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しおりを挟む第一王子ランベールと、第三王子クリストフが《恋人》なんて、
聞いて無いからーーー!!
「はぁ…はぁ、はぁっ」
熱いキスが終わり、漸く解放された僕は、ソファにぐたりと体を預け、
必死で息をしつつ…
心の中で、世界の何処かに居るであろうクリストフに向けて、叫んでいた。
「ふ…ぅ…」
あまりの苦しさに目尻に涙が滲む。
あまりに情けなく、僕はランベールに背を向けていた。
だが、どうしてだが、ランベールには分かってしまい、抱き寄せられ、
その指で優しく目元を拭われた。
流石、恋人…
いや、僕は恋人ではなく、影武者なんだけど…
普段は、影武者だとバレないか、ビクビクしているのだが、
今の僕には、『恋人なら気付け!』と責めたい気持ちすらあった。
「今まで寂しい思いをさせて、ごめんね、クリス…」
恋人が心を入れ替えた事で、今までの辛い気持ちが報われ、喜びで泣いた…と、
ランベールは思った様だ。
全くの思い違いではあるが…
まさか、濃厚なキスは初めてで、やり方が分からず、窒息しそうになったなど、
同じ男として、恥ずかしくてとても言えない。
同じ男として…?
そうだ、僕たちはどちら共、《男》だ。
それに、ランベールは結婚もしている!
それで、《恋人》とか…
なんて不誠実な男なんだ!!
修道士たる者、厳しい戒律の元、情欲を抑えている。
クリストフも神学校に通っていたのだから、同じ筈だ。
それを、この男は、その甘い面と甘い言葉で誘惑したに違いない!!
それで、クリストフは情緒不安定になり、欲求不満で怒りっぽくなっていたのか…
いい人だとばかり思っていたのに!!
僕は、キッと、ランベールを睨み付けた。
「結婚している身で、この様な事は不誠実です!
僕との関係は、速やかに終わらせるべきです!」
僕は真剣だったし、怒りすらもあった。
だが、言われたランベールはキョトンとし、「ああ」と間抜けな声を漏らした。
それから、スッと神妙な表情になる。
「確かに、秘密にしている事だけど…
おまえには言ってあるよね?私とステファニーの結婚は、偽装結婚だと」
「ぎ、そう、けっこん??」
この世に、そんなものが存在するのだろうか?
結婚とは神聖なもので、それを偽装するとは…
「神への冒涜ですよ!!」
僕は思わず声を荒げてしまったが、ランベールの方は落ち着き払っていた。
「それは承知の上だよ、だけど、ステファニーは私ではなく、他の男を愛している。
そして、私も女を抱く事は出来ない、私が抱けるのは男だけなんだ。
王子として生まれてしまった私には、結婚が課せられていて、逃げる事は出来ない。
ステファニーも、身分違いで愛する者とは結ばれない身だ。
私たちが選んだ道は、正道からは外れているかもしれない、
だけど、自分の心を偽らずにいるには、こうするより他無かった…
おまえを失望させてしまって、悪かったね、心が痛むよ、クリス…」
胸を押さえ、嘆息するランベールを前に、僕は責める事など出来なかった。
いや、そんな気すら、起こらなかった。
全てに於いて恵まれている者など、存在しないという事だろう。
完全無欠に見えるランベールが、そんな事情を抱えていたとは、思いもしなかった。
まさか、男色だったなんて…
王族であるが故に、高位貴族であるが故に、ランベールもステファニーも追い詰められていたのだ。
《愛》は崇高で尊いもの筈なのに、愛しあった者同士を引き裂くなんて…
それに、同性しか愛せない者は、何故、王となれないのか…
神様、偽装結婚と、どちらが《悪》だというのですか?
僕には、二人が悪だとは思えません…
それでは、あまりに可哀想です…
この世に正義など存在しないのか___
「事情も考えずに、余計な事を申しました…すみませんでした」
僕は深々と頭を下げ、謝罪をした。
「いや、おまえが怒っても仕方の無い事だからね…」
ランベールは怒りもせずに、受け入れてくれた。
苦しみを知る者は、人に優しくなる…
彼の寛大さは、自分の傷からきているのだろうか?
「ああ、もしかして、おまえは偽装結婚をした私を責めていたのかい?
それで、司教の補佐の務めを嫌がったの?」
司教の補佐の務めを嫌がった理由は、そうではなく…
「神に背く行為をしている自分を恥じたのでしょう…」
クリストフは、傲慢で我儘で、我慢が出来ず、好き勝手やっている様に見えたが、
意外と繊細なのかもしれない。
思案する僕に、ランベールが不思議そうな顔をした。
「他人事みたいに言うんだね?クリス」
しまった!
自分の立場を忘れていた!
「い、いえ!今のは、違うくて…!」
「ふふ、慌てるおまえも可愛いよ」
ランベールが笑い、僕の鼻の頭にキスをしてきた。
僕は微妙な面持ちでそれをやり過ごした。
これは、先程、不実な男と決めつけてしまった、お詫びだ。
ランベールが帰ってから、僕はふらふらと自室へ戻り、ベッドに倒れ込んだ。
そして、頭の中の整理に取り掛かった。
情報量が多すぎて、爆発してしまいそうだ。
ランベールとステファニーは偽装結婚で、夫婦ではなく、共犯関係にある。
ステファニーには、他に愛する男がいる。
ランベールは男色家で、恋人はクリストフ…
「兄弟愛とばかり思っていたのに…」
確かに、ベタベタし過ぎだとは思っていたけど…
完全に騙された!
兄弟というよりも、恋人に対する《それ》だったのか…
それを想像し、僕はカッと顔が火照った。
僕には、兄弟も居ないが、恋人も居ないのだから、分かり様も無いじゃないか!
恋をする前に、急に恋人が出来るなんて…!
いや、僕は修道士だから、そもそも恋などしてはいけない身だけど…
恋人が居たにしても、何で、《男》なんだ!!
ああ、我が神よ!!この世は乱れ、狂っています!!
どうか、僕を早く、あの神聖なる修道院へ戻して下さい!
この様な試練は、僕には耐えられません!
僕はベッドに潜り込み、ジタバタとした後、必死で祈りを捧げた。
そうしていると、気持ちも幾分収まってきたので、
僕は上掛けを下げ、頭を出した。
「ぷは!それにしても、男色家まではまだいいけど…
ランベール様は、何故、弟なんかに手を出したんだろう?」
一番避ける相手ではないのか?
ランベールであれば、対象が男であっても、幾らでも寄って来そうだ。
「王太子が男色家と知られたら、困るから?」
身内であれば、秘密は厳守してくれるだろけど…
それにしても、血が繋がった弟なのだ。
僕にはとても理解出来そうになかった。
だが、クリストフもランベールを受け入れたのだ。
今は恋人を放って、旅に出てしまっているけど…
「こんな事まで、僕に押し付けないで欲しい…」
クリストフの考えも分からない。
クリストフは、ランベールと別れたいのか?
それとも、ランベールと別れる気は無いのか?
司教補佐を断っていた理由は?急いで旅に出た理由は?
「ランベールの事で悩んでいたから?」
それにしても、一番会ってはいけなかった者に、意図せず会い、
剰え、囲われてしまった。
これをクリストフが知れば、どれ程怒る事か…
サーと、血の気が引いた。
「ああ、もう、無理です!
我が神よ!どうか、この憐れな子羊をお助け下さい!」
僕は考えるのを放棄し、目を閉じ、祈りを捧げたのだった。
◇◇
チリンチリン…
あの日以降、ランベールの来訪を告げる鈴が、厄災を告げる警鐘にしか聞こえなくなった。
僕は嘆息し、読んでいた本を置くと、ノロノロと書斎を出た。
そして、そろそろと螺旋階段を降りていく。
足取りも重くパーラーへ入ると、そこには、あの日から少しも変わらない、
ランベールの姿があった。
「クリス!早くおいで」
実に爽やかな笑顔だ。
ランベールにとっては、恋人に会いに来ているのだから、上機嫌でいても仕方ないのだが…
僕の気も知らないで…
つい、恨みがましく思ってしまう。
いけないよね…
ランベールは悪く無い。
責めるべきは、全てを僕に押し付け、旅に出たクリストフだ。
そして、僕は、影武者だとバレない為にも、恋人として振る舞うしかない…
僕は気力を搔き集め、笑顔を作った。
「お待たせしました、兄さん」
「元気が無いね?何かあったのかな?」
薄い青色の目でじっと見つめられ、僕は引き攣りつつ、「いいえ、何も」と答えて
ランベールの隣に座った。
いつも通り、ランベールは僕の腰に手を回し、腰を引っ付ける。
僕は緊張で強張り、ランベールは当然、それに気付いた。
「緊張してるね、クリス」
「いえ、そんな事は!」
ありますけど…
「久しぶりに、しようか」
ランベールが僕の手を取り、笑顔を見せる。
久しぶりに、何をするのだろう?
だが、何か良く無い事だと、直感が知らせていた。
「あの…何を?」
恐る恐る聞くと、ランベールは僕の痩せた太腿を撫で、「いい事」と笑った。
それが意味する事を察し、僕は長ソファの端に逃げた。
「ま、待って!それは、いけません!兄さん!」
「いけないかな?」
「僕たち、兄弟ですよ!」
「うん、知ってるよ」
そうですね!今更でした!
「僕たち、その、少し距離を置いていたでしょう?
もう少し、考えたいというか…事に及ぶには、時期早々なのではないかと…」
苦し紛れに思い付いた事を言っていると、ランベールの表情が悲し気に曇った。
「私が嫌い?」
「嫌いじゃないです…けど…」
これ以上すると、本当の恋人であるクリストフに悪い気がする。
勿論、する気は無いのだけど…
「今はそんな気分にはなれなくて…もう少し、時間を下さい」
出来れば、クリストフが戻って来るまで!
祈る様に見ていると、ランベールは「分かったよ」と頷いた。
「ほっ」と安堵するも、ランベールは僕をじっと見つめ、続けた。
「それなら、もう一度、恋をして貰うよ」
ランベールは僕の手を取り、甲に口付けた。
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