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しおりを挟むテオは途中になっていた温室の案内をしてくれた。
温室の半分は研究、改良用の薬草が育てられていた。
「質の高い薬草を作りたいんだ、それに、希少な薬草を育てられたら、
薬も安価になる、重病の薬は高価だからね…」
小屋の内も見せてくれた。そこは作業部屋になっていて、作業用の大きなテーブル、実験道具…棚等が置かれていた。資料も沢山置かれている。薬学の実習部屋と然程差異は無い。
「学園に入るまでは、ここで魔法薬師に習っていたんだよ」
サーラ様に、薬を作ると約束したから…
わたしはそれを思い出した。
「テオ様は、将来は魔法薬師になるおつもりですか?」
「いや、僕は父の跡を継ぐ事になるだろうから、
希少な薬草の栽培、薬の開発研究…
その援助をしていけたらいいと思っているんだ」
それは、薬学の発展に大いに力になるだろう。
「素晴らしいですわ!それはテオ様にしか出来ませんね」
「うん、その為にも、しっかり勉強しないとね」
テオは清々しく笑っているが…
もし、立場が無ければ、テオは魔法薬師になりたいのでは…と、つい思ってしまう。
「フルールは、将来、何がしたいの?」
不意に聞かれ、わたしは口籠った。
テオに聞いておいて…だが、わたしに将来の考えは欠片も無かった。
少し前までは、学園を卒業し、ジョルジュと結婚するつもりでいたが…
「わたしは…まだ、何も…」
「そう、まだ時間はあるからね、ゆっくり考えるといいよ」
テオは優しく言ってくれるが、わたしは自分が恥ずかしかった。
思えば、わたしはいつも与えられるものを受け取るだけで、考える事すらして来なかった。
ただ、人の迷惑にならない様に生きたいと思うだけで…
テオは館に戻ろうとしたが、わたしはそれを引き止めた。
「テオ様は、温室の世話をなさりたいのではないですか?
よろしければ、手伝わせて下さい」
「いいの?」
「はい、わたしもこういった事は好きですし、お話を聞いて興味を持ちました。
是非、お手伝いさせて下さい___」
テオのしている事、しようとしている事に興味がある。
それを手伝えたら、どれ程良いか…
わたしが祈る様に返事を待つ中、テオはふわりと笑った。
「ありがとう、うれしいよ」
それから、メイドが呼びに来るまでの間、わたしたちは薬草の世話に没頭した。
急いで館に戻り、着替えをし、食堂に行くも、しっかり晩餐に遅れてしまった。
肩で息をしながら席に座ったわたしたちを見て、
美しく着飾ったイザベルとリゼットは、何とも憐れんだ表情を浮かべた。
「テオ、温室に居たのですってね?婚約者がいるのですからね、
好きな事に夢中になってはいけませんよ」
「はい、以後気をつけます」
厳しい声のイザベルに、テオは重々しく答えた。
「フルール、テオに付き合わなくてもいいのよ、放って戻っておいでなさい」
「いえ、わたしがテオ様を引き止めたのです、薬草の事を教えて頂きたくて…」
テオが小さく吹き、イザベルは天を仰いだ。
「テオに付き合わされるなんて、フルールが気の毒だと思っていたけど…」
「お兄様とフルールはお似合いね!」
リゼットは楽しそうに笑った。
◇
翌朝、わたしはリゼットに強請られて、ベイクドチーズケーキを焼いた。
それを冷やしておいて、昼食用にサンドイッチを作り、飲み物と共にバスケットに詰め、わたしはテオの温室に向かった。
テオは先に来ていて、作業をしていた。
バスケットを小屋に置かせて貰い、わたしは温室の扉を開けた。
「テオ様、お手伝い致します」
「ありがとう、母に引き止められなかった?」
「はい、ですが、リゼットも力になってくれましたので」
「チーズケーキが効いた様だね、リゼットは僕にも残してくれるかな?」
「きっと、大丈夫ですわ、リゼットはお兄様が大好きですもの!」
「残念だけど、リゼットはお菓子も大好きなんだ」
わたしたちは笑い合い、作業を始めた。
「立派に育っていますね、随分色濃く、大きな気もしますが…」
「うん、この薬草は肥料を変えていてね、従来の物と比べてもかなり成分も高いんだ…」
「こちらの薬草で、薬を作った事はあるのですか?」
「うん、面白い結果が出たよ、調合法通りに作ると、粗悪品になってしまった」
「ええ!?」
「成分が違う分、調合法も変える必要がある様だね」
「そうですか…それでは、調合法を変えるのですか?」
「若しくは、エキスにしてしまうか…」
話しながら、ふと、テオがわたしに目を向けた。
「実はね、フルール、古い文献で読んだんだけど、
ある地方では、薬草を料理に使っていたらしいんだ」
「料理に…?」
「薬草は薬に必要な物だから、料理に使うのは贅沢な気がするけど…
僕はね、薬は勿論必要だけど、健康な体を作る事も大事だと思うんだ。
薬は高価な物も多いし、買えない人たちもいる…薬草なら薬よりも安価だし、効果のある物なら、身近に取り入れられないかと…
病に負けない強い体を作る事が出来たら、それが一番だとね」
病に負けない、強い体…
サーラ様は体が弱い方だった…
わたしはつい、サーラと結び付けてしまう。
「フルール、聞いてる?」
「は、はい!」
「それで、この薬草は規格外でもあるし、これを実験的に食べてみようかと思っているんだ」
テオは二コリと笑う。
確かに、食べても大丈夫な物ではあるが、いざ食べるとなると話は別だ。
どの位の量を食べても大丈夫な物なのか、どんな調理法で食す物なのか…
「それでは、文献を探してみましょうか、調理法などが残っているかもしれませんし」
「そうだね、でも、まずは食べてみたいと思わない?」
「お腹を壊すかもしれませんわ!」
「その時は薬があるから」
この方は、怖い物知らずだわ…
「この薬草の成分は熱でも壊されないから、何の料理でも大丈夫だと思うよ。
問題は味や風味なんだよね」
わたしは薬草の匂いを嗅いでみた。
強い匂いという程でも無いが、確かに匂いはある。
料理の邪魔になれば、誰も食べないだろう。
逆に、風味付けに使うと考えた方が良いかもしれない…
「フルール、今から、こっそり館に戻って、何か作ってみてくれる?」
テオはまるで悪戯っ子の様だ。
「テオ様…本気で言っておられますか?」
「勿論、本気だよ、でも、食べるのは僕だけだから、安心して」
断れなかったわたしは、仕方なく薬草を一束持ち、館に戻った。
そして、周囲に気付かれない様に、調理場に入る。
何でも良いと言われたが、何の料理にしようか…
匂いを楽しむ物であれば、そのまま生で使うべきだろうか…
わたしは取り敢えず貯蔵庫に入った。
朝使ったクリームチーズの残りを見付けた。
「ディップにしてみようかしら…」
混ぜるだけなので、直ぐに出来る。
わたしは薬草を手早く刻むと、クリームチーズに混ぜ込み、普段通りに味付けをした。
そして、貯蔵庫からクラッカーの缶を持ち出した。
「おかえり、フルール!早かったね」
テオの呑気な笑顔に、わたしはやはり、『ヒューゴ様と類友なのね…』と思ってしまっていた。
「みつかってはいけないので、簡単な物にしました…」
わたしはそれを出した。
瓶に入ったディップとクラッカーだ。
「美味しそうだね、薬草は一束全部使ったの?」
「いえ、半分程、葉の部分だけです、茎は固そうだったので…」
「成程、それでは頂くね」
テオはクラッカーにたっぷりとディップを乗せ、口に運んだ。
その思い切りの良さに、わたしは青くなっていた。
大丈夫なのでしょうか??
「うん、美味しいよ!薬草の匂いはするけど、これはこれでいい…苦味は少しあるかな…クリームチーズを使っているのもいいね…
うん、フルール、これをもう一度作って貰えるかな?暫くの間食べてみるよ」
「そんな!大丈夫ですか!?」
「うん、美味しいよ、フルールも食べてみる?」
テオに勧められ、作った者としては食べるのが礼儀でもあり、わたしは恐々とそれを口に入れた。
ふわっと薬草の匂いが鼻を擽った。
だが、嫌な匂いだとは思わなかった、そして、ディップは普通に美味しかった。
「美味しい…」
テオは「ね」と、二コリと笑う。
「でも、これだと少量しか食べられないので、効果は無いのではないでしょうか?」
「そうだね、もっと食べるにはどうしたらいいかな?」
「そのままサラダになさるか、スープの仕上げに乗せるというのも…」
「うん、やってみよう、だけど、残念な事に、学園に戻らないとね…」
寮へ戻る事を考えれば、お茶の時間には館を出なければいけない。
テオは残念そうだった。
もっと保存の利く物ならば良いのに…と、考えていたわたしは、それを思い出した。
「あの、テオ様、わたし思ったのですが…」
「なに?」
「キャンディにしてみてはいかがでしょうか?」
テオは良くキャンディをくれていたので、好きなのだと思った。
だが、瞬間、彼のオリーブグレーの目は切なく揺れた。
「キャンディか、成程ね…」
口では言っているが、何処か虚ろだ。
何かあるのでは?
だが、聞いて良いものか迷った。
もしかしたら、予感があったのかもしれない…
「あの、気に入らなければ、構いませんので…!」
わたしは話を切り上げようとしたが、テオは明るく遮った。
「いや、いい案だと思うよ、キャンディなら気軽に食べる事が出来るし、
エキスを使うだけなら薬よりも安価だね…
ねぇ、フルール、君の案だけど、僕に作らせてくれないかな?」
「はい、それは勿論、構いませんが…」
「キャンディはね、時々作るから、道具も揃っているんだ」
「テオ様がキャンディを!?」
「君にあげたキャンディもそうだよ」
さらりと告げられ、わたしは更に驚いた。
何度かテオから貰ったが、まさか、テオの手作りだったとは思わなかった。
買った物と違わず、美味しかったと思い出す。
でも、それなら何故、悲しそうな目をしているのだろう…?
少しの沈黙の後、テオは顔を俯かせた。
「最初は、サーラの為に作ったんだ…」
その名前に、わたしはビクリとした。
そして、何処かで納得もしていた…
テオの悲しみの先には、いつも『サーラ』がいたから…
「サーラが飲む薬はとても苦くてね、可哀想で、消してあげたかったんだ。
それで、苦味が一瞬で消える、そんなキャンディを作ろうと思ってね…
試行錯誤したんだけど、簡単に出来る物じゃないよね。
普通のキャンディと差異は無かったんだけど、
サーラはいつも『美味しい、これがあるから助かるわ』と言ってくれていた。
サーラが嫁ぐ前に、どうしても渡したくて…でも、間に合わなかった」
ギュっと握り込まれる拳。
「申し訳ありません…思い出させてしまって…」
わたしは、彼の傷を広げただけ…
テオは銀色の髪を揺らした。
「いや、僕が話したかったんだ、聞いてくれてありがとう…」
「今も、キャンディを作られるのですか?辛くは、ありませんか…?」
わたしは心配だったが、テオは優しい笑みを見せた。
「サーラはもういないけど、サーラの様な人たちは多いからね、
力になれたら、サーラも喜んでくれる気がするんだ…」
テオのサーラへの想いは深い…
テオはわたしを助けてくれたが、それは、わたしがサーラと似た目に遭ったからだった。
キャンディを貰った時も、そこには、サーラがいたのだ。
いつも、テオとわたしの間には、サーラがいる___
それが、今になって辛いと思うのは…
テオを愛してしまった所為だろうか…
だめよ!
そうだとしても、わたしに嫉妬する権利は無いわ!
わたしは、ただの、偽物の婚約者なのだから…
テオに助けて貰ったわたしが、彼を苦しめる様な事をしてはいけない。
それだけは確かだ。
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