【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

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週明け、
わたしとテオが二人で出掛けた話は、寮だけでなく、学園にも広まった。

テオフィル=グノー公爵令息は、学園の有名人だ。
学年首席で将来有望、家柄も良く、容姿端麗、その上婚約者はいない。
そんな彼を狙う女子生徒は少なくなかった。
尤も、公爵令息という事で、不相応だと諦める者も多い。
家柄の釣り合う者は、既に家から手回しをしていたが、良い返事を貰えた者はいなかった。
そんな事もあり、皆、遠くから眺めるだけに留まっていた。

そんな彼が、特定の女子生徒と週末を過ごした…となると、噂になっても仕方がない。

「あのテオフィル様が…」
「今までどなたともお付き合いされていなかったのに…」
「相手の方はどちらの公爵令嬢ですの?」
「いえ、それが、伯爵令嬢らしいですわ」
「どうして、テオフィル様がその様な女性と…!」

何処へ行ってもその話題が聞こえてきて、わたしは本で顔を隠し、過ごさなければならなかった。
わたしは、テオが有名だという事を、最近すっかり忘れてしまっていた。
尤も、当のテオはというと、噂も、周囲からの視線も全く気にしてはおらず、平然とわたしの隣に座っている。

「フルール、今日の昼休憩は食堂に顔を出そう」
「な、何故ですか!?」

これ以上目立ちたくないというのに…
食堂など、ほとんどの生徒が集まる場所だ。
思わず泣きそうな声を上げてしまった。

「先日、エリアーヌたちから、婚約の報告に来て貰ったからね、
こちらからも行かなくてはいけない、そうしないと、また好き勝手騒がれるかもしれないしね」

確かに、それは十分に考えられた。
わたしは顔から本を外し、テオの方に向き直り、頭を下げた。

「はい…その通りですわ、テオ様にはご迷惑をお掛けします…」
「迷惑なんかじゃないよ、君の妹なら、僕にとっても家族みたいなものだからね」

テオの気持ちは有難かった。
だが、テオの負担にしかならないのでは…と思うと、胃の辺りが痛くなった。


昼休憩に入り、わたしはテオと共に食堂へ向かった。
テオが食堂に踏む込んだ瞬間、全ての視線がこちらに集中した気がした。
場がざわつき、恐ろしさに身が竦んだが、
テオは「大丈夫、僕がいるからね」と励ましてくれた。

エリアーヌはジョルジュと共に席に着いていた。

「エリアーヌ」

わたしは彼女に声を掛けた。
エリアーヌは振り返ると、大きな目を見開き、可愛い口をぽかんと開けた。

「まぁ!お姉様!どうなさいましたの!」

彼女の作った表情と、声色に、わたしは『エリアーヌは婚約の事を知っているのではないか?』と思った。
そして、こうして報告に来る事も、承知していたのでは…?
わたしは嫌な予感に声が詰まった。

「あ、あの…わたし、この週末に、彼と婚約をしたの」
「お姉様が婚約ですって!?」

エリアーヌの大声に、周囲は一斉に注目した。

「そんな!お姉様、いけませんわ!お姉様はつい最近まで、ジョルジュ様と婚約なさっていたのよ?それなのに、間を置かずに婚約なんて!あちらが駄目なら、こちら?
そんなの、お姉様が尻軽女だと思われますわ!」

エリアーヌの言葉に、周囲がどっと笑い、わたしは恥ずかしさに顔を赤くした。
ジョルジュは困惑し、「お、おい…」と止めようとしていたが、エリアーヌは気付かないフリをした。
こんな中でも、テオは動じる事無く、わたしの腰に手を回した。

「エリアーヌ、姉上に対して、失礼な口を聞くものじゃないよ。
それに、彼女を侮辱する事は、僕を…グノー家を侮辱する事だ、良く覚えておきなさい」

テオは固い口調で、はっきりと告げた。
それは、エリアーヌにだけでは無く、周囲に向けての牽制でもあった。
周囲は急に静まり返った。
だが、エリアーヌは負けなかった。可愛らしい声をあげた。

「あら!あたし、侮辱なんてしていませんわ!お姉様を心配したのですもの!
お姉様が尻軽女だと思われたら、可哀想でしょう?」

「エリアーヌ、誰もそんな風には思わないよ。それに、この婚約は僕が急がせたんだから、フルールが悪く言われるなら、責任は全て僕にある。
フルールが自由の身と知り、一刻も早く自分のものにしておきたかったんだ。
彼女を失いたく無かったからね…」

テオの瞳には、愛が溢れてみえた。
こんなお芝居までするなんて…
自分がどんなに残酷な事をしているのか、彼は気付いていない。
わたしは泣きそうな顔しか返せなかった。

「あたし、分からないわ!だって、お姉様はジョルジュ様に婚約破棄されたのよ?そんな、人の捨てた物を、公爵令息が拾われますの?ああ、これは、例えですのよ、お姉様が捨てられたなんて、あたし言っていませんわ」 

エリアーヌは得意気に言い、顎を上げた。

「僕はそうは思わないよ、例えて返すなら、宝石の原石を見て、その価値に気付かない者は、『ただの石だ』と素通りしていく。
だが、その価値を知る者は、喜んで拾うだろう、そして、大事にする。
僕は諦め掛けていた、何故、彼より先にフルールと出会えなかったのかと…
だが運良く、自由になった彼女を捕まえる事が出来た、自分の幸運に感謝したよ」

テオがわたしを見つめ、微笑んだ。
周囲から溜息が零れた。

「婚約式は夏にゆっくりと準備するつもりだ、君たちにも招待状を送らせて貰うよ」

そう言うと、テオはわたしを連れ、食堂を出た。


渡り廊下まで来ると、テオはわたしの手を引き、走り出した。
向かう先は、いつもの噴水だ。

噴水の側に敷物を敷き、寛いでいるヴィクとヒューゴをみつけ、わたしは安堵した。

「よお、どうだった?言ってやったか?」
「上々だろうね」

ヒューゴとテオは、笑い合い、拳を交わしている。
わたしは敷物の上に崩れ落ちる様に座った。

「フルール、大丈夫か?」
「わたしは生きた心地がしませんでしたわ…」
「テオは有名人だからなー、よくこんな男と婚約なんかしたよ!」

ええ…少し後悔しています。
声には出さなかったが、項垂れるわたしにテオは察したのか、
傍に座ると、わたしの肩を抱き寄せた。

「!?」

友人としての気軽な行為だとしても、
気持ちを自覚してしまったわたしの心臓は、どきどきと高鳴る。
ああ…顔が熱いです…!

「ヒューゴ、フルールを惑わせないでくれよ、僕の婚約者は繊細だからね」
「だから心配してやってんだろー、ちゃんと守ってやれよ、テオ」
「テオ様は十分守って下さっています!」

わたしはつい言ってしまい、三人の注目を受け、両手で顔を隠した。

「す、すみません!」
「なーんか、上手くやってんのなー!羨ましいー」
「おまえも婚約したらいいだろう?」
「嫌だよ、モテなくなるだろ!さー、飯にしようぜ!」

ヒューゴはさっさと話を切り上げ、バスケットを開いた。

「フルール、どれがいい?」
「サラダのものを…」
「肉は嫌い?」
「嫌いではありませんが…」
「それじゃ、僕と半分ずつにしよう」

テオがサラダと薄切り肉のサンドイッチを、それぞれナイフで半分に切り、渡してくれた。

「フルールはいつも一つしか食べないから、力の付く物を食べないとね」
「はい…ありがとうございます」
「美味しい?」
「はい、美味しいです…テオ様も、見ていないで食べて下さい」
「うん、食べてるから安心して」
「そんなに見ないで下さい…」

覗き込んでくるテオを、後から叩いたのは、ヒューゴだった。

「いい加減にヤメロ!一緒にいるこっちが恥ずかしいだろーが!」
「別に普通だよ、ね、フルール」

話を振られて、わたしは喉を詰まらせた。
咳き込むわたしの背中を擦ってくれたのは、テオだった。

「ヒューゴ、変な事言わないでくれ、フルールが喉に詰めたらどうする」
「俺じゃないだろ!おまえだおまえ!!」
「いーや、ヒューゴが悪い」

夢中でサンドイッチを食べていた筈のヴィクまで、テオの味方をした。
わたしは急いでサンドイッチを食べると、紅茶を飲み、喉を潤した。
テオはわたしに二コリと笑い掛けると、自分のサンドイッチを食べた。


「テオ様が…構ってくるのは、寂しさの裏返しなのでしょうか?」

元々、テオにその傾向は見えたが、婚約した事で、歯止めが効かなくなっている様に思える。
教室に戻る道すがら、テオとヒューゴの背を眺め、わたしはヴィクにこっそりと聞いてみた。
先程、ヴィクはテオを咎めなかったので、何か思う所があるのでは?と思ったのだ。

「それもあるだろうが、テオはおまえの食が細い事も心配していた」
「そうだったのですか!?」

心配されていたと知り、わたしは驚くと同時に、喜びを感じてしまった。
だが、きっとそれがいけなかったのだ…

「サーラも食が細くてな、それで心配になるのだろう…」

サーラ様を思い出して…

「まぁ、過保護過ぎるとも思うがな!」

ヴィクがニヤリと笑う。
だけど、わたしはとても笑えず、微妙な笑みになってしまった。

テオは、サーラにしてあげたかった事を、わたしにしているのだろうか…

ツキリと胸が痛む。

でも、それが彼の望みならば、叶えてあげたい。
それで、彼の心が癒されるなら…


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