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しおりを挟む森の散策から戻ると、直ぐに館に戻った。
遅くならない内に、寮に戻る為だ。
急いで荷物を纏め、着替えをし、
パーラーでヴィクの家族とお茶をし、挨拶を交わして、館を出た。
「フルール、またいつでも来なさい、ヴィクの友人は家族も同然だよ」
ガスパールが言ってくれ、わたしはうれしさが込み上げた。
わたしにとって、ヴィクは初めての友人だ、その家族に優しくして貰え、認めて貰えた事がうれしかった。
帰りの馬車で、ヴィクもうれしそうに言っていた。
「曾祖父様も、フルールを気に入っていたぞ」
「わたしも、ヴィクの家族は大好きですわ!皆さんとても良い方たちですもの」
ヴィクは満面に笑みを浮かべた。
この週末が、とても目まぐるしく、そして幸せで、わたしはすっかり忘れていた。
ジョルジュとエリアーヌの婚約の事を___
◇
週明け、学園では、ジョルジュとエリアーヌの婚約が話題に上る事は、少なくなかった。
ジョルジュとエリアーヌは、突出した生徒では無いが、
学園のパーティで、婚約者を断罪した事で、注目され、学園生の多くに名を知られていたのだ。
『意地悪で卑怯者の姉に屈せず、愛を育み、無事婚約を果たした』
いつの間にか、そんな筋書きに塗り替えられ、話は広まっていて、
ジョルジュとエリアーヌに、称賛を送る者は多かった。
「婚約者がいる身でありながら、その妹と不貞を働いていただけだろう!」
ヴィクは怒ってくれたが、わたしは宥めた。
「いいのです、何を言っても無駄ですから…
それに、二人は婚約したのですから…わたしは、もう、関わりたく無いのです…」
二人が幸せならば、エリアーヌがわたしに干渉して来る事はないだろう。
わたしはエリアーヌの恐怖に晒される事無く、平穏に生きたい。
その為ならば、多少の不名誉は受け入れるつもりだった。
だが、それは甘い考えだった。
わたしは廊下で、ジョルジュに捕まった。
彼はわたしに突進して来ると、周囲に生徒がいるにも拘わらず、勢いのまま責め立てたのだ。
「幾ら、婚約破棄されたからと言って、君はエリアーヌに婚約の祝いも言えないのか!
可哀想に、エリアーヌは、たった一人の姉に祝って貰えないと言って泣いていたぞ!そもそも、婚約破棄だって、君が招いた事じゃないか!エリアーヌに当るのは間違いだろ!
全く、こんな意地の悪い女と婚約していたなんて!自分が恥ずかしい!
少しはエリアーヌを見習ったらどうだ!」
わたしは真っ青になっていただろう。
全身から血の気が引き、立っているのが不思議な程だった。
「おい!聞いているのか!」
ジョルジュがわたしの肩を掴もうと伸ばした手を、誰かが掴んで止めた。
「フルールはもうあなたの婚約者では無い、許可無く触れないで貰いたい!
それに、こんな場所で彼女を侮辱するのも止めて貰おう、あなたにその権利は無い!」
凛と響いた声に、わたしは我に返った。
目を上げると、わたしを庇う様に立つ、広い背中が見えた。
「か、彼女が、僕の婚約者に失礼な態度でいるから、僕が注意してやっているんだ!
彼女は、妹の婚約に祝いの言葉も無ければ、祝う気持ちすら無いんだぞ!
その女の所為で、僕のエリアーヌは泣いているんだぞ!」
ジョルジュの声は先程までとは違い、動揺していた。
その言い分も、子供染みて聞こえ、周囲から小さく失笑が漏れた。
「週明けから忙しく、碌に顔を合わせてもいないのに、『祝いの言葉をくれなかった』というのは、彼女の被害妄想では?
それに、礼儀上、あなたたちは二人で、姉上の元を訪れ、婚約の報告をすべきでしょう」
「こ、婚約式の事は知っているから、婚約した事位、分かるじゃないか!
エリアーヌは広い心で君を許し、式に呼ぶべきだと言ってくれていたのに、
その女は非情にも断ったんだ!」
「知っている、知らないというのは問題では無い、それが礼儀だと言っているんです。
それに、一方的に悪評を付けられ、婚約破棄された者が、どうしてその家の婚約式に出席出来ると思うのです?
妹以外に彼女を式に招待した人がいましたか?婚約式を台無しにしたくないからこそ出席しなかった、彼女の優しさが分からないのですか?
それならば、婚約破棄をして正解だ、あなたに彼女は勿体ない___」
はっきりと言い放つと、彼はわたしの肩を抱き、「行こう」と促した。
ジョルジュは言い返す事が出来ず、茫然と立ち尽くしていたが、
周囲の生徒たちから好奇の目で見られ、その場を走り去った。
わたしはテオに支えられながら、操られる様に歩いていた。
人気の無い所まで来ると、テオはわたしを抱え上げた。
「!?テオ様!?」
驚きに、わたしの意識は一気に覚醒した。
「今にも倒れそうだよ、休んだ方がいい」
「もう、大丈夫です!」
「駄目だよ、保健室が嫌なら、そこのベンチで休もう」
テオはさっさと、わたしを庭の隅のベンチまで運んで行く。
その強引さに少し驚いたが、自分を心配してくれているのだと思うと、その優しさが胸に染みた。
先程、ジョルジュに責められた時の恐ろしさと相俟って、わたしは涙を零してしまった。
テオはわたしをベンチに下ろすと隣に座り、慰める様に抱き寄せてくれた。
護られている安心感に、わたしは涙を拭い、息を吐いた。
「すみません…こんな事で、泣いたりして…」
落ち着きを取り戻すと、急に恥ずかしくなり、身を捩りテオから体を離した。
彼はそれを咎めなかったが…
「君を放ってはおけない…」
「僕に、君の盾にならせて欲しい」
彼の声は静かで真摯だった。
その言葉は頼もしく、そして優しさと思いやりに溢れ、わたしを勇気付けてくれた。
ああ、なんて良い人なのかしら…!
勿論、その好意に甘える事は出来無いが、わたしは感謝の目を向けた。
彼のオリーブグレーは、真っ直ぐにわたしの目を捕え、言葉を継いだ…
「君が許してくれるなら…僕と婚約して欲しい」
わたしははっきりと、夢から醒めた。
わたしは鋭く息を飲むと、思わず身を竦めていた。
「何を、おっしゃっているか…ご自分で分かっておられますか!?」
正気を疑ったが、テオの表情は真剣そのものだった。
「君を護りたいんだ、彼から…エリアーヌからも」
「そ、そんな事で婚約なんて!駄目ですわ!」
この方は、一体何を考えているのか…
わたしには理解出来なかった。
先程、わたしが惨めで弱い姿を見せてしまった所為で、彼は同情心で心を痛めているのだろうか?
繊細な方だから…
わたしはそれを思い出し、その大きく骨ばった手に、自分の手をそっと重ねた。
「テオ様には、もう十分に助けられております、わたしは大丈夫ですから」
彼のオリーブグレーの目が胡乱にわたしを見つめ、
その指がわたしの目元に触れる。
わたしはビクリと身を竦めた。
「とても、そうには見えないよ…」
テオが銀色の髪を振り、嘆息した。
「でも、そんな、同情などで、婚約なんてしてはいけませんわ!
テオ様の将来が台無しになってしまいます!」
わたしと婚約して、彼に良い事など何も無いだろう。
だが、テオはもう決めてしまっているのか、引き下がらなかった。
「僕の事が嫌い?」
この質問はズルイだろう。
その上、伺う様に頭を傾げる仕草や、普段は見せ無い頼りな気な瞳は、
女性としての本能を刺激した。
「いえ……ですが!」
わたしは理性を掻き集め、反論しようとしたが、彼は軽く手で押し止めた。
「ジョルジュとエリアーヌが結婚したら、婚約を解消する、それならどう?」
簡単な事の様に言う。
ジョルジュとエリアーヌが結婚してしまえば、エリアーヌとは滅多に会う事は無くなる。
それまで、テオが傍にいてくれたら…確かに心強く、わたしの心は動いた。
「それでは、これは…お芝居でしょうか?」
お芝居であれば、気は楽だったが、テオは「んー」と空を仰ぎ…
「少し違うかな、サインは本当にするしね」と答えた。
「その様な事をして…!テオ様に傷が付きますわ!」
「心配してくれてありがとう、でも僕は大丈夫だよ。
婚約解消は誰にも知られない様にすればいい、
それに、もし、君に好きな人が出来た時には、婚約は解消する」
テオは二コリと笑う。
わたしには、やはり彼が理解出来ず、つい、失礼な事を口にしてしまっていた。
「その様な事をして、あなたに何の利があるのですか?」
テオは目を逸らし、小さく呟いた。
「独り身でいると、色々と周囲が騒がしくてね…僕は、時間が欲しいんだ…」
サーラの事だ。テオの心には、まだ彼女が鮮明に存在している___!
それを知り、わたしの胸は痛んだ。
そんな状態で、他の女性となど、彼に考えられる筈が無い。
そして、そんなテオを見捨てるなど、わたしにはとても出来無かった。
同情を持って見つめるわたしに、テオは不意に、悪戯っぽい顔になった。
「それに、早く、ヒューゴとヴィクを安心させて、二人を婚約させたい」
わたしは思わず笑ってしまった。
彼には敵いそうにない。
わたしは頷いた。
「テオ様のお申し出、ありがたく受けさせて頂きます」
言ってしまってから、わたしは不安に襲われたが、
「ありがとう、フルール」
テオのうれしそうな笑みに、
『きっと、これで良かったのだ』と、自分に言い聞かせた。
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