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しおりを挟む《神の試練》とは、拷問の様なもので、洞窟の様な場所で磔にされ、放置される。
食事は与えられず、命を繋ぐ為の僅かな水だけが与えられる。
非常に寒く、眠る事も出来ないという。
トスデムは何とか逃れ様と、買収を試みたが、誰もそれには乗らなかった。
甘やかされて育ったトスデムが、拷問に耐えられる筈も無く、
彼は早々に口を割り、助けを求めたのだった。
「話す!全部話すから!助けてくれよー!」
族長、父親、ランベール、ザカリー、マックス、そして僕は、洞窟へ行き、
磔にされたトスデムから話を聞いたのだった。
◆◆
サンセット王国とゾスター部族との間を行き来する為には、《通行許可証》が必要で、
それを持てるのは、一部の者に限られている。主には行商人だ。
トスデムはサンセット王国の行商人と親しくなり、《通行許可証》を違法に手に入れ、
それを使い、サンセット王国に行き、遊びに興じていた。
そんな中、サンセット王国の王女であるアリーシャと出会い、恋に落ちた。
二人は結婚しようと話していたが、前王が亡くなった事で、それが難しくなった。
ゾスター部族に暗殺の疑いが掛かり、戦になったからだ。
トスデムはゾスター部族を捨て、サンセット王国の民となり、アリーシャと結婚するつもりでいた。
だが、アリーシャの父である、新王オディロンは、「ゾスター部族の者は信用出来ない」と、
亡命もアリーシャとの結婚も認めなかった。
サンセット王国の民になりたいのならば、その証を見せろ___
オディロンから命じられ、トスデムは密偵を密かに呼び込む事に協力し、
密偵を通じ、ゾスター部族の情報を流していた。
だが、今回、策が見破られた事で、状況が悪くなったと判断したトスデムは、
一足先に逃亡を謀った。トスデムにすれば、早くサンセット王国へ行き、
アリーシャと結婚したかったのだ___
「俺はアリーシャと結婚したかっただけなんだよ!
俺は何もしていない!全部、サンセット王国の密偵がやったんだ!」
トスデムの言い分に、この場に居た誰もが、怒りを感じていた。
だが、先に聞き出さなければならない事があった。
「おまえが呼び込んだという密偵は何処にいる!」
「俺の家の地下だよ」
トスデムからそれを聞き、直ぐに密偵の確保に向かった。
トスデムの家の地下、隠し部屋に、密偵の一人が身を潜めていたが、
状況を悟り、毒を含み自害してしまった。
そこには、井戸に投げ込まれたのと同じ、毒を含む岩が、箱に詰められ置かれていた。
◆◆
トスデムに与えられた選択肢は、自害か、処刑か、許しを乞い労奴となるか、
ゾスター部族からの追放で、トスデムは追放の道を選んだ。
「勿論、出て行くさ!こんな所とは、さっさとおさらばしたかったんだ!」
「追放の身となれば、二度と、ゾスター部族には戻れないぞ」
「戻るなんて、とんでもない!
次に会う時には、俺はサンセット王国の王になっているかもな!」
サンセット王国へ行き、アリーシャと結婚する気のトスデムは、
僅かな荷物を背負い、馬に乗り、意気揚々と出て行った。
トスデム以外の者たちは気付いていた。
労奴以外、どれを選んでも、トスデムに待ち受けているのは、《死》だと。
サンセット王国にとって、トスデムはゾスター部族を侵略する為の駒でしかなかった。
アリーシャはその為にトスデムに近付き、誘惑した。
そして、利用したのだった。
利用価値の無くなったトスデムは、アリーシャにもオディロンにも、邪魔でしかなく、
それでいて、外で変な事を言いふらされても困る。
城を訪ねたその日の夜、トスデムは毒を盛られ、投獄された。
そして、二日後、体中に斑点を出し、高熱に苦しむトスデムの口を布で塞ぎ、
処刑場へと引き立て、磔にした。
「これを見よ!
ゾスター部族が、我が国を滅亡させようと、呪われた者を送って来たのだ!」
殺せ!殺せ!と声が上がる中、トスデムは槍で突かれ、火あぶりにされたのだった。
「俺たちを、あんな姿にさせようとしたのか!」
「ゾスター部族の奴等は、何て卑劣なんだ!」
「オディロン王が、ゾスター部族の陰謀を暴かれたのだ!」
「オディロン王に任せておけば、国は安泰だ!」
「オディロン王万歳!」
オディロン王は名を上げ、国中の民から称賛された。
だが、その栄華は長くは続かなかった。
◆◆◆ ◇◇◇
ランベールの元、騎士団団長、副団長、傭兵団の代表、
志願兵の代表等が集まり、会議が開かれた。
ランベールは、サンセット王国が仕組んだ策略について、順を追って説明した。
「サンセット王国の目論見は阻止出来たが、次の手を打って来ないとも限らない」
戦況は落ち着いていたが、あの様な謀をしてきたのだ、油断は出来ない。
グランボワ王国からの援軍を引くにも、時期早々と考えられた。
「だが、大人しく次の手を待ち、後手に回る必要も無い。
こちらも、正攻法ではない方法で、打って出る事にする!」
ランベールには考えがある様で、いつもは甘いその目を鋭くし、薄く笑った。
こういう時のランベールは、凛とし、神々しく、正に、王の器を持っていた。
だが、それが通用しない、鈍い者もいた。
「何を言っているんだ!たかがサンセット王国だ、力で捻じ伏せてやればいいだろう!」
第二王子アンドレだ。
彼は血の気が多い上に、《王子》という事もあり、日頃から態度が大きい。
そして、相手が兄殿下という事もあり、発言に遠慮が無かった。
だが、対するランベールの方が、一枚上手だった。
ランベールは如何にアンドレが吠えようとも、相手にしなかった。
「そう、たかがサンセット王国相手に、我が国の大事な兵力は使えない。
物資や資金も無限ではない、戦が長引けば、その分、民に負担が掛かる」
「それなら、ゾスター部族に出させればいいだろう!
あいつらの為に戦ってやってるんだ!」
アンドレだけは自分の為に戦っていそうだ。
兎に角、暴れたい様にしか見えない。
「ゾスター部族は喜ばないだろう、それでなくとも、被害を被っている。
土地を荒され、戦に怯え、病に苦しみ、多くの者が命を落とした。
一刻も早く、安心して暮らせる様に、この地に平穏を築く、
それが我らに課せられた任務だ___」
アンドレは「ぐう」と唸ったが、二の句は告げなかった。
ランベールの言は、正論で、そして、正義があったからだ。
聴いている者の心を沸き立たせ、同調させた。
「それでは、具体的に、何を?」
「真実を世に知らしめる」
ランベールはニヤリと笑った。
「サンセット王国の民は、オディロン王が仕組んだ事を知らない。
前王はオディロン王の謀略により、毒を盛られ、死に追いやられた。
オディロン王は王位を掠め取った者だ。
これを知れば、サンセット王国の民はどう思う?
それに、オディロン王の謀略によるものであれば、ゾスター部族への報復は成り立たない」
「ですが、真実を唱えたとして、皆が信じるでしょうか?」
「皆が信じる必要は無い、疑惑を植え付けてやるだけでいい。
声高に『報復戦』と言えない様にな___」
◇◇
騎士団の半数は引き上げ、作戦に必要な物資の調達に行った。
《物資》、つまり、《用紙》と《ペン》と《インク》だ。
ゾスター部族からも用紙を貰い、オディロン王の罪を書く。
それを、まずは戦線の護りに就いている、サンセット王国の兵士たちに撒く。
そして、密偵がサンセット王国に入り、民の目に留まる様に撒く___
これが、ランベールの取った作戦で、戦場は一気に、作業場に早変わりした。
文字を書くのが得意な者たちが文を書き、それを集める者、指示する者、
実際に撒きに行く者…
僕も勿論、手伝っている。
僕は修道院で写本をしていた事もあり、文字を書く事は得意で、
疲れを知らず、そして、速筆だった。
【オディロン王の罪は暴かれた!】
【オディロン王の操り人形になるな!】
【国民よ!前王の無念を晴らせ!】
【オディロン王に報復を!】
目を引く様な見出しを、筆を使い大きな文字で斜めに入れる。
そして、空いている箇所に、ペンで事の顛末を簡潔に綴る。
そして、分かり易く絵を入れる。
文字が読めない人にも興味を持って貰える様にだ。
「クリスは上手だね!驚いたよ…
分かり易いし、目を引く、それに絵もいいね!」
ランベールが僕の書いた物を手に取り、感心し、褒めてくれた。
気恥ずかしいが、うれしかった。
誰かに褒められる事など、ほとんど無い事だったから…
「こういう事は得意ですから、役に立ててうれしいです」
「私は愚か者だね、こんな所まで来てくれたおまえに素っ気無くし、
帰そうとするなんて…」
ランベールが僕の側にあった椅子に座り、僕をじっと見つめてきた。
視線を感じた処が、熱くなる…手も震えてしまう。
「僕を心配してくれたって、分かっていますから…」
「ゾスター部族の事を調べようと、声を上げてくれたのも、クリスだよね。
情報と一緒に入っていた、ステファニーからの手紙に書いてあったよ。
クリスが力になろうとしてくれていると分かって、うれしかったよ。
本当は、一番にお礼を言わなければいけなかったのにね…ごめんね、クリス」
僕は頭を振った。
「ありがとう、クリス」
ランベールが僕に口付ける。
僕は目を閉じ、それを受けた。
甘い口づけ…
唇が離れ、閉じていた目をそっと開くと、
甘い笑みを浮かべ、僕を見つめているランベールが居て、僕は赤くなった。
「み、見ないで下さい!」
「うっとりしてたね、ふふ」
!!!!
「い、言わないで下さい!意地悪する人は、出て行って貰いますよ!」
「ごめんね、もう言わないから、私もここで書かせてくれる?」
「いいですけど…少し離れて下さい」
「どうして?」
どうしてって…集中出来ないんだよ!
それに、手も震えてしまう…
「やっぱり、出て行って下さい、邪魔なので」
「ええー、お願い!絶対に邪魔はしないからぁ」
「兄さんの存在が邪魔です」
だが、どれ程素っ気なくしても、ランベールは居座り続けたのだった。
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