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29. 項羽さまの気持ち
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「もちろん結婚してくれるよね」
返事は既に分かりきったこととばかりに、レオナルド殿下が笑顔で言う。
王家から呼び出されたこの日、私はお母様の言いつけで、昼間用のほぼ正装に近い格好をしていた。いつものお父様の付き添いなら簡易で動きやすいドレスで済ませるが。この場の気まずさも合わさって、無駄に背筋が伸びてしまう。
レオナルド殿下の執務室に招かれて、私は彼に1人で対峙していた。両家の正式な婚約の取り決めは、まずは私達の心が固まってからと気を回されたからだ。
悪びれない殿下の表情に、私は単刀直入に聞き返した。
「レオナルド殿下、町娘の彼女とはどうするのです? 彼女のことがお好きなのでしょう?」
「町娘?? 誰のことだい?」
私の疑問に、殿下が首を傾げる。誤魔化しても駄目なんだからと、私は語気を強めた。
「以前、連れて行っていただいた城下町の、レストランの向かいの花屋の娘さんです」
「……? 覚えてないな」
本当に記憶になさそうだ。私は慌てた。
「で、でも、殿下は花屋の方を見て、物思いに耽ってらっしゃったわ」
「うーん。花屋か……ああ! 多分、その時は矢車菊を見ていたんだよ。店先に沢山並んでいただろう。昔が懐かしくってね」
「……」
つまり、全てが私の勘違いだったと……
ここにきてそんな事実、知りたくなかった。
「でもあの夜会の庭で、殿下はお家の問題で相手の方とは結婚できないと……」
「君は、公爵家を継ぐ気満々だっただろう」
「……」
じっとりとした目で睨み付けられる。
う、嘘。では、あの夜に話していた殿下の想い人は、私だったってこと?
確かに私は公爵家の跡取りであって、王家に嫁ぐことなど端から考えてもいなかった。これは……まずい。
「でもあの夜、君の私への気持ちを聞いてね。あんな風に想っていてくれるなら、みすみす諦めるなんて愚かなことだと思って。自分の心に素直になることにしたんだ」
「……」
私の……あの夜の思いやりに溢れた『慰め』が、どうもレオナルド殿下の頭の中では、『愛の告白』にすり替わっているようだ。その都合のいい解釈に、私は愕然とした。こうなったら……
私は何とかして、レオナルド殿下からこの婚約話をなかったものにして貰おうと、自分が如何に未来の王妃に向いていないかを主張する事にした。
一つ小さく咳払いして、伏せた睫毛を弱々しく震わせる。
「今回のお話、本当に光栄な事ですわ。でも私に、王太子妃が務まりますかどうか……とても責任のある事ですし、自信がないですわ……」
「……アメリア……」
「王太子妃には、特別な教養が必要と聞き及んでおります。ですが私は、今までそのような教えも受けてきませんでしたし……」
神妙な私の面持ちに、殿下が「ふむ……」と考え込む。だが続けて発せられたその言葉に、私はピシリと固まった。
「じゃあ逆に聞くけど、ヤン老師の歴史、マダム・リンダのマナー学、ダンカン博士の海外情勢及びに習慣、あとはーーミアム学長の経済学? 多分、この辺りが妃の教育に当たると思うけど」
「……」
「さて……この我が国が誇る講師たちの授業で、アメリアがまだ受けていないのは誰の?」
「…………」
うう……『まだ受けていない』のところ、すごく強調された。
もちろん皆様、歴代の私の先生だった人達だ。それどころかヤン老師とは歴史の解釈の違いで口論になり、それぞれが主張する根拠の文献を持ち寄っては何日も討論した挙句、最後には「貴女は歴史家になるべきだ」とまで言わしめた。
レオナルド殿下の追及は更に続いた。
「それに、アメリアは何カ国語喋れる?」
「………………」
「アメリア? 何カ国? 日常会話でいいよ」
「……………………6」
「そう、私は3ヶ国がやっとかな」
あっさりと自分の負けを認める殿下の顔は、だがすごく楽しげだ。
女公爵になるための血の滲むような今までの努力が、ここにきて私の首をギリギリと締め上げていた。
それでも何とか悪あがきをして、
「わわわわ私は刺繍が究極に下手ですわ!」
と自分の欠点を思いっきり口にするが、
「誰も、妃に裁縫の技術は求めていないから大丈夫」
バッサリと切って捨てられた。
に、逃げ道がない……
こういうのを『四面楚歌』……いえ、『万事休す』『孤立無援』というのねと、いつもの意味のない現実逃避で幼い頃の加奈子の宿題を思い出す。
アワアワと唇を戦慄かせていると、レオナルド殿下が苦笑しながら向かいのソファから立ち上がった。そうして私の横に座り、そっと手を伸ばしてくる。
「アメリアは、私のことが嫌い?」
私の手を取り、ギュッと握ってくる。その温かな感触に、ドキドキした。
今までになく真摯に見つめられて、初めて、はっきりと気持ちを言葉にされた。
「私はずっと、アメリアのことが好きだったよ。昔からね。一緒になって遊んだ頃が懐かしい。私に懐いて、必死に後を付いてくる君が可愛くて……負けず嫌いで、頑張り屋で、有言実行。そのくせ変なところで抜けているんだ。放っとけなかったよ、私の可愛いお姫様」
甘い囁きと共に、指先にキスされる。そのまま指を絡ませ指間をスルリと撫でられて、背中にビリビリと電気が走った。
「おおおおおお兄様」
慌ててレオナルド殿下から飛び退いて離れる。恐らく顔は真っ赤だろう。
破廉恥ですわーーー! と叫んで、私は殿下の前から逃げ出した。
返事は既に分かりきったこととばかりに、レオナルド殿下が笑顔で言う。
王家から呼び出されたこの日、私はお母様の言いつけで、昼間用のほぼ正装に近い格好をしていた。いつものお父様の付き添いなら簡易で動きやすいドレスで済ませるが。この場の気まずさも合わさって、無駄に背筋が伸びてしまう。
レオナルド殿下の執務室に招かれて、私は彼に1人で対峙していた。両家の正式な婚約の取り決めは、まずは私達の心が固まってからと気を回されたからだ。
悪びれない殿下の表情に、私は単刀直入に聞き返した。
「レオナルド殿下、町娘の彼女とはどうするのです? 彼女のことがお好きなのでしょう?」
「町娘?? 誰のことだい?」
私の疑問に、殿下が首を傾げる。誤魔化しても駄目なんだからと、私は語気を強めた。
「以前、連れて行っていただいた城下町の、レストランの向かいの花屋の娘さんです」
「……? 覚えてないな」
本当に記憶になさそうだ。私は慌てた。
「で、でも、殿下は花屋の方を見て、物思いに耽ってらっしゃったわ」
「うーん。花屋か……ああ! 多分、その時は矢車菊を見ていたんだよ。店先に沢山並んでいただろう。昔が懐かしくってね」
「……」
つまり、全てが私の勘違いだったと……
ここにきてそんな事実、知りたくなかった。
「でもあの夜会の庭で、殿下はお家の問題で相手の方とは結婚できないと……」
「君は、公爵家を継ぐ気満々だっただろう」
「……」
じっとりとした目で睨み付けられる。
う、嘘。では、あの夜に話していた殿下の想い人は、私だったってこと?
確かに私は公爵家の跡取りであって、王家に嫁ぐことなど端から考えてもいなかった。これは……まずい。
「でもあの夜、君の私への気持ちを聞いてね。あんな風に想っていてくれるなら、みすみす諦めるなんて愚かなことだと思って。自分の心に素直になることにしたんだ」
「……」
私の……あの夜の思いやりに溢れた『慰め』が、どうもレオナルド殿下の頭の中では、『愛の告白』にすり替わっているようだ。その都合のいい解釈に、私は愕然とした。こうなったら……
私は何とかして、レオナルド殿下からこの婚約話をなかったものにして貰おうと、自分が如何に未来の王妃に向いていないかを主張する事にした。
一つ小さく咳払いして、伏せた睫毛を弱々しく震わせる。
「今回のお話、本当に光栄な事ですわ。でも私に、王太子妃が務まりますかどうか……とても責任のある事ですし、自信がないですわ……」
「……アメリア……」
「王太子妃には、特別な教養が必要と聞き及んでおります。ですが私は、今までそのような教えも受けてきませんでしたし……」
神妙な私の面持ちに、殿下が「ふむ……」と考え込む。だが続けて発せられたその言葉に、私はピシリと固まった。
「じゃあ逆に聞くけど、ヤン老師の歴史、マダム・リンダのマナー学、ダンカン博士の海外情勢及びに習慣、あとはーーミアム学長の経済学? 多分、この辺りが妃の教育に当たると思うけど」
「……」
「さて……この我が国が誇る講師たちの授業で、アメリアがまだ受けていないのは誰の?」
「…………」
うう……『まだ受けていない』のところ、すごく強調された。
もちろん皆様、歴代の私の先生だった人達だ。それどころかヤン老師とは歴史の解釈の違いで口論になり、それぞれが主張する根拠の文献を持ち寄っては何日も討論した挙句、最後には「貴女は歴史家になるべきだ」とまで言わしめた。
レオナルド殿下の追及は更に続いた。
「それに、アメリアは何カ国語喋れる?」
「………………」
「アメリア? 何カ国? 日常会話でいいよ」
「……………………6」
「そう、私は3ヶ国がやっとかな」
あっさりと自分の負けを認める殿下の顔は、だがすごく楽しげだ。
女公爵になるための血の滲むような今までの努力が、ここにきて私の首をギリギリと締め上げていた。
それでも何とか悪あがきをして、
「わわわわ私は刺繍が究極に下手ですわ!」
と自分の欠点を思いっきり口にするが、
「誰も、妃に裁縫の技術は求めていないから大丈夫」
バッサリと切って捨てられた。
に、逃げ道がない……
こういうのを『四面楚歌』……いえ、『万事休す』『孤立無援』というのねと、いつもの意味のない現実逃避で幼い頃の加奈子の宿題を思い出す。
アワアワと唇を戦慄かせていると、レオナルド殿下が苦笑しながら向かいのソファから立ち上がった。そうして私の横に座り、そっと手を伸ばしてくる。
「アメリアは、私のことが嫌い?」
私の手を取り、ギュッと握ってくる。その温かな感触に、ドキドキした。
今までになく真摯に見つめられて、初めて、はっきりと気持ちを言葉にされた。
「私はずっと、アメリアのことが好きだったよ。昔からね。一緒になって遊んだ頃が懐かしい。私に懐いて、必死に後を付いてくる君が可愛くて……負けず嫌いで、頑張り屋で、有言実行。そのくせ変なところで抜けているんだ。放っとけなかったよ、私の可愛いお姫様」
甘い囁きと共に、指先にキスされる。そのまま指を絡ませ指間をスルリと撫でられて、背中にビリビリと電気が走った。
「おおおおおお兄様」
慌ててレオナルド殿下から飛び退いて離れる。恐らく顔は真っ赤だろう。
破廉恥ですわーーー! と叫んで、私は殿下の前から逃げ出した。
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