木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第2章 木こりと騎士は鍛錬する

第75話 強がりで泣き虫な君

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「ちょっ、いきなりなにするのよ!?」


 突然の抱擁に驚いて頬を赤く染めたカトレアは、ラピスの逞しい腕の中から逃がれようと必死にもがく。


「あんた、ここがどこだか分かって……!」
「騎士団本部から王宮に繋がる廊下だろ?」
「分かっているなら、どきなさいよ!」


 (いくらあまり人が通らない場所だからって、もしも、他人にこの状況を見られたらただじゃ済まされないのよ! 多くの貴族が働く王城なら尚更!)

 去年、14歳でデビュタントを迎えたカトレアとラピス。
 だからこそ、カトレアはこの状況を王城に勤めている他の貴族に見られ、それが社交界で悪い噂として流れて、他の貴族から冷ややかな目を向けられることで互いの家に影響が出ないか心配していた。


「ねぇ、本当に分かっているの? あんたが今やっていることって、さっきのダリアと同じことなのよ」


 公衆の面前で抱き合う。それは先程、ダリアからメストにしていたことだった。

 
「そうだな。俺がやっていることは、あの女が隊長にやっていたことと同じだ」
「だったら……!」
「でもな」


 か細い腕を伸ばして腕の中から逃げようとするカトレアの頭にそっと手を置いたラピスは、そのまま鎧に覆われた自分の胸に彼女の顔を優しく押し付ける。


「俺はお前の婚約者であり騎士だ。お前が嫌味なことを言うあの女の前で強がっていたことも、本当はあの女から自分の仕事を蔑ろにされて深く傷つき、今にも泣きそうになっていることも俺が気づいていないと思っているのか?」
「そ、それは……」


 耳元で囁いたラピスに見抜かれ、カトレアは気まずそうに顔を横に向けると抵抗するのを止めた。

 (やっぱりそうじゃねぇか。幼馴染兼婚約者兼騎士の俺が、隊長達の前から立ち去ろうとしたお前の泣きそうな顔を見逃すはずがない)

 不貞腐れたようにそっぽを向くカトレアに、深く溜息をついたラピスは腕の中に閉じ込めた華奢な体を痛くならない程度に更に強く抱き込む。


「それにな、宮廷魔法師のお前は知らないと思うが、ここの廊下はよっぽどのことが無い限り滅多に人は通らない。なにせ、騎士団本部は王宮から一番遠い場所にあるからな。大半は転移魔法で騎士団本部に来る。だから、ここを通る奴は滅多にいない」
「そんなことくらい知っているわよ」
「そうか」


 更に不貞腐れたカトレアだったが、抵抗するのを諦めたのかラピスに体を預ける。

 (全く、相変わらず甘え下手で素直じゃねぇ奴だな)
 
 婚約者のツンデレに苦笑したラピスは彼女の頭を優しく撫でる。


「少なくとも俺は、お前が宮廷魔法師の仕事に誇りをもっていることを分かっているつもりだ。そして、お前が生半可な気持ちで宮廷魔法師の仕事をしていないことも」

 
 すると、カトレアが白魚のような真っ白な手で拳を作って鎧に叩きつけると叫ぶようにあの時言えなかった悔しさを吐露した。

 
「私はこの仕事に誇りを持っているし、生半可な気持ちで仕事をしていない!! だって、私にとって宮廷魔法師は夢であり目標だったのよ!! だから、私は、私は……!!」
「分かっている」


 涙交じりに叫ぶ彼女の悔しい気持ちが伝わり、ラピスは思い切り眉を顰めると抱き寄せた。

 (お前にとって宮廷魔法師は夢であり目標だった。だから、家族からの猛反対を押し切って今の道に進む決意をして、努力だってしていた。そして夢を叶えて『稀代の天才魔法師』と呼ばれている今でも人知れず努力を続けている)


「だから、悔しいならここで思い切り泣いてくれ。今なら、俺がお前を隠す壁になって、お前のことを守ってやれるから」


 (お前のことを何も知らない奴に、お前が大事にしている誇りを土足で踏みにじられて、1人で悔し涙を流すくらいなら、今ここで泣いてくれ)


「でもそんなことしたら、あんたに迷惑かかるんじゃ……」
「迷惑じゃない」
「えっ?」


 目を潤ませながら顔を上げるカトレアを見て、ラピスは婚約者にしか向けない甘い笑みを浮かべる。


「むしろ、滅多に会えない婚約者が俺の知らないところで泣いている方がずっと辛い」


 切なそうに微笑むラピスに、静かに俯いたカトレアは鎧に覆われた彼の大きな体に抱き着く。

 
「なんなのよ、それ」


 (親友の言葉に勝手に傷ついている婚約者のために、騎士の立場を利用して自ら壁になるなんて……)

 嗚咽交じりで呟く彼女に、小さく笑みを零すラピス。

 (そんな強がりで意地っ張りで不器用なお前だから、俺は騎士になろうと思ったんだぞ)

 その後、ラピスはカトレアが泣き止むまで彼女の頭を優しく撫でながら慰めた。


 ◇◇◇◇◇

 
「本当に、ここまで送らなくても良かったのよ?」


 ラピスの腕の中で一頻り泣いた後、カトレアは懐に忍ばせていた化粧道具を使い簡単に化粧を済ませると、『稀代の天才魔法師』に相応しい凛々しい表情で宮廷魔法師団に戻った。
 そんな彼女の横顔に安堵したラピスは、首を傾げる彼女に優しく微笑む。


「俺がやりたくてやったことだから気にするな」
「っ!?」


 (全く、あんたって人はどうしてそんな顔でそんなことを言うのよ!)

 甘さを含んだ笑みを浮かべるラピスに、少しだけ頬を染めたカトレアは、照れていることを誤魔化すように軽く鼻を鳴らすと、自信に満ち溢れた笑みをラピスに向ける。


「そ、それじゃあ! またね!」
「あぁ、頑張れよ」


 笑顔のラピスに背中を押され、更に頬が火照ったカトレアは、少しだけもじもじすると少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべると彼に向かって小さく手を振る。

 (あの女の言葉に傷ついている私に気づいてくれてありがとう、私だけの騎士様。あんたのそういうところ、心から好きよ)
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