【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音

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僕が連れて来られたのは、第三王子クリストフが所有する別邸だった。
隠れ家的な場所で、逃げたくなった時に使っているらしい。

逃げたくなった時、とは…

「窮屈な神学校から漸く卒業したのだから、暫くは自由に過ごしたいと思って当然であろう?
そんな僕の気持ちも考えずに、司教の補佐に就ける気でいるから、
体調不良を理由に城から逃げて来てやったのだ!」

クリストフは、周囲が聞けば唖然とするだろう事を、堂々と言い放つ。
とんだ、我儘王子だな。
僕は内心呆れつつも、表情には出さない様、努めた。

「僕はこれから、世界を見て来る!
見聞を広める事は、王子として必須事項であるからな!
おまえはその間の影武者だ、誰にも正体を知られるな!
尤も、この館に籠っておれば良いのだから、簡単であろう」

クリストフは事も無げに言って退けた。

簡単…

心配性だからか、僕にはとても《簡単》には思えなかった。
だが、僕が何か言おうものなら、バースの張り手が襲って来るだろう。
一度痛い目に遭えば、暴力に縁の無い僕なんかは、委縮し声も出なくなる。

僕はクリストフとバースに教えられるまま、
影武者としての振る舞いや必要な知識を覚えていった。

そして、この館に連れて来られてから、三日後…

「後はおまえに任せる、顔も体型も年齢も双子の様に似ているのだ、
下手を打たない限りは正体が露見する事もあるまい。上手くやれ!
もし、正体が露見し、僕が連れ戻される様な事にでもなれば、
おまえを地獄に突き落としてやるからな!心して務めよ!!」

最悪な脅し文句だ。

「いつ帰還するかなど、決めてはおらん。
今回の事は、気の向くまま、自由に旅をするのが目的であるからな!
王子である事の窮屈さから解き放たれたいのだ!
そうでもしなければ、息が詰まって、窒息してしまうわ!
おまえも王子になってみれば、理解も出来よう」

王子の窮屈さなど、確かに知らないが…
務めを放棄して旅に出て行く王子は、珍しいだろう。
第一王子、第二王子がまともである事を願おう。

斯くして、クリストフは勝手な事を言い残し、バースを連れて出て行ってしまった。

確かに、僕とクリストフは、顔や背格好等が非常に良く似ている。
鏡の前で並んでみて、驚いた程だ。
だが、たった三日間教えられただけで、完璧な影武者をこなせるなど、誰が思うだろう?
密かにバースを頼りにしていたのだが、クリストフが連れて行ってしまった。
バースの本職は、人攫いではなく、クリストフの護衛らしい。

僕を《影武者》と知り、助けてくれる者は一人もいない…

「最悪だ…」

途方に暮れる。
尤も、こうなるは、薄々分かっていた。
それでいて、僕は彼等に反論の一つ、希望の一つも言えなかった。

一番恨まなくてはいけない相手は、《自分》だろう。

暴力は苦手だし、痛いのも嫌だ。
何故、好き好んで、痛い目に遭わなくてはいけないのか?
だが、その所為で、追い詰められているのも事実だ。

もし、誰かに正体を知られたら…

最悪、僕はクリストフの逃亡を手助けした者として、捕らえられ、処罰される事も考えられる。
そうなれば、僕の嫌疑を晴らしてくれるであろう者は、クリストフとバースだけだ。
その頼りのクリストフは、何処に居るのか、いつ帰還するのかも分からない___

「いっそ、修道院へ逃げ込んだ方が…」

その誘惑はあったが、クリストフが知れば、決して許さないだろう。
地獄へ突き落とされるなんて、嫌だ!
それに、悪くすれば、バースに絞殺されるかもしれない。

「僕が唯一、生き残れる道は…」

クリストフの帰還まで、誰にも正体に気付かれない事だ。
そして、クリストフが五体満足でいてくれる事…
幸いなのは、クリストフが城ではなく、個人所有の別邸に引き籠ってくれていた事だ。

「クリストフが帰って来るまで、引き籠っていればいいか…」

そう結論付け、僕は長ソファに身を横たえた。

ああ…疲れた。


◇◇


こうして、不本意且つ理不尽に始まった、
第三王子クリストフの影武者生活だが、楽といえば楽だった。

全ての雑用は使用人がしてくれる。
決まった時間に食事を運び、用事を聞かれ、お茶を運ばれる。
掃除や洗濯、ベッドメイキング等、何一つ自分でやる必要が無い。
ただ、使用人に命令しなければならない時には、罪悪感で胸が痛んだ。

「食事は昼と晩だけで良い、お茶も要らぬ。
食事には肉や魚を入れるな、病に障る。
おまえたちは三食でもお茶でも、好きな様にしろ、腹が空いては働けぬからな。
午前中は図書室で過ごす、掃除等はその間に済ませておけ___」

ああ、僕なんかが、熟年の使用人の方々に偉そうに命令をしてすみません!
僕がクリストフで無いと知れたら、袋叩きに遭いそうだ。

使用人たちは、無駄口を聞かない。
返事は全て「はい」だ。
だが、その気持ちは痛い程に分かった。

たった数日一緒に居ただけの僕でさえ、クリストフやバースを恐れ、
「はい」と答えるか、質問や意見があっても飲み込んだ。
何時も顔色を窺った。

そして、使用人たちの視線はいつも少し下にある。
今まで知らなかったが、王族と目を合わせるという事は、無礼な事の様だ。
知っていれば、僕もクリストフに対してそうしただろう。
知らなかったものは仕方が無いし、クリストフは気にしていない様に見えたので…
今までの無礼は気にしないでおこう。
『目を合わせない』というのは、影武者としては有難かった。
顔を見ていないなら、その分、気付かれる可能性も低いからだ。

有能な使用人たちのお陰で、僕は一日中、部屋に居てする事も無く、
朝と晩には祈りを捧げ、午前中は図書室に入り浸り、
午後は本を借りてきて部屋で読み耽る毎日となった。
一応、病気療養中なので、部屋に居るのが良いのだが、
雑用をする使用人たちと顔を合わせない為、図書室に籠っている。

図書室は形だけのもの…恐らく体裁の為に作られたのだろう。
どの本も新品であるかの様に綺麗だ。
だが、修道院に置いていない様な本も多く、僕は夢中になった。


このまま、平穏に時が過ぎ、クリストフが無事帰還する…と、
僕は安易にも思ってしまっていた。

そんな平穏など、ほんのひと時だとも知らずに…


◇◇


第三王子クリストフが旅に出て、一週間が経った。
その日の午後、僕の平穏を脅かす者が現れた。


その日、僕はいつも通り、昼食を食べ終えると、ベッドに入り、
形ばかりの病人を演じながら、優雅に本を読んでいた。

この本はグランボワ王国の先代の王、ラファエルの経歴や功績を纏めているものだ。
影武者としては、王族の事を把握しておかなければならない。
クリストフとバースから教えられた事は簡略的で、とても十分には思えなかった。
その為、図書室でも、王族の系図、城の事等が記載されている本を探した。

「ラファエル様は武術にも長けていたのか…凄い王様だなぁ…」

グランボワ王国と隣国ジャスパール王国は、以前より国境付近の土地を巡り
争っていたが、それが激化したのが、今から約五十年前になる。

第一王子であったラファエルは、若い頃より文武両道で、強いカリスマがあった。
戦いに向かう際には、陣頭に立ち、兵を鼓舞した。
ラファエルが率いる軍は、目覚ましい活躍をした。
正に、負け知らずだった。
ラファエルの軍を見た敵軍は、恐れをなし逃げ帰ったという。

争いは続くも、両国の力が均衡していた事もあり、
十年後、隣国との間で協定が結ばれ、戦いに終止符が打たれた。

ラファエルが王となったのは、五十歳の時で、彼は堅実な統治をし、
民からの心棒も厚かった。
だが残念な事に、ラファエルは今から十年前、六十五歳にして病で亡くなっている。

現在の王、ガブリエルはラファエルの長子だ。
ガブリエルはラファエル程の才は無いものの、無難な統治をしている。
勿論、生活に困窮している民もいるし、奴隷売買、薬物等、闇は存在しているが…
それでも、国力は安定し、大きな争い事も無く、平和な世の中と言って良いだろう。

現王ガブリエルと王妃ダイアナの間には、三人の王子がいる。
王太子で第一王子のランベール、第二王子のアンドレ、第三王子のクリストフだ。
中でも、王太子のランベールは、先代の王ラファエルに似ていて、優秀らしい…

ガチャリ

突然、部屋の扉が音を立て、僕は驚き、本から顔を上げた。
扉が大きく開かれたかと思うと、一人の煌びやかな男性が、背を正し、颯爽と入って来た。

何故、《煌びやか》かと言うと、その容姿と装いにある。
眩しい程に美しい金髪は長めで、顔の彫りは深く、彫刻の様だ。
背は高く、一見スマートにも見えるが、肩幅はあるし、腰は細く、脚は長い…
鍛えられているのが分かる。
兎に角、目立つ、圧倒される…存在感の塊だ。

だが、断りも無く入って来るなど、普通に考えても無礼千万で、
こんな事は、今までに無い事だった。
問う様に、扉を支える警備兵を見たが、気まずそうに静々と扉を閉めてしまった。

えええ…

今、部屋の中に居るのは、僕と無礼千万な、この煌びやかな男だけだ。
内心で冷や汗が流れた。

無礼な乱入者に、一体、どう対処すれば良いのか…
当然だが、教えて貰っていない。

『おのれ無礼な!何奴か!我が名は第三王子、クリストフであるぞ!!』

クリストフの台詞が頭に浮かんだのだが、それを言う前に、
ベッドから少し距離を置き、足を止めた男が口を開いた。

「入らせて貰ったよ、クリストフ」

余裕の微笑みだ。
柔らかい声でありつつも、何処か凛とし鋭さがある。

この親し気な感じは…?

知り合いである事は確かだろうが…誰だろう?
着ている服は、騎士団が着る様な服で、白地に金色の刺繍入り。
白いマント付き。
腰には黒色で幅のあるベルトが巻かれていて、腰の細さを強調している。
ブーツは黒色で、汚れなど見えない、どうしたら汚さずに歩けるのだろう?

高位貴族である事は確かだ。
それも、とびきり高貴な人に違いない…
取り敢えず、下手な事を言わなくて良かった…

考えていると、男が僅かに苦笑を見せた。

「どうしたんだい、クリストフ、舌を抜かれたらしいね?
それとも、ボロが出ない様に口を閉じているだけかな?」

ああ!当たりです!!
僕は思わず口元に手を当てた。

男は小さく嘆息すると、頭を振った。
見事な金髪が揺れ、つい見惚れてしまった。

「私を騙そうなんて、十年早いよ、クリストフ。
いい加減、病人の振りをするのは止めなさい、そういう態度は病の者に失礼だよ。
おまえはただ、与えられた仕事をしたくないのだろう?
確かに、司教補佐等、おまえには過ぎた務めだ。
だが、神学校を出て、何も職に就けないのであれば、民も不安になろう。
おまえも王子として責任を持っても良い年だよ、クリストフ___」

話を聞きながら、『もしかしたら…』と、それに思い当たった。

クリストフの兄ではないか?

あのクリストフに対し、ここまで言えるのだから、王族であり、対等…
いや、目上の者に決まっている。

だが、クリストフの二人の兄の内、どちらなのか…

「兄、さん…」

名を呼ばすに済ませようと零すと、今まで厳しい表情をしていた彼は、
何か憑き物が落ちたかの様に、キョトンとした。

ああ!外した!?兄では無かった!?

青くなる僕に、男は小さく頭を傾げた。

「どうした、クリス?何かあるなら、言ってごらん」

ああ、良かった、合っていた?

僕は安堵し、伺う様に訊いた。

「長く、療養させて貰って、すみません…
ですが、もう少しだけ、休ませて貰えないでしょうか?」

出来れば、クリストフが帰って来るまで!!

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