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しおりを挟む翌週に入り、離宮に衣装箱が幾つか届けられた。
ランベールが用意してくれた、仮装パーティ用の衣装だ。
箱を開けた僕は、その衣装を見て…唖然とした。
緑の蔦が巻き付けられた、白いワンピース。
ピンク色の長い髪の鬘。
シンプルなサンダル。
花冠、短い魔法の杖。
そして、光の加減で色合いを変える、半透明の大きな蝶の羽。
「妖精…」
それはまだ良いが、これでは《女装》だ。
「なんで、女装なんかしなきゃいけないんだ…」
誰が仮装しているかは分からないし、女装の方がバレ難いという利点はあったが、
それでも、大いに不満だった。
修道院で劇をする時には、女性役を修道士が務める。
それが悪いとは思わないが、自分がするとなると、別だ。
中に着けるであろう、コルセットや肌と似た色のふにふにとしたお椀型の物に、
血の気が引いた。
男色家なんて言っておいて、本当は女性の方が好きなのではないか…
浮かんだ疑惑に、もやもやとする。
僕は衣装を箱に詰め、蓋をした。
「女装なんて、絶対にしないから!パーティにも行かない!!」
ランベールが来たら、そうはっきりと言うつもりだった。
だが、それを見越したのだろうか、ランベールは当日まで姿を現さなかった。
◇◇
仮装パーティの当日、三名のレディースメイドが離宮へと押しかけて来た。
「パーティの準備をお手伝いさせて頂きます」
彼女たちは当然の様に、手早く事を進めて行く。
鞄から沢山の化粧品を出し、衣装箱から衣装を取り出して広げる。
それから、例のコルセットやお椀の様なものも…
「コルセットをしますので、お召し物を脱いで頂けますか?」
「下着はこちらをお着け下さい」
コルセットは仕方が無いと思ったが、
差し出された《それ》は、女性用の下着…ドロワーズで、僕は固まった。
ランベールが相手であれば、まだ断りを入れる事が出来るのだが、
相手が見知らぬレディースメイドでは、とても無理だ。
だが、何とか、抵抗した。
「し、下着は見えませんよね?」
「はい、ですが、殿下から指示がありました、殿下は完璧を求める方です」
いや…
仮装などに、完璧は求めないで下さい…
「でも…」と、僕が渋っていると、レディースメイドの目が怖くなった。
「殿下の命に背く事があれば、私たちの能力が疑われます」
信用を失い、仕事を失うという事だ。
こんな事で仕事を失えば、さぞ不本意だろう…
僕の小さな自尊心とそれを秤に掛ければ、自ずと結論は出る。
「着替えますので…後ろを向いていて下さい」
僕は渋々、下着を脱いだのだった。
レディースメイドたちの奮闘のお陰もあり、
僕は自分でも良く見なければ自分と分からない程の変貌を遂げていた。
緩やかに巻かれたピンク色の長い髪、頭には花冠が乗せられている。
足は長い丈のスカートが隠してくれているが、細く骨ばった腕は剥き出しだ。
だが、不思議と違和感は無い様に見えた。
作られた胸の膨らみも自然に見える。
それに、何と言っても、化粧だろう。
濃い睫毛、目元もしっかりと描かれている。
頬には紅、唇はピンクの入った明るい赤色。
鏡に映る姿をじっと見たが、《男》は身を潜めていた。
そこに存在するのは、美しく可憐な《妖精》だ。
カラン、コロン、カラン…
来訪を告げる鐘が鳴り、僕は背を正し、部屋を出た。
衣装に着られる…僕は自然に優雅に振る舞っていた。
螺旋階段を降り、玄関ホールに向かったが、そこに立っていたのは、
ランベールではなく、吟遊詩人の仮装をした、知らない男だった。
頭には織物のバンドを巻いている、銀色の腰まである髪は鬘だろう。
古の衣装に、左腕には琴を抱えている。
顔は無表情だが、眉は太く、その灰色の目は鋭い。
背が高く、筋肉隆々で、吟遊詩人というより、格闘でも始めそうだ。
「ランベール殿下の護衛、ザカリーと申します。
ランベール殿下より、会場へお連れする様にと、申し付かりました」
護衛か…納得だ。
「はい、お願いします」
普通に答えてしまったが、
相手が使用人、護衛ならば、もっと高圧的になった方が良かっただろうか?
僕はクリストフの態度を思い浮かべ、口を結んだ。
あんな風にはなれそうにないが…
影武者として振る舞わなくては…
「では、参ろう」
僕は心持、顎を上げ、ザカリーに付き、玄関を出た。
ザカリーは無口な様で、会場に着くまで無言だった。
僕としても、修道院時代の名残で、沈黙は自然な事だった。
会場は直ぐに分かった。
扉が大きく開かれていたからだ。
そこを護っている衛兵も、時代錯誤な甲冑を付け、長い槍を持っている。
仮装ではあるが、さぞ重いだろう。
その苦労に同情しつつ、会場に入った。
広く豪華な広間だ。
獣の頭を被った演奏家たちが、民族音楽の様な、耳慣れない不思議な曲を奏でている。
広間の脇には、テーブル席が置かれ、座って食事をする者も居れば、
ワインを片手に談話をする者、広間の真ん中で踊っている者もいた。
だが、全員、何らかの仮装をしている。
奇妙で楽しい雰囲気に、僕は知らず知らずの内に、見入っていた。
「探していたぞ、我が麗しき妖精、クリスティア」
誰がクリスティアなのか…
呆れつつ、目を上げると、黒尽くめの衣装を着た男が立っていた。
黒色の長い髪、その頭には二本の銀色の獣の角。
黒いマント、裏地は赤色だ。首元には黒いスカーフ。
そして、手には赤色の大きな宝石が付いた杖。
だが、その瞳は変わらず、薄い青色だ。
「魔王様ですか?」
ランベールはニヤリと悪い笑みを見せる。
「そうだ、今宵、おまえを攫いに来た魔王だ、クリスティア」
「気高き妖精は、魔王などの言い成りにはなりません」
「ならば、奪うまで___」
ランベールがいきなり覆い被さる様に、キスをしてきて、僕は固まった。
「ん!!!」
大勢の人の面前でキスするなんて!!
僕はその胸を押し返そうとしたが、固くビクともしなかった。
バシバシと腕を叩いていると、漸く離して貰えた。
ランベールは悪びれずに、ペロリと僕の唇を舐めて行く。
「こんな場所で、キスなんて、しないで下さい!」
僕は怒った顔をしてみせたが、ランベールには全く通じなかった。
彼は魔王に相応しくない、甘い笑みを見せた。
「こんな場所じゃなければいい?」
「だ、駄目です!」
「なら、やっぱり、奪うしかないね」
「~~~!!」
僕は最後の手段で、側に立っていたザカリーの後ろに逃げた。
「クリス!ザカリーは駄目だよ、私にしなさい」
「嫌です、ザカリーの方が安全です!」
「だけど、ザカリーには厄介な勇者が憑いているからね…」
厄介な勇者?
僕はキョトンとし、ザカリーを見た。
ザカリーは僅かに口を曲げ、「それは失礼です」と答えた。
「戻って来たか!心配しておったぞ、ザック!」
元気な声と共に現れたのは、赤いマントを着け、手に長剣を持った…
正しく、《勇者》だった。
だが、勇者の線は細く、そして、綺麗な顔をしている。
恐らく、女性で、金色の短い髪は鬘だろう。
「妖精にまで魅入られるとは、流石吟遊詩人だな!」
勇者の紫色の目が、強い光を持ち、僕を見た。
何か、凄い圧を感じる…
僕は、今になり、それに気付いた。
勇者が女性であるなら、ザカリーとは恋人同士かもしれない…と。
僕はパッと、ザカリーから離れて、手を上げた。
「違います!誤解しないで下さい!」
「誤解?何をだ?返答によっては、容赦はしないぞ!」
勇者に剣を突き付けられ、僕は目を回しそうになった。
そこを止めてくれたのは、ランベールだった。
彼は勇者の手を握ると、剣を下ろさせた。
「ステフ、それでは、勇者ではなく、我が同胞になるぞ?」
「ふん、魔王よ、おまえのものであるなら、見張っていろ、
万が一、間違いでもあれば、許さぬぞ!」
「無用の心配だ、ザカリーは、男は食わない、今夜はおまえも安泰だな、ステフ」
ランベールがニヤリと笑うと、勇者は顔を顰めた。
そして、ザカリーに向かい、言い放った。
「それは許さぬぞ、ザック!」
「御意」
ザカリーの返事は堅い。
きっと、勇者の方が、身分が高いのだろう。
「ほらね、言っただろう、ステフは嫉妬深いから気を付けるんだよ、クリスティア」
ランベールは小声で言ったが、勇者の耳にはしっかり届いた様で、
ギロリと鋭い目が返ってきた。
「ランディ!余計な事を申すな!我の印象が悪くなるであろう!」
ランベールは「はいはい」と流し、僕の肩を抱くと小声で言った。
「クリス、気付いていないみたいだから、一応言っておくけど、
この勇者はステファニー、私の名ばかりの妃だ」
この、目の前の勇者が、王太子妃ステファニー!?
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