【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

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外はまだ薄暗く寒い、空気はピンと張り詰めている。
凍ってしまいそうだと思うのに、気持ち良くも感じられた。

緩やかな斜面を上がると、一面に林檎の樹があった。
どれも収穫時期は終わっているが、ヴィクによると、この時期でも実のなる樹があるという。テオも良く知っているらしく、前方を指差した。

「あの樹だよ、フルール」

沢山の赤い実を付けた樹が見え、わたしは「まぁ!」と声を上げていた。

「この時期に、初めて見ます!」
「うん、ガスパール様がお好きだからね、一年中食べられる様に作られているんだよ」
「凄いですわ…!」
「さぁ、フルール、好きな実を選んで!」

わたしは一つ一つ、実を吟味していく。
高い所の実はテオが採ってくれるのだが、彼はわたしが見上げる枝でも、その腕を伸ばし、難無く採ってしまった。
あんな高い所まで手が届くなんて…!
自分とは違う、その男らしさに、思わず見惚れてしまっていた。


「どれも、とても美味しそうですわ!」

収穫した実は、どれも真っ赤に色付き、甘い匂いがし、食欲を誘った。

「そうだね、色艶もいいし、実も詰まっている、良い実を選んだね、
さぁ、戻ろうか___」

テオは当然の様に籠を持ってくれ、調理場まで運んでくれた。
こんな事をさせてしまい…と、わたしは恐縮した。

「テオ様、早くからお付き合い頂き、荷まで持たせてしまって、申し訳ありません」
「気にしないで、僕にも荷物持ち位は出来るからね、それに、楽しかったよ」

テオが二コリと笑う。

「わたしも、楽しかったです!木から林檎を採ったのは初めてです!」
「そう、良かった」

それからテオは、「フルール、頑張って、楽しみにしているよ」と言ってくれた。

わたしは早速、調理場で下準備を始めた。
林檎の皮を砂糖と水で煮て、色を出し、そこに薄切りにした林檎を入れて火を通す。
器に林檎の薄切り、皮、煮汁を入れる___

「綺麗に色付いて下さいね」

下準備を終え、部屋に戻ると、ヴィクは起きていて、身支度を終えた所だった。
わたしを見ると、申し訳無さそうな顔になり、頭を下げた。

「フルール、すまん!付き合えず、悪かった!」
「いいえ、テオ様がいらしたので、問題ありませんでしたわ、それより、素晴らしかったです!立派な林檎園で驚きました!」
「曾祖父様がお好きだからな、林檎の樹には特に拘っている」

誕生日パーティは夜なので、時間は十分にあり、ヴィクに館内や庭を案内して貰った。
館は歴史があり、沢山の肖像画が飾られていた。図書室も一面に本棚が並び、その蔵書の多さに驚いた。
庭は手入れが行き届き、美しかった。
そして、緩やかな丘陵地帯の敷地は広く、長閑で心が落ち着けた。


昼前から、わたしは調理場の隅を借りて、デザート作りを始めた。
パーティには二十名が集う、かなりの量を作らなければならない。
初めての事だが、ガスパール、皆にも喜んで貰いたい___

「頑張らなくては!」

わたしは自分を奮い立たせた。



デザートが無事仕上がり、わたしは安堵し部屋に戻った。
部屋ではヴィクが着替えを終え、髪をセットしている処だった。
ヴィクは濃い紫色のスレンダーなドレスで、光沢のある生地だが、裾がフリルになっているだけで、とてもシンプルだ。
可愛い物好きな面は陰を顰めているが、彼女に良く似合っていた。

「ヴィク、とてもお似合いですわ!素敵です!」
「戻ったか、ありがとう、フルールどうだ、困っていないか?」
「はい、お陰さまで無事に仕上がりました」
「それは良かった、パーティまではまだ二時間近くある、ゆっくり準備するといい、何かあればメイドが手伝うぞ」
「いえ、大丈夫です、ありがとうございます」

ヴィクはパーラーで曾祖父の相手をすると部屋を出て行った。
わたしはパーティ用のドレスを出し、ベッドの上に広げた。
家から寮に持って来ているドレスは一枚で、あの学園のパーティの時に着た物だ。
薄い黄緑色のドレス。
これを見ると、嫌でもあの時の事が蘇ってくる。

わたしはあの時、まだ彼の婚約者のつもりでいた。
エリアーヌに婚約者を盗られるのではないかと、ずっと不安だった。
何故、婚約者の自分ではなく、エリアーヌをエスコートしているのかと…
不安と緊張で、張り裂けそうだった。

思い出し、息が詰まる。
わたしは胸元をギュっと掴んだ。

わたしを激しく糾弾したジョルジュ。
わたしはあの時まで、婚約を破棄されていた事を知らなかった。
何もかも、もう終わった後だと___

張り詰めていた糸はプツリと切れた。

今までエリアーヌに全て奪われてきた。
その自分が初めて抗ったのだ。
これ以上、エリアーヌに好きにされたくない、エリアーヌから解放されたいと。
だが、エリアーヌには勝てなかった。

ジョルジュも、婚約者であるわたしではなく、エリアーヌを信じた。
婚約者であっても、わたしは信じて貰えなかった。

その絶望は大きかった。

この先、生きていても、自分はエリアーヌの傀儡でしかないのだと___


『終わらない、君の幸せは、この先にきっとあるよ』

絶望の中、彼の声が聞こえた。

『二年生になってからは特に様子がおかしかったから、心配していたんだ』

『彼らの所為で、君が傷付く事はない』

『君に必要なのは、心を癒す時間だよ』

『僕が力になる』


テオの言葉を思い出し、心が凪いでいく…

あの日、テオに助けて貰った。
テオもヴィクもヒューゴも、わたしを信じてくれている。
だから、わたしはもう一度、生きてみようと思えたのだ___

「大丈夫、頑張れるわ…」





おさげを解き、髪を梳き、流す。
いつも編んでいるので、それだけで、ゆるやかなウェーブになる。

着替えを終え、階段を降りて行くと、
礼服を身に纏ったテオが、微笑みを湛え迎えてくれた。

「フルール、綺麗だよ」

テオは、あの日のドレスだと気付かなかったのかもしれない。
気付いていて、礼儀上、それを言わないだけかもしれない。
でも、それはどちらでも良い事で…
彼が表情に出さないでくれた事が、わたしには救いだった。
もし、同情や憐れみが浮かんでいたら、きっとわたしの心は乱れてしまっただろう。

だけど、『綺麗』だなんて…!
礼儀上の言葉かもしれないが、それでも、わたしにとっては言われ慣れない言葉で、どぎまぎしてしまう。

「ありがとうございます…テオ様も、とても素敵ですわ」
「ふふ、ありがとう」

何故か笑われ、わたしはテオに手を取られた。

「今日は僕が君のパートナーだから、安心して」

ヴィクはガスパールに付いているだろから、テオが傍に居てくれるのは、本当に心強く、わたしは安堵した。
きっと、ヴィクが頼んでくれたのだろう。

「ありがとうございます、こういった事は経験が無く…心強いですわ」
「直ぐに慣れるとは思うけど、君が楽しめるよう、僕が力になるよ、フルール」

『僕が力になる』

二度目だ、それは強くわたしの胸を打った。


時間になり鐘が鳴る。
皆が広い食堂に集い、パーティという名の食事会が始まった。
わたしは、パートナーと言っていたテオの隣の席で、安堵した。
ヴィクのパートナーを務めているのは、ヒューゴだった。

豪華な食事の最後、わたしの作ったデザートが、ワゴンで運ばれてきた。
タルトの上に、薄切りの林檎で作った幾つもの薔薇が、色鮮やかに咲く、
ミントの葉を散らしたそれは…ブーケタルトだ。

「まぁ!可愛らしい!」
「素敵だわ!」

驚きと喜びの声に、わたしは胸を撫で下ろす。
緊張から、膝の上で重ねていた手を、テオが優しくポンポンと叩いた。
その微笑みを見ただけで、彼の言葉が聞こえてくる気がした。

「曾祖父様、デザートはフルールが今日作ってくれました。
フルールからの曾祖父様への贈り物です」

ヴィクが紹介してくれた。

「フルール、見事だ、可憐で可愛らしい贈り物をありがとう、若返ったよ」
「ガスパール様、お誕生日おめでとうございます」

ガスパールは優しい笑みを湛え、わたしに頷いた。
そして、タルトを食べ、「美味しい」と言ってくれた。
皆にも喜んで貰え、美味しいと言って貰えた。

「フルールらしいね、それに、とても美味しいよ」

テオも美味しそうに食べてくれ、わたしの内で、喜びが広がった。


食事の後、広間へ場所を移し、ヒューゴがガスパールの為に、ヴァイオリンを弾いた。
それは、美しい音色で、軽やかな曲を奏でた。

「ヒューゴ様は、ヴァイオリンをなさるのですね…とてもお上手で、驚きました」

誰もが聴き惚れている。素晴らしい腕前だ。

「ああ、ヒューゴの家系には音楽家が多いんだ、ヒューゴの母も音楽家だよ。
それで、ヒューゴも昔から音楽が好きで、それに才能もある。
時々町の店で弾いているんだよ、名は隠して、平民の振りをしてね」

テオが教えてくれ、驚いた。
ヒューゴには、町で女性と遊んでいる…そんな噂もあった。
ヒューゴは軽く、女子生徒たちとも仲が良いので、わたしは『そういう人なのだろう』と思っていたが、違っていたのかもしれない。
そういえば…と、思い出す。
ヒューゴは女子生徒に人気があり、楽しくやり取りをしていても、何処か一線を置いていた様に思う。

噂を信じてしまっていたんだわ…

わたし自身、噂に苦しめられてきたというのに、自分も同じ事をしてしまっていた。
わたしは心の中でヒューゴに謝った。

「それで、ヒューゴ様は、芸術史を選択されているのですね」
「そう、フルールも、だよね?」
「はい、わたしは刺繍が好きなので、デザインに興味があったので」
「二人が羨ましいよ、僕とヴィクは芸術的な所が全く無いからね」

テオが肩を竦めた。

「でも、テオ様は何でも出来ますわ」

「何でも…とは、いかないけど、
大抵の事は躾られているから、困らない程度にはね。
フルール、踊ろう」

テオがわたしの手を引き、踊り出すと、皆も次々と踊り出した。

ダンスはあまり得意では無いが、不思議と踊り易く感じられた。
テオのリードが上手いのだ。
元々の水準が高いのだと、テオ自身は気付いていないのだろうか?

「君は妖精みたいに踊るね、フルール」

不意に言われ、わたしは驚き目を上げた。
深いオリーブグレーの瞳にみつめられ、わたしは何故だか息が詰まり、胸が熱くなった。

「そ、そんな…テオ様がお上手なのですわ、わたしはダンスは苦手なので…」
「どうして?上手く踊れているよ」

婚約式の日、ジョルジュと踊ったが、緊張していてあまり上手くいかなかった。
ジョルジュは困った顔をしていた気がする。そして、直ぐにエリアーヌに攫われて行った。
そんな事を不意に思い出してしまい、わたしの内にあった温かいものは消えてしまった。

「ごめん、何か気に障ったかな、許して欲しい」

テオに言われ、わたしは小さく頭を振った。

「いえ、テオ様の所為ではありませんわ…ただ…」
「彼の事を思い出した?」

わたしは息を飲んだ。
ステップを忘れ、足を止めたわたしに、テオも足を止めた。
だが、その手はわたしの腰に回されたままで、
そのオリーブグレーの瞳は、わたしの目を覗き込む様に見つめていた。

「彼とは沢山踊ったの?」
「いえ…わたしが下手だったので、あまり誘っては貰えませんでした…」

声を落とすわたしに、テオは揺るぎなく、「君は上手だよ、フルール」と告げた。
ああ、なんていい方なのだろう!

「そんな事をおっしゃるのは、テオ様だけですわ」

「僕なら君と、ずっと踊っていたいよ」

軽口なのかもしれない。
だけど、それは確かに、わたしの胸を明るくした。
彼の緩やかなリードに、わたしは気付くと、また踊りの中にいた。


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