【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

文字の大きさ
1 / 34

しおりを挟む



魔法学園には、幾つかの聖域、秘密のサンクチュアリが存在する。
それは求める者にだけ、必要とする者にだけ、導きがある___


緩やかな芝生の斜面を駆け、枝をうねらせ乱立する木々の間を、
絡め取られながら潜り抜けた先、ふわり、甘い芳香に迎えられた。

誘われる様に見上げれば、深い緑色の葉が茂り、
白くちいさな花が房となり、咲きこぼれていた。
樹齢を重ねた、その高木を敬うかの様に、周囲の木々は控えている。

わたしは息を弾ませたまま、祈るように固く指を組んだ。

「お願いです!婚約者だけは譲れません、譲りたくないんです!
どうか、妹から護らせて下さい___」

心臓を絞られるような、必死の声だった。

吹き上げた風に乗り、ちいさな白い花が空に舞う。
それは、緩やかなウェーブのストロベリーブロンドの髪や、
真新しい制服の肩にふわりと舞い降り、甘く擽った。

それは、祝福か、それとも


***


わたし、フルール=メルシェは、魔法学園での二年目を過ごしている。
この日は、魔法学園恒例、創立記念パーティが催される日で、
授業は休みになり、生徒たちは全員が着飾り参加していた。

空は晴れ渡り、陽も届いているが、春にはまだ遠く、やはり少し肌寒さがある。
だが、それを感じられない程、わたしの神経は張り詰めていた。

「ジョルジュ様…」

わたしの視線の先には、寄り添う二人の姿があった。

一人は、栗毛色髪を綺麗に撫で付けた、礼服姿の男性…
ジョルジュ=マンデオ、わたしの婚約者。
もう一人は、豊かな金髪をカールし、白い肌に緑色の大きな瞳、赤い口紅、そのドレスは、スカートが鮮やかなピンクと紫色のフリルで飾られ、目を惹く程に豪華なものだ。
エリアーヌ=メルシェ、わたしの双子の妹。

わたしの婚約者が、何故、わたしではなく、妹をエスコートしているのか___
悪い予感と不安とで、わたしは押し潰されそうだった。



ジョルジュ=マンデオ、彼と婚約したのは、わたしが魔法学園に入学する一月程前の事だった。
彼の父親が、わたしの父の古い友人で、縁もあり、結婚の話題が持ち上がった。
その日、妹のエリアーヌは買い物に出かけていて、家に居たのがわたしだった事もあり、彼の父親が相手に望んだのは、わたしフルール=メルシェだった。

ジョルジュは一歳年上で、侯爵令息らしく礼儀正しく、話も豊富で社交的だった。わたしは大人しく、口が達者でも社交的でも無いので、彼に少し気後れしたが、頼もしくも思えた。
ジョルジュもわたしを気に入ってくれ、話は驚く程早く進み…一月足らずで正式に婚約式が行われた。
自分が婚約するなんて!まるで夢を見ているみたいだった。
実感が無いわたしを、唯一現実に引き戻したのは、エリアーヌだった。

「何故、お姉様なのです!?侯爵家の嫁にはエリアーヌが相応しいと、何故おっしゃって下さらなかったの!」
「先方がフルールを気に入ってしまったんだ、仕方ないだろう、あれ程言っておいたのに、おまえは何故家に居なかったんだ」
「それは…!お姉様が買い物に行けとおっしゃったからだわ!お姉様はあたしを出し抜こうとそう言ったのよ!酷いわ!」
「しかし、こうなっては仕方ないだろう、相手は格上だ、伯爵家のこちらからは何も言えんよ」
「分かりましたわ、ですが、お父様、お姉様には侯爵夫人など、とても務まりませんわよ!」

エリアーヌが父に話しているのを、わたしは聞いてしまった。

エリアーヌに買い物に行けなど、わたしは言っていない。
「退屈な年寄りの相手をさせられるのはまっぴらよ!」と、エリアーヌが抜け出したのだ。

やはり、エリアーヌは不満だったのね…

わたしはそれに薄々気付きながらも、気付いていないフリをしてきた。
それは、少しでも気を許すと、エリアーヌに付け入られ、奪われるからだ___

わたしたちは双子の姉妹だが、仲が良いとはいえない。
それは物心付いた頃からで…妹のエリアーヌは、常に自分が中心でなくては納得しない、メルシェ家の女王様だった。
不満があれば、相手が折れるまで泣き喚くか、虚言で相手を騙し込む。それで大抵の事は、エリアーヌの思うままになった。
そして、わたしこそが一番、エリアーヌに逆らえない者だった。

幼い頃から、エリアーヌは何かにつけ、わたしに対抗していた。
わたしたちの顔立ちは同じだが、わたしの髪は少し赤味のある白金…ストロベリーブロンドで、目は薄い黄緑色。一方、エリアーヌは、金髪にはっきりとした緑色の目だった。
エリアーヌはそれまでもが気に入らなかった。
わたしのストロベリーブロンドは、珍しい色という事もあり、大人たちの目を惹いた。
「本当に綺麗な色ね!」「正にフルール《花》ね!」「花の妖精みたいだわ」
わたしの方が褒められる事が多く、その度に、エリアーヌは顔を顰め、
「お姉ちゃんだけズルイわ!」「変な色なのに!」散々文句を言っていた。
こればかりは変えようも無かったが、ある日を境に、母はわたしの髪をおさげに結う事に決めた。
エリアーヌが母に泣きつき、その讒言を母は信じ、わたしに対して酷い怒りを抱いたのだ。
わたしはそれに怯え、逆らう事が出来ず、きっと母はもう忘れているだろうと思いつつも、今も結い続けている。

エリアーヌに何か言われた訳では無かったが、わたしが目立つ事を彼女が嫌っている事は分かっていた。そして、不満があれば、酷い行動に出る事も…

「お姉ちゃんが、あたしのお菓子を盗った!」

そこから始まり、エリアーヌの虚言は酷くなるばかりだった。
だが、エリアーヌは口が上手く、可愛気もあり、両親のお気に入りだった。
両親はエリアーヌが言うままに、わたしの事を、『人の目が無い所では妹を苛める、性悪な姉』と決め付けた。
わたしが反論しない所為もあるが、反論しても無駄だと分かっているから、反論する気力も持てなかった。
エリアーヌは酷く狡猾だった。特に、わたしに対しては容赦がなかった。
わたしはエリアーヌを恐れ、いつしか反抗、反論すら出来なくさせられていた。

わたしは家でも居場所が無く、ただ、迷惑にならない様、静かに過ごした。
そんなわたしの慰めは、庭の手入れ、花の世話、料理、刺繍…で、
それらはエリアーヌに邪魔されなかった。尤も、刺繍や料理は盗られてエリアーヌが作った事にされたが。


今まで、エリアーヌに何でも譲ってきた、だけど、婚約者だけは譲りたくない___!
もう、何も、エリアーヌに奪われたくない!

わたしの内で初めて、エリアーヌに対し、反抗心が沸き上がっていた。


魔法学園に入学する事に対し、わたしには不安があった。
一学年上には、婚約者のジョルジュがいるからだ。
今までは、ジョルジュに会う機会も無く、エリアーヌが何かを仕掛ける事は無かった。だが、これからは同じ学園にいるのだ、エリアーヌがジョルジュに近付くかもしれない…

入学して以降、わたしはずっと気を張っていた。

わたしには異性の友人がいないばかりか、婚約は勿論、付き合うのも初めてで、正直、どう婚約者と接したら良いのか分からなかった。
だが、『ジョルジュをエリアーヌに盗られたくない』という一心から、わたしは自分を奮い立たせ、わたしなりに考え努力をした。
元来控えめで、口下手な事もあり、自分から声を掛ける事など、普段はとても出来無かったが、勇気を出し、自分から会いに行った。
何を話して良いか分からず、それを補おうと、刺繍やお菓子を作り渡した。
彼の誕生日には、両親が選び送って来たプレゼントと一緒に、刺繍を渡した。

だが、ジョルジュは歓迎していなかった。
わたしが何かを渡す度に、彼は顔を顰める様になっていった。
わたしは何がいけないのか、どうしたら良いのか分からず、ただ焦りと不安を募らせた。

学年が終わり、夏の長期休暇に入った事で、少し安堵していた。
ジョルジュが自分に冷たい事を、「きっと、気の所為よ…」と思い込んだ。

休暇の間にジョルジュは何度か家を訪ねて来たが、それはいつもわたしが用事を託り、家を出ている時だった。
ジョルジュの家に行く日は、何故かエリアーヌも一緒だった。
ジョルジュの家で、エリアーヌは得意の話術で皆を惹きつけた。ジョルジュの両親はエリアーヌを褒め、気に入っていた。
わたしは自分の至らなさに打ちのめされていた。

そして、二年生に上がり、状況は益々酷くなっていた。

ジョルジュをエリアーヌに盗られてしまう___!

焦っても、不安になっても、わたしにはどうする事も出来なかった。
必死で刺繍をし、お菓子を焼く…
だが、ジョルジュがわたしに向ける表情には、いつも怒りと軽蔑が入り混じっていた。わたしは恐ろしくて、その理由を聞く事も出来なかった。

それがいけなかったのだ。

今日、この日、軽やかに流れる音楽、楽し気に繰り広げられるパーティの場で、わたしはそれを知らされる事になった。

「フルール、君にはもう、うんざりだ!
君が僕にくれた刺繍も菓子も、全てエリアーヌが作った物だった。
妹から奪った物で僕の気を惹こうなど、その様な卑怯な真似がよく出来たものだ!君は恥ずかしいと思わないのか!」

茫然としているわたしに、ジョルジュは恐ろしい暴言を吐いた。
エリアーヌは労わる様に彼に寄り添い、見せつけるかの様にその手を彼の胸に当てた。

「ああ!お姉様ごめんなさい!あたし、あまりに悲しくて、ジョルジュ様に話してしまったの!どうか、お怒りにならないで!」

エリアーヌの手をジョルジュは握る。

「君の様な性悪な女は、侯爵家には相応しくない!
僕が両親に話をつけ、婚約は破棄して貰った」

「!?」

わたしは息を飲んだ。

『婚約は破棄して貰った』
それでは、既に婚約破棄は成立し、わたしはもう、彼の婚約者では無かったという事だ___
その事実に愕然とするわたしに、エリアーヌは可愛い声で続けた。

「婚約破棄は一月前に成立していたのだけど、お姉様がお可哀想で…
今まで言えませんでしたの!ごめんなさい!」

「でも、もう、話しておかなきゃいけない、
こういう場で、当たり前の様に婚約者の顔をされては僕が困るからな。
それに、エリアーヌの立場も無いだろう?」

エリアーヌの立場?
わたしの頭は全く働いていなかった。

「僕とエリアーヌの婚約が決まったんだ、
婚約式は来週末だけど、君の様な女には来て欲しくない」

「あら!あたしにとっては、世界でたった一人の姉ですのよ!
あたしはお姉様に来て頂きたいわ!お姉様、是非いらして下さいね!
彼の家はお分かりでしょう?ああ、ドレスはそれで構いませんので___」

エリアーヌの声が遠く聞こえていた。

わたしは何も考えられず、立ち尽くしていた。

彼は何と言ったの?

婚約破棄。

一月前に成立していた___

糸がぷつりと切れた。
足元が消え、体から力が抜ける。
薄い黄緑色のドレスのスカートがふわりと広がったのを最後に、わたしの意識は途絶えた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の妹を助けたい、ただそれだけなんだ。

克全
恋愛
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月10日「カクヨム」恋愛日間ランキング21位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング33位

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

処理中です...