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しおりを挟む門を出て、馬車が少し走った頃、テオがわたしの手を握った。
「それで、何があったの?」
わたしは体を固くし、唇を噛んだ。
だが、涙を我慢する事は出来なかった。
涙は零れ、テオの手を汚していく…
テオは構わずに、反対の手でわたしの背中を擦ってくれた。
わたしは俯いたまま、エリアーヌとの間で起こった事を話した。
「エリアーヌに、指輪を盗られそうになり…揉み合いになってしまい…
わたしがエリアーヌを突き飛ばしたんです…!
それで、エリアーヌは頭を打って、倒れて…まるで、死んでしまった様で…」
「そう、怖かったね…」
テオは話を聞いても、変らずにわたしの背を擦ってくれる。
だが、わたしは彼の顔を見るのが恐ろしく、顔を上げられなかった。
「それで、エリアーヌは重傷だったの?」
「いえ、幸い軽傷でしたが…エリアーヌは酷く痛むと言って…」
「そう、良かったね、まぁ、エリアーヌが仕組んだ事だろうけどね」
テオは呆れた口調だった。
「エリアーヌが仕組んだ?」
思い掛け無い事を言われ、わたしは目を上げた。
テオは「やっと、顔を上げてくれた」と笑った。
わたしは『分からない』と、頭を振った。
「指輪を奪えなかったから、君を怯えさせる事にしたんだろう。
君に悪評を付ける事も出来る___」
テオの言う通りで、わたしは怯え、周囲はわたしを悪く言っている。
そうだ、いつも、怯えさせられ、委縮してしまい、反論出来なくなり…
エリアーヌの思うまま、傀儡になってしまうのだ。
ああ…またなのね…
だけど、そう思ってみても、心は軽くなってはくれなかった。
すっかり打ちのめされ、疲弊していた。
「そもそもは指輪を奪おうとしたエリアーヌの自業自得、気にする事は無いよ、
と言っても、君は人を傷付けて平静でいられる人では無いよね…
それでいい、無理に明るく振る舞う必要は無いからね…」
テオが優しくわたしの髪を撫でる。
その優しさが逆に辛く、わたしは顔を背け、彼の手を避けた。
「そんな風に、優しくしないで下さい…!わたしは、酷い女ですから!
指輪の為に、エリアーヌを傷付けるなんて!心の狭い、卑しい女ですわ!
最初から指輪を渡していれば良かったのに…!」
今まで、両親からも、『おまえは姉なんだ、妹に譲りなさい』と言われてきた。
そうしていれば、エリアーヌも満足した、メルシェ家は平和だった。
それを良く知っていたのに、わたしはエリアーヌに指輪を譲らなかった。
頑なに拒んだ、だから、エリアーヌは暴走したのだ___
わたしが、指輪に拘ったばかりに…わたしは自分の評判を落とし、
テオの婚約者として相応しく無いと言われてしまった。
テオの評判まで傷付ける事になってしまったのだ___!
「指輪を贈った者から言わせて貰うと、簡単に譲られては悲しいよ。
もし、そうだったら、僕はさぞガッカリしただろうね。
だけど、君は指輪を護ろうとしてくれた、あのエリアーヌと闘ってくれた!
エリアーヌには悪いけど、僕は今、凄く幸せな気分だよ」
テオは本当に、幸せそうに笑っている…
てっきり、詰られると思っていたのに…
わたしは信じられず、虚ろに呟いていた。
「でも、わたしは悪く言われ、その所為で、テオ様まで悪く言われる事に…」
「別に構わないし、さして重要だとも思わないよ。
僕たちの間には誰もいない、大事なのは、お互いだけだよ、フルール」
お互いだけ…
胸がときめいたが、これは、『本当の婚約では無い』と思い出す。
それでも、そのオリーブグレーの瞳にみつめられると、信じてしまいそうになる。
心からの言葉だと___
◇
テオのお陰で、幾つかあった問題は消え、胸の重りは軽くなった。
温室の手入れをし、花壇に植える花を考え、薬草を使った料理を考えている間は、ほとんど思い出す事は無かった。
お陰で、イザベルやリゼットの前でも笑顔でいる事が出来た。
午後のお茶の席で、リゼットから突然、それを聞かれた。
「フルールは、お兄様の何処が好きなの?」
わたしの胸はドキリと跳ねた。
見ると、リゼットの青い瞳は、期待で輝いていた。
テオはというと、わたしの隣の席で、きっと面白がっているのだろう、
「それは僕も是非聞きたいね」
などと言ってくれた。
わたしは手にしていたティーカップを戻し、慎ましく答えた。
「沢山あります」
「一つだけ教えて!」
少女の可愛いお願いに、わたしは覚悟を決めた。
「テオ様は、いつも『わたし』を真っ直ぐに見て下さいます…」
エリアーヌの嘘に惑わされず、周囲の噂にも惑わされずに、
わたしをその目で見て、言葉を聞き、信じてくれる。
「わたしの、どんな小さな声も、聞いて下さいます」
エリアーヌや周囲に潰されてしまう、わたしの声を拾ってくれる。
「それに、テオ様は、とてもお優しくて…
今まで、わたしはこんな風に大事にされた事は無くて…
テオ様と一緒に居ると、わたしは自分が価値ある者だと思えるのです…」
わたしはわたしとして、生きて良いのだと。
「救われるのです」
わたしは心を込めて言ったが、イザベルとリゼットが困った様な顔でわたしを見ているのに気付き、焦った。
「す、すみません、上手く伝えられず…」
「いや、十分に伝わったよ、ありがとう、君の力になれてうれしいよ、フルール」
テオがわたしの手を取り、その甲に唇を落とした。
わたしは真っ赤になっていただろう。
「ごちそうさま!でも、フルールはあたしたちにとっても、価値のある方よ!
あたし、ずっと姉が欲しかったんですもの!早く結婚して欲しいわ!」
「婚約者なのだから、フルールはもう僕らの家族だよ、リゼット」
テオが上手く交わしてくれ、わたしは内心で息を吐いた。
「そうね!それじゃ、遠慮しないわ!
フルール、お兄様とはどうやって出会ったの?」
「同じクラスなので…出会いというものは…ロマンチックではなく、すみません」
「初めて見た時、どう思ったの?運命を感じた?」
初めて見たのは、いつだっただろうか?
わたしは記憶を辿る。
だが、学園に入学してからのわたしは、ずっと余裕が無く、周囲が見えていなかった。何に対しても、感情を持つ事は無かった気がする。
初めて、テオを真っ直ぐに見たのは、あの日だろう…
学園パーティの日、運ばれた保健室で目を覚ました時だ。
あの時は、酷く驚いたが…それを言うのは憚られた。
「リゼット、あまりフルールを困らせては駄目だよ」
テオが優しく間に入った。
わたしは感謝の眼差しをテオに向けた。
「お兄様はどうだったの?運命を感じた?」
テオは上手く誤魔化すだろうと思っていた。
だが、彼が言った事は…
「ああ、僕には導きがあったからね、
ある時間、ある場所で、彼女に会えるという…」
テオはわたしを見つめ、頬にキスを落とした。
リゼットはそのロマンチックな答えに歓声を上げ、しきりに羨ましがっていた。
尤も、わたしには、テオが何かの引用をし誤魔化したのだとしか思え無かった。
イザベルとリゼットの手前なのか、お茶を終えたテオはわたしの手を取り、散歩に誘った。
綺麗な庭園を眺めて歩いていたが、不意にテオが足を止めた。
テオはズボンのポケットから、銀色の指輪を取り出した。
「フルール、これを僕に嵌めてくれる?」
婚約指輪だ___!
それを目にしたわたしは焦った。
「すみません!わたしが用意するべきでしたのに…!」
「いいよ、親に頼むのも手間だしね」
両親とわたしの関係が上手くいっていない事を知り、テオが用意してくれたのだ。わたしは恐縮した。
テオはわたしの手の平に、指輪を乗せた。
わたしの物よりも大きく、そして幅もある。
わたしは震える指でそれを持つと、テオの大きく綺麗な指に嵌める…
胸がドキドキとし、顔も熱い。
「ありがとう」
テオに言われ、わたしは胸がいっぱいで、頷くのがやっとだった。
テオが左手を広げて見せる。
わたしも習い、広げると、テオは自分の左手を並べた。
手の大きさの違いに、ドキリとする。
「綺麗な手だね、フルール」
「テオ様の手は、ご立派ですわ…」
わたしの返事は的を得なかったのか、テオが小さく吹いた。
銀色の指輪は同じ光を見せ、わたしはそれに安堵したのだった。
わたしたちが穏やかな週末を送っていた頃、
メルシェ家は、困った事態に陥っていた。
そして、その中心に居たのは、やはりエリアーヌだった___
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