち誇った笑顔を向けた。
「そういう事だ。悪いようにはしない。婚約を解消しよう」
俺はシザーとガラン・アイズの学園での噂や、実際他の生徒がみた二人の距離についてまとめ上げた書類をシザーに渡し、読む用に伝えた。
最初はピンときていなかったんだろう。書類を読み進めるシザーの表情は段々と悪くなり、仕舞いには真っ青になり息を詰めた。
「何度も忠告していたように、子宮持ちは令嬢たちと同じ扱いになる。二人でいるだけで不貞を疑われる。友人だというのなら、他に同性の友人を間に挟むことが慣例だ。俺は何度も君に言っていたが、どうしてか通じることがなかった」
シザーは文武共に優秀で、魔力もあり魔法のセンスも抜群だ。
最初は士官としての道がないかもと言われていたが、我が領を治める為の教育を施した所、頭角を現し逸材を見つけたと父はとてもご機嫌だった。
完璧な人間だと思っていたが、矢張り人間だ。博愛主義というのはとても素晴らしい人格だと思うけれど、俺は許せない。
俺は見目が良くなく、心が狭い。だから、自分を一番に思ってくれる人間じゃないと安心できない。
「勿論、トレー子爵子息の瑕疵は問わず、慰謝料も此方からだそう」
「待ってください! わたしは、エミリム様の伴侶として教育して頂きました! ガランとは友として線引きをきちんと行い、この報告のような疑われる行為は一切しておりません!」
「そうか。婚約を解消するのだから、家名で呼んでくれないか? アイズ家の子息はそのまま呼んだらいいよ。とても仲良しなんだから、隠すことなんてない」
ずっと気になっていた。
俺には敬称をつけるくせに、ガラン・アイズはそのままの名で呼ぶ。
これは明確な差ではないだろうか、と。
俺が指摘したら、漸くその呼び名の歪さに気づいたのだろう、此方に向けていた悲痛でいて真摯な瞳が床に落ちた。
「俺はこんな見た目だろう? だから、俺だけを愛してくれるそんな相手がいいんだ。君はとても頑張ってくれたけど、やっぱり俺みたいなゴツい男より、可愛い子の方がいいだろう。ちゃんと理解しているから、穏便に解消の方向で話し合おう」
「嫌です! わたしはエミリム様を愛しております!」
後がないと感じたのだろう、床を見つめていたシザーがバッと顔を上げた瞬間、大粒の涙がボロリと零れた。
一度、涙の痕が出来たからか、その綺麗な顔からは止まることなく涙が流れていく。
「わたしには、エミリム様だけなのです! 後生です、もう一度機会を頂けないでしょうか?」
尊い宝石のような涙が床に零れていくのを勿体ないな、と見ていたらソファに座る俺の足元にシザーが傅いてきた。
「お願いです、エミリム様っ!」
両足を折り曲げ完全に床に着き、頭でさえも床に擦りつけ俺の情を買おうとするその姿勢に哀れさを感じたが、シザーの言う愛がどんなものか考えて、博愛主義の文字を思い出した。
「悪いが、家名で呼んでくれないか?」
「っ!!」
年下に号泣して土下座をするシザーは絶望の表情を向けたが、俺だって被害者だってことを忘れていないか? こうならないように何度も忠告したって言うのに。
こんなボロ泣きのシザーを帰すのも憚れ、ハンカチを渡して扉の外で待機していた家令に指示を出しシザーを家に帰すよう指示を出した。
家同士の政略結婚であるため、暫く忙しくなるが心のわだかまりは薄れるだろうと、俺はホッと胸を撫で下ろした。
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たった今、エミリム様との婚約が白紙に戻ることが決定したと父から最終宣告を受けた。
幾度となくエミリム様に他の人間との距離について苦言をいただいていたけれど、将来はエミリム様の伴侶として広大な土地と数いる領民を支える補佐になるべく平等に物事を計れる人間になろうと努力をした。
困った人がいたら手を差し伸べ、よりよい結果に導けるよう知恵を絞った。
ガラン・アイズと出会ったのも子宮持ちという特殊な体質の所為で、同性の友が出来ず悩んでいると相談され、それならばわたしが友になると約束したのが切っ掛けだった。
女性は子供を産むことが出来るが、魔力はそこまで高くなく産む子の魔力はまちまちだ。相手が高い魔力を有していても、そのまま力が継承されて生まれることはほぼ無い。
その点、子宮持ちの男性は魔力が高くその所為で子宮が生成される稀有な存在で、その母胎から生まれた子は双方の魔力を受け継ぎ生まれる。
子宮持ちというのは金のガチョウを産む尊い存在だ。それに、子宮持ちは女性とさして変わらない華奢な体格に美貌を有するので売れ残るなんてことは滅多にない。
ガランも愛らしい容貌をしていて、その所為で同性の友人が出来なかったようだ。
「シザー様が友達になってくれて、僕とっても嬉しいです」
花がほころぶように笑うガランは屈託なく、憂いがなくなって良かったとわたしも微笑みを返した。
わたしの頭ひとつ分は小さいその背故に、とても幼い子を相手しているような気になっていた。それが周りからどんな目で見られているかも理解していなかった。
エミリム様から渡された資料にはわたしとガランについての報告がびっしりと記載されていた。
わたしとガランの密接さ、周りが恋人かと勘違いしてしまう距離、そしてガランがわたしと付き合っていると吹聴している事実。
どれをとっても己の行動の浅はかさに反吐が出る。
エミリム様の心中をお察しするだけで心が八つ裂きにされるようだ。
わたしは傲慢な意思でエミリム様を傷つけた。
将来の予行練習のつもりで、あちこちに媚びを売り手を差し伸べた結果がこれだ。
とても愚かな振舞いだった。
それを悔いても既に遅いのだ。
父に頬を張られ、チカチカする視界の中で絶望を感じた。
熱を持つ頬よりも、きっとエミリム様の方が痛かった筈だ。
信じていた婚約者があの報告書のような醜聞を撒いて歩いていたのだ。
謹慎を言い渡され、部屋に閉じこもっていると二日後に一枚の手紙を渡された。
差出人はガランで、外からの異物は弾かれるはずの謹慎だというのに、その手紙は封蝋がしっかりとそのまま残っており、誰も開けた痕跡がなかった。
ガランからの封を開け、ざっと読んだ所でわたしの足は力をなくしガクリとへたり込んでしまった。
中に書いてあったのは、わたしがいつでもアイズ家の婿として入れるという内容だった。しかも、エミリム様への中傷とも思えるものもあり、とても気分が悪くなってしまった。
わたしは良い友人関係を築けていると思い込んでいたが、ふたを開けたらまったく違った。
こんな裏切者の所為で、わたしは最愛のエミリム様の信頼をなくしてしまった。
悔しくて、涙がまたこぼれた。
エミリム様と出会ったのはわたしが十四の時。
その当時、我がトレー家は二年連続の台風直撃により作物が全滅し、領内は混乱に見舞われていた。
最悪、見た目がいいわたしを金持ちに当てがって金銭を受け取る道も視野に入れて動き出していた。
しかし、その絶体絶命の所をグレーシア侯爵に救われた。
聞くところによれば、グレーシア侯爵には跡継ぎの御子息がお一人いらっしゃって、その見目故に婚約者選びが難航しているという話だった。
わたしは幸いに魔力量が高く、使える属性も多かった。
グレーシア侯爵のお眼鏡に叶ったようで、エミリム様と対面できるチャンスが巡ってきた。
どういうわけか次兄もついてきて、自分が婚約者に名乗り出る気満々なのがとても嫌だった。
グレーシア家は我が家なんて馬小屋に見える程の立派なお屋敷で、待ち構える使用人の数も段違いだった。
圧倒されてばかりでだんだんと萎えてくる心を叱咤して、エミリム様が待っているという部屋の前で一つ深呼吸をした。
子宮持ちという特殊な存在は噂で聞いたくらいだ。それくらいに数が少なくて、貴重な存在なのだ。
侯爵家の子宮持ちなら王家に迎え入れられても不思議じゃないのに、婿をとるのはエミリム様が一人っ子なので、王家も手が出せなかったのだ。
侯爵家といえど、グレーシア家はかなりの資産を持っている由緒正しいお家で、過去には王家の人間が降嫁したこともあるらしい。
そんな高貴な家に子爵家の三男であるわたしが婿に入れるなんて、まるで物語の主人公のようではないか。
ドキドキと高鳴る胸を押さえ、開かれた扉に一歩踏み出した。
「やぁ、よく来てくれた」
「はじめまして」
よく響くバリトンと、ボーイソプラノが交互に発せられた。
豪奢な応接間はとんでもない広さで、そこに上品に置かれている調度品はどれもが細かな細工が施された一級品であるのが子供のわたしでも窺い知れた。
その部屋の真ん中に上品な美丈夫と、良く似た美しい人が佇んでいた。
サラサラの黒髪に、王家の特徴である黄金色の煌めく瞳。スッとした輪郭に、怜悧な印象をもつ眦、形のよい鼻と唇。
わたしはよく柔和な容貌だと言われるが、この方は研ぎ澄まされ研磨され、なるようにしてなった麗人だ。
背はわたしより高く、すらりとした体躯はみて判るほど締まっていて、黒豹を彷彿とさせる。
鼻息荒く自分が名乗り出ようとしていた兄はその圧倒的な美貌にたじたじになり、一歩後ろに下がった。そこでわたしがこの美しい高貴なお方の伴侶として決まった。
わたしはエミリム様の伴侶として恥ずかしくないよう努力を重ね、グレーシア領の領民に認められるよう頑張ったつもりだった。
「エミリム様が……他の人間と結婚するんだ……」
婚約解消とはそういうことだ。
エミリム様は子を成さなくてはならない。
わたしは失格紋を押され、脱落者になってしまった。
わたしは、エミリム様が誰かと婚約し、結婚をするのを遠くからみるしかないのだ。
目の前が真っ暗になる。
わたしには、エミリム様しかいなかった。
エミリム様がいたから頑張れたのだ。
しかし、このまま生きていたらエミリム様がわたし以外の人間の傍で微笑み、子を成すのを事実として受け入れなくてはならなくなる。
「……耐えられない」
貴族としては禁忌である逃げ道しかわたしには残されていなかった。
+++
「は?」
学園から帰って、晩餐まで本を読んでいようかと思っていたら転がるように自室に入ってきた家令の言葉に開いた口が塞がらなくなった。
聞くところによると、シザーが俺との将来に嘆き自死を試みたらしい。
首をくくる所を使用人が見つけ阻止されたらしいのだが、その後も監視の目を潜り抜け死のうとするものだからトレー子爵が叱りつけても反応はなく、食事をとることも寝ることもなく衰弱する一方でこのままでは自殺するまでもなく衰弱して死んでしまうだろうということだった。
トレー子爵もそこまで我が子が思いつめるなんて思っていなかったようだ。俺だって、そうだ。
日々衰弱する一方のシザーを想い、俺に連絡がきたわけだ。
父も我が子同然に育てたシザーを憐れんで俺に見舞に行くよう命じたが、そんなことを言われなくても俺はすぐにトレー子爵家に行くつもりだった。
シザーは俺との婚約解消の話が立ち上がってすぐに謹慎としてトレー領に監禁されている。
本来であれば、俺が足を運ぶことはない。けれど、随分と衰弱しているらしいシザーを王都に呼ぶことは叶わない。
それに、王都から一週間はかかるトレー領も転移魔法を使えば一瞬だ。勿論、魔力は相当消費するけれど。
トレー領の邸宅に着いたら、ゾロリと使用人が待機していた。
トレー子爵から連絡が言っていたのだろう。すぐにシザーの部屋に通された。
部屋はベッドと本棚、机があるくらいで質素なものだった。
その部屋の隅に蹲っている金色の物体、それが今のシザーだった。
シザーは何かを大事に抱えていた。
どう声を掛けたらいいのか躊躇ったが、刺激しないよう以前と同じ名を呼んだ。
「シザー」
とても小さい声だった自覚はあるが、部屋の隅で縮こまっていたシザーはすぐに反応を示して、恐る恐る此方を仰ぎ見た。
「……っ!」
はくはく、と口をパクパクとさせたシザーは自分の声が出ない事に驚き、咳をした。
あれほど輝いていた金の髪はぼさぼさで、蒼白い肌に目の下にはどす黒い隈が存在していた。それにかなりやつれてしまい、以前の美貌はそこにはなかった。
俺を視認したシザーはその瞬間ブルブルと身体を震わせ、この後やってくる判決を待ちわびるような風体だった。
俺がそうしてしまったのか。
シザーは誰に対しても優しくて、俺と関係がなくなっても引き手数多で困ることなんてないと思っていた。
「シザー、おいで」
ビクリとシザーの儚くなった身体が大きく震えた。
身体を起こしたことによって、シザーが大事に抱えていたものが見えた。
「シザー、おいで」
二度目の声をかける。
ああ、泣きそうだ。
シザーが大事に抱えていたのは、グレーシア領の地図と住民の名簿だ。
シザーは怯えたように俺をみているだけだった。
どうしたらいいんだろう。目頭が熱くなって、シザーをここまで追い詰めた俺に泣く権利はないと我慢した。
「俺のところにきたら、シザーのお願い聞いてあげる」
どう口にしたらいいんだろう。
あまり多く話して、シザーの心をまた深くえぐってしまうかもしれない。
それが怖くて、出来るだけシザーの望まない言葉を発しないよう気をつけた。その結果、犬にかける物言いになってしまったが、聞いてくれるだろうか。
少し逡巡していたシザーが、フラフラと俺の元にやってきた。
大事に抱えていた本がドサリと床に落ち、俺が立っている足元へとやってきた。
「ごめ、ごめんな、さいっ、ぼく、エミリム様のいうこときかなくて、ごめんなさいぃぃぃっ」
ボロボロと泣くシザーは俺の一つ上だなんて言われても信じられない程に稚い。
「うん、俺もゴメン。そんなにシザーが傷つくなんて思ってなかった」
止まらない涙がやつれたシザーをより憐憫に見せる。
頭を撫ぜて、親指で武骨に涙を拭うがシザーの涙は止まらない。
「エミリム様はなにも悪くありません、ぼくが、全部わるいので、全部、全部もっていきますから、嫌わないでください、すぐにいなくなるので、えみりむさまの、おこころをわずらわせることも、もう、ありません、ので、すぐ、いなくなります、だからきらわないでくださいっ」
キョロリ、キョロリとシザーの瞳が動く。
手がなにかを探るように動き出して、その切羽詰まったものが俺が追い詰めた結果だと悟った。
「俺、犬がほしかったんだ」
「……?」
突然俺が話を変えた所為だろう、混乱しているシザーは付いていけず小首をかしげた。
「俺の言うことしか聞かない犬。人間は俺の容姿で引いちゃうから、犬がいい」
シザーは尚も付いてこれないのか、昏く淀んだ青色の瞳をこちらに向ける。
「お前が俺の犬になるなら、傍に置いてやってもいい。伴侶として」
そこまで言って、漸く俺の言っている意味が判ったようだ。小さく「ワン」と泣いて、俺の足先に顔を押し付けた。
俺はベッドに腰かけ、「器用な犬なら尚重宝するな、俺の靴を脱がせてキスをしろ」と命令した。
シザーは俺の靴を脱がせ、靴下をとり、厳かにつま先にキスを落とした。
「将来、俺以外見ないのであれば俺の指全部を舐めて綺麗にしろ」
風呂にも入っていない足が綺麗なわけがない。浄化の魔法すらかけていない。なのに、シザーは躊躇うことなく俺の足を丹念に舐め始めた。
その入念な愛撫にもにた舐め方にゾクゾクと身体が奮えるが、なんとか気力で留めた。
「俺の言うことをちゃんと聞くんだったら、婚約を解消せず結婚してやるよ」
そう呟けば、絶望的な表情を浮かべていたシザーはキラリキラリと瞳を潤ませ俺を見てきた。
「わたしは、エミリム様の犬になりたいです……貴方の言うことを聞かなかったら……次は……」
随分と仄暗い目をするようになったものだ。
俺の足を舐めてしゃぶるシザーの瞳は物騒でいて恍惚そうな複雑な色を湛えている。
「お前の命も俺が預かっているんだから、勝手なことをするな」
「っ!」
もう片方の足で、勝手にまた命を散らしてしまいそうなシザーの股間を踏みつけた。
俺の足を舐めて勃起していたそこは固く、トラウザーズは薄っすらとシミが出来ている。
「シザーがちゃんといい子でいるんだったら、ご褒美をあげるよ」
グッグッとソコを強く踏み、擦るように捻ればシザーが甘い声を上げて身体を震わせる。
酷いことをしているなと思いはするが、恍惚に蕩けるシザーが一生懸命俺の足を舐めているのでまあいいかと好きにさせた。
それ以来、シザーは何かある旅に俺の足元にやってきて、俺の足を舐めては足で性器を踏まれるのをご褒美に強請る。
とんでもない性癖を開花させてしまった。
「エミリム様、愛しています」
うっとりとするシザーは家に引き取られ、本格的な領主教育が始まった所だ。
シザーを狙っての騒動があまりにも多いので、シザーと家の両親が話し合って、学園を自主退学し、家の父が補佐としてシザーを付けて領主教育を施していく方針で決まった。
仕事が終われば父と一緒にシザーはグレーシア家に帰ってくる。
母が父を労っている傍で、シザーはすぐに俺の元にやってきて傅く。父も母もよく躾けたものだと感心しているが、俺は微妙な気分になる。
犬が欲しいとは言ったが、本当に俺の犬になるとは思ってもみなかった。
博愛主義だと思っていたら、ただ単に俺以外の人間に興味が持てなかったので平等に優しくしていただけというオチだった。
それが判ったところで、どん底に落ちたシザーは性格が少し変わったようで、俺への重い愛を隠すことなく伝えてくるようになった。歪んだ形で。
晩餐を終え、一緒に部屋に入ってきた。
シザーの精神がまだ不安定なので、基本的に家では俺がシザーを見張っている。寝る時も一緒なので、親には婚姻前に妊娠するようなことはするなと言われている。妊娠しなければ、ある程度は許されている。シザーには言わないが。
部屋に入った途端、シザーは扉の前に立ったまま俺に呼ばれるのを待つ。
俺の命令を待つことによって、シザーは俺への忠誠心を確固たるものとしている。
「おいで」
その一言で、シザーは白い頬を紅く染め、すぐにベッドに腰かけた俺の足元に座り込んだ。
「エミリム様……」
一時期やつれて見る影もなくなっていたが、どういう訳か俺の犬になって従順になってシザーはその美貌を更に輝かせ、色気のある美青年に変化した。こんな男が学園にいたらそりゃあ陰謀取り巻くグチャグチャした騒動になるわな。
「今日はお父様とどんな仕事をしたの?」
「今日は、お義父上と領内の年間の温度についてのお話を伺いました。冷害における田畑の被害の深刻さとグレーシア領の三十年の気温のデータを見せてもらいました」
「そう。お父様からもシザーがとても優秀だと聞いているよ。ご褒美を上げないとね。シザー、いつものようにしてあげよう」
「エミリム様……」
これから与えられるご褒美にシザーが堕ちた空色の瞳を潤ませ、俺の室内用の靴を脱がせた。つま先から足首、脹脛とキスをしていく。
ちゃんと俺が愛撫しやすいよう、シザーのトラウザーズは寛げられていて、そこからギンギンに勃起した性器が突き出ている。
その見た目から想像できない程の巨根は、男の尊厳を根こそぎ捥いでいきそうな程に凶悪なものだった。
長さといい、太さといい。
色こそ白いが、挿入したら俺の臍まであっという間に到達するだろう。それで奥を突かれたら、どうなってしまうのか。
そんな夢想をしながら、シザーが舐めしゃぶってベトベトになった足をシザーの性器に宛て、器用に扱いていく。
「あっ……エミリム様っ、気持ちいいですっ」
親指と人差し指の間にシザーの性器を固定して裏筋を潰す様に扱いてく。
シュッシュッと上下していくと、凶悪な性器が更に大きくなる。
動かしていない方の足にシザーが縋りつき、どさくさに紛れて俺の夜着を下げて露になった太ももにも吸い付いてくる。
シザーの痴態に反応した俺の人並みの性器が下着の中で主張をしているのを確認して、シザーは俺に欲情にまみれた瞳を向ける。
「舐めて、シザー」
その瞳の熱さに根負けして、俺は今日も下着をずらしてシザーにそこを咥えるように指示をする。
シザーは肉食等物が獲物を狙う時のようなギラギラとした視線をそこに向け、ある程度の質量のある俺の性器を一気にほうばった。
「あぁっ……!!」
もう少しゆっくりと咥えてほしいが、シザーはその麗しの顔から想像も出来ない下品な水音をたてて俺のものをしゃぶって吸い付く。
その吸引の強さにすぐイってしまう。
シザーは遠慮なく俺の精液を飲み、一滴も残さず亀頭に吸い付いてくるからたまったものじゃない。吐精してぐったりしている俺はシザーに命令できる程の力はない。静止されないから、シザーは止まることがない。
俺の竿を舐めて、玉もしゃぶって、会陰に吸い付き、後孔に舌を入れて唾液を送り込んでいく。
「あっ、だめっ、きもち、いいっ……!」
ベッドの上で俺はビクリビクリとシザーが与えてくる刺激に見悶える。
シザーは己の舌を性器に見立てて、俺の後孔にジュポジュポと出し入れするからたまったものじゃない。しかし、それが気持ちいいのだから仕方ない。
「エミリム様、俺の舌、いいですか?」
「いいっ! あ、吸っちゃだめ、イッちゃう、シザーの舌でイッちゃう!」
すぐに二度果てて、疎かになっていた足の愛撫のお詫びに息も絶え絶えに俺は己の尻を差し出す。
いつものことなので、シザーは俺の尻の間にギンギンに起立したそれを挟み、上下に差し込む。
シザーは随分と我慢していると思う。
ここまで来たら疑うなんてことしないが、彼は俺が大好き過ぎて病んでいるんだろう。自分は博愛主義だったくせに、俺が少しでも他人と話すとギラギラとした目でこちらを見てくる。そして、その後の情交がとても濃密になる。
「……はっ……」
晩餐の前にメイドから頼んでいた薬が届いたと報せを聞いた。
それを受け取って、先ほど服用してきたばかりだ。
「シザー。挿入してもいいよ。薬は飲んできたから、奥に出して……」
自分の見た目で強請るなんて羞恥でしかないが、俺の犬になってしまったシザーは俺が許可を出さなきゃ一生手を出してこないので頑張った。
シザーが俺の事を好きだっていうのなら、俺だって我慢する必要はないと思っている。結婚まで、子供が出来なければいいんだ。
魅力的なシザーがいつ貪欲な奴らに狙われ貞操をパクリと食べられてしまうか判らない。だったら、その前に初めてを俺が奪ってしまいたい。
恥を忍んでシザーに強請ったら、どういうわけかシザーの顔が真っ赤になって鼻血を出した。
「は?」
ここで俺に掛けられるのは白い液体であって、赤い液体では決してない。
ボタボタ垂れてくる血に俺は慌ててシーツをシザーの顔に当てた。
結構な血がシーツをにじませていくが、止まる気配がなくて治癒の魔法をかけてみるがどういうわけか血は止まらなかった。
「申し訳ありません……。その、エミリム様と繋がれると思ったら、のぼせてしまって……。魔法もきかないとおもいます。わたしが、エミリム様を思う限り、興奮してしまうので……」
鼻にシーツを押し当ててた、絶世の残念なイケメンはこの間もダラダラと血を流している。
ここまで血を流したら性行為は無理だろうな。
この語も何度か試してみたものの、シザーが同様に鼻血を出すものだから進むことは出来なかった。
その間に両親はシザーのヘタレさに余計愛着を持ってしまったらしく、この家でシザーはとても愛されている。その美貌故に家族に売られるなんてことはない。
俺も、あまりに頻繁にシザーが鼻血を出すので性行為はやめている。寝台で倒れられても居心地が悪いので。
それが一か月程続き、どういうわけかまたシザーが病んでしまって突如襲われた。
止めろと叫んでもシザーは腰を強く押し付け俺を蹂躙した。その太く長い陰茎で俺の意識が刈られるまでずっと揺さぶってくれた。
俺の知らないなにかがあったのだろう。
俺の純潔を散らしたシザーはそれから毎晩俺を抱くようになり、いつしかシザー自身が俺の犬であると俺に刷り込み始めた。
捨てないで。
見捨てないで。
誰にも渡さないで。
必死なシザーの叫びは長すぎる快楽で薄くなった意識の中できこえていた。
バカだな。
お前が俺を見ているんだったら、誰にも渡さないっての。
1,316
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僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。
そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。
そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。
そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?
好きだと伝えたい!!
えの
BL
俺には大好きな人がいる!毎日「好き」と告白してるのに、全然相手にしてもらえない!!でも、気にしない。最初からこの恋が実るとは思ってない。せめて別れが来るその日まで…。好きだと伝えたい。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
幼馴染の王子に前世の記憶が戻ったらしい
325号室の住人
BL
父親代わりの叔父に、緊急事態だと呼び出された俺。
そこで、幼馴染の王子に前世の記憶が戻ったと知って…
☆全4話 完結しました
R18つけてますが、表現は軽いものとなります。
「じゃあ、別れるか」
万年青二三歳
BL
三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。
期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。
ケンカップル好きへ捧げます。
ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。
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