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しおりを挟む学園からメルシェ家までは、途中食事もしたので、5時間近く掛かった。
馬車はメルシェ家の門を通り、玄関前で停まった。
テオが降り、わたしが降りるのに手を貸してくれる…
こんな風に扱われたのは、いつぶりだろう…
礼儀だと分かっていても、大切にされている気がして、わたしの胸は喜びに震えた。
両親はパーラーに居た。
前もって知らせていなかった為、わたしの帰りを知り酷く狼狽していた。
「フルール!何故帰って来たんだ!一体、何をしたんだ!まったく、おまえというヤツは…!」
「まさか、エリアーヌに何かあったんじゃないでしょうね!?あなたは姉なんですからね、しっかりエリアーヌの面倒をみて貰わなくては困るわ!それに、何なの、その髪は!みっともない!娼婦にでもなるつもりなの!?」
両親の目にテオは映っていないのか、いつもならば人目を気にし控えるであろう事を、平然と捲し立てた。
わたしは恥ずかしく「そうではないの、話を聞いて下さい!」と遮った。
両親は尚も捲し立てようとしたが、その前にテオは進み出た。
「グノー公爵家の長子、テオフィル=グノーと申します。
今日はフルール嬢との結婚の許しを頂きに参りました___」
テオの装いや、そのオーラに、両親は漸く気付いたのか、出掛かっていた言葉を飲み込んでいた。
だが、その言葉の意味が頭に届くと、また酷く狼狽したのだった。
「フルールと結婚だと!?一体、何だってフルールと…
エリアーヌの間違いでは無いのか?」
父の酷い言い様に、わたしは青くなったが、テオはわたしの手を取り、
はっきりと告げた。
「僕が結婚したいのは、間違い無く、フルール嬢です。
彼女ほどの素晴らしい女性に、僕は今まで出会った事がありません。
まだ学生の身ですので、結婚は学園を出てからという事になりますが、
彼女を他の者に渡したく無いので、今直ぐに婚約して欲しいと頼み、
彼女は受けてくれました___」
テオがわたしに微笑み掛ける。
その瞳には愛おしさが滲み、まるで本当に愛されているかの様な錯覚に陥った。
全て、お芝居だというのに…
「しかし、フルールはつい最近まで婚約をしていて、先方から婚約を破棄された娘で…
とても、公爵家の令息と結婚など、務まらないでしょう…」
父も母も、渋い顔をしている。
テオが全く動じていないのが救いだった。
「彼女の婚約解消は不運に思われた事でしょう、しかし、僕にとっては思い掛けず舞い込んだ幸運でした。
僕とフルールは、学園の同じ教室で学んでいますので、彼女の資質や人柄は良く知っています。
彼女は僕には勿体ない人かもしませんが、僕にはフルール以外考えられません、どうか、結婚の許しを」
両親の顔は、『まるで理解不能』といっている様に見えた。
わたし自身、テオが自分では無く、他の令嬢の話をしている様に聞こえていたから、仕方ないだろう。
重い沈黙を感じたのか、テオが促した。
「僕たちの結婚に、何か問題があるのでしたら、遠慮無くおっしゃって下さい」
「いや…しかし、家柄も釣り合わない、娘が粗相をしたらと思うと…」
わたしの所為で、公爵家から不興を買うのを恐れているという事だ。
「彼女に恥を掻かせる事はしないとお約束します、彼女の事は僕が護ります」
「口では何とでも言えるし…」
テオは書類を一枚、テーブルに出した。
「これは、婚約に際しての決め事です。
フルールには言っていませんでしたが、僕の決心が伝わればと用意しました」
書類に目を通していた父は目を見張った。
そして、咳払いをし、態度を一変させた。
「家に迷惑を掛け無いというのであれば、反対する理由はありません」
「それでは、こちらにサインをお願いします」
テオは更に書類を出し、父にサインを求めた。
そうしている間に、母も書類に目を通し、やはり父と同じく目を見開いていた。
わたしは何が書かれているのか気になり、母が書類を置くのを待ち、それを手にした。
『婚前契約証書』
そこには、婚姻にあたり、幾つか決め事が書かれていた。
結婚に際し、互いを尊重し、生涯の伴侶として愛し、助け合う。
結婚後は同居する事、別居は認めない。
生活に要する費用は全て夫が持つ。
家同士の事に関しては、互いの家を大事にし、良好な関係となるよう努める。
援助をする必要性が生じた場合には、十分に調査した上で、協力を惜しまない。
テオは公爵家の令息だからか、金銭面に関してかなり気前が良い。
実際に結婚する訳では無いから問題は無いが、散財が好きな両親が喜ぶのも分かった。
婚約中の事も書かれていた。
本当に結婚する訳では無いので、わたしに関係しているのはここから先だ。
婚約中、必要な費用はグノー家が持つ。
婚約式はグノー家が取り仕切り、必要な費用は全てグノー家が持つ。
婚約式…テオ様は、婚約式を挙げるつもりだったのね…!
わたしは初めて知り、驚いた。
だが、公爵家の令息が婚約式を挙げないのは不自然だと気付いた。
読み進め、それに気付き、わたしは息を飲んだ。
婚約を解消する事態が生じた場合…
婚約解消は互いの合意、サインにより成立する。
原因、理由に関係無く、グノー家からフルールに相当の慰謝料を支払う…
その額を見て、愕然とした。
「テオ様!こんな…いけませんわ!婚約解消に慰謝料なんて!必要ありません!」
「何を言い出すんだ!まったく、馬鹿な娘だ!」
「そうよ、あなたは黙っていなさい!」
両親は嗜めたが、わたしは黙っていられない。
両親の中では頭に無いのかもしれないが、
この先、わたしたちが婚約解消する事は、決まっているのだから___
わたしはテオに頭を振る。
だが、テオはわたしの手を、そっと握った。
「婚約解消となれば、君の評判に傷を付けてしまうからね、当然だと思っていい。
それに、一時期でも、君を独り占めにするのだから…」
オリーブグレーの瞳が切なく、わたしは息が詰まった。
だが、その色は直ぐに消え、テオは明るく言った。
「婚約を解消しなければ関係のない話だよ、フルール」
必要なサインを父から貰い、テオは確認してから封筒に仕舞った。
「婚約式は、フルールの為にゆっくり用意したいので、夏休暇に予定しています。
僕が一刻も早く、彼女と婚約をしたかったので、今日は急がせてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、婚約破棄された娘ですからな、誰も貰い手は無いだろうと…
いや、良縁が纏まって良かったな、フルール」
父はテオの冷たい視線に気付き、顔色を変え言葉を濁した。
テオは何事も無かったかの様に立ち上がると、愛想良く父と握手を交わした。
この日、テオは家に帰り、わたしは実家に残る予定だったが、
テオはわたしに、荷物を纏めて来るように言った。
「フルールには、これから僕の家に来て貰います、
家族が会いたがっていますので」
わたしは必要な物を取りに、三階の自分の部屋へ向かった。
泊まるとなると、荷物が増えるが、
テオを待たせている事もあり、わたしは急いで衣装を選んだ。
使用人に荷物を運んで貰い、階下へ向かうと、母が待ち受けていた。
その表情からは、悪い事しか考えられなかった。
「フルール!あなた、学園で悪さをしているんじゃないでしょうね?」
母が何故突然、この様な事を言い出したのか…
わたしは思い当らず、「いいえ」と戸惑いつつ否定した。
「だって、変じゃないの!公爵家の令息が、あなたなんかに…
彼に体を許したんじゃないでしょうね!」
あまりの事に、わたしは唖然とした。
「まぁ、あなたが何をしていても、今更驚きゃしませんけどね、
あなた、ジョルジュ様の時も、自分から言い寄ってしつこかったらしいじゃない、
ジョルジュ様がはしたないとおっしゃっていて、私がどれ程恥ずかしい思いをしたと思うの!公爵家にまで悪評を広げないで頂戴よ!」
わたしはぶるぶると震え、無意識に謝罪の言葉を口にしていた。
「申し訳ありま…」
「誤解を与えたのでしたら、申し訳ありません」
母の背後からテオが現れ、わたしの言葉を攫っていった。
「心配される様な事は、僕たちの間にはありません。
グノー家でも、婚前の仕来たりは厳しく守られていますので、ご安心下さい。
先程の契約書に、結婚するまでは彼女の貞操を護ると記載すべきでした。
彼女は上品で慎ましく、心優しい淑女です、恥ずべき事は何もありません。
行こうか、フルール」
テオが差し出した手に導かれ、わたしは手を伸ばした。
母の存在は、もう見えていなかった。
ああ…どれ程、彼に助けられているか…
彼はきっと気付いていないだろう…
馬車に乗り、わたしは強張っていた体を解放するかのように、息を吐いた。
「よく頑張ったね、フルール」
テオの言葉で、わたしの心の鎧は砕けてしまった。
どうしようもなく、涙が溢れ両手に顔を埋めたわたしに、テオはハンカチを握らせてくれた。
両親がわたしを侮辱するのには慣れていた。
だが、テオに聞かれる事は恥ずかしく、消えてしまいたかった。
その上、母はわたしが体を使ってテオを誑し込んだと疑ったのだ!
『ジョルジュ様の時も、自分から言い寄ってしつこかったらしいじゃない』
『ジョルジュ様がはしたないとおっしゃっていて』
『私がどれ程恥ずかしい思いをしたと思うの!』
胸を抉られる。
「うぅ…、く…っ」
嗚咽を洩らし泣くわたしを、テオは抱き寄せ、抱きしめてくれた。
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