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しおりを挟む「どうした、シュゼット、
フォーレ伯爵の御子息との結婚は気に入らないかね?」
ドミニクはからかう様に言う。
まるで、わたしの気持ちを知っているかの様だ。
だが、今のわたしには、それを考える余裕などは無く…
「あの…そのお話は…本当なのですか?」
とても信じられない。
信じろと言われても無理だ。
だけど、嘘だなんて言わないで___!
「ああ、本当だよ、おまえはフォーレ伯爵家に嫁ぐんだよ、リアムの妻として」
わたしが、リアムの妻に___!
わたしは両手に顔を伏せた。
涙が溢れる。
ドミニクは席を立つと、わたしを優しく抱擁した。
「良かったね、シュゼット…幸せになるんだよ…」
わたしは感謝を込め、ドミニクを強く抱擁し返した。
◇
リアムと結婚し、リアムの妻となる___
それは、まるで夢の様で、半ば信じられずにいたが、それでも喜びの方が大きかった。
こんなに幸せで良いのだろうかと思う程に、わたしは舞い上がっていた。
だから、それに思いが及ばなかったのだ。
アドリーヌ=ベルトラン
わたしが彼女の存在を思い出すには、もう暫く時間を必要とした。
その月の終わり…リアムとの結婚式が終わってからになる___
直ぐに結婚の運びとなる為、婚約式は省略し、書類のみで終わった。
挙式や披露パーティは、フォーレ家が取り仕切ってくれるとの事だった。
その為、わたしはルメールの館に居て、結婚式用のドレスの準備や、
フォーレの館へ入る事で必要となる物を揃える事に時間を費やした。
ソフィが手伝ってくれたお陰で、事は順調に運んだ。
ただ、ソフィが呼んだ仕立て屋から、新妻用だと、見た事の無い妖艶な
夜着や下着を勧められた時には、恥ずかしさと緊張で、固まってしまった。
「こ、こ、この様な物を、皆さん、身に着けるのですか?」
「そうよ、でも、シュゼットには、もう少し大人しいものがいいわね…」
「そうして頂けると幸いです…」
魅惑的な夜着や下着には怯んでしまう。
ソフィに選んで貰い、購入したものの、これを身に着ける自分は想像出来なかった。
衣類や化粧品…フォーレの館へ送る荷物の中に、絵も入れた。
それ程大きくは無い家族の肖像を一枚と、ルメールの館に置いて行けない絵を持って行く事にした。
披露宴に呼ぶ親族たちのリストは、ドミニクが準備してくれた。
わたしには親しい友と呼べる者は無かった。
◇
わたしがルメールの館を立つ日の前日、
ドミニクがわたしを、アザレの絵を飾った部屋に誘った。
ドミニクは懐かしそうにそれらを見ていた。
「沢山描いてくれたんだね…どれも良く描けている、そっくりだよ…
アザレを幸せにしてくれて、ありがとう、シュゼット…
おまえは、本当にいい娘だ、私たちの自慢の娘だよ、それはずっと変わらない。
何があってもだ、いつでも私たちを頼っていいんだからね、シュゼット」
ドミニクもアザレもフィリップも、本当の娘では無いわたしを、本当の娘の様に愛してくれた。
それだけでも十分なのに、嫁いだ後も、変らないと言ってくれる。
感謝が胸に溢れた。
この家族に引き取られて、本当に良かった…
「お父様…ありがとうございます」
とても言葉では足りず、わたしはドミニクを抱擁し、感謝と愛を伝えた。
◇
遂に、その日がやって来た___
ルメールの館から、半日掛け、フォーレ伯爵領にある教会へ向かった。
それは、古く、歴史のある大きな教会だった。
わたしは、真っ白いドレス姿でベールを被り、
手には可愛らしい青や水色の花を集めたブーケがあった。
参列席を両脇に、祭壇へと続く真っ赤な絨毯の上を、ドミニクに付き添われ、ゆっくりと進む。
緊張と期待、喜び、そして恥じらいもあり、
胸がいっぱいで、わたしは周囲を見る所か、顔を上げる事すら出来無かった。
ドミニクの手から、リアムへと渡され、彼に手を取られた時、それは最高潮に達していた。
一緒に祭壇に向かい、式が執り行われている最中も、わたしの耳には何も入って来なかった。
神父の言葉の後、リアムが抑楊の無い声で「はい、誓います」と述べた事で、
わたしも何とか、「はい、誓います」と返す事が出来た。
指輪の交換では、手が震えてしまったが、何とかその大きな指に、
金色の指輪を嵌める事が出来た。
リアムの手で、わたしの顔に掛かるベールが上げられる。
わたしは緊張と恥じらいの中、顔を上げた。
彼の妻になれる___
これから先、彼と共に歩む人生を思い、喜びと期待に胸は膨らんだ。
だが、それらは、リアムの顔を見た瞬間に、凍りついた。
そこには、何の色も無かった。
そのオリーブ色の目は虚ろで、何も映してはいない。
息を飲むわたしに、彼は口付けた。
冷たく、触れただけの唇。
周囲の祝福の声の中、彼に手を取られ、わたしは歩く。
ちゃんと歩けているか、自分でも分からない。
何か、恐ろしい事が起こっているように思えてならなかった。
だが、ドミニク、フィリップ、ソフィの姿が目の端に映り、わたしは笑顔を作った。
教会を出て、馬車に乗る。
これから、フォーレの館に行き、広間で披露パーティが行われる。
二人きりになり、馬車が走り出しても、会話は無かった。
リアムの視線は窓の外へ向かい、その背中はわたしを拒絶している様に見えた。
今になり、わたしは、リアムがこの結婚に乗り気では無いという事に気付いた。
何故___
わたしは記憶を辿る。
ドミニクから、結婚の打診が来たと言われた時…
『相手のご両親は、おまえを大層気に入ってくれた様だよ。
是非、息子の妻にしたいと申し込んで来た』
わたしを気に入ってくれたのは、フォーレ伯爵と伯爵夫人で、
リアムでは無い…?
『フォーレ伯爵だよ、御子息のリアムとの結婚を申し込まれた』
結婚の申し込みは、フォーレ伯爵からで、リアムでは無い…?
でも、館では、わたしに微笑んでくれたわ!
額の話をしてくれて、絵を褒めてくれて、勇気付けてくれた!
だけど、ほとんどの時、彼はわたしに目を向けなかったわ…
わたしに話し掛けてくれる事もなかった…
いつも、素っ気無かった…
館でもほとんど見掛け無かった…
彼はいつも、わたしに興味は無いと、示していた___
ああ!わたしは思い違いをしていたんだわ!
てっきり、リアムもわたしを気に入ってくれたものと思っていた。
まさか、当人であるリアムが結婚に反対だなんて、思いもしなかった…
だが、考えてみれば、貴族なのだから、結婚は親の意志だけで成立する。
だけど、まさか、あのオベールとベアトリスが、そんな事をするなんて!
いや、彼らを責めるのは違う、わたしは故意に見落としたのだ。
気付こうと思えば、気付けた筈だった…
だけど、わたしはリアムと結婚したかった。
あの時、そのチャンスを目の前に出された。
望む事さえ畏れ多いと諦めていた、その夢が叶うと思った瞬間、
わたしは、都合の悪い事全てに、目を、耳を閉ざした___
どうしても、リアムと結婚したかった___!
ああ…これは、わたしの罪の結果だ。
わたしが引き起こしてしまった事だ。
わたしは、どうしたらいいの___!
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