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しおりを挟む目を覚ますと、わたしは寝かされていて、簡素な白い天井が見えた。
ここが何処か、あれから自分がどうなったのか、まるで気にならなかった。
ただ…
仰向けになったまま、わたしは両手で顔を覆った。
「もう、疲れたわ、もう、なにもかも終わらせたい___!」
心のままに吐き出していた。
「終わらない、君の幸せは、この先にきっとあるよ」
言葉を返されたが、今のわたしには驚きよりも拒否感が勝っていた。
わたしは手で顔を覆ったまま、頭を振った。
だが、言葉は続けられた。
「彼らの所為で、君が傷付く事はない」
「君に必要なのは、心を癒す時間だよ」
「僕が力になる」
落ち着いた声が、わたしの心に染みていく。
なんて、思いやりのある言葉だろう…
わたしの心を見透かしているみたい…
こんな言葉を掛けられた事は初めてだった。とても現実とは思えない。
きっと、わたしの願望が引き起こした幻聴だわ…
それとも、妖精が傍にいるのかしら?
混乱と絶望の中、するりと入ってきたものに思考が呼び覚まされた。
わたしは両手を外し、声のした方に目を向けた。
誰もいないと思っていたベッド脇には、人の姿があり、わたしはビクリとした。
だが、それよりも…
じっと、わたしを見つめている、オリーブグレーの瞳…
「!?」
わたしはその人の正体に気付き、一気に目が覚めた気がした。
わたしは息を飲み、反射的に体を起こしていた。
「急に起きると危ないよ」
彼は親切にも椅子から立ち、わたしの背中を支え、枕を入れてくれた。
陽を受け、明るく輝く銀髪、それに対して深く陰を落とすオリーブグレーの瞳。
端正な顔立ちに、隙の無い礼服姿…誰もが思わず見惚れてしまうだろう、
造形美と気品があった。
テオフィル=グノー
魔法学園では、誰もが知っているだろう、有名な男子生徒だ。
二年生の首席、公爵令息で、彼の母の兄は現国王だ。
その様な方が、何故、こんな所に…
しかも、彼は、わたしに『力になる』と言ったのだ!
とても現実とは思えず、唖然としているわたしに、彼はふっと微笑んだ。
「驚かせたね、でも、本当に、僕は君の力になりたいと思っているんだ」
「何故…そんな風に言ってくださるのですか?グノー様は、わたしをご存じですか?」
誰かと間違えているのかと疑ったが、彼は肩を揺すり、おかしそうに笑った。
「勿論、知っているよ、同じクラスだからね、フルール=メルシェ伯爵令嬢。
僕の事はテオでいいよ、グノー様なんて呼ばれると変な感じだ」
友達の様な気軽さを見せるが、覚えている限り、彼と話すのはこれが初めてだ。
わたしなんかの名前まで覚えていらっしゃるなんて…
驚きと感心が入り混じった、だが、それに止まらず、彼は続けた。
「二年生になってからは特に様子がおかしかったから、心配していたんだ」
そんな事まで!と、驚きつつも、『心配していた』という言葉に心が揺れた。
わたしはいつも独りだと思っていた。
家でも学園でも、わたしの味方はいなかった。
婚約者でさえ、わたしの味方では無かった。
わたしはただ一人で、エリアーヌと闘っていたのだ___!
わたしは唇を噛み、俯き胸元を掴んだ。
奇妙な沈黙の時だった、その中を滑る様に、彼の声が届いた。
「実はね…僕の従姉も、君と似た様な目に遭ってね…」
え?
突然の告白に、わたしは目を上げた。
彼はわたしを見ていなかった。
白いシーツに視線を漂わせ、肩を落とし指を組む姿には、まるで生気が無く、
先程までの気品高い彼は何処にもいなかった。
「従姉は異国に嫁ぐ事になっていたんだ、
だが、異国へ出発する二週間前に、突然一方的に婚約破棄され…」
「そんな、酷いわ!」
「従姉は…誰にも何も言わずに…自害してしまった」
「!?」
わたしは息を飲んだ。
寸前まで、わたしも『それ』を考えた筈だった。
だけど、今、彼の口からそれを聞いた時、それは恐ろしい事の様に思えた。
「助けられなかった…ずっと後悔しているんだ、
サーラが苦しんでいた時に、僕は何もしてあげられなかった___」
掠れた声、絞り出された言葉、頼り無く震える肩…
わたしは堪らず、彼を抱きしめていた。
「ああ!あなたの所為ではないわ!どうか、ご自分を責めないで下さい!」
こんな風に自分を想ってくれている人がいると知っていれば、彼女はきっと思い止まっただろう。
だからといって、それはテオの所為ではない。
悲しい擦れ違いだ___
「わたしは、わたしは自害しません!あなたが助けて下さったから___」
何の慰めにもならないだろう事を口走ってしまった。
だが、彼は静かに零した。
「ありがとう、フルール…」
彼の手が、わたしの背中に回り、そっと抱きしめる。
温かい体温を感じ、心が解けていく気がした。
寸前まで、確かにわたしは『終わり』を迎えようとしていたのに…
今のわたしは、この人を助けてあげたいと、慰めてあげたいと思ってしまっている…
わたしの頭から、『死』の文字は消えていた。
わたしが安堵を覚えた様に、彼の心も安らいでいたらいいけど…
抱擁を解きながら、わたしはそっとテオの様子を伺った。
テオはゆっくりと瞬きし、顔を上げると、わたしに微笑んで見せた。
それは少し悲しそうにも見え、わたしは胸が痛んだ。
「僕の方が慰めて貰うなんて、気を遣わせてしまったね、ごめんね」
「そんな!気になさらないで下さい…」
きっと、わたしと従姉が重なって見え、洩らしてしまっただけで、普段は誰にも話したりしないのだろう。
まだ、彼の傷は塞がっていないんだわ…
「わたしで良ければ、いつでもお話し下さい、独りで抱えるには辛過ぎますわ…」
「ありがとう、そうだね、君に聞いて貰って、少し気が楽になったよ」
彼が洩らした自然な笑みに、わたしは安堵し微笑み返した。
安堵した事で、今更だが、自分の身形が気になった。
薄い黄緑色のドレスのスカートは皺になっているし、寝ていた所為で髪もくしゃくしゃだろう。化粧も落ちてしまっているのでは…
こんな悲惨な状態を見られるなんて、恥ずかしさに眩暈を覚えた。
「そ、それでは、わたしは寮に戻りますので…」
わたしはなるべく見られない様にと、俯き、広がるスカートを掻き集め、ベッドから降りようとすると、「待って、フルール」とテオが膝を付き、靴を履かせてくれた。
あの、テオフィル=グノーに靴を履かせて貰っている!とても現実とは思えない。恐縮と恥ずかしさで頭がくらくらしてきた。
だが、彼は当たり前の様に、ベッドから降りる手助けもしてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
わたしの声は小さく震えた。
自分がどんな惨めな恰好をしているか…
わたしを見るテオの顔が曇り、ポツリと零した。
「心配だな…」
わたしは恥ずかしさに顔を染めた。
「その様な事は…」
「一人部屋?」
「はい」
「やっぱり、このままでは帰せないよ」
テオの顔には『心配』という文字が浮かんでいる。
もしかすると、彼はわたしが独りになると、また落ち込むのではないか、良からぬ事を考えるのではないかと思っているのだろうか?
親切心は有難いが、その心配は無用だった。
だが、こんな良い人を傷付けたくは無い。
困ったわ…『彼女』なら、サーラなら、どう言って聞かせるのかしら?
その人の事は知らないが…
わたしはテオを抱きしめた。
「本当に大丈夫です、わたしを信じて下さい」
「フルール…」
戸惑いの混じる声に気付き、わたしは我に返った。
パッと腕を離すと、後退りし、これでもかと身を縮めた。
ああ、なんてはしたない事を!
「も、申し訳ありません!失礼な事を…!どうか、お許し下さい…」
恥ずかしさに顔を上げられないでいるわたしを、テオはふわりと抱きしめた。
「!?」
「ありがとう、フルール…」
頬擦りをされたが、それは子供が親に甘える仕草の様で、わたしは同情心を持って受け入れていた。
だが、当然、端から見れば、この状況は違う意味を成すもので…
「なんだ、なんだ、心配して来てみれば、おまえら何やってんの」
大きな足音と呆れた声に、わたしは反射的にテオから離れようとしたが、
彼の腕がそれを許さなかった。
彼はわたしの腰に腕を回したまま、気怠く返事をした。
「ああ、来てくれたのか、ありがとうヒューゴ、ヴィク…」
「テオ、おまえのその顔、怖いんだけど」
なんともいえず、微妙な顔をしたのは、ヒューゴ=ボワレー公爵令息。
同じAクラスの2番だ。黒い長髪を後ろで一つに束ねている、頭が良く毒舌でもあるが、基本軽く、女子生徒から人気が高い。
無言でじっとわたしを見つめているのは、ヴィクトリア=ゴーティエ公爵令嬢。
同じAクラスの3番。彼女は貴族らしい見事な金髪を持ち、瞳は紫色で、顔は彫刻の様にはっきりとし美しい。体格が良く、身長も高い。そんな彼女が得意とするのは、剣術や武術だ。性格は『厳格』という言葉が似合うかもしれない。
「フルール、紹介するよ、ヒューゴとヴィクトリア、僕たちは幼馴染みなんだ」
テオは漸くわたしを離すと、二人を紹介してくれた。
「同じクラスだし、余計な紹介はいいよな、フルール」
ヒューゴがニヤリと皮肉に笑い、手を差し出す。わたしは反射的に握手をしていた。
「よろしく、私の事はヴィクでいい」
「はい、こちらこそ、よろしくお願い致します…」
ヴィクトリアとも握手をする。
同じクラスだが、彼らと話すのは初めてだった。
ヒューゴは声を掛けられる存在では無いし、ヴィクトリアにしても公爵令嬢なので、おいそれと話は出来無い。それに加え、ヴィクトリアもわたしも静かで無口な方だ。
わたしに友達と呼べる者はいなかった…と気付く。
学園に入学してからというもの、友達を作るよりも、婚約者を妹に盗られまいと、頭はいっぱいだったのだ。今にして思えば、全く無駄な事をしていた様に思え、気落ちした。
「フルール、ヴィクが一緒に帰ってくれるからね」
テオから言われ、わたしは思わず彼を振り返っていた。
「そ、そんな!必要ありませんわ!これ以上はどうかお気遣かいなく…
見た目は少し、悲惨ではありますが…気はしっかりとしておりますので!」
「いーや、フルールがこんなに喋るなんて、おかしい!」
ヒューゴにきっぱりと言われ、わたしは手で口を隠した。
確かに、これ程喋ったのは、いつ振りだろう?
それにしても、クラスが同じというだけで、何故、三人は親しくも無いわたしの事を、これ程知っているのだろう?不思議だった。
「今まであまり話した事は無かったよね?
お互い知り合ういい機会だと思って、ね、フルール」
テオがわたしに優しく微笑み、ヒューゴはニヤニヤとし、その指をわたしとヴィクに振る。
ヴィクを見ると、彼女は無表情だが凄い勢いで頷いていた。
これは、送って貰うべきなのでしょうか…
わたしはそれを感じ、「それでは、申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」と頭を下げた。
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