ブサイク・アラフォー・猛犬注意! ~三重苦賢者と、降ってきた弟子~

Merle

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「しかしまあ、実際どうするかね……」

 クダンの口からぽろりと零れた溜め息に、両手で湯飲みを飲んで和んでいた少女の肩が、ぴくっと震えた。緩んでいた表情は一瞬で泣きそうなものに変わった。

「いや、そんな顔をされても、おまえだって困るだろ。いつまでもこんなところに寝かされちゃよ」

 クダンとしては、それは純粋に少女のためを思って言ったことだった。
 この少女がどこの誰だか分からなくとも、どこかで暮らしを営んでいた彼女を双頭鷲が捕まえてきたことに違いはないのだ。つい先日まで普通に暮らしていた少女が、目を覚ましたら【混沌の森】などと呼ばれる魔境にいて、顔を包帯で隠した不審者に寝顔を監視されていたのだ。普通に考えて、嫌に決まっている。目を覚ましたのなら、一刻も早く人里に帰りたいと思っているはずだ――。
 クダンはそう考えていたから、少女が顔を曇らせたのを郷愁のせいだと解釈していた。だからこそ、クダンは言葉の続きを申し訳なさそうな声で告げたのだった。

「けど、悪いんだが、おまえをすぐに人里へ帰すわけにはいかないんだ」
「……!」

 俯いていた少女が、はっと顔を上げる。クダンはそれを批難の意思表示だと受け取ったが、それでも取り繕うことなく、少女の目を見つめ返す。

「おまえは、自分がどうやって治療されたのかは憶えているか?」
「……」

 少女が頷く。

「なら、分かっているだろうが……おまえの身体は半分、いや七割近くは魔物になった。ついでに、ちょっと頑張れば魔術も使えるかもしれない」
「……」

 少女は神妙な顔で小さく息を呑んだ。

「まあ、魔物になったといっても、人を襲いたくなるとか、普通の食事じゃ生きていけなくなるとか、そういう不都合はない――そうなる可能性もありはしたが、おまえがしっかり魔物をからな。身体の中の魔物の部分も、完璧におまえの血肉のひとつになっている。勝手に暴れ出したりすることはないから安心しろ」

 クダンの言葉を、カガチは真剣な顔で聞いている。

「ただ――」

 と、クダンは顔つきを引き締めて続ける。顔は包帯で覆われていたけれど、その雰囲気は少女にも伝わったようで、眉間の皺をいっそう深めてクダンの言葉を聞く。

「端的に言うと、おまえはいきなり凄い【魔人アデプト】になった」
「あ……あで、ぷ、と……」

 少女はその単語を呟き、湯飲みを持っている自分の手を見る。

「そう、魔人だ。凄い奴になると、拳ひとつで滝の水を逆流させたり、鋼の剣を手刀で切り裂いたりするっていう、あの魔人だ。そういう力が、おまえに宿った。けどな、おまえは普通だったら、そこに至るまでの間に自然と覚えるはずの力加減ってものを全く知らない。それがどいうことか分かるか? ――好きな男の肩を叩こうとして、うっかり肩を砕いてしまうことが二回に一回はある、ってことだ」
「……!」

 誰かの肩を叩き砕くことでも想像してしまったのか、少女の華奢な身体に震えが走る。そのとき、バリッと乾いた音がして、少女が両手で包むように持っていた湯飲みが割れた。力加減の失敗をまさに実演したのだった。
 少女は陶片になって膝の上に散らばった湯飲みから顔を上げると、真っ直ぐな黒い瞳でクダンを見つめる。

「……どっ、した、ら……い、いい、の?」
「訓練だ。訓練して、力加減を覚えるんだ。それができるまでは、人里には戻せない」
「くん、れん……」

 少女は一言呟くと、顔を上げてクダンを見つめる。

「あ、あのっ」
「なんだ?」

 聞き返しながら、クダンは内心で少し戸惑っていた。
 訓練が終わるまで帰れない、と告げれば、この少女はきっと悲しい顔をするだろう――と思って身構えていたのに、なんだか違うのだ。少女が顔に浮かべているのは、おむすびを食べる少し前の表情――お腹が鳴ってしまって羞恥で真っ赤になっていたときの表情だった。

「あっ、っ……あ、あの! わ、たしっ……訓練、お、終わって、も! 帰りっ、たく、ない!」
「……」

 クダン、息が止まっていた。
 帰りたくない――そんなことを言われるとは予想もしていなかったからだ。
 帰りたくない――それは、人生のうちで女性から言われたい言葉のひとつだった。女性と言うには幼すぎる相手からだったけれど、いま、夢のひとつが叶ったのだった。
 だけど、クダンの心は冷めていた。

「……その台詞、俺の顔を見た後で言ってくれよ」

 底冷えのする声で言いながら、クダンは顔に巻いていた包帯を解いていく。
 隠されていた顔が露わになる。
 ぎょろりとした魚のような両目。黒い毛虫のような眉。先が丸くて垂れ下がった鷲鼻。眉骨は不自然に隆起していて、額も丸く張り出している。分厚い唇はささくれ立っていて、頬から顎にかけての骨格は異様に厚ぼったい。ナイフで無造作に切っただけの黒い短髪は、泥で汚せばそのままゴブリンかオークかという不細工顔を、ますます野蛮で邪悪なものに仕立て上げていた。

「さあ、言えよ。帰りたくないってよぉ」

 クダンは露わになった素顔を歪めて、にたにたと笑いながら少女の顔を覗き込む。
 少女は眼前に迫ってきたクダンの瞳をきょとんと見つめ返して、頬笑んだ。

「お、ん……なじ……目、です」

 クダンの黒い瞳を自分の黒い瞳で見つめ返して、頬笑んだ。

「え……あ、お、おう……そう、だな……同じ黒だ、な……」

 クダンのほうがってしまった。それがおかしかったのか、少女は笑みを深める。クダンは急に恥ずかしさが込み上げてきて、反射的に声を上げていた。

「あ、ああ、そうだ! 名前だな、名前。なんにせよ、しばらくここで暮らしてもらうのは確定なんだ。その間ずっとじゃ、良い気分じゃないだろ。なんか考えないとな!」
「なっ、まえっ……!」

 その言葉に、少女は期待の眼差しでクダンを見つめる。

「って、自分一人で考えたいか――」

 クダンがそう言い終わるより早く、少女はぶんぶん激しく首を振って、「あなたが考えて」と意思表示した。

「と言われてもなぁ……ふむ……」

 しばらく首を捻っていたクダンだが、程なく、「そうだ!」と柏手を打った。

「おまえの身体を癒すのに使った植物型の魔物――あれを、俺は蔓鬼灯と呼んでいる。で、俺の知っている異国の言葉では、鬼灯のことをカガチとも呼ぶ。だから――」

 クダンがそこまで言ったとき、少女が待ちきれないとばかりにその単語を舌に載せた。

「カ、ガ、チ……カガチ……カガチ!」
「それでいいか?」
「んっ!」

 少女は――カガチは、瞳をきらきら輝かせた満面の笑顔で頷いた。
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