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しおりを挟む翌日、わたしは魔法学園の制服に着替えさせられ、馬車に乗せられた。
魔法学園の退学の手続きと、学園長への挨拶の為だ。
道中、父は不機嫌な顔をし、終始無言だった。
わたしにしても、何も話したい事は無かった。
両親はいつの時も、エリアーヌを信じていた。
それは魔法の所為もあるが…何であったとしても、
今のわたしの言葉など、聞いては貰えない___
それは、この重い空気からも分かる。
わたしは傀儡の様に、従うしかない。
全てを諦めていた。
だが、学園の門を潜り、玄関前に降り立つと、自分の内に感情が戻って来た。
何故か思い出すのは、あの学園パーティでの事だった。
『もう、疲れたわ、もう、なにもかも終わらせたい___!』
今の自分と全く同じ思いだった。
『終わらない、君の幸せは、この先にきっとあるよ』
その声が蘇る。
『彼らの所為で、君が傷付く事はない』
『君に必要なのは、心を癒す時間だよ』
『僕が力になる』
言葉通りに、彼は力になってくれた。
そして、わたしに幸せを教えてくれた。
人を愛する喜びを___
それなのに、わたしの目の前では、退学の話が進められている。
学園長は訝しげではあったが、父が「家の事情で」と押し切った。
そして、エリアーヌ=メルシェの退学は成立した。
父は学園長室を出ると、寸前まであった笑みを消した。
忌々しいといった調子で、歩き出す。
わたしを振り返る事も無い。
わたしなんて、両親にとっては邪魔なだけだ。
エリアーヌにも___
校舎を出た所で、わたしの抑えていたものが爆発した。
わたしは踵を返し、走った。
ただ闇雲に走った。
そして、気付くと、あの場所に着ていた。
小高い丘、深い緑色の葉が茂る高木の下。
わたしは息を整えもせず、その場に崩れる様に膝を着いていた。
「もう、無理です…!」
「とても、耐えられない…!」
「死んでしまいたい…」
「お願いです…」
「わたしを許して___」
わたしは胸の前で指を組み、祈った。
「フルール!!」
大きく名前を呼ばれ、わたしは「はっ」と顔を上げた。
茂みを掻き分け、銀色の髪を乱し、現れたのは、
テオフィル=グノー、彼だった___
「フルール…!」
テオはわたしを抱きしめた。
ギュっと力強く。
その力と温かさに、わたしは涙していた。
声を上げ泣くわたしを、彼はずっと抱きしめていた。
「ヒューゴから聞いたよ、以前、君が『終わらせたい』と言ったのは、
エリアーヌとの戦いに疲れ、絶望したからだと…
また、同じ目に遭わせてしまった…僕が付いていながら…!」
テオの顔が苦しげに歪む、彼はわたしを強く抱きしめた。
「いいえ…同じではありません…」
「でも、君は…死んでしまいたいと…」
テオが抱擁を解き、わたしと視線を合わせた。
わたしはそのオリーブグレーの瞳をじっとみつめた。
切なさに胸が締めつけられる…
「わたしが、死んでしまいたいと思ったのは…
ただ、あなたの傍にいられないと、絶望したからです…」
涙が零れる。
テオが驚きに息を飲んだのが分かった。
わたしはそっと目を伏せ、俯いた。
「すみません…」
「何故、謝るの?」
「あなたは、この様な事、望んではいませんもの…
わたしは、いつの間にか、あなたを愛してしまっていました…
あなたが求める婚約者にはなれませんでした…
どうか、相応しい方をお探し下さい…」
わたしは左指の指輪を外そうとした。
だが、大きな手が、それを止めた。
「僕を、愛していると?」
わたしは「申し訳ありません」と頷く。
「僕を愛していて、僕の傍にいられないと、君が死んでしまうなら、
僕たちは結婚するしかないね?」
テオが明るく言い、わたしは「キッ」と顔を上げ、睨み見た。
どうして、こんな時に、この方は冗談を言うのか…
「そんな!同情などで結婚を決めないで下さい!
それに、あなたは、相手からこの様な感情を持たれるのは、疎ましいかと…
あなたの心には、サーラ様がいらっしゃいますもの…」
「うん、君が誤解している事は知っていたよ」
誤解?
わたしは瞬きをする。
目の前の人は、ゆったりと、幸せそうな笑みを見せていた。
「僕が誤解させていたのもあるんだけどね、利用させて貰っていた」
テオは不穏な事をさらりと言った。
利用だなんて、一体、何を…?わたしには、見当が付かなかった。
「君に話した事は本当だよ、サーラは掛け替えの無い大切な人だ、
助けられなかった事への後悔もある…だけど、僕にとっては『姉』なんだよ。
君への想いとは全く違う。
だけど、僕の本当の気持ちを知ったら、君に婚約して貰えないんじゃないかと思ってね…
こんな男では、君の癒しにはなれないからね」
テオは自嘲する。
それでは、まるで…
テオ様は、わたしの事を…
その考えが頭を過り、鼓動が高まる。
「テオ様の、本当のお気持ち、とは…」
わたしの声は、心のままに、震えていた。
テオは微笑み、わたしの左手を取ると、指で指輪に触れた。
「フルール、君を愛している。
君が僕を愛してくれる前から、ずっと、君を愛していたよ…」
テオは指輪にキスを落とした。
わたしが泣き出すと、テオは笑い、そっと頬にキスをしてくれた。
「ずっと、僕の傍にいてね、フルール」
◇
「金髪も悪くは無いけど、やっぱり、フルールにはいつもの色が似合うね」
テオがわたしの髪を摘まんだ。
わたしは今更だったが、自分の髪色を金色に染めていた事を思い出した。
「テオ様は、何故、わたしだとお気づきに?」
「それは、分かるよ、自分の婚約者なんだから」
テオは肩を揺すって笑った。
また、その様な冗談を…わたしは呆れた視線を彼に向けた。
「今朝、教室に入って驚いたよ、エリアーヌが君の振りをして座っていたからね。
何か良くない事が起こったのだと思ったよ…」
エリアーヌは、週明けの今日から、フルール=メルシェとして学園に通っている。
「気付いて下さって、良かったです…」
もし、テオが騙されていたらと思うと、怖かった。
「髪色と化粧を変えた位ではね、
君たちは双子だけど、自分たちが思っている程には、似ていないよ。
ヴィクは勿論、ヒューゴも直ぐに気付いたよ。
尤も、親しくない者には、見抜けない様だ、エリアーヌの魔力もあってね…
全く厄介だよ」
テオは呆れる様に肩を竦めた。
「話して貰える?」
わたしは、メルシェ家で起こった事を、テオに話した。
エリアーヌが狂ったフリをし、両親を騙し、『フルール』に成り済ましている事。
すっかり信じ込んでいる両親は、わたしを「薄情者」と責め、部屋に閉じ込め、
無理矢理、髪色を変えられた事。
そして、エリアーヌとして、今日、学園を退学させられた事。
「エリアーヌに乗っ取られ、わたしは魔法学園まで退学させられて…
あなたの傍に居たかったのに、もう、出来ない…
あなたを見る事も出来無いのだと思ったら…」
死んでしまいたいと___
思い出し、苦しくなり胸を押さえた。
テオは、『もう、大丈夫だよ』という様に、わたしを抱きしめてくれた。
「そんな事は、僕がさせないよ。
君とエリアーヌは互いの為にも別れた方がいいと、前に話をしたのを覚えている?」
わたしは頷く。
「はい…ですが、自立が出来なくては、家を出る事は叶いません…」
「フルール、君にその気持ちがあるなら、僕に任せて欲しい。
なんとしても、君を取り戻したいんだ」
その声の響き、オリーブグレーの瞳の強い光に引き込まれる。
彼が言うのなら、どの様な事になっても構わないとさえ思えた。
わたしは迷いもせずに、頷いていた。
「テオ様に全てお任せ致します、どうぞ、仰せのままに」
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