木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

文字の大きさ
318 / 606
第5章 止まっていた運命が動き出す

第295話 名前と味方

しおりを挟む
「久しぶりだな、フリージア嬢」
「っ!?」

 (その声、もしかしなくてもラピスさん!? それに……)

 全身鎧に身をラピスから周囲には聞こえない声で口に出すことを許されなくなった名前で呼ばれ、思わず目を見開いたカミルはすぐさま顔を顰める。


「『フリージア』って誰のことですか?」


 (そうよ、今のペトロート王国には私のことを『フリージア』なんて名前で呼ぶ人はいない。だって、ノルベルトの改竄魔法で私の存在は全てダリアにすり替えられたのだから)

 突き放すような冷たい返事するカミルに、アーメット兜で顔を覆ってラピスは苦笑しながら肩を竦める。


「まぁ、いきなりで呼ばれたら警戒するよな。お前のお父上がおっしゃっていた通りだ」
「え?」


 (お父様と会ったの!?)

 ラピスの言葉に再び目を見開いたカミルだったが、平民である今の自分を思い出して慌てて首を横に振る。


「いえ、私には家族というものは……」
「ちょっと聞いているの!? 誰なのあんたは!!」


 無表情で家族の存在を否定しようとしたカミルの言葉を遮り、蚊帳の外にされて怒っているダリアに、視線を戻したラピスが不機嫌そうに顔を顰めると小さく鼻を鳴らした。


「フン、こんな頭も尻も軽い女が国の宰相家令嬢なんて、この国が終わるのも時間の問題だな」
「っ!」
「はぁっ!?」


 (ラピスさん、現宰相家令嬢であるダリア相手に何を罵倒しているのよ!?)

 今のペトロート王国では、平民が貴族を罵倒した場合、いかなる理由であろうと問答無用で罰が下る。
 だが、貴族が平民を罵倒するのは正当防衛として許されている。
 そのため、平民の間では貴族の前には出てはいけないという暗黙の了解が存在している。
 しかし、宰相家令嬢を罵倒した場合、平民だろうが貴族だろうが関係なく即処刑される。
 それは、ペトロート王国に住んでいる者なら誰でも知っていることだ。

 そのことが脳裏を過って唖然としているカミルに対し、罵倒されたことで怒りが増したダリアはいつの間にか閉じていた扇子を強く握る。


「あんた、愚民のくせに高貴なる宰相家令嬢を罵倒するなんて!!」


 すると、ダリアの怒りの形相に気を良くしたラピスが、不敵な笑みを浮かべた。


「と言っても俺、だからこの国のことよく知らないんだよな」
「はいっ!?」


 思わず素で驚いたカミルがラピスを凝視する。

 (ちょっと! 良い鎧着て冒険者なんて無理があるでしょ! そもそも、声なんて出したら一発でバレ……)


「あんた、他所の国から来た野蛮な冒険者だったのね。だったら、この国で最も美しくて気高い私を知らなくても当然ね」


 侮蔑の目でラピスを見るダリアに、カミルは思わず眉を顰める。


「……あの子、本気で分かってないの? バカなの?」
「それは、お前も分かっているじゃないのか? フリージア嬢」
「っ! ですから、私はそんな名前では……」
「『フリージア・サザランス公爵令嬢』」
「っ!!」
「お前の名前、だよな?」


 ダリアはおろか、野次馬達にも聞こえない声で再び呼ばれたカミルの本当の名前。
 それは、平民になってエドガスから名乗ることを禁じられた名前だった。


「どうして、私の名前を?」


 (あの日から、呼ばれることが無くなった名前をどうして今になって?)

 女性らしいソプラノ声で問い質すカミルに、ラピスが自信をもって答える。


「そんなの、思い出したからに決まっているだろ?」


『いつか、必ずお嬢様は全てを取り戻します』


 (死の間際に口にしたエドガスの言葉。まさか、これがその始まりだとしたら……)


「そう、でしたか」


 (本当に、ラピスさんは私のことを思い出したのね)

 ニヤリと笑みを浮かべるラピスに小声で返したカミルには笑みを零れていた。
 そんなカミルの顔を見たラピスは、内心安堵すると視線をダリアに戻す。


「だったら、分かるよな? ダリアがあんなやつことくらいは」
「……まぁ、そうね」


 (知っているわよ。だって、ダリアは頭の軽い淫乱令嬢で有名だったのだから)

 ダリアのおバカぶりを再認識したカミルが呆れたように溜息をつく。
 そんなカミルを見て、満足げな笑みを浮かべたラピスは、ダリアに向かって双剣を構えると婚約者の名前を出した。


「それに、お前を見捨てたとカトレアに知られたら、即刻婚約破棄されるかもしれない」
「えっ?」


 (『私を見捨てれば婚約破棄される』? それってつまり……)


「カトレアも、私のことを思い出したの?」


『どうして平民がこんな場所にいるのよ!』


 カミルの脳裏に蘇った、魔物討伐でカトレアから言われた言葉。
 それは、カミルの心にも今でも深く突き刺さっていた。

 (私を『平民』と呼んだあの子が本当に思い出したの?)

 心底信じられないカミルは、疑うような目でラピスを見ると、優しく微笑んだラピスが小さく頷く。


「あぁ、今のカトレアは本当のお前のことを知っている。そして、親友であるお前のことを心の底から助けたいと今、ロスペル様のところで頑張っている」
「っ!?」


 (カトレア、今ロスペル兄様のところにいるの!? そもそも……)


「……どう、やって」
「えっ?」
「どうやって、2人は記憶を取り戻したの?」


 (今の状況で、お父様やリュシアン兄様が無効化魔法で改竄魔法を解いたとは到底思えない。だとしたら、一体誰が……?)

 カミルが唇を震わせながら怯えた目でラピスを見ると、視線がかち合ったラピスは申し訳なさそうな顔で視線を逸らすと少しだけ俯いた。


「すまない。それは、お前のお父上とカトレアに止められているから俺の口からは言えない」
「そう……」


 (お父様やカトレアから止められているなら仕方ないわね)

 落ち込んだ顔でカミルが俯いた時、顔を上げたラピスがカミルを一瞥すると眼前の敵を見据えた。


「だが、これだけは信じて欲しい」


『ラピス。もし、フリージアに会ったら言って欲しいの』


 帝国から王国に帰ってきた時、ラピスはカトレアから言伝を託された。
 それは、ラピスも悪友に再会した時に言いたかったことだった。


「今の俺とカトレアは、だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!

六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。 家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能! 「ここなら、自由に生きられるかもしれない」 活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。 「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています

如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」 何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。 しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。 様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。 この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが…… 男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。

処理中です...