木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第3章 木こりは距離を縮め、宮廷魔法師は陥れられる

第139話 君は、一体誰?

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「……婚約者が好きなのか、分からなくなったのですか?」
「あぁ、そうなんだ」


 力なく笑いながら頷くメストを、カミルは信じられない気持ちで見つめる。
 
 (貴族同士の婚約は、言わば家同士の契約。だから本来、好きかどうかなんて関係無い。貴族の婚約は、本人達の意思よりも家の繁栄や繋がりが重要視されるのだから。でも、この2人は……)


「本来、貴族同士の婚約は、家同士の結びつきが最重要だからそんなものは考えない。だが、俺とダリアの婚約は、俺が幼い頃にダリアへ一目惚れしたことで成立したものなんだ」


 (そう。この2人の婚約は、貴族同士の婚約では珍しい当人同士の好意で結ばれたもの。だから、この2人の婚約は貴族の間で理想的なものとして有名なはず)

 何かを悔やむようにカミルが僅かに下唇を噛むと、突如、顔を歪めたメストがテーブルに肘をついて額で頭を押さえる。


「だが、ここ最近になって、その経緯すらも本当なのか分からなくなってきたんだ」
「えっ?」


 (それって、もしかして……)


『メスト様! 私、将来は……』


 脳裏に蘇った甘酸っぱい思い出をカミルは慌てて打ち消す。

 (いや、ありえない。メスト様があの女のことを『婚約者』と呼んでいる限り、私のことをなんて絶対にありえない)

 こみ上げてきた淡い期待をカミルは思い出と共に打ち消すと、テーブルに両腕を乗せたメストが更に苦しそうな顔で頭を抱える。


「確かに、俺はダリアのことが好きだ……いや、この場合は『』の方が正しいのかもしれない」
「好き、だった? ということは、今は婚約者様のことが好きではないのですか?」


 (信じられない。メスト様が……今のメスト様からこんな言葉を聞くなんて)

 いつもより冷静になれていないカミルから問い質され、紺色の短髪を乱暴に掴んだメストが小さく首を横に振る。


「分からない。分からないんだ。俺は、本当にダリアに一目惚れをして婚約をしたのかも……そもそも俺は、ダリアの何に惹かれて好きなったのかも分からないんだ」


 (頭の中では分かっている。俺は幼いダリアの凛とした背中に一目惚れして彼女と婚約した。だが、王都に来てから……いや、正確にはからだ)

 第二騎士団にいた頃のメストは、確かにダリアのことを愛していた。

 けれど、王都に来て、カミルが毅然とした態度で悪徳騎士の前に立ちはだかり、レイピアを使って平民を守る姿を目の当たりにしたことでメストの中の何かが変わった。
 
 (そして、カミルに出会ってから俺の中にあったダリアへの好意が徐々に薄くなっていった)

 第二騎士団にいた頃なら、メストは盲目的にダリアのことを愛していたため、ダリアのどんな言動や行動も全て肯定し、白昼堂々と抱き着いてきたとしても喜んで応じていた。

 けれど、王都でカミルに出会ってから、ダリアに対して冷静になれるようになったメストは、ダリアの行動や言動に苦言を呈するようになって公衆の面前で抱き返すこともしなくなった。

 (いつしか俺は、『ダリアに一目惚れした』という事実が本当だったのか分からなくなった)

 それは、メストが街を巡回中に他の貴族令息と楽しそうに話しているダリアを見かけたり、デート中にダリアが他の貴族令息に話しかけたりしているところを見る度に膨らんだ疑問だった。


「俺は……本当に、ダリアのことが好きだったのか?」


 (むしろ、俺はダリアではないが好きだったのではないか?)

 その時、メストの脳裏に幼い銀髪の少女の顔が過る。

 
『メスト様!』

 
 メストの脳裏に過った銀髪の少女は、動きやすそうなドレスに身を包み、銀色のレイピア持ってメストの名前を呼び、とても嬉しそうにメストに笑いかけていた。

 
「うっ!!」
「メスト様!」


 突如、激しい頭痛に襲われたメストが苦しみだし、カミルはたまらず彼の名前を呼ぶと慌てて彼の傍にしゃがみ込む。

 (どうしたの? 一体、彼に何が起こったっていうの!?)

 何が起こったのか分からないカミルは、彼の容態を見ようとそっと顔を近づける。
 その瞬間、頭痛で意識が朦朧としているメストのアイスブルーの瞳に、心配そうに見つめる現実のカミルの顔と記憶の中で笑いかける銀髪の少女の顔が重なった。


「君は……」
「えっ?」


 (そう言えば、カミルと一緒にいる時間が増えたことでここ最近、ダリアのことを考える度に、銀髪の君が俺の頭の中に出てくるようになったな)


「君は、一体誰なんだ?」


 (俺の頭の中で、君が俺に笑いかけてくる度に、俺は君に今まで感じたことの無い愛おしさを感じてしまうんだ)


「それは、どういう……」


 真剣な表情で目の前にいる人物へ問いかけるメストに、彼の前にいた人物……カミルはただ言葉を詰まらせるしかなかった。

 その後、カミルは自宅にあった頭痛に効く薬をメストに飲ませた。
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