木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第7章 余興と奇貨の建国祭

第395話 親友達の願い

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「……カトレア、これは?」


 カトレアがテーブルの上に置かれた物は、真っ白な封筒に入れられていて、それを手に取ったフリージアが小首を傾げる。
 すると、険しい顔をしたカトレアが封筒の中身を口にした。


「サザランス公爵様から預かった帝国行きに通行証よ」
「お父様が?」


 (これを私に渡したってことは、あの日『また家族みんなで会おう』と言ってくれたお父様が、私に『帝国に逃げろ』とおっしゃっているってことなの? お父様やカトレア達はノルベルト達と戦うというのに私だけ逃げろというの?)

 レクシャから『戦力外通告』を言い渡されたような気分になったフリージアは、小さく顔を歪めると持っていた通行証を握り締める。


「えぇ、公爵様があなたに渡して欲しいって」


 (本当は、フリージアが『逃げる』と選んだ時に渡すはずだったんだけど……私は、あなたに生きて欲しい)

 そう言うと、悔しそうな表情で黙って通行証が入った封筒を凝視するフリージアを見て、カトレアはフリージアが手紙を持っていない方の手を両手でそっと包み込んだ。


「カトレア?」
「責任感の強いあなたが、通行証を見て悔しそうな顔をするのは分かっていた。けれど、私は……私は、あなたには生きていて欲しいの!」


 カトレアの脳裏に蘇る、幼い頃にフリージアと過ごした日々。
 そして、改竄された後に浴びせてしまった罵倒の数々。
 穏やかで切ない日々を思い返し、カトレアは涙に堪えながら親友に懇願する。


「やっと会えた。こうしてまた話せるようになった! だから、あなたを死なせたくないの!」


 (あなたに死んでほしくない。誰よりもこの国のことを想い、誰よりも優しいお人好しでお転婆なあなたを、ノルベルトのくだらない策で命を落として欲しくない!)


「カトレア、私は……」
「建国祭が終わる間だけでいい。そしたら、ノルベルトの手からこの国を取り戻して、あなたを絶対迎えに行くから!」


 宝石のような美しい薄紫色の瞳を潤ませたカトレアは、掴んだ手を自分に引き寄せる。

 (あなたを死なせたくない。だから、私が……あなたのお父様がこの国を取り戻す時まで帝国に逃げて欲しい)

 親友を想うカトレアの切なる願いに、何かを言いかけたフリージアが思わず息を呑む。
 すると、フリージアの手を包み込んでいたカトレアの手の上からラピスの大きな手が覆い被さった。


 ◇◇◇◇◇


「ラピスさん」
「フリージア嬢。俺も、カトレアと同じ思いだ。お前には死んでほしくない」


 涙ぐむカトレアの隣で、いつになく真剣な顔をするラピスがフリージアを見つめる。


「それは、私がカトレアの親友だから?」
「それもある。だがお前は、俺にとって悪友だから」
「フフッ、何よそれ」


 おかしそうに笑うフリージア対し、ラピスの表情は一切崩れない。

 (騎士を目指していた俺に初対面で『鍛錬をしましょう』なんて言う令嬢はお前以外に知らないし、お前以外に剣の鍛錬をせがむ令嬢なんて聞いたことがない。何より……)

 眉間の皺を深くしたラピスが、カトレアの手を包んでいた手に力を入れる。


「何より、お前は俺の尊敬する上司……メスト様の婚約者だ」
「っ!?」


 (だから、死なせるわけにはいかない)

 至極真面目なラピスの口からでた言葉に、再び息を呑んだフリージアは悲しそうな顔をするとそっと視線を逸らした。


「でも、今のメスト様は私のことを覚えていないし……なにより、ダリアのことを愛している。だから……」
「その愛が、ノルベルトによって植え付けられたものだって、お前だって分かっているだろう?」
「でもっ!!」


 (改竄魔法によって植え付けられたものだとしても、それが本物の会いに変わったらどうするのよ!)

 メストに対する恋心が捨てられないフリージアが、八つ当たりのように声を荒げると、ラピスがフッと微笑んだ。


「その愛が段々と薄れて、逆に自分に対しての愛情が戻りつつあることも薄々分かっているはずだ」
「っ!」


 フリージアは分かっていた。

 木こりの格好をしたフリージアと再会してから、メストは無意識ではあるが、偽りの婚約者であるダリアに対して愛情が徐々に薄れていっていることを。

 そして、本物の婚約者であるフリージアに興味を持ったメストは、少しずつではあるがダリアに注いでいた愛情をフリージアに注ぎ始めていることを。

 分かっていたから、フリージアは彼への想いを断ち切り、危険な目に遭わせまいと突き放そうとした。

 けれど、彼の実直さと誠実さ、そして今のフリージアを包み込むような優しさにほだされ、フリージアは彼を突き放せなくなった。

 フリージアがメストに泊ることを許したのもそのせいである。

 ラピスに見抜かれてしまい、大きく目を見開いたフリージアが観念したように笑みを零した。


「確かにラピスさんの言う通りよ。私は分かっていた。メスト様がダリアから私に愛情を注ぎ始めていることを」
「だったら、あなたには生きていて欲しい。そのために、帝国に行って欲しい」


 (改竄魔法が解ければ、隊長はあなたのもとに戻る。だから、生きていて欲しい。これは、俺個人の願いだ)

 悔しさを堪えながら真剣な表情で懇願するラピスと、涙に堪えながらこちらを凝視するカトレアに、フリージアは優しく微笑みかけた。


「ありがとう、カトレア。ラピスさん。私のことを心配してくれて」
「それなら……!」
「でも」


 聖母のような慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべたフリージアは、2人に握られていた手をそっと放すと、握っていた通行証をカトレアに差し出す。


「私、この国に残るわ」
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