木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第2章 木こりと騎士は鍛錬する

第129話 ワケアリ侍女の正体

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「それじゃあ、また」
「じゃあね~」
「はい、お元気で」


 フェビルに見送られ、シュタール辺境伯夫妻は乗ってきた馬車で騎士団本部を後にした。


 「良かったね。フェビル君から良い返事がもらえて」


 王都のタウンハウスに行く道中、フェビルはニコニコとした顔でリリアナに話しかけると、対面で座っていたリリアナは小さく鼻を鳴らす。


「フン! あの愚弟が『雑魚と対立したくない』と随分腑抜けたことを言った時は、『辺境に戻ったら、お父様に言いつけてやろうかしら?』と思ったけど」
「アハハ、さすがリリアナだね」
「当然よ! なにせ、強化魔法を得意とするシュタール家に生まれたのだから!」


 そう言うと、怒っていたリリアナが僅かに口角を上げる。


「まぁ、『シュタール家が雑魚と対立するなら見逃す』って、愚弟にしては随分と気前の良いことを言ったから、一先ず『無駄足にならなかった』ってことでお父様に言うのは止めておくわ」
「そう、なら良かった」


 (それに、久しぶりに弟君と会えて随分嬉しそうな顔をしていたな。何だか、妬けちゃう)

 艶やかな赤茶色の長い髪を後ろに流し、少しだけ嬉しそうな顔をしながら窓の外に映る景色を眺めるリリアナに、ジェレミは優しく微笑む。
 そして、彼女の隣に座っている侍女に目を向けると素早く窓のカーテンを閉める。
 すると、ジェレミの行動に気づいたリリアナがカーテンを閉め、天井に吊るされたランタンの火に明かりを灯し、侍女に預けていた魔道具が渡されると魔力を流して起動させた。


「ありがとう、リリアナ」
「別に、たいしたことはしてないわ。それに、何か話したいことがあるからカーテンを閉めたんでしょ?」
「うん、そうだね」


 朗らかな笑顔で答えたジェレミは、侍女に視線を戻すと彼女に向かって深々と頭を下げる。


「今回の一件、あなた様とあなた様の旦那様が力を貸して下さったお陰で、我が家は理不尽を被らずに済みました。本当にありがとうございます。マドレット……いや、


 真剣な表情で頭を下げるジェレミから『ティアーヌ』と呼ばれた黒目黒髪の彼女は、一瞬眉を上げたが、すぐさま無表情に戻すと小さく首を横に振る。


「いいえ、今回に関して、私はたいしたことをしておりません。全て夫の言う通りにしたまでです」
「ですが、ノルベルトへの報復に関しては『社交界の華』として謳われたあなた様の豊富な知恵を私たちに貸してくださったお陰です。でなければ、私たちシュタール辺境伯家も今頃、あなた様の旦那様との約束を無かったことにしてノルベルトの傀儡になっていたことでしょう」
「ですから、それも……」
「ティアーヌ・サザランス


 再び名前を呼ばれた侍女が隣を見ると、笑みを潜めたリリアナが労をねぎらうような視線を向けていた。


「既にお気づきかと思いますが、この馬車には音声認識阻害魔法がかけられています。ですので、今だけは本当のあなた様に戻って息抜きをするべきです」
「そう、ですか。では、お言葉に甘えて……」


 そう言うと、侍女は遠慮がちに黒縁メガネと白黒のシンプルなカチューシャを外す。
 その瞬間、黒目黒髪のお下げで冴えない侍女が、淡い緑色の長い髪と青い瞳の貴婦人に変身した。


 ◇◇◇◇◇

 
「はぁ、やっぱりこの姿が落ち着くわ」


 侍女から貴婦人に戻ったティアーヌは、深く安堵の溜息をつくとふかふかの背もたれに体を預ける。


「そうなのですね。変身魔法が施されたカチューシャと精神鎮静魔法が施された眼鏡を外しただけで、お召し物は使用人服のままですから寛げていないのではと思っているのですが」


 心配そうな顔で首を傾げるジェレミに、貴夫人らしい品のある笑みを浮かべたティアーヌが静かに首を横に振る。


「いえいえ、全然違うわ! だって、これをつけている間はずっと魔力を使い続けるのよ! だから、外しただけで全然違う!」
「そうでしたね。申し訳ございません。失念しておりました」


 再び頭を下げるジェレミに『良いのよ』ティアーヌは優しく微笑むと、軽く咳払いをしたリリアナが真剣な表情でティアーヌに話しかける。


「コホン。さて、我が愚弟から言質を取りましたが、これからどうされますか?」


 車中が緊張感に包まれる中、顎に手を添えて考えたティアーヌは、強張った顔のシュタール辺境伯家にこれからのことについて話す。


「一先ず、2人は手筈通り王宮に赴いてあの卑怯者にシュタール辺境伯家についてみっちり教えて来なさい。今回は、旦那様が迅速に対応してくださったから最小限の被害に抑えることが出来たけど……牽制のためにね」
「そうですね。今回の王都訪問も、あの雑魚を牽制するために来たものですから」
「そうね。それに、ノルベルトのことだから今日中には私たちが騎士団本部に来たこと知るはずよ。けど、頭の足りないバカだから大して気にしないわね」
「そうだと思います」
「それでも『シュタール辺境伯家が騎士団本部に来た』って事実が、あなた達にとって良い切り札になるわ」
「「はい」」

 
 ティアーヌの話に夫妻が揃って頷くと、不意にティアーヌの視線が閉じられたカーテンの方に向けられる。


きっとそうする」


 寂しそうな顔で呟いた彼女の脳裏には、愛する家族と屋敷で暮らした日々が蘇る。


『ティアーヌ、私は君が妻で本当に良かった!』
『ちょっ、父さん! 母さん褒めているのに俺の頭を撫でないで!』
『そうだよ! リュシアン兄さんならまだしも、僕までやめてよ!』
『おい、ロスペル! それはどういうことだ!』


 (短く切り揃えた銀髪に淡い緑色の瞳で顔立ちの整った夫が朗らかに笑い、嫌がる2人の息子の頭を優しく撫でる。すると、私の腕の中にいた娘が夫に向かって手を伸ばす)


『おや、フリージアも頭を撫でて欲しいのか?』


 (そう言って、夫は娘の頭を優しく撫でる。すると、娘がキャッキャッと嬉しそうに笑った)


『ウフフッ、旦那様。私もあなたと家族になれて幸せです』


 (あぁ、あの頃に戻りたい。まだ家族が一緒に笑っていたあの頃に)

 そして翌日、シュタール辺境伯夫妻はノルベルトのもとを訪れ、『シュタール辺境伯家』についてみっちり講義したのだった。

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