【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

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週末、テオに誘われるまま、グノー家で過ごす事になった。

朝、テオが馬車で寮まで迎えに来てくれ、グノー家に着いたのは昼を過ぎた所だった。
テオの父親は不在で、パーラーでテオの母イザベルと妹のリゼットが歓迎してくれた。

「フルール、いらっしゃい、よく来てくれたわ!」
「フルール、いらっしゃい!待ってたのよ!」
「二人とも食事をしていらっしゃい、テオ後でフルールを借りるわね」

食堂で軽く食事をした後、わたしはイザベルとリゼットに連れられ、部屋へ案内された。
そこは、広く綺麗に整った客間だった。
大きな天蓋付きのベッド、格調高いチェストに鏡台、丸テーブル、本棚まである…

「あなたのお部屋を用意したのよ、テオの隣では落ち着かないでしょう?
リゼットの隣なの、困った事があれば、リゼットでも良いし、メイドを呼ぶといいわ。
これから館に来た時には、この部屋を使って頂戴」

「こんな、立派なお部屋を…用意して下さるなんて…」

わたしは感謝よりも恐縮していた。
わたしとテオの他、家族は、この婚約が『偽物』だと知らないのだ___

「フルール、こっちに来て頂戴!」

イザベルが意気揚々とクローゼットを開いた。
そこには、ビッシリと服が掛けられていた。

「いちいち持って来るのは大変でしょうから、用意したの」
「こ、こんなに沢山!?」

わたしは目を見張った。

「ええ、ロアナ=ル・ブランを覚えている?洋服店の店長でデザイナーなの、
全部彼女の作った服よ!素敵でしょう?そうね…」

イザベルが一枚を選び、わたしの体に当てた。

「これがいいわ!これを着てみて!」

イザベルの選んだのは、白を基調にピンク色の生地が使われていて、
上品だが、レースやフリル、リボンが並び…可愛らしいワンピースだった。
ただ、値段は相当する筈で、わたしは恐ろしくなった。

勧められるまま着ると、それは驚く程、わたしの身体に合っていた。
どうしてサイズが分かったのか不思議だったが、わたしが置いていった衣装から
寸法を取ったのだと教えてくれた。

「とても素敵よ、これから、私たちだけでお出掛けしましょう!
フルールに、この辺りを案内してあげないといけないわ!」

イザベルが言い出し、リゼットが直ぐに賛成した。
イザベルもリゼットも着替えをし、三人で馬車に乗り館を出た。
テオの姿は見えなかったが大丈夫だろうか…不安になるわたしに、
イザベルが「テオには話しているから大丈夫よ」と教えてくれた。

「お兄様と少しでも離れるのが不安なのね!」

リゼットが何かを期待し、青い目を輝かせてわたしを見る。
その何かは…ロマンスだろう。
婚約者なのだから、それは当然だが、これは『嘘の婚約』だ。
だけど、皆には『本当の婚約』と思わせなければいけないのだから…

「恥ずかしいので…テオ様には、内緒にしていて下さいね」

わたしが気恥ずかしく微笑むと、リゼットは満足したのか、
「いいわよ!」とうれしそうな声を上げた。

馬車で周辺を走り、町の大通りで馬車を降りた。
店も多く人通りも多い、賑わっていた。

「いい所でしょう?何でも揃ってるわよ、流行は王都だっていいますけどね、
地方にはその土地ならではの物があるし、王都よりもずっと安価で手に入るわよ。
食材も新鮮で美味しいの___」

グノー家の領地という事で、イザベルは詳しく、活き活きと話していた。
リゼットも母に習い、良く知っていた。

「お母様!フルールにあれを食べて貰わなきゃ!」

リゼットが手を引き連れて行ったのは、チーズを売っている店で、様々な種類のチーズが並んでいた。その中で、一番棚を占めていたチーズを切って貰い、試食させて貰った。

「美味しい!」
「そうでしょう!ここのチーズは国で一番美味しいの!」
「チーズ作りには特に力を入れているの、それに、ワインもよ」

イザベルはチーズを幾つか買うと、ワインの店に案内してくれ、試飲させて貰った。

「ここが、ロアナ=ル・ブランの店よ」

イザベルが入って行くと、店員たちが歓迎した。

「イザベル様、リゼット様、いらっしゃいませ!そちらのご令嬢様は…」
「フルールよ、息子の婚約者なの!」
「そうでしたか、失礼致しました、フルール様、いらっしゃいませ!」

イザベルが堂々と告げた時、わたしは怯んでしまった。

「ロアナはいるかしら?」
「はい、お待ち下さい、店長!」

奥から出て来たロアナは、イザベルと抱擁を交わした。

「イザベル様、いらっしゃいませ!」
「フルールに早速着て貰ったのよ、とっても似合うわ!ありがとう、ロアナ」
「お礼を言うのはこちらですわ、沢山作らせて頂いて!それにテオフィル様の
婚約者様に着て頂けるなんて、ウチの宣伝になりますわ!
あのテオフィル様が漸くご婚約されたんですもの!注目の的ですわ!」

胸にズシリと重い物が落ちる。
わたしは何とかそれを無視し、笑顔でロアナに挨拶をした。

「どれも素敵で驚きました、ありがとうございます」
「そう言って頂けてうれしわ!今、婚約式の衣装を考えている処なんですよ、
何か希望があったら遠慮無く言って下さいね!」

婚約式…
本当に、婚約式を挙げるのだろうか…

今になり、急に不安が押し寄せてきた。


ロアナの店を出ると、馬車は館に向かった。

館に戻り、テラスで三人でお茶をしていると、テオが庭から現れた。
彼はシャツとズボン、ブーツで、驚く程軽装だったが、良く似合っていた。

「おかえり、母上、フルール、リゼット、町は楽しかった?」
「ええ!とっても楽しかったわよ、息子の婚約者を連れて歩くのが夢でしたからね!」
「あたしもよ!お姉様が欲しかったの!とっても楽しかったわ!」

二人の屈託の無い笑みに、わたしは何とか笑みを作り、返した。
テオはわたしの頬にキスをすると隣の席に座った。

「フルール、食べないの?」

リゼットに言われ、わたしは皿に取ったままのサンドイッチに目を落とした。
「い、いえ、頂きます…」と手を伸ばすも、その手は震えてしまう。

「フルールは食が細いからね、僕が食べてあげるよ」

テオが察してくれ、わたしの皿からサンドイッチを取っていった。

「町で何か食べさせられたんじゃない?」
「チーズとワインよ、ここでは絶対に欠かせ無いわ!」
「フルールも美味しいって言ってくれたわ!」
「あ、はい、とても美味しかったです」
「フルールは食べるより作る方が得意だからね、チーズで何かお菓子が出来る?」

テオがさらりと話題を逸らしてくれ、わたしは胸の中で感謝した。
お菓子を想像すると幾らか気が紛れた。

「チーズサブレ、チーズケーキ、チーズを練り込んだパンも美味しいと思います」
「本当!どれも美味しそうだわ!フルール、作れるの!?」
「はい、調理場を貸して頂ければ…」
「それはまた今度にして、フルールには先約があるからね」

先約?
キョトンとテオを見ると、テオはスコーンを手に振り返り、二コリと笑った。

「今度は僕に付き合って貰うよ、フルール。
でも、その恰好では少し困るかな…良く似合っているし可愛いけど、
着替えて来て貰えるかな?汚れても構わない服がいい___」

イザベルがメイドに何か指示をし、わたしは席を立ちメイドに従った。


わたしはメイドが選んでくれた、黄緑色のチェックのワンピースを着た。
靴は茶色のブーツ、それに、頭にはスローハット。

階下に降りると、テオが待っていた。
彼はわたしに微笑み掛け、手を差し出した。

「ああ、可愛いね、良く似合っているよ、フルール」
「ありがとうございます…」

玄関を出て、手を取られ歩きながら、テオに聞かれた。

「フルール、町はどうだった?楽しくなかったかな」

やはり、気付かれていた___
わたしは頭を振った。

「楽しかったです、とても賑やかで、良い所ですね」

「それは良かった」

「ただ…急に怖くなってしまって…テオ様の婚約者という立場が…」

『テオフィル様の婚約者様に着て頂けるなんて、宣伝になりますわ!』
『あのテオフィル様が漸くご婚約されたんですもの!注目の的ですわ!』

「あなたは、とても有名ですし、わたしは、相応しい人間ではありません…!」

町の人がわたしをどう思うのかが怖い。

「それに、お部屋や着る物まで、用意して頂いて…
婚約式も今から考えていると言われて…!」

「構わないよ、契約書にも書いたけど、経費はグノー家が持つ事にしている。
その一環だから、君が気にする事は無いよ」

「でも!これは、本当の婚約ではありませんもの!
わたしには、それを受け取る権利など無いのに!
もしかして、わたしたち、とんでもない事をしているのではないでしょうか!?」

不安で、わたしは混乱状態になってしまっていた。
青くなり、愕然としているわたしを、テオは足を止め、抱きしめてくれた。

「君は罪悪感を持たなくていい、僕が頼んだ事だよ。
君は僕の願いを叶えてくれているだけ、全て僕の為にしてくれている事だ…」

自分の為だと思うと身が竦むが、テオの為にもなっているのだと思うと、
不思議と落ち着けた。
わたしは彼の腕の中で、その温かさを感じながら、
頷き、落ち着いた事を教えた。
腕を解かれ、その体温が離れていくと、驚く程寂しさを感じた。

「でも、イザベル様もリゼットも、とても歓迎して下さって…
後でガッカリされないでしょうか…」

「僕の家族を心配してくれてありがとう、君は優しいね。
今は家族も町の人たちも物珍しくて騒いでいるけど、半年もすれば落ち着くよ、一年経てば普通になる、同じ状況が続けば続く程、慣れてくるものだよ」

気持ちが落ち着くと、その通りだと思えてきた。
少なくとも、学園を卒業するまではこのままだ。
テオもわたしも主には学園にいる。
一年と数カ月、その時には皆、意識しなくなっているかもしれない…

「喧嘩別れにはせずに、友達に戻る事にしよう、それなら婚約を解消した後も、
これまで通りに付き合えるからね、誰も寂しい想いはしないよ」

誰も、寂しい想いはしない…
そんなの、無理だわ…
婚約を解消した後の自分は想像がつかなかったが、
それでも、これまで通りには出来無いだろう…それだけは分かった。


テオは温室の隣に建つ小屋の前で足を止めた。

「フルール、この花壇だけど」

小屋の入口を挟むようにして、それはあった。
花壇というが、飾り石の囲いの中には、土が慣らしてあるだけで、何も植えられていない。

「花を育てるのが好きだと言っていたから、さっき君たちが出掛けている間に、
僕が用意したんだ、フルールの花壇だよ。
君の思うままに、好きな花を植えて欲しい」

わたしが話した事を覚えていてくれた!
その上、わたしの為に、わざわざ自分で作ってくれたのだ!
わたしは驚き、そして胸に喜びが沸き上がった。

「ああ、なんて素敵なの…こんな素敵な贈り物は初めてです!」

涙が溢れ頬を濡らす。
テオが屈み込み、そっと、わたしの頬にキスを落とした。

「!?」

ビクリとして目を上げると、テオは優しく微笑んでいて…
わたしはスローハットの鍔を下げ俯いた。
だが、赤くなった顔は、全く隠せていないだろう___


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