木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第1章 木こりと騎士は再会する

第70話 カミル

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「カミル、ですか?」


 無表情のまま首を傾げる木こりに、メストは嬉々とした表情で頷くと名前の由来を話し始める。


「はい、ダリア……あぁ、俺の婚約者なんですけど、彼女の好きな花がカモミールなんです」


 (あぁ、そういうことね)

 婚約者の好きな花の名前をつけられたと分かり、一気に気持ちが冷めた木こりは物わかりの良い返事をしようと思った。
 だが、その後に続いたメストの言葉を聞いて思わず顔を強張らせる。


「ですが、一番はカモミールの花言葉である『苦難の中の力』があなた様に相応しいと思ったんです」
「っ!?」


 (それって……!?)

 顔を強張らせた木こりの脳裏に、今の今まで忘れ去られていた幼い頃の記憶が蘇る。


『良いですか、好きな方には好きな花とその花の花言葉を教えておくといいですよ』
『どうして?』


 (不思議そうな顔で首を傾げる幼い私に、黒の燕尾服に身を包んだ白髪の男性は優しく微笑む)


『それは、その方がお嬢様の教えた花を見た時、お嬢様のことを思い出してくれるからです。例え、どんなに遠く離れていても』
『どんなに離れていても?』
『はい。花は毎年咲きますから、その方がお嬢様を忘れることは無くなるのです』
『そうなのね!』

 (あぁ、どうやらあなたが言っていたことは間違っていなかったわ、エドガス)

 幼い頃から良くしてもらっていた人から教えてもらったことを思い出し、木こりは僅かに頬を緩める。
 すると、幼い頃の別の懐かしい記憶も蘇る。


『私、カモミールって花が大好きなんです!』
『カモミールって、あのカモミールかい?』
『そうです! ハーブティーにすると美味しいあのカモミールです!』
『でも、どうして?』


 (屋敷の花壇の前で、眉間に皺を寄せて首を傾げる深い紺色髪の少年に、隣にいた幼い私が満面の笑みを浮かべる)


『それはですね、花言葉が……』


「あ、あの……?」
「あ、すみません。つい、昔のことを思い出していました」
「そう、ですか」


 (そう、あなたが忘れてしまった昔のことを)
 
 現実に戻された木こりは、心配そうに見つめるメストに謝罪をする。
 すると、少しだけ安堵したメストが名前について問い質す。
 
 
「それで、どうでしょうか? 『カミル』という名前は?」
「あなたがそれでいいのならば、良いのではありませんか」

 
 そう言って、優しく微笑みかける木こりに思わず頬を赤らめる。

 (あれっ? この胸が高鳴る気持ちって、もしかして……)

 初めて見た木こりの微笑みに、久しぶりに胸が高鳴ったメストは、気持ちを誤魔化すように小さく咳払いをすると木剣を静かに構えた。


「では早速、始めましょうか! カミル!」
「その前に、どうしても直して欲しいところがあります」
「な、何でしょう?」


 勢いを削がれたメストに、木こりは淡々とした口調で直して欲しいところを口にする。


「あなた様は、私に対して敬意を表す意味で敬語を使っていますが……私としてはやはり、騎士様に敬語を話されるのが嫌ですので、出来れば止めていただきたいのです」
「そう、ですか……」


 (やっぱり、貴族出身の騎士がただの平民に敬語を使うこと自体がおかしいわ!)

 木剣を降ろして思案を巡らせたメストは、何かを思いつくと木こりに対して急に意地悪な笑みを浮かべる。


「でしたら、私のことを『騎士様』ではなく、『メスト』と呼んでください」
「そ、それは……」


 (出来るわけない! たかが平民が騎士を呼び捨てなんて出来ないし……そもそも、今の私にはあなたの名前を呼ぶ資格を奪われたのよ!)

 驚いて目を見開いた木こりが悔しい表情をして顔を俯かせると、顔を真っ青にしたメストが慌てて頭を下げる。


「すみません! まさか、あなた様がそこまで私の名前を呼ぶのが嫌だったとは思わず……!」
「い、いえ……ただ、平民である私が、騎士様であるあなた様のことを名前で呼ぶなんて滅相も無いと思いまして」
「そ、そうですよね……俺としてはむしろ呼んで欲しいのですが」
「っ!?」


 (どうしてあなたは、そんなことをサラッと私に言うのよ!)

 頭を上げたメストが苦笑いを浮かべながら軽く頬を掻いている姿に、奥歯を強く噛んだ木こりが小さく溜息をつくと顔を上げた。

 
「ま、まぁ……追々でよければ……」
「良いのですか!?」


 (まぁ、訓練期間の間だけだから、あなたの名前を呼ぶことはないでしょうけど)

 嬉々とした表情のメストが顔を上げると、目を逸らした木こりが小さく頷き、メストが心底喜んだ。
 それを見て、少しだけ苦笑いを浮かべた木こりは、すぐさま無表情に戻すと木剣を構える。


「一先ず、お互いの要望が無事に叶えられたことですし、早速、鍛錬を始めましょうか」
「はい!!……って、あなた様も剣を構えるのですか?」
「えぇ、口で説明するより実際に体を動かした方が身に付きやすいかと思いまして」
「おぉ! それはありがたい! 俺としても体に叩き込んだ方が覚えやすいので」


 (そうでしょうね。のだから)

 
「では、この前と同じように私に攻撃してきて下さい。鍛錬初日ですので、今回は私が知っている回避技を一通りお見せします」
「分かりました! それでは、行かせていただきます!」


 (ねぇ、あなたはでしょう)


「ハアッ!!」


 (あの頃のようにあなたと剣を交えることが、今の私にとってでしかないことに)


「フッ!」


 (例え、駐屯地での訓練の間だけだとしても)


「そこだっ!」


 (あなたとまた、こうして一緒の時間を過ごせることが何よりもの)


「甘いですよ!」


 (でも同時に、あなたと一緒にいることが、今の私にとって最もなことであり、一番やってはいけないことなの)

 前回の決闘で躱しきれなかったメストのフェイントを今回は軽々と木剣で受け流す木こり。
 木剣を交えて真剣に鍛錬している2人だったが、なぜか2人とも口角を小さく上げていた。

 (メスト様。私は、何もかも奪われてしまった今でもあなたのことを……)

 陽光が差し込もうとしている森の中、木こりと騎士の2人だけの秘密の鍛錬が始まった。

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