木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第5章 止まっていた運命が動き出す

第287話 マヤ・ミストラス

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 カミルに急かされ、ダリアから逃げたマヤと侍女は、近くに止めていた馬車に乗って屋敷まで戻っていた。


「全く、何なんですかあの平民は! お嬢様、今度会った際は、必ずミストラス家に連れ行き、貴族の愚弄した罪として無礼打ちをしましょう!」


 屋敷に戻っても尚、怒りが収まらない侍女は、マヤの部屋で給仕を終えると鼻息荒くしながら拳を握る。
 その様子をソファーにくつろいで見ていたマヤは、呆れたように溜息をつくと持っていたティーカップをテーブルに置いた。

 (そう言えばこの子、伯爵家の妾の子だったわね)


「やめなさい。あの平民がいなかったら、あなたも私はこの屋敷には帰っていなかったはずよ」
「っ!」


 主の言葉に侍女がたじろぐと、小さく溜息をついたマヤは咎めるような視線を侍女に向ける。


「あなただって分かっているはずよね? どうして宰相家令嬢が私のような男爵令嬢に魔法を放ったのかを」
「そ、それは……」


 口ごもる侍女に、再び小さく溜息をついたマヤは視線を窓に映る景色に移す。

 300年前、皇帝陛下の命令により魔道具の流通に精通していた侯爵家から分家し、王国に来たミストラル家は、代々帝国産の魔道具を輸入し、それを王国にある商会を通して平民に売り、その莫大な利益で裕福な生活していた。
 だが現在、平民嫌いのノルベルトから圧力で王国にある全ての商会から門前払いされたミストラル家は、あらゆる手段を使って平民に帝国産の魔道具を売って利益を得て、男爵家として慎ましく暮らしている。

 (宰相閣下から『利益の9割を国に渡せば、貴族としてこの国にいさせてやる』と言われたお陰で、裕福だった我が家も今では弱小貴族に成り下がってしまった。それでも、お父様は平民に魔道具を売るのをやめない。『それが、我が家の使命だから』と)


「正直、お父様には平民に魔道具を売るのを止めて欲しかったわ」


 (そうすれば、また裕福な家に戻れると思ったから。でも……)


『あなたには、貴族としての役目があるでしょ!』


 突如として現れ、ダリアから守るようにレイピアを構えたカミルの言葉を思い出したマヤは小さく笑みを零す。

 (まさか、平民如きにこんな初歩的なことを教えられるなんてね。でも、お陰で思い出したわ。どうして、我が家が未だに貴族でいられるのかを)


「メアリー」
「な、何でしょう? お嬢様」


 再びたじろぐ侍女に視線を戻したマヤは、そっと笑みを潜ませると貴族然とした品のある姿勢で口を開く。


「我が家が貴族として今でも居続けられるのは宰相閣下のお情けもあるけど、一番は我が家が輸入した帝国産の魔道具を平民が買っているからよ」
「えっ、えぇ、分かっています。だから、父親と同じく平民が大嫌いなインベック公爵令嬢様が、先程のようなことを起こしても仕方のないことだと?」
「そうよ」


 (でもまさか、騎士や宮廷魔法師以外の貴族は魔法の使用が禁止されている王都で、白昼堂々と魔法を撃つとは思わなかったけど)


『あんたみたいな売国奴の娘、宰相家令嬢である私が処罰してあげるわ!』


 買い物から帰る途中、偶然ダリアと出会ってしまったマヤは、嬉々とした表情をしたダリアから一方的に魔法を放たれたのだ。
 幸い、侍女が咄嗟に庇ってくれたお陰で直撃は免れたが、ダリアの短絡的な行動に恐怖を覚えたのと同時に啞然とした。


「前々からインベック公爵令嬢のことは『貴族令嬢として頭の足りない、昼間から婚約者でもない複数人の令息と遊んでいる令嬢』と知っていたから、いつかこうなることは分かっていたけど……まさか、本当に危害を加えてくるなんて」


 (そもそもあの女、本当に宰相家令嬢なのかしら? 今更だけど、貴族令嬢としてのマナーが全くなっていない女が宰相家令嬢なんておかしすぎるわ)

 ミストラル家がインベック家に目をつけられていることを知っていたマヤは、当然ダリアのことも知っていた。
 婚約者がいるのにも関わらず、夜会に出る度に数々の令息との浮名を流すダリアは、貴族令嬢としてのマナーを重んじるマヤにとって苦手そのものだった。

 そんなマヤは、ダリアの浅はかな行動を思い出して深く溜息をつく。
 すると、脳裏にカミルの言葉が蘇る。


『貴族としての役目があるのならば、さっさとここから立ち去りなさい!』


 (相手が貴族だろうと、自らの意思を貫こうとする凛とした姿勢と有無を言わせないような物言い。あれはまるで、上級貴族が罪を犯した者を咎める時にとる態度そのものだった)

 強い意志を瞳に宿し、毅然としつつも気品を感じさせる態度でダリアと対峙するカミルを思い出し、マヤは思わず本音を零す。


「私を助けてくれた平民が『実は本物の宰相家令嬢でした』と言われた方がとても納得いくわ」
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