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最終話
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『テオフィルが、あたしに、どんな制裁を受けさせるって?』
『その前に、あたしがテオフィルを跪かせてやるわ!』
テオフィルの弱点はフルールだと、エリアーヌは見当を付けていた。
二人は婚約解消をしているが、学園にフルールが居るという事は、
婚約解消は『嘘』とも考えられる。
フルールはテオフィルの名を出していた、二人がまだ繋がっている可能性は十分にあった。
それならば、フルールの名をとことん穢し、地に落としてやる!
落ちる所まで落とし、自分はエリアーヌに戻り、望み通りに学園を去ればいい。
怒りと復讐に燃える今のエリアーヌには、二人を陥れる事こそが最大の目標となっていた。
エリアーヌは部屋にあった刺繍を掻き集めた。
翌日、それを持ち、エリアーヌが仲良くしていた男子生徒たちに声を掛けた。
そして、気のあるフリをし、刺繍を渡した。
男子生徒たちは驚きながらも、喜んでいて、中には誘って来る者もいた。
エリアーヌはそのどれにも色良い返事をした。
テオフィルとフルールの婚約解消を知る者はおらず、学園では直ぐに噂になった。
フルールが男子生徒たちを誘っている、フルールは男好きだ___
それは、当然、テオフィルの耳にも入る。
今まで無視を決め込んでいたテオフィルも、流石に黙っている訳にはいかなくなったのだろう、教室で自分に声を掛けて来た。
エリアーヌの狙い通りに___
「随分、楽しんでいるようだね、ミス・メルシェ」
その声は硬く冷たかったが、逆にエリアーヌは一矢報いた事を喜んだ。
ふふ、苛々しているわ!もっと怒らせてやる!
「そんな、他人行儀な呼び方はお止めになって、テオ様!
最近、テオ様が素っ気無くされるので、あたし寂しくて…」
「残念だが、君なんかと仲良くした覚えは無いね」
テオフィルが冷たくはっきりと言ったので、
教室に居た生徒たちは驚きの視線を向けた。
「え?二人は婚約してるんだろ?」
「痴話喧嘩か?」
「けど、最近、ずっと無視してたよな…」
「あんだけ仲良かったのになー…」
エリアーヌは少しも動じてはいなかった。
テオフィルがフルールに冷たくすれば、フルールの印象はもっと悪くなるだろう。
フルールを軽薄な女性にしてやればいい___
「もう!テオ様ってば!他の男性方とお話したからといって、怒らないで!
刺繍もお渡ししましたけど、皆さん喜んでくれましたし、構わないでしょう?
あたし、人を喜ばせるのが好きなの、分かって下さるわね?」
「いや、勝手に刺繍をあげられては困る、君の作った物では無いだろう、
直ぐに取り戻してくるなら、許してもいいが___」
そんな気は無いんだろう?
そのオリーブグレーの目はそう嘲っていた。
「もう!怒らないで!愛しているのはあなただけよ!」
「僕は君なんて愛していない」
フルール=メルシェは、テオフィル=グノーから愛されていない!
言質を取ったエリアーヌは勢いに乗った。
「酷いわ!愛していないだなんて!あたしたち、婚約しているのに!」
エリアーヌは悦に入り、悲劇のヒロインの如く、大袈裟に訴えた。
だが、目の前に立つテオフィルは、悠然とし、悪い笑みを見せていた。
それに気付き、エリアーヌの背中に、冷たいものが落ちた。
「僕が婚約したのは君じゃない、君はフルールを騙る者だ、
直ぐに下手な芝居を止めて、ここから立ち去るんだな」
凛とした声に、教室中が鎮まり返った。
「まぁ!何をおっしゃいますの?あたしはフルールよ!
テオフィル様、お疲れなんじゃありませんか?」
自分を『フルールでは無い』と疑っている者はいない。
自分の方が有利だと、エリアーヌは堂々としていた。
テオは笑みを浮かべたまま、その目を光らせた。
「ならば、証明しよう、その指輪は僕があげた物ではないね」
「いいえ、テオフィル様から頂いた物ですわ!」
エリアーヌが左手を上げ堂々と言い放つと、
テオフィルは肩を揺らし、楽し気に笑った。
「いや、僕があげた指輪は特別な物でね、
とてもロマンチックな魔法が掛けられているんだ、
それが何か、君に分かるかな?」
この挑戦に、エリアーヌは当然、答える事は出来無い。
「指輪にはね、嵌めた相手にしか外せない魔法が掛けられているんだよ。
僕はこう見えて、独占欲の強い男なんだ」
テオが飄々と言い、肩を竦めた。
「なっ!?」
愕然とするエリアーヌの側に、ヴィクトリア=ゴーティエが立った。
彼女は、エリアーヌの手を掴むと、その指から指輪を引き抜いて見せた。
周囲は「おおおーー!!」と声を上げた。
「僕の指輪も同じだよ、これは、君じゃなく、本物のフルールに嵌めて貰った。
これが外せるなら、君と結婚してやってもいいよ」
テオフィルが、此れ見よがしに指輪の嵌められた手を上げて見せた。
当然だが、エリアーヌは動けなかった。
教室が騒然となる。
「おい、それって、どういう事だよ?」
「だから、あのフルール=メルシェは偽物なんだろ?」
「それで、テオフィル様はフルールに冷たかったって事か?」
「けど、良く似てるよなー」
「いや、それより、あれが偽物なら、本物は何処に居るんだ?」
「まさか、何か事件に巻き込まれてたりして…」
「取り敢えず、偽物に聞いてみようぜ」
エリアーヌは分が悪いと悟り、その場から走り去った。
テオフィルを嵌めるつもりが、逆に立場を悪くしてしまったと知る。
「テオフィルは、『あれ』を狙っていたのね!忌々しい!」
これでは、どれだけ『フルールが男好きだ』という噂を流しても、
『それは偽物だ』という事になってしまう。
このまま学園から去るという選択もあったが、エリアーヌはそれを選ばなかった。
何としても、テオフィルとフルールに一矢報いてやりたかったのだ。
「テオフィルもフルールも、絶対に許さないわ!!」
それが、この先の彼女の運命を決定付けるとは、思いもせずに___
◆
翌日、エリアーヌが教室に入ると、自分の席に他の者が座っていた。
緩くカールした髪はストロベリーブロンド…
それだけで、誰だか分かる。
フルールのヤツ!!あたしを追い出す気ね!!
だけど、思い通りになんて、させないわ!!
エリアーヌは内心で舌打ちしたが、ぐっと抑え、何食わぬ顔で話掛けた。
「エリアーヌ!どうしたの!あなたは退学したでしょう?そこはあたしの席よ」
自分こそがフルールだと、周囲に知らせる様に話す。
すると、フルールは音も無く、椅子から立ち上がった。
「わたしがフルールです」
フルールの言葉に、教室中の生徒たちがざわめいた。
「おお!本物登場か!?」
「いや、どっちが本物だよ?」
「分かんねーな」
面白がる外野を、エリアーヌは「キッ」と睨み付けた。
フルールは落ち着いた声で話す。
「わたしがフルールだという証明は直ぐに出来ます。
髪色も目の色も変えられない、これは、わたしの色よ」
フルールの指が、その髪を靡かせる。
それは、染めた色とは違う、美しいストロベリーブロンドだった。
それに、目の色も良く見ると、二人は違う。
フルールの瞳は黄緑色で、エリアーヌの瞳は濃い緑色だ。
「悪いが」と、ヴィクトリアがエリアーヌの髪を掴み、液体を落とした。
すると、それは金色に変化した。
「本当だ!こっちがフルールだ!」「髪色が違うぞ!」
風向きが悪いと察したエリアーヌは、大声で叫んだ。
「あたしがフルールよ!こんな悪戯をするなんて酷いわ!
あなたは退学になったのよ!学園から出て行きなさい、エリアーヌ!」
エリアーヌは、自分が無意識に使っている魔力の事は知らなかったが、
経験上、同情を買い、大声で主張した者の勝ちだ、という認識はあった。
エリアーヌの魂の叫びに、思った通り周囲は戸惑いを見せた。
「いつも、あたしを困らせて!こんな事しないで、お願いよ、エリアーヌ…」
エリアーヌは腕を広げたが、フルールは頭を振り、拒否を示した。
そして、エリアーヌに悲しげな瞳を向けた。
「エリアーヌ、わたし、メルシェ家から籍を抜いたのよ」
「!?」
「フルール=メルシェはもういないの、わたしはもう、あなたの姉ではないの…」
フルールがメルシェ家を出た事を知らされていなかったエリアーヌは、
驚きに言葉を失くした。
周囲も状況が飲み込めずに、唖然としている。
そんな中、フルールを後から抱きしめる者がいた。
「そうだ、気易く触れないでくれ、僕の婚約者に___」
◆◆◆
◇◇◇
『フルールと縁切りをするならば、賠償金を支払う』
テオとの婚約を解消した事で、この先の援助を見込めなくなったメルシェ家の当主は、この条件を飲んだ。
テオは直ちに手続きを進めた。
わたしの籍をメルシェ家から抜くと、直ぐに、ゴーティエ家の養女にしたのだ。
ゴーティエ家…
つまり、わたしは、ヴィクの義理の妹になったのだった。
ゴーティエ家にこの話を頼みに行った時、一番歓迎してくれたのは、
ヴィクの曾祖父ガスパールだった。
誕生日パーティの時の事を覚えていてくれ、境遇にも同情してくれ、
「我がゴーティエ家で迎えたい」と言ってくれたのだった。
そして、わたしはフルール=ゴーティエとして、
再びテオフィル=グノーの婚約者になったのだった。
指には、今も変らず、銀色の指輪が輝いている。
「当然だけど、学園にもフルール=メルシェはいない。
登録されているのは、フルール=ゴーティエだけだ、
エリアーヌ、君の居場所はここには無いよ」
テオに冷たく告げられ、エリアーヌは憤慨した。
そして、まだ狂っている…自分はフルールだという演技を続けた。
「なんで、そんな事言うの!?あたしがフルールよ!!」
そんなエリアーヌに、わたしは語り掛けた。
「エリアーヌ、今のあなたは、メルシェ家のただ一人の娘、愛嬢よ、
それが望みだったのでしょう?」
『全部あたしから奪った!』
エリアーヌはそう言っていた。
二人で生まれた事への不満だろうか。
一人なら全て自分の物だったのに、別れてしまい、相手が良い物を奪っていった、そんな風に思っていたのか、エリアーヌは自分の片割れに、ずっと怒りを持っていたのだ。
エリアーヌが満足するには、フルールが消えるしかない。
自分がエリアーヌの一部ではなく、別の人間だと分からせる必要があった。
「エリアーヌ、自分を愛してあげて」
「ああああ!!煩い煩い!!あたしがフルールよ!!」
エリアーヌは絶叫し、腕を振り上げた。
その手から上がった炎は、迷う事無く、わたしに向かって放たれた。
だが、それはわたしに届く前に、掻き消えた。
わたしの方が魔力も強く、そして、わたしには頼りになる婚約者と仲間、
義理の姉も付いていた。
エリアーヌは尚も我儘な子供の様に暴れていたが、駆け付けた教師たちに拘束され、連れて行かれた。
「精神的に問題があるな」
「これは病ですね、然るべき施設入れられた方が良いでしょう」
「ふざけんな!!あたしは正常よー!!フルールよー!!」
エリアーヌは叫んでいたが、それに耳を貸す者はいなかった。
◇
その後、エリアーヌは暫く施設で過ごす事になったと、テオから聞いた。
わたしはあの日、父の元から失踪した後、テオの手引きで、教員用の宿舎に住まわせて貰っていた。
身を隠しながら、主に温室の世話係として、薬草学の教師の手伝いをしていた。
それで、あの日、温室を荒そうとしたエリアーヌに気付き、止める事が出来たのだ。
だが、彼女を思い留まらせる事までは出来なかった。
エリアーヌが去り、
わたしはフルール=ゴーティエとして、学園に戻る事が出来た。
エリアーヌが男子生徒に配ったわたしの刺繍は、独占欲の強いらしいテオと、
親友思いのヒューゴが取り戻してくれた。
エリアーヌの正体が露見した事、そしてエリアーヌの魔力が消えた事で、
わたしに纏わる悪評は消えつつある。
だが、その事はあまり気にしてはいなかった。
わたしには、噂など信じずに、真っ直ぐに自分を見てくれる、
テオ、ヒューゴ、ヴィクが傍に居るからだ。
それに、学園の外では、わたしの悪評など、無いも同然だった。
もし、わたしを悪く言う者がいても、頼りになる未来の義妹が言い返してくれる。
結局、両親と妹からは愛される事はなかったが…
わたしは今、自由で、そして幸せだった。
学園の裏、あの小高い丘に上る。
今日のわたしは、独りではなく、テオと手を繋いでいる。
乱立する木々の間を通り抜けて、そこに辿り着く。
深い緑色の葉が生い茂る、高木。
「サーラが亡くなり、僕は抜け殻になっていた。
世の中の不条理を嘆き、出口を見付けられなくて、何に対しても気力が沸かなかった…」
テオが静かに打ち明けてくれた。
「魔法学園に来ても、それは一緒だった。
だけど、サーラが学園で一番好きだった場所、
『学園に入ったら必ず行ってみて』と言っていた場所には、行かなくてはいけないと思っていた。唯一、叶えられそうな約束だったからね」
「それで、あの日、入学式の後…
試験を終えて時間もあったし、行ってみる事にした。
サーラの説明では迷ってしまったけどね、何とか辿り着けたよ…」
テオは高木を仰ぎ、目を細めた。
「あの日は、白くちいさな花が沢山咲いていた、甘い香りがして…
とても清らかで、触れてはいけない様な…僕にはこの場所が、聖域に思えた。
そして、その中に、君がいた___」
わたしがあの日、ここで祈っていたのを、見ていた人がいた!?
思ってもみなかった。しかも、それが、テオだなんて…
『お願いです!婚約者だけは譲れません、譲りたくないんです!』
『どうか、妹から護らせて下さい___』
エリアーヌを恐れ、この先の不安に、精神的に追い詰められていた。
一番見られたく無い自分を、テオに見られてしまった…
気落ちし、隣に視線をやると、テオは薄く微笑み、遠い目をしていた。
「思わぬ先客に驚いたんだけど、君の言葉やその姿が、サーラと重なってね…
儚く、消えてしまいそうで…」
わたしが、サーラ様と…
わたしの頭に、いつかヴィクに見せて貰った、美しく繊細な王女の肖像が浮かんだ。
「それが、頭から離れなくて、どうしても気になってしまって…
気付くと、それまで空虚だった僕の内を、君がすっかり埋めてしまっていた。
教室で君をみつけた時、もう、抑える事は出来なかった。
その日から、君をみつめる事が、僕の常になっていた。
ヒューゴには散々、気持ち悪いとか、訴えられるぞと言われていたけどね…」
それで、ヒューゴもヴィクも、わたしを知っていて、直ぐに受け入れてくれたのね…
サーラの事や、テオを心配しているという事も、二人はわたしに話してくれた。
当時は聞いてしまって良いのだろうかと戸惑ったが、合点がいった。
「君を心配する事で、いつの間にか僕の内にあった傷は癒され、塞がっていた。
そして、いつの間にか、君を好きになっていた」
その告白に、わたしの胸はときめく。
だが、テオは銀色の髪を揺らし、嘆息した。
「だけど、君には婚約者がいた。
君は絶対に渡せないと言っていたしね…僕がどれ程好きでも、愛していても、
君を幸せにしたいと願っていても、諦めるしかないと。
あの日も、ずっと君をみていた、助ける事が出来てうれしかったよ___」
学園パーティの日の事だ。
「あの様な処を見られていたのですか…わたしは、さぞ惨めだったでしょう…」
どういう巡り合わせなのか、テオには度々、悲惨な姿を見られてしまっている様だ。
だが、テオは笑い、わたしを慰める様に抱きしめた。
「直ぐに駆け寄って、抱きしめたくなる程にね!
勿論、君には同情したし、相手に対しては怒りしかなかった。
だけど、僕は喜んでもいたんだ、僕にも機会が回って来たんだからね…」
「それでは、わたしを運んで下さったのは…」
「うん、勿論、僕だよ、君を他の者に触れさせるなんて、絶対に嫌だからね」
は、はい…
わたしは赤くなり俯いた。
「君の力になりたい、君を助けたい、それは本当だったよ、
その上で…君に僕を知ってもらい、恋して貰いたかった。
僕なら彼とは違う、君を大切にすると、ずっと思っていた…」
「あなたは、誰よりもわたしを大切にして下さいましたわ、
そして、わたしはあなたに恋をし、あなたを愛し、
あなたを知りたくて、今もずっとみつめていますわ」
「僕も、変らずに、君を愛し、みつめているよ、フルール」
テオがわたしに口付ける。
わたしは目を閉じ、喜びをもって、それを受けた。
「僕と婚約した時も、ここで誓ってくれていたね、うれしかったよ」
「聞かれていたのですか!?
でも、同じではありません、あなたの時は『愛』がありましたもの___」
笑い声が溶ける。
風が吹き、葉が重なり、それは囁く、祝福を。
魔法学園には、幾つかの聖域、秘密のサンクチュアリが存在する。
それは求める者にだけ、必要とする者にだけ、導きがある。
何を感じ、何をみつけ、何を手に入れるかは、その者次第。
さぁ、心を開いて、進んでごらん
《完》
68
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