【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

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「不安な時には、お菓子作りや、刺繍をすると落ち着くのです…」

涙が止まり、少し落ち着くと、テオが優しく聞いてくれた。

「そう、不安の表れだったんだね…
僕は君の事を見ていたつもりだったけど、気付かなかったよ、ごめんね」

わたしは頭を振った。
気付かなくて当たり前なのだ。

「君が不安になっているのは、エリアーヌの事?」

その名前を出され、わたしはビクリとした。

「君を不安にさせたくなかったから、言うまいと思っていたけど、
昨日、僕の所にエリアーヌが来た、もしかして、君はそれを見ていた?」

「は…はい…」

わたしは誤魔化せずに、俯いた。

「エリアーヌが動き出した事で、思い出し、不安になったんだね…
だけど、覚えていて、どんな時でも、どんな事が起こっても、
僕は君の味方だよ、フルール___」

テオがわたしの左手を取り、銀色に輝く指輪をそっと指で辿った。
そのオリーブグレーの目は優しい…

「僕を信じてくれる?」

聞かれて、ギクリとした。

エリアーヌを恐れる気持ちは確かにある。
だが、わたしが本当に恐れているのは、テオを失う事だった。
それは、彼を信じていないという事___

わたしは、これ程に自分を想ってくれている人を、信じられず、不安になっていたのだ!
テオはいつもわたしを信じてくれたのに、わたしは彼を信じていなかった。
無意識に、信じる事を避けていた。考えない様にしていた。
信じて、裏切られるのは、辛過ぎるから___
何度も何度も、裏切られてきた事で、きっと信じる事に臆病になっていたのだ。

「信じると、裏切られるんです…怖くて、痛くて…」

涙が零れる。
テオはわたしの手をギュッと強く握った。

「うん、それなら、僕が信じさせてあげるよ、ゆっくりとね」

目を上げると、彼は微笑んでいた。
胸がトクリと音を立てる。

ああ…
この人が、好きだわ…!

わたしは頷き、笑みを返していた。


◇◇


芸術史Ⅱの授業終わり、ヒューゴから「ちょーと、寄り道して行こうぜ☆」と誘われ、急がされて向かった先は、闘技場だった。
剣術の実戦授業だが、まだ終わっていなかった。
1対1で大剣を持ち向かい合っているのは、テオと知らない男子生徒だった。

「おー!調度、テオの番だ!頑張れよー!」

ヒューゴが呑気に声を上げる。
わたしは息を飲み、祈るように指を組み、テオをみつめた。

大剣を構えるテオは、綺麗に形が決まっている。
軽そうに見えるが、実際は重いだろう。テオは特別大柄という訳でも、筋肉質という訳でも無い、どうしてあれ程大きな剣を持っていられるのか、不思議だった。

「フルールも応援してやれよ、あいつ驚くぜー!」
「驚かせて怪我をされては困ります」

テオから目を離さず、口先で答えると、ヒューゴは何やら口の中で言い、
諦めた様だった。
試合開始の合図が鳴り、相手が動く。

危ない!!

わたしは悲鳴ごと、息を飲む。

テオは向かって来た相手の剣を交わす様に動くと、その胴を剣で斬っていた。

「きゃ!?」

思わず手で顔を覆うと、ヒューゴが「大丈夫、防具着けてっから」と教えてくれ、
安堵した。

周囲から「キャーーー!!テオフィル様ーーー!!」と歓声が上がり、
わたしはビクリとした。
気付いていなかったが、少し先で、女子生徒たち二十名程が集まり、
観戦していた。

「こーいうの、初めて観た?」
「はい…少し、苦手です」
「まー俺もだけどね、テオは嗜みとかでやらされてるけど、ヴィクは好きなんだよなー」

ヒューゴは顔を顰めた。

「やはり、好きな方には怪我をして欲しくありませんか?」
「それはそー…え?何で!?好きって!?誰が、誰を!?」

ヒューゴが狼狽する。
わたしが知っている事を、知らなかった様だ。

「すみません、テオ様からお聞きしておりました」
「くそっ!!」

ヒューゴは顔を真っ赤にし、頭をガシガシと掻いた。

「あの、誰にも言いませんので、勿論、ヴィクにも…」
「ありがとう…悔しいから、俺もテオの秘密を喋ってやる!!」
「ええ!?わたしが口を滑らせた所為で、テオ様にご迷惑が掛かっては、
わたしが困ります…」
「優しいねー、けど、あいつが悪い!って事で…」

ヒューゴはニヤリと笑うと、わたしの耳に顔を寄せ…

ふっ!と息を吹きかけた。

「ひゃ!??」

わたしは耳を押さえ、ヒューゴを振り向いた。
「な、な、な、なにをされるのですか!?」
批難の目を向けたのだが、ヒューゴはニヤリと悪い笑みを浮かべている。

どういう事なのかと訝しんでいると、突然、わたしは肩を引かれ後ろに倒れそうになった。
幸い、何かにぶつかり、倒れなかったが…

「ヒューゴ、何をしているのかな?僕の婚約者に」

わたしの背後に立っていたのは、テオだった。
テオもヒューゴと違わず、不穏な笑みを浮かべている。

「おまえが俺の秘密をフルールに話したから、
俺もおまえの秘密を暴いてやろうかなーってね☆」

それが、何故、耳に息を吹きかけられる事になるのでしょうか…??
だが、わたしが口を滑らせてしまった所為なので、反論は諦め、
甘んじて罰を受けようと思った。

「テオ様、申し訳ありません、わたしが口を滑らせてしまったのです…
誓って言いますが、ヴィクには話していませんので!」

「うん、その事なら気にしなくていいよ、
それより、早く消毒しようね、病気になったら困るから」

そんな事を言いながら、テオはわたしに顔を近づけてくる。
まさか…?
わたしは嫌な予感がし、テオの胸を押し返した。

「な、な、な、なにをなさる気ですか!?」
「え、消毒だけど?」
「何もお持ちでは無い様に見えますが…」

そもそも、息を掛けられた位で消毒など必要無いだろう。
だが、テオは二コリと笑った。

「うん、大丈夫」

!??

「いやですいやですいやです!」

テオに同じ事をされると思うと…
心臓が爆発してしまいます!!

「大丈夫、優しくするからね」
「ヒューゴ様!テオ様を止めて下さい!!」
「フルール、自業自得☆」

ああ、やはり、怒っていらしたのですね…
絶望で力が緩んだ隙に、テオはわたしの耳に「ちゅっ」とキスしたのだった。

「~~~~!!!」

「はははー!フルール真っ赤!!」

わたしを指差し、声を上げて笑ったヒューゴは、
後からヴィクに、思い切り後頭部を叩かれ、果てたのだった。

「悪い、フルール、こいつらは馬鹿な事しかせん!」
「はい…ヒューゴ様だけならまだしも、テオ様もこの様な悪戯をするのですね…」

わたしが恨みがましく見ると、テオは顔を逸らし、肩を竦めた。

「着替えて来るから、待っていて」と、テオとヴィクが着替えに行く。
そこを狙っていたのか、女子生徒たちが群がって行った。

「テオフィル様!タオルです、お使い下さい!」
「テオフィル様!私のも使って下さい!」
「テオフィル様、素晴らしい試合でしたわ!」
「テオフィル様、お菓子をお持ちしたので、食べて下さい!」
「テオフィル様、お飲み物を…」

皆差し入れを手にしている。
驚く事に、その中にはエリアーヌの姿もあった。

「義兄様!エリアーヌですわ!」

エリアーヌは甲高い声を上げて、馴れ馴れしくテオに近付いたが、
ヴィクに牽制されていた。

「悪いが、私たちは急いでいる、
それに、こういった事は婚約者がいる者にすべきでは無い、弁えろ」

エリアーヌも女子生徒たちも、それ以上は近付けず、諦めた様だった。
だが、口々に文句を言い始めた。

「ふん、婚約者なんて、伯爵令嬢じゃないの!」
「公爵令嬢というなら諦めますけど」
「あの方でしょう?大した事ありませんわ!」
「見た所、何もお持ちではありませんのね、婚約者様は!」
「どうせ、財産目当てなのよ___」

わたしに聞こえる様に言っているのだろう。
憎しみの込められた視線や声に、わたしはギュっと拳を握った。

「あーあ、嫌だねー、テオはこういう苛めっていうの?大嫌いなんだよなー」

隣でヒューゴがわざとらしく言うと、
彼女たちは顔を見合わせ、そそくさと去って行った。

「ヒューゴ様、ありがとうございます…」

「いや、俺も嫌なの、あーいうの!けど、色々言われるのは覚悟しといた方がいいぜ。あーいうヤツ等は、何かしら粗を探して責めてくるからな!
テオみたいな男と結婚したら、針の筵だぜ」

「はい、幸い、結婚はありませんので」

その皮肉に自嘲した。
だけど、もし、結婚出来るなら、どんな事を言われても耐えるわ。
尤も、周囲から祝福されない妻など、テオは嫌だろうが…


「フルール!」

テオとヴィクが着替えを済ませ、戻って来た。

「見てくれたの?」
「少しですが、驚きました、その、とても恰好良かったです…」

それしか言葉が浮かばない自分が恥ずかしかったが、テオは喜んでくれた。

「ありがとう、フルールに恰好良く見えていたなら、うれしいよ」
「あの…すみません、わたし、何もご用意していなくて…」
「気にする事は無いよ、元々、そんな決まりは無いんだから、
それに、フルールには昨日クッキーを貰ったし、それに、これもね___」

テオがニヤリと笑い、以前あげた刺繍のハンカチを見せた。
持っていて貰えたのだと分かり、わたしは気恥ずかしくもうれしかった。

「婚約者なんだし、汗でも拭いてやったら~?」
「残念、着替えた時に拭いたよ」
「また、馬鹿な事を…」

皆で笑いながら、わたしは足元に視線を落とした。

「フルール、どうしたの?」

「いえ…皆さん、こういった事をされていたのだなと…
自分の鈍感さと気の利かなさに、呆れます…
ジョルジュ様もきっと、こういう事を望まれていたのでしょうね…」

わたしはジョルジュの求める物を与える事が出来ていなかった。
それなのに、努力しているつもりでいた。尽くしているつもりでいた。
全て、ただの独り善がりだった。

「誰が何を求めているかなんて、中々分からないものだよ。
でも、僕は、婚約者の事を想い、刺繍をし、お菓子を焼き、
慎ましく男性にも不慣れだというのに、自から会いに行き声を掛けていた…
そんな君を、健気で心優しい、素敵な令嬢だと思うよ、フルール」

あの頃の自分を認めて貰えた様でうれしかった。
ジョルジュには迷惑だと思われてしまったけど、こんな風に思ってくれる人もいるなら…

「ありがとうございます、テオ様のお陰で、少し報われました…」

「もっと自信を持っていい、僕たちはみんな、君が大好きだよ、フルール」

テオ、ヒューゴ、ヴィクの笑顔に、わたしは胸が震えた。


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