【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

文字の大きさ
17 / 34

17

しおりを挟む


◆◆◆


「テオフィル様がご婚約された!」
「相手は伯爵令嬢ですって!」
「フルール=メルシェ」
「知らないわ、誰なのよ?」
「テオフィル様と同じクラスの女子生徒らしいわ」
「最近、ずっと一緒に居たじゃないの!怪しいと思ってたのよ!」
「テオフィル様はずっと片想いをされていたのですって!」
「お相手は少し前まで婚約してらしたそうよ」
「テオフィル様が略奪なさったって事?」
「そんな事しないわよ、テオフィル様は公爵令息なのよ?」
「ロマンチックね…」
「ああ、私も略奪されたいわ~」

学園の何処を歩いても、テオフィル=グノーとフルール=メルシェの話が聞こえてくる。
廊下を歩きながら、エリアーヌの顔はどんどん険しくなっていく。

「面白くないったらないわ!!」

エリアーヌはとうとう、廊下の壁を靴底で蹴り付けた。


姉がジョルジュ=マンデオ侯爵令息と婚約した時も、エリアーヌは面白く無かった。
婚約者を自分に代えろと、自分を溺愛する両親に駄々を捏ねたが、
格上の侯爵家には逆らえず、無理だった。
そこで、ジョルジュに近付き、姉に苛められる可哀想な妹を演じ、
姉の悪口を吹き込んでやった。
ジョルジュは面白い位にエリアーヌの言う事を信じ、情熱的になった。
「僕が求めていたのは、フルールの様な卑しい女では無く、エリアーヌの様な清らかな淑女だ!」と、彼はいとも簡単に姉を捨て、エリアーヌに乗り換えたのだった。

学園のパーティで、周囲の注目を集め、姉を断罪した時は、体中の血が沸き上がり最高の気分だった。
真っ青な顔で、惨めったらしく立ち尽くす姉を、周囲の生徒たちは『自業自得だ』と罵った。
舞台は完璧だった。正に、エリアーヌが思い描いた通りに進み、着地した。
ここがパーティ会場でなければ、隣にジョルジュがいなければ、
エリアーヌはその甲高い声で、高らかに笑っていただろう。

「ふん、最初からあたしにジョルジュを譲っていれば良かったのよ、馬鹿なフルール!」
「フルールに侯爵夫人なんて勿体ないわ!」
「その座は、あたし、エリアーヌ=メルシェにこそ、相応しいのよ!」

ジョルジュと婚約式を挙げ、指輪を見せつけ、姉に思い知らせてやった。
おまえは、一生、エリアーヌ=メルシェには勝てないのだと!
価値の無い惨めな下女なのだと!


エリアーヌは物心がついた頃から、双子の姉を憎んでいた。
双子でありながら、いつも少しだけ、姉が勝っていたからだ。

ストロベリーブロンドという髪色に、フルール《花》という名前、
それだけで、姉は周囲から、「可愛い、小さな花の妖精」とちやほやさてきた。

姉さえいなければ、皆自分を注目するのに!
あれらは、産まれる時に、姉が自分から盗ったのだ!
それなら、奪い返すまでよ___!!

エリアーヌは、自分が賢く、口が上手く、発言力がある事を自覚していた。
それを利用し、全てを姉から奪っていった。
愚かで、鈍臭く、口下手な姉を陥れる事など、エリアーヌには簡単だった。

だが、ここに来て、急に、エリアーヌの思い通りに物事が運ばなくなってきた。

テオフィル=グノー

彼の所為だ。

テオフィルは賢く、口も達者で、発言力もある。
それは、エリアーヌの比では無かった。
エリアーヌの企みは悉く彼に捻り潰された。
それだけでなく、婚約者のジョルジュまでも、テオフィルにやり込められた。
エリアーヌは烈火の如く、テオフィルに怒りを持っていた。

そのテオフィルが、姉と婚約した___!?

「あのテオフィルを手懐けるなんて、姉なんかに出来る筈ないわ!」

そう思いたかったが、婚約の報告に来た二人を見て、エリアーヌは自分の間違いに気付いた。
姉は母から言われて以来、解く事が無かったおさげを止め、
あの憎たらしいストロベリーブロンドの髪を晒していた。
それだけでなく、その指には、婚約指輪まで嵌っていた。
テオフィルは必要以上に姉を見つめ、周囲に『自分のもの』だと誇示した。

「馬鹿な姉は、気付いて無いみたいだけど…」

「そうよ、あたしは、まだ負けてない!」

幾らテオフィルが賢くても、姉が馬鹿なのだから、幾らでも挽回は出来る。
エリアーヌは決して人には見せ無い、悪い笑みを浮かべた。

「夏に婚約式を挙げると言ってたわね…
その時、テオフィルの隣にいるのは、一体、誰かしらね?」


◆◆◆
◇◇◇


彼女がわたしに見せつけようと謀ったのか、
それとも、彼女はわたしの居ない時を狙っていたのか…

その日の放課後、テオとヒューゴの前で、涙ながらに訴えているエリアーヌの姿を目にしてしまった。

「こんな事、誰にも話せません、でも、テオフィル様は姉の婚約者ですもの、
どうか話を聞いて下さい!」
「相手を間違えている様だ、話なら君の婚約者に話してくれ」
「ジョルジュ様には言えませんわ!だって、ジョルジュ様の事なのですから!」
「それなら、フルールと一緒の時に聞くよ、変な誤解をされては困るからね」
「緊急なんです!どうか、あたしを助けて下さい!義兄様!」
「残念だけど、僕には助けられない、
それに、まだ結婚していないのだから、儀兄とは呼ばないでくれ、いいね」
「ああ、お願いですから!あたし、ジョルジュ様に暴力を受けているの!
きっと、姉も同じ目に遭ったんだわ!」
「それならば、然るべき所に訴え出るんだね、行こう、ヒューゴ」

テオが、喚いているエリアーヌを残し、ヒューゴと共に立ち去るのを見て、
わたしは詰めていた息を吐いた。

テオはエリアーヌの言葉を鵜呑みにはしていなかった、
二人きりになる事も避けていた___
それが、どれ程わたしを安堵させる事か!きっと、彼は知らないだろう…

二人の姿が視界から消えると、エリアーヌは顔を上げ、二人とは逆方向へ歩いて行く。その顔に、涙の跡は無い、いや、悲哀すらも浮かんでいなかった。

ああ!またなのね…エリアーヌ!!

わたしはそれを知り、衝動的に駆け出していた。

わたしから全てを奪っていく!
今度もまた、そうなんだわ!


緩やかな芝生の斜面を、必死に駆け上がる。
枝をうねらせ乱立する木々の間を抜けた先、それは変らずに立っていた。
だが、あの時の様に、花は咲いておらず、ただただ、濃く深い緑色の葉が生い茂っていた。

わたしは息を弾ませたまま、その高木の下に立った。
自然とわたしの指は組まれる、祈るように___

「どうか、もう一度、わたしに勇気を下さい…!」

「エリアーヌと闘う、勇気と力を!」

「彼を失うなんて…考えられません!」


それは、ジョルジュを失った時の比では無いだろう___


風が強く吹く。
わたしの髪を舞い上がらせる。
わたしは身動ぎもせず、ただ、祈っていた。


◇◇


わたしは再び、エリアーヌと闘う決心をした。
だが、具体的にどう闘えば良いのかは分からなかった。
ジョルジュの時は、彼を繋ぎ留めようと、出来る限り好意がある事を示してきた。彼はそれを『はしたない行為』と思った様だが…。
エリアーヌはいつもわたしが知らない内に、悪評を言って周り、自分の味方に引き込む。わたしが気付くのは、周囲から責められてからだ。

ただ、ジョルジュの時と一つ違うのは、テオとの婚約が『偽物』『芝居』だという事だ。
婚約を解消する事が決まっている、先の無い『婚約』。
誰とも結婚する気が無いテオの『隠れ蓑』だ。
だから、テオがエリアーヌに靡くとは考え難い。

それでも不安になるのは、どうしてなのだろう…
エリアーヌの狡猾さを知っているからなのか…


わたしは不安になる心を止められず、寮の食堂を借り、菓子作りを始めた。
生地を棒状に整えながら、『結局、わたしはこんな事しか出来ない…』と、
わたしは肩を落とした。
ジョルジュの時と違い、こんな事でテオを繋ぎ留められるとは思っていない。

「元々、そんな気も無いのですから…」

政略結婚であれば、努力や相性次第で『愛』は育つかもしれない。
だけど、期限付きの嘘の婚約には何も無い、
いや、決して求めてはいけないものだ___

「テオ様は、望んでいませんもの…」

悲しく浮かんでくる涙を、わたしは瞬きをして弾き飛ばし、
生地にキラキラと輝く砂糖を塗した。


いつもの噴水の庭で昼食を終えた後、
わたしは缶に詰めてきた、昨夜焼いた厚焼きのクッキーを出した。

「クッキーを焼いたので、よろしければ…」
「おー!美味そう!いただきー」
「馬鹿、こういう時はテオに譲れ」

早速手を伸ばしたヒューゴをヴィクが嗜める。
昨日から考え過ぎて、『嘘の婚約だから』と、すっかり卑屈になっていたわたしは、虚ろに「いえ、気になさらず…」と言っていた。

「フルール、元気ないね、何かあった?」

テオに心配そうな顔で覗き込まれ、わたしは慌てて笑みを作った。

「いえ!何もありません!」
「お菓子は凄くうれしいけど、フルールの負担になるといけないから、
無理しないでね」

無理をしている訳では無かった。
どちらかというと逆で、不安を和らげたくて、作っているのだ。
お菓子や刺繍をする事は、心を平静に保つ手段でもあった。
だが、何故か、それを言え無かった…
わたしは俯き、膝の上で拳をギュっと握った。

「はい…申し訳ありません」

テオの望む自分にならなければ…

「フルール、責めてる訳じゃないんだよ…」

そっと、テオがわたしの髪を耳に掛けようとした。
わたしは顔を見られるのを恐れ、反射的にその手を振り払ってしまった。

「!?」

なんて事を!!
茫然としたテオの表情に、わたしは自分がしてしまった事に気付き、
立ち上がり、「すみません!」と逃げ出していた。

「フルール、待って!」

逃げ切れる筈もなく、幾らも離れない内に、テオに腕を掴まれ、引き止められた。

「すみません、すみません、すみません!」

泣きながら謝るわたしを、テオは何と思ったのか、強く抱きしめてくれた。

「フルール、謝らなくていいよ、僕が悪いんだから…」

「君を傷付けて、ごめんね」

「君を不安にさせて、ごめん」

その言葉に、わたしは脆くも崩壊してしまった。
彼に縋り、声を上げて泣いてしまっていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の妹を助けたい、ただそれだけなんだ。

克全
恋愛
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月10日「カクヨム」恋愛日間ランキング21位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング33位

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

処理中です...