18 / 43
18
しおりを挟む放課後、サイファーの助手をし、その対価として薬を作って貰う。
それに異論は無かったが、一つ残念な事があった。
黒猫に会う時間が無くなった事だ。
「ああ、わたしの癒しだったのに…」
黒猫の方も、おやつを待っているのではないか?と、薬学教室に行く前に
《アラベラ》の庭を覗いてみたが、その姿は無かった。
まるで、わたしが来ない事を知っているかの様に…
「まさか!でも、動物は察しが良いし…
今度はいつ会えるかしら…もう、会えないかもしれないわね…」
わたしには時間が無いし、猫は気まぐれだ。
わたしたちの付き合いが上手くいく筈は無い。
「ああ!無理矢理にでも、ペットにしておくんだったわ!悪役令嬢らしくね!」
わたしは諦めきれず、石の上にお菓子を置くと、《アラベラの庭》を後にした。
◇◇
サイファーの助手の役目は、翌日の授業で使う材料を揃える事、
薬草の世話、調薬の手伝い、掃除等の雑用…そんな所だった。
「あなたはとても良質の魔力を持っていますからね、調薬に役立ちますよ」
良質の魔力とやらの所為で、生贄に選ばれるんだけどね!
わたしは「フン」と鼻を鳴らし、サイファーが掻き混ぜる鍋に魔力を注いだ。
「おや、疲れましたか?持久力と集中力が足りない様ですね」
「疲れてなんかないわよ!けど、集中力は乏しいかもしれないわね」
「分かりました、それでは、あなたはお茶を淹れて下さい」
わたしが外れると、サイファーは自分の魔力を注ぎ始めた。
綺麗な薄い青色の魔力だ。
わたしは、水を張ったやかんを火に掛け、ポットに茶葉を入れた。
カップは二客。
棚からお菓子の皿を取り出す。
サイファーは紅茶が好きで、わたしが居る間にも、必ず一度は紅茶を飲む。
お菓子も好きらしく、それは毎日用意されている。
恐らく、食堂に頼んでいるのだろう。
今日はスコーンの様だ。
お茶付き、お菓子付きで、労働条件はこの上なく良い。
「先生!紅茶が入りましたよ!」
わたしが声を掛けると、サイファーは直ぐに作業を止めて席に着いた。
「ありがとうございます、あなたは紅茶を淹れるのがお上手ですね」
「ええ、令嬢の嗜みですわ」
わたしが澄ました顔で紅茶を飲むと、何故かサイファーは面白そうに笑った。
サイファーの思考回路には付いていけない部分がある。
きっと、人とは違った感性の持ち主なんだわ…
わたしは気にしない事にし、スコーンを手に取るとそれを割った。
クリームとジャムを乗せる…
「美味しい!」
「そうですか、良かったです」
サイファーも満足そうに紅茶を飲む。
黒猫と会えなくなったのは残念だが、こうして作業の手伝いや雑用をし、
お茶をするのも良い気がした。
夜も、ぐっすり眠れるのよね…
もしかして、わたしが「眠れない」と言ったから、労働をさせて、疲れさせようとしている?
わたしは一抹の不安を覚え、口に入れていたスコーンを急いで咀嚼し、それを聞いた。
「先生、薬は作って貰えるんですよね?」
「はい、約束は守りますよ」
「即効性でなきゃ駄目よ!それから、死んだ様に深い眠りに付けるものよ!
効き目は一、二時間あればいいわ」
その位あれば、白竜も咀嚼し終わっているでしょう。
「面白い注文ですね」
「出来ない?」
わたしが聞くと、銀縁眼鏡の奥で、青灰色の目がキラリと光った。
誰に向かって言っているのか?という風に、不敵な笑みを浮かべている。
「私以外であれば、無理でしょう」
意外と、自信家なのね…
「分かったわ、お任せするわ、先生」
サイファーは目を伏せ、味わう様に紅茶を飲んだ。
◇◇
「元気ないね、どうしたの?」
「ジェローム様、何でもありません…」
「ほら、泣かないで僕に話してごらん、そんな顔は似合わないよ、可愛いエリー」
その日、移動教室からの帰り、
二人きりの世界に入っている、エリーとジェロームの姿を見つけた。
ジェローム・クラークソン公爵子息。
一学年上、アンドリューと同じクラスで、成績優秀…
だが、彼にキャッチコピーを付けるとすれば、《金髪碧眼の美貌のナルシスト》だ。
目尻が下がった甘い面と、軽い性格から、学園中の女子たちを虜にしている。
勿論、攻略対象者の一人である。
彼とは甘い恋が出来るので、ゲームでも人気のキャラだった。
ジェロームルートでは、虐められて落ち込むエリーを慰める事で、二人は親しくなる。
学園パーティに同伴者として誘われた際に告白、二人は恋人同士になる。
パーティで注目される二人に嫉妬したアラベラは、エリーを貶めるような発言をするが、
ジェロームに言い負かされ、恥を掻く。
その後、エリーは疫病を予言する。エリーとジェロームはその対策に奔走する。
疫病は広まるも、エリーの作った薬により、多くの者たちは助けられた。
だがアラベラは、疫病に掛かった際に醜く変貌した自身の姿に耐えられず、
薬を待たずに服毒自害に至る___
「醜い姿で自害なんて駄目よ!憐れじゃない!これは、絶対に阻止しなきゃ!!」
思わず力が入った。
でも、どうやって二人を引き離せば良いの?
ジェロームとわたしとの間に、接点は無い。
クラスが同じ訳でもないし、親戚でも友達でも無い。
「近付くには、口実が必要よね…」
唸り、頭を悩ませていた所、近くを通った女子生徒たちの会話が聞こえてきた。
「見て!ジェローム様よ!」
「ああ、素敵ね…」
「あの子、ジェローム様と親しいのかしら?」
「まさか、恋人?」
「公爵子息ですもの、婚約していない女性とは付き合いませんわよ!」
「それじゃ、婚約するの?」
「嫌よ!ジェローム様は皆のものなのに…」
ジェローム様は皆のもの…
人気ナンバーワン男子だものね…
特定の誰かと付き合えば、嫉妬は爆発する。
ゲームでも、ジェロームルートでは、ヒロインはアラベラだけでなく、
周囲の女子たちからも嫌がらせを受けていた。
それにより、二人の間は増々燃え上がるのだ___
「そうだわ!彼には、学園のアイドルになって貰えばいい!」
わたしは自分の考えに、ニンマリとした。
◇
「ドロシア、ジャネット、大きなプロジェクトを考えているのだけど、
あなたたちに任せてもよろしいかしら?」
わたしはドロシアとジャネットを実行役に選んだ。
二人はわたしの頼みは断らないし、声も態度大きい方なので、適役に思えた。
勿論、いきなりこんな事を言われたのだから、二人は身構え、
「どういったお話でしょうか?」と、笑みを強張らせた。
「上級生のジェローム・クラークソン公爵子息をご存じかしら?」
その名を出すだけで、二人は《乙女》の顔になった。
「ええ、勿論ですわ!」
「この学園で、ジェローム様を知らない者はいませんわ!」
「勿論、アラベラ様には及びません!アラベラ様は学園の女王ですもの!」
流石、餌が良いと食いつきが良いわね…
わたしのフォローは余計だけど!
わたしは咳払いをした。
「ジェローム・クラークソン公爵子息と、
ある女子生徒が噂になっている事も、ご存じかしら?」
二人の中の《乙女》は消え、その表情は《鬼瓦》になった。
「はい、あの、エリー・ハートですわ!」
「平民の分際でジェローム様に色目を使っているんです!」
「許せません!!」
エリーに嫉妬しているのね…
もしかして、虐めていたのはその所為だった?
それならば、好都合だ___わたしは内心でほくそ笑んだ。
「わたくし思いますの、ジェローム・クラークソン公爵子息は、言うならば、
《学園の美しき薔薇》。学園女子、皆に等しく、甘い喜びを下さる方…
誰かに手折られるなど、あってはならない事でしょう」
「その通りですわ!アラベラ様!」
「ならば、わたくしたちでお守りするより外、ありませんわよね?」
「お守り?」
わたしは用紙を取り出し、二人に見せた。
【ジェローム・クラークソン公爵子息ファンダム結成!】
【私たちは、ジェローム様を深く愛し、お慕いする者たちである】
【ジェローム様の幸せを願い、有意義な学園生活を送って頂く為の団体である】
【ジェローム様は皆のものであり、独占しない事を誓います】
【ジェローム様を困らせる様な事はしないと誓います】
「ファンダム?団体?」
ドロシアとジャネットはピンと来ていないのか、用紙をまじまじと覗き込んでいる。
「この考えに賛同し、署名をして貰うの、署名をした皆が会員よ。
会員は皆で同じバッジを付けるの、どうかしら?」
「それで、何をするのですか?」
「数人ずつでジェローム様に挨拶をしたり、食事の時も近くの席を取るの!
ジェローム様の周辺をファンダムの子たちで固めるの!きっと、華やかよ~!
試合の時には皆で応援したり、ジェローム様の為の詩の朗読会や
お茶会を企画するのもいいかもね!
ファンダムでは情報を皆が共有するの、ジェローム様の事を全部知りたいでしょう?」
二人はゴクリと唾を飲んだ。
詳しい活動内容は後々書き込む事にして…
「あなたたちに、重要な任務を与えるわ」
「は、はい?」
「これを持って、ジェローム様本人に、許可を貰って来て欲しいの。
大事な事よ、何としても、ジェローム様を口説き落として頂戴!
それが出来たら、ファンダムの会長はドロシア、副会長はジャネットにしてあげるわ」
本人の許可があるのと無いのとでは全く違う。
許可を取らなければ、後々潰されるかもしれない。
逆に、許可を取り、ファンダムを作ってしまえば、こちらのものだ。
会長、副会長に目が眩んだのか、二人は嬉々として教室を出て行った。
13
あなたにおすすめの小説
その破滅エンド、ボツにします!~転生ヒロインはやり直し令嬢をハッピーエンドにしたい~
福留しゅん
恋愛
自分がシナリオを書いた乙女ゲームの世界に転生したメインヒロインはゲーム開始直後に前世を思い出す。一方の悪役令嬢は何度も断罪と破滅を繰り返しては人生をやり直していた。そうして創造主の知識を持つヒロインと強くてニューゲームな悪役令嬢の奇妙な交友が始まる――。
※小説家になろう様にも投稿しています。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。
木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。
本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。
しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。
特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。
せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。
そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。
幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。
こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。
※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)
転生したら、乙女ゲームの悪役令嬢だったので現実逃避を始めます
山見月あいまゆ
恋愛
私が前世を思い出したのは前世のことに興味を持った時だった
「えっ!前世って前の人生のことなの。私の前の人生はなんだろう?早く思い出したい」
そう思った時すべてを思い出した。
ここは乙女ゲームの世界
そして私は悪役令嬢セリーナ・グランチェスタ
私の人生の結末はハーッピーエンドなんて喜ばしいものじゃない
バットエンド処刑されて終わりなのだ
こんなことを思い出すなら前世を思い出したくなかった
さっき言ったこととは真逆のことを思うのだった…
ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
気づいたら悪役令嬢でしたが、破滅フラグは全力で避けます!
腐ったバナナ
恋愛
目を覚ますと、乙女ゲームの世界で悪役令嬢として転生していた私――リリナ・フォン・ヴァルデン。
ゲームでは、王子への婚約破棄やヒロインへの嫌がらせが原因で破滅する役回り。
でも、私はもう一度人生をやり直せる!
フラグを確認し、全力で回避して、自由に、そして自分らしく生きると決めた。
「嫌なイベントは全部避けます。無理に人を傷つけない、そして……自分も傷つかない!」
だけど、自由奔放に行動する私のせいで、王子もヒロインも周囲も大混乱。
気づけば、破滅するはずの悪役令嬢が、いつの間にか一目置かれる存在になってしまった!?
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる