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しおりを挟む僕が食べ残したものは、ランベールが難なく平らげた。
凄い胃袋だ…
感心して眺めていると、ランベールの薄い青色の瞳が、僕をじっと見つめてきた。
「な、何ですか?兄さん…」
「クリス、唇に付いてるよ」
ランベールがペロリと僕の唇を舐めたので、僕は反射的にランベールを突き飛ばしていた。
勿論、ビクともしなかったけど。
「兄さん!こんな、人もいる処で!駄目です!」
「はぁい、部屋に戻ってからね♪」
ランベールはくすくすと笑い、カフェオレを飲んだ。
その余裕が憎たらしくも思える。
いつもどぎまぎとさせられるのは、僕だけなのだ。
僕たちは少し休んでから、通りの店を見て歩いた。
「クリス、ここからは秘密だよ」
ランベールが立ち止まったかと思うと、人差し指を立てて僕に言った。
何かは分からなかったが、僕は「はい」と神妙に頷いた。
ランベールは僕を連れ、通りから小さな路地に入って行った。
表通りとは違い、入り組んでいて、民家は増えるものの、人気は無くなってきた。
「ここだよ」
ランベールが足を止めたのは、歴史を伺わせる、古い三階建ての建物の前だった。
看板等は見当たらない。
「ここは?」
尋ねると、ランベールはにこりと笑った。
「クリスなら気に入ると思うよ」
ランベールは僕の手を引き、その重厚感ある扉を開いた。
内に入り、一瞬でそれが分かった。
「本屋?」
天井までの高さの棚が、ズラリと並び、びっしりと本が詰め込まれている。
古い紙やインクの匂いは、修道院の図書室を思い出させた。
「当たりだよ、ここは古い文献を多く扱っている本屋なんだ。
売り物ではない、持ち出し禁止の本もあるよ。
どう?わくわくしてこないかい?」
「はい!」
答えたものの、僕の意識は既に本に向かっていた。
僕は時間を忘れ、本を眺めて歩いた。
「気に入ったものがあれば、買ってあげるよ」
ランベールが言ってくれ、僕は思わず歓喜の声を上げていた。
「本当に、本当!?いいんですか!?」
「いいよ、好きなものを選んで」
「ありがとう!兄さん、大好き!」
「!」
「ああ、どれにしよう…」
「ぷっ、そんなに悩まなくていいよ、また連れて来てあげるから」
フード越しに頭をポンポンと叩かれたが、僕の意識は目の前の本にしかなかった。
僕は古い歴史、伝承が纏められた本を一冊買って貰った。
一冊ではあるが、それは厚く、完読するまでには、かなりの時間を要するだろう。
「考察以外は古代文字の様だね、読めるのかい?」
ランベールに聞かれた時、僕は自分がクリストフの影武者だという事も忘れ、
「はい、勉強したので!」と笑顔で答えていた。
ランベールが突っ込んで聞いて来なかった事もあり、僕自身、離宮に戻り、
本を開くまで、それに気付いていなかった。
「クリストフも、勉強してる…よね?」
もし読めなかったとしても、ランベールも気にしてはいなかったし、大丈夫だろう。
「まぁ、いいか」と、僕は流し、早速本を読み始めた。
◇◇
チリンチリン…
暫く本に夢中になっていたが、ランベールの来訪の時には、そちらを優先した。
何と言っても、本を買ってくれたのは、ランベールなのだから。
感謝と敬意を払わなくては、罰が下るだろう。
「兄さん!お待たせしました!」
つい、笑顔にもなってしまう。
そんな僕に、ランベールも満足していて、常に上機嫌だった。
「クリス、おいで」
柔らかな笑みと声に呼ばれ、僕は隣に座る。
ランベールはいつも通り、僕の腰に手を回してきた。
「本はどう?読み進んでる?」
ランベールはいつも、どの位読んだか、その内容等、聞いてくれる。
「はい!昨日、今日で、ヴァーヴァル紀を読みました!」
「そう、ヴァーヴァル紀はどうだった?」
「ヴァーヴァル紀の頃の環境は、今とはかなり違っていて…」
ランベールに興味があるのか無いのかは分からなかったが、
僕は得た知識を披露出来、夢中で話していた。
存分に話した後、ランベールが紅茶を淹れ、渡してくれた。
「喉は乾いていない?」
「ありがとうございます、夢中になってたから、気付きませんでした」
「夢中になれるのは良い事だね」
「兄さんは何に夢中になりますか?」
訊いてみると、ランベールは頭を傾げ、空を見た。
「んー、おまえの事、かな?」
ランベールが魅力たっぷりに、ニコリと微笑む。
僕は見なかった事にし、紅茶を飲んだ。
「私も十七、八歳の頃までは、夢中で本を読んでいたよ」
ランベールが読書家だという事は、書斎を見ても分かった。
格好だけのクリストフの別邸の図書室とは違い、読まれた跡のある本ばかりで、
それに、好きな本だけを置いているのだろう、偏りもあった。
「その後は?」
「色々と忙しくて、集中して読む時間はあまり取れなくなってね、
今は必要な知識を得る為に読んでいる位かな…
つまらない大人だね」
ランベールが苦笑する。
僕は「いいえ」と頭を振った。
十七歳だと、騎士学校に入った頃だろう。
王太子の教育に、騎士団の訓練、任務、公務…
今は騎士団よりも公務に就いているみたいだが、それでも、忙しい筈だ。
修道院で規律正しく、変わり映えのしない日々を送っていた僕なんかとは違うだろう。
なんだか、申し訳ない気分になったが、
ランベールは「読める内に読んでおくといいよ」と言ってくれた。
そして、気まずくなった空気を祓うかの様に、話を変えた。
「そうだ、クリス、ごめんね、今日はお土産が無いんだよ」
ランベールが眉を下げ、嘆息したので、僕は笑った。
「何も持って来なくてもいいです、兄さんが来てくれるだけで、十分ですから…」
僕が言い終わるよりも少し早く、
ランベールの唇が、僕の口を塞いだ。
「ん!??」
強く口付けられ、舌を入れられる…
僕はやはり、されるままで、息苦しさに顔が火照った。
その舌は、僕の舌に戯れる様に絡んだ後、ちゅっ、という音と共に消えた。
「はぁ…っ、にいさん…キスしないって…いったのに…」
「言ってないよ、だけど、今のは、おまえの所為だからね?」
「ぼく?」
酷い責任転嫁だ。
一体僕が何をしたというのか…
不満に唇を尖らせると、「ほら、可愛いから!」と、ちゅっと口付けられた。
「か、可愛いだけで、キスしないで下さい!色情狂だと思われますよ!
王太子なんですから、我慢して下さい!」
僕は両手で口を覆い、喚いた。
「勿論、おまえだけだよ、クリス」
ランベールは余裕の笑みを見せる。
だけど、『嘘だ』と思ってしまう。
慣れてるし…性欲も強そう…
「あれ?信じてないのかな?」
「だって、口上手いから…」
「ふふ、口が上手くないと、王太子は出来ないからね。
それに、おまえとこんな風になるまで、確かに、聖人でいた訳じゃない。
軽い男だと思われても仕方が無いけどね…」
後悔している様な、そんな口調に、少しだけ、胸が痛んだ。
「今は、僕だけ?」
「うん、誓って、おまえだけだよ、クリス」
甘く見つめられ、頬を撫でられて、僕は「信じます」と頷いていた。
思い余ったランベールに「ありがとう!」と抱きしめられながら、
僕は「はた」と我に返った。
僕は、何をやっているんだ!?
僕はクリストフじゃないのに!
恋人みたいに返してしまうなんて…
恥ずかし過ぎる!!消えたい!!
僕はそんな思いで、ランベールの胸にぐりぐりと額を押し付けていた。
「クリス、あまり挑発しないで…」
ランベールにやんわりと言われ、ギクリと固まる。
体を離されたが、ランベールの顔が少し赤いのに気付いた。
不味い…
とっても、不味い状況だ。
「あの、ごめんなさい、そんなつもりは無くて…」
「うん、分かってるよ、もう少しだけ、待ってあげるから、これだけ…」
額に、ちゅっとキスをされた。
「ふふ」
ランベールがうれしそうに笑い、ペロリと赤い舌を見せた。
何故だか、僕の心臓が大きく音を上げた。
な、な、なんだろう?
僕の心臓がおかしくなってしまった…
何故、こんなに、どきどきするんだろう…??
「クリス、来週、城でパーティをするから、おいで」
混乱中の僕は、一瞬、何を言われたのか分からず、問う様に見た。
ランベールはにこりと笑う。
「仮装パーティだから、面白いよ。
クリスの衣装は私が用意してあげるから、絶対に来る事!いいね?」
パーティは危険だ。
だけど、仮装パーティならば、危険は少ないのかな?
僕は少し逡巡したが、「はい」と頷いた。
後々、病気療養の身なのだから、それを理由に断れたと気付いた。
だけど、ランベールは喜んでいて…
「ありがとう!」と、強く抱擁された。
あれを思えば、とても断るなど出来そうになかった。
「仮装パーティだし、大丈夫…多分」
僕は自分に言い聞かせる。
だけど、心の片隅で、何処か、わくわくとする気持ちもあった…
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