婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

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17.前世とは違う人

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*17.ワンコ



 王都にやってきて二週間が経ち、シシェルとの共寝にも慣れてしまった。
 強制睡眠の次の日、全身で僕をガッチリホールドしたシシェルがその寝心地にはまったらしく、マッサージを止める代わりに一緒に寝ることを約束させられた。
 シシェルが大人しく休んでくれるのなら抱き枕にされるくらいどうってことない。此処最近はシシェルの顔色も大変よく、早く寝るようになった。
 僕は日中の間はシシェルの執務室に置いてある本を読み、許可を貰った上でシシェルの仕事を見せてもらった。

「ユエは経験があるだろうし、問題ない」

 夕食の後に、執務室でシシェルと書類整理をする時間も出来て、仕事の振り分けをしているシェトリーズには感謝された。
 僕だって前世では良い伴侶になろうとして頑張った分野なので、足手まといにはならない。
 シシェルはきっと僕にマッサージを施したあと、ここで仕事をこなしていたんだろう。

「…無理はしないでくださいね?」

 寝る直前に軽く回復の魔法をかけながら、あの日から加護のない額へのキスを強請られてしている。

「ユエが居るから、私は毎日が楽しくて仕方がない」

 そんなことをキラキラした笑顔で言ってくるものだから心臓がいくつあっても足りない。しかも、ベストポジションだとばかりに抱きしめられて僕とシシェルの距離はゼロだ。寧ろくっつき過ぎてマイナスかもしれない。
 でもこの距離に落ち着いてしまう。




 朝、シシェルが城に向かった後にそろそろ外に出てみようかと靴を履き替えた。
 庭に出るとき用にシシェルが用意してくれた白色ブーツだ。基本的にシシェルは白が好きみたいで、僕に着せるものは白地のものが多い。後は淡い色の差し色を入れてくる。
 170越えた男に着せるもんじゃないと言ってはみたけど、似合ってるの一点張り。髪も飾られて一体シシェルは僕をどうしたいのか。

 今日は何人か使用人が増えたようで、あちらこちらに人の影が見える。
 いつもは僕がまったりと庭で散歩をしていても誰とも会わないのに、今日は人の遭遇率が多い。
 でもなんだか様子がおかしいようで、精霊がパタパタと僕の周りを飛んでいる。
 庭を暫く歩いて、室内に戻ろうとすると精霊が首を振る。また外を歩くと大人しくなる。どうやら、外に居た方が安全らしい。
 そして近くに寄ってきたのは空間の精霊だ。

「もしかして、姿を隠していた方がいいのかな?」

 聞けば、正解だと精霊が空中で回転する。

「空間歪折(クアトル)」

 これは僕の存在している空間を捻じ曲げて、僕を見えなくする魔法だ。触られたり、最初から僕を認識していると意味がないんだけど、人ごみじゃない拓けた場所だと便利よく使える。
 そしてそのまま散歩してみようかなと思い立った。庭をぐるっと回るくらいしかしていなかったので、二階の窓から見える四阿なら大丈夫かな。
 あまり城に近づきすぎて、精霊が目覚め始めている云々の面倒ごとは御免こうむりたい。シシェルにも迷惑を掛けてしまうだろうし、それは一番避けたい。
 危なくなったらさっきみたいに精霊が教えてくれるだろうから、問題はない筈だ。

 天気は上々で、散歩日和だ。
 四阿までは十分程だろうか。そこに行くまでに道もきちんと舗装されていて、花壇が続いている。ここもシシェルの好きな白色の花が多く、四阿の向こう側には花で出来た大きなアーチがあった。遠くから見ても立派なバラのアーチが一際輝いていた。
 歩く足を早め、四阿に入りアーチを眺める。
 真っ白なバラは丁寧に手入れされているのだろう、朝露に輝く花弁は圧巻の一言だった。
 ここで暫く過ごそうかな。
 インベントリから紅茶のセットを取り出し、魔法でお湯を出してお菓子を幾つか出して袋を広げて簡易のティータイムを始めようとワクワクとしていたら、アーチの向こうから足音が聞こえた。
 シシェルがあんなに乱暴な足音を立てるわけがない。だったら誰なのだろう。
 はて、と小首を傾げているとその足音はここに向かっているようで、紅茶に土埃が入ったら嫌だなとそっと手で蓋をしていると、その音の主がアーチを潜ってこちらに姿を現した。

「もーーーーーー!! なんだよ、あれ!! 我侭ばっかり言ってーーーー!! ムシャクシャする!!」

 声の主はとてもご立腹らしく、アーチの下で地団太を踏んで苛立ちをぶつけている。物にやつ当たるわけでもなく、声はうるさいけど大人しい方ではないだろうか。
 ここまで全力疾走で駆けて憂さを晴らしていたのだろう、ひとしきり叫んだ後はゼーゼーと息を切らしてしゃがみ込んでしまった。

 よくよく見れば、髪は柔らかそうな橙色でシシェルと同じだ。
 身なりもよく、もしかしたら第四王子殿下のルウォンかもしれない。前世ではあまり関りがなくて当たり障りのない挨拶をする程度の付き合いだった。
 自由奔放な第三殿下に容姿はよく似ていたが、ルウォンは大人しい性格らしく、いつも優しげに微笑んでいるばかりでそれ以外の表情を見たことがなかった。
 やはりここは色んな箇所が前世とは違うのだろうか。
 こんなに感情をあらわにしたルウォンを見たことがない。
 まぁ、僕がここに居るってことに気付いていないからってのもあるだろうな。

「紅茶、飲みます?」

 興奮冷めやらぬルウォンに声をかけて、インベントリからティーセットをもう一組出す。

「は?!」

 このまま居ない体を装うのも良かったが、一人で紅茶を飲むのも寂しいし、折角だし声をかけてみた。
 ルウォンは此方を見て、白磁の顔を一気に赤く染め上げた。

「な、なんでここに人が…ここは兄様の離宮で…え? 天使?」

 愉快な間違いをするルウォンをとりあえず誘って、紅茶を用意する。

「僕はわけあって、シシェル様のお世話になっているんです」

「あ、そうでしたか。そうとはつゆ知らず、お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありません」

「いえ。僕こそ突然話しかけてしまって驚いたでしょう? でも、一人でお茶会も味気なくてつい」

 座ったルウォンの前にティーセットを置いて、遠慮なくどうぞとお菓子を置いた。
 そして、置いてから気付いた。

「あ、毒見とか大丈夫でした? シシェル様は普通に食べちゃうからうっかりしてました」

 そう。
 用意はしたものの、それを提供した相手は王族で王子さまだ。毒見もされていないものを食べるはずがない。

「いいえ。あり難く頂きます。兄様の客人である貴方を疑うことなどいたしません」

 ニッコリと微笑むルウォンの表情はとても尊い。
 身長は僕よりほんの少し大きいのかな。でもあっという間に差をつけられるのだろうな。王族の面々は長身で体格もいい。
 シシェルと似たような橙色の髪だが、ルウォンの方が少し明るくて短めの髪がフワフワと風に乗って揺れている。
 容貌も少年から青年へ移り変わる微妙な時期なのか、とても危うげでいて美しい顔をしている。いい男になるんだろうな。

「僕は貴族でもないし、末端の冒険者なので砕けた感じで構わないですよ? さっきみたいなのが親しみやすい」

 ここに入ってきたルウォンは十七という年齢通りに見えた。きっとあれが素なんだろう。
 莫迦にするつもりはちっともないが、微笑ましくてクスクスと笑っていると顔を真っ赤にしたルウォンが俯いてしまった。

「とんだところを見られてしまって、繕うこともできない。しまったな」

 顔を上げたルウォンは困ったようにへにゃりと笑った。シシェルはしない表情に、かわいいなぁと思ってしまった。

「ノアトルから帰ってきた兄様が毎日ご機嫌で離宮に帰っていくからどういうことかと思ってたんだけど、こういうことかー」

「?」

「俺はルウォン。シシェル兄様の弟なんだけど、君だろ? 兄様がノアトルから連れてきた精霊の加護持ちって」

 一気に口調が変わったルウォンに親しみやすさしか感じなくなった。表情もサッパリとして、爽やかな笑顔を向けてくる。

「僕はユエ。僕のこと、知ってるの?」

「勿論だよ。兄様が例の救世主から離れてから、俺に役が回ってきちゃってうんざりしてたんだよね。でも兄様がもう少しで本当の救世主がやってくるから待ってろって言うから我慢してたんだ。それって君だろ?」

 ひょいっとクッキーを掴んで一口で食べた後に、目を輝かせてその甘さが気に入ったのか一つ二つと手がクッキーを拾う。
 救世主については曖昧に肩を竦めるだけにして、僕はずっと気にかかっていた事をルウォンに尋ねた。

「救世主ってどんな人?」

「うーん…最初は大人しかったんだけど、城の歓待振りに慣れたのか俺たちに世話をしろって言うようになっちゃって」

「ルウォン様が救世主のお世話をしているんですか?」

「そう。吃驚だよね。俺がする前はシシェル兄様が朝から晩まで付きっ切りで例の救世主の世話を焼いてたんだけど、ノアトルに行ってからはそれが俺に回ってきちゃってね」

 それを聞いて、僕のお世話を買って出たシシェルの甲斐甲斐しさを思い出した。彼は手馴れた様子で僕の世話を焼いてきた。朝から晩まで。しかも寝るまで、だ。
 どうして王子である彼がこんなに手馴れているのか戸惑ったが、救世主の少女相手にしていたから慣れていたのか。
 ということは、僕にしたように世話を焼いていたということだ。
 特別に感じていた全部が、シシェルにとっては大したことがなかったのだろうか。
 シシェルは確かに僕の為に動いてはくれているけれど、僕だけが特別ということはなかった。

「ユエ?」

 戸惑ったルウォンの声がして、ハッと我に返った。

「泣いてる。なにが辛い?」

 心配そうなルウォンが此方に手を伸ばしてくる。
 触れた手のひらが濡れて、それば自分の涙だと理解した。

「なんでも、ないです…」

「泣くな、ユエ。俺まで悲しくなる」

 いつの間にか隣に移動していたルウォンに抱きしめられ、背中を優しく叩かれていた。



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