【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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「愛しているよ、カリーヌ」

熱い口づけに翻弄され、恍惚としていたが、
その甘い囁きに、わたしは意識を戻され、息を飲んだ。

リアムが、わたしを、愛していると言ってくれた___!

涙が頬を伝う…

ああ!わたしもです!
わたしも、ずっと、あなたを愛していた___!!

わたしは想いのまま、泣きながら、彼の胸に縋った。
リアムは笑いを零し、わたしを抱きしめてくれ…

再び、熱く甘く、わたしの唇を奪った___


◇◇


わたしの過去を知り、父親が教会の壁画を描いていた画家と知ったベアトリスは、
以前に神父から貰ったという、父の絵を別邸から持ち帰って来てくれた。

「神父様から、画家には娘が居て、親族に引き取られたと聞いていました。
その後の事は分かりませんでしたが、それが、あなただったとは…
気付きませんでしたよ、カリーヌ。これは、あなたが持つべきですね」

わたしは箱に大事に仕舞われていた父の絵を受け取り、感激した。

「ありがとうございます!お義母様!」
「礼など必要ありませんよ、元々、あなたのお父様の絵ですからね」
「それでも、大切に取って下さっていて、ありがとうございます!
男は処分しろと言いましたから…父の絵をこうして見られるなんて、夢の様です!」

ベアトリスは、箱を抱きしめるわたしを、微笑み見ていた。

「カリーヌ、少し先で構いません、
お父様の壁画を、あなたが引き継いで、完成させて欲しいのです。
下絵を見せて貰い、気に入っていたのですが、他の者に任せて、
あの様になってしまったでしょう?
あなたなら、お父様の目指した絵が描けるでしょう」

わたしが、父の絵を引き継ぐ!?
教会は小さく、壁画といっても然程大きなものではない。
だが、どれだけ大変な仕事かは、父の仕事ぶりを見ていて知っていた。
それでも、わたしの胸は押さえ様もなく、高鳴った。

「はい!是非、わたしに、やらせて下さい!」

あの壁画の絵が浮かび、心は逸ったが、今の自分では、不足だろう。
もっと、勉強し、力を付けなければ___

「ええ、お願いしますね、カリーヌ。
それと、前の神父様の所へ、お見舞いに行って来て下さらないかしら?
足を悪くして、親族の方の家にいます、不便が無いか伺って欲しいのです。
それに、あなたの元気な顔を見たら、きっと喜ばれるでしょう」

ベアトリスは前の神父の住所を用意していた。
父の話を聞ける様にとの気遣いだろう、わたしは感謝した。

「ありがとうございます!お義母様!」
「護衛には、リアムを連れて行きなさい、
そうでなければ、あの子はまた追い駆けて行くでしょう」

ベアトリスが困った顔をし、頭を振るので、わたしは真っ赤になった。


リアムは快く付いて来てくれ、わたしたちは馬車で半日近くを掛け、
小さな町に住む神父を訪ねた。

神父の面倒を看ている親族は、広い土地を持ち、農園の仕事で暮らしていた。
馬車が着き、女主人が訝し気な顔で出てきたが、
「フォーレ伯爵令息とその夫人」と聞くと、急に愛想が良くなった。

「フォーレ伯爵夫人からは、時々、使いが来られましてね、
有難い事に、今でも気に掛けて下さって…神父様は離れですよ」

案内してくれ、わたしたちは離れに向かった。
神父は、杖を付いて歩くのがやっとという状態で、一日のほとんどを部屋で過ごしているという。
わたしたちが部屋に入った時も、神父は肘掛椅子に座り、本を読んでいた。

「神父様、ご無沙汰しております、フォーレ伯爵令息のリアムです」

リアムが名乗ると、神父は目を大きくした。

「リアム様!お久しぶりでございます、これはこれは、立派になられまして…」
「こちらは、妻のカリーヌです」
「結婚なされたのですね、おめでとうございます」
「神父様、お久しぶりでございます、一時期、教会でお世話になっておりました、
画家の娘のカリーヌです」

わたしが名乗ると、神父の顔は驚きに変わった。

「あの、小さなカリーヌかね!?分からなかったよ、立派になって…
リアム様と結婚を!?」

「はい、引き取られた家は伯爵家でした、そちらで養女にして頂き、縁談を頂きました」

本当の事を話せば、神父が心配をすると思い、わたしはぼやかして話した。
神父は破顔した。

「それは良かった!君は、お父さんを亡くしてから、喋る事も出来なくなってね…
君が引き取られた後、リアム様も心配していたよ、君たちは仲が良かったらしいね?
それが、こんな風に出会うとは…ああ、これは、神のお導きに違いない___」

神父は神に祈りを捧げた。

「神父様は、わたしの父の事を覚えておいでですか?」

「ああ、不思議な人でね、ふらりと教会に現れ、壁画を描かせて欲しいと言って来た。
物静かだが、にこやかな人でね、良い人だと分かったよ。
小さな娘も連れているし、生活に困っているんだろうと、お願いしたんだよ。
仕事の間は、教会の離れを使って貰う事が出来る、雨露は凌げるからね。
だが、絵を見て驚いたよ、とても名の無い画家とは思えなくてね…
絵を売れば高く売れるだろうと、勧めたんだがね、中々買って貰えないと言っていたよ」

「流行り病に掛かったのは、残念だったね…
だが、おまえを引き取ってくれる親族がみつかって良かった!
その人から、お父さんの荷物を処分する様に言われたんだがね…
絵だけは捨てる事が出来なかったよ…」

神父が頭を振る。

「はい、ベアトリス様がお持ちでした、今はわたしが持っています。
神父様が捨てないで下さったお陰です、ありがとうございます」

「そうか!良かった!だがね、カリーヌ、もう一枚、絵があるんだよ。
もう一度、教会を訪ねてごらん、《画家の娘、カリーヌ》と言えば、
神父が渡してくれるだろう。
いつか、君が訪ねて来たら、渡したいと思っていたんだよ」

もう一枚、絵が!?

「ありがとうございます!訪ねてみます」


神父の見舞いを済ませ、わたしたちは教会へ向かった。
その頃には、すっかり陽は落ちていたが、神父は嫌な顔をせずに、
戸を開けてくれた。
神父に事情を話すと、直ぐに絵を持って来てくれた。
陽に焼けない様に、大切に保管してくれていた。

「こちらです、シュゼット様がカリーヌ様とは知らずに、お手間を取らせました」

「いえ、わたしの事情ですので…
こちらこそ、遅くに押しかけてしまい、申し訳ありませんでした」

それは小さなキャンバスで、前にわたしが選んだ風景画を、油絵にしたものだった。
神父も、家族の絵だと思い、これを残してくれていたのだろうと思えた。

「君の描く絵に似ているね、温かく、優しい絵だ」

リアムに言われ、わたしはうれしかった。
思えば、わたしはいつも父が絵を描く姿を傍で見ていた。
父の絵が大好きだった___

「ここに描かれている家族は、父が夢みた家族の姿ではないかと思えて…」
「ああ!だから、神父様も君に渡したかったんだね」
「恐らく…神父様には感謝しています」
「そうだね、この絵は、帰ったら広間に飾ろう」
「いいのですか?」
「勿論だよ、皆に見て貰いたい」

父の絵が、皆に見て貰える___!
わたしはリアムに笑顔を向けた。


わたしたちは、教会を出て、別邸に向かった。
急な訪問だったが、ミュラー夫妻は喜んで迎えてくれた。

「まぁ!お二人で!直ぐにお部屋を用意致しますね!」
「食事はまだですか?簡単な物で良ければ、用意しましょう」
「お手伝い致します」

わたしは以前、手伝った事があったので、ミュラーもすんなりと頷いた。

「ありがとうございます、若奥様」
「それでは、僕も手伝うよ」

リアムが言ったので、わたしはポカンとしてしまった。

「リアム、お料理が出来るのですか!?」
「うん、ここでは、自由にさせて貰っていたからね」
「リアム様は、大工仕事も得意ですよ」
「まぁ!何でも出来るのですね!」

リアムは、「君程では無いよ」とわたしに素早くキスを落とし、
「それじゃ、僕が得意料理を披露しよう!」と、腕を捲った。


四人で食事をし、部屋に案内された。
そこは、大きなベッドのある寝室で、わたしは気恥ずかしくなった。

「僕も使った事が無い部屋だ、僕たちの為に用意してくれていたみたいだ」

リアムはクローゼットを開け、夜着を取り出した。
「君のもあるよ、先に使わせて貰うね」と、リアムが内扉の向こうへ消える。
わたしはクローゼットの中を覗いた。
薄い布の、フリルの沢山使われた夜着が何着か掛けられていて、
わたしは赤面した。

寝支度を終えて、リアムが戻って来る。
わたしは着替えを抱え、「行って参ります」といそいそと寝支度に向かった。
「待ってるよ」と言われたので、わたしは益々赤くなったのだった。


寝支度を終え、部屋に戻ると、部屋は暗く、ランプの明かりだけになっていた。
リアムは「待っている」と言っていたが、先に寝てしまった様だ。
緊張は解けたが、少し、拍子抜けしてしまう。

わたしはベッドに上がり、リアムの寝顔を覗き込む。

「お疲れになったのね…今日はありがとう、リアム、良い夢を」

そっと、頬に口づける。
すると、彼は目を閉じたまま、口元を緩め…

「おやすみのキスは唇がいい、カリーヌ」

リアムが起きていたのを知り、わたしはカッと赤くなった。

「知りません!」

わたしは寝具を被ったが、リアムは「くすくす」と笑い、わたしに覆い被さってきた。

「キスをするまで、寝かせないよ」

わたしたちは笑い合った。





別邸から帰り、父の絵に合う額縁を考えていたわたしは、それに気付いた。
絵が二枚重なっている___

わたしは丁寧に、キャンバスを留めていた釘を抜いた。
下から現れたのは、見るからに高価そうな装いの、美しい令嬢の肖像だった。

わたしは、その繊細で細密な技巧に息を飲む。
まるで、生きているみたいだ…

白金色の柔らかそうな長い髪、白い肌、水色の瞳、ピンク色の小さな唇。
優しい目をし、頬は少し赤く、邪気の無い微笑みを湛えている。

自分と同じ年頃だろうか、それに少し似ている。
だが、わたしでは無い。

「お母様…?」

絵の下にはサインが書かれていた。

《永遠の愛、サーラ》
《ジョエル=オードラン》

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