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しおりを挟む陣営での食事は質素で味気ない___
周囲の者たちの不平不満の声が耳に届く。
トレイに並ぶのは、固いパンが二つ、具の少ないスープ、焼いた肉、チーズ、ワイン。
孤児院育ち、修道院務めの僕の目から見ると、十分過ぎる食事だ。
尤も、毎食事、靴底の様に大きな肉が出されるのには、辟易している。
「ああ、またお肉だ…」
騎士団員は体力勝負なので、肉が必要だという事は分かる。
だが、事務方の僕にとっては、それを平らげる事は、とてつもない苦行だった。
「マックス、僕の分も食べてくれる?」
僕は直ぐ後ろに並んでいたマックスに声を掛け、そのトレイに肉の皿を乗せた。
マックスはかなりの巨体なので、同じ食事では足りないだろう。
僕は良い相手を見つけたとばかりに、それを上げていた。
だが、ランベールは気に入らなかった様だ。
食事を持ってテントに戻り、小さな椅子に腰かけたかと思うと、
「クリス、少しは肉も食べるんだよ」
ランベールが自分の肉を少し切って、僕の皿に乗せてきた。
「でも、兄さんの分を取ったら、悪いから…」
ランベールは軍を率いる指揮官なのだ。
その食事を奪うのには、かなりの抵抗があった。
「いいから、食べなさい、それが嫌なら、マックスには上げない事だよ、クリス」
「だったら、マックスと分けます」
「それは、絶対に駄目!」
ランベールは笑みを浮かべているが、何処か圧を感じた。
キョトンとし、伺っていると、ランベールは「コホン」と咳払いした。
それから、甘い瞳で見つめてきて…
「恋人以外とは、分け合ったりしたら駄目だよ、クリス」
甘く囁いた。
ランベールは意外と独占欲が強い。
自分は遊び回っていた癖に…
僕は呆れつつも、「分かりました」と頷いておいた。
隊長以下の騎士団員たちは、外で固まって食事を摂る事が多い。
ランベールは食事を自分のテントで摂っていて、僕もそれに習っていた。
後方支援に来た筈の僕だが、成り行き上、そのままランベールの側に居座っている。
ランベールがそれを望み、強引に決めてしまったからだ。
僕は寝起きするのも、ランベールのテントを一緒に使わせて貰っている。
勿論、これも、ランベールが強引に決めた事だ。
ザカリーとマックスは護衛なので、普通であれば、一緒のテントを使う所だが、
ランベールが「クリスと二人が良い」と言った為、隣のテントを使っている。
ランベールは普段何事においても、文句を付けたりはしないのだが…
変な所で我儘だ。
「クリス、早く食べ終わった方が、食べさせる事にしよう!」
そんな事を勝手に決める。
この場合、僕は食べさせる方を選ぶべきか、それとも、食べさせられる方を選ぶべきか…
あああ!!
頭がぐるぐるとし、僕は正常な判断が出来なかった。
急いで食べた僕は、ランベールに食べさせる事になった。
「クリス、パンを頂戴♪」
ランベールは雛の様に嬉々として食べ物を求め、口を開ける。
「はい、どうぞ、兄さん」
僕は言われるがままに、パンを千切り、口の中に入れてあげた。
だが、気を付けないと、指まで食べられてしまう。
「はむっ♪」
「もう!指まで食べないで下さい!」
「クリスの指が美味しそうだったから♪」
ランベールは悪びれずに、満足そうな笑みを見せる。
僕は赤くなる頬を隠すのに苦労した。
いや、全く隠せていないのだけど…
「早く食べないと、食事の時間が終わりますよ?」
「明日から、食事の時間をもっと延ばそうか?」
「駄目ですよ!」
こうして、苦労して、ランベールに食べさせたのだが…
僕は後々になり、『同時に食べ終われば良いだけの事』と、気付いたのだった。
食事を終え、食器を戻しに行き、再びテントに戻る。
夜は団長、副団長、隊長等がテントを訪ねて来て、ランベールに一日の報告をする。
その間、僕はテントの端で本を読んでいる事が多かったが、一応、耳を欹てて聞いている。
ランベールは僕には必要な事だけを話す。
それでも良いといえば良いのだが、僕は全体の状況を知っておきたかった。
知っていれば、何か役立てられる事もある気がする。
「本日書けた物は、昼前と陽が沈む前に、撒きました」
「サンセット王国の兵士たちも手に取り読んでいました」
「今は動揺が大きく、半信半疑の様ですが…」
「目に留まっているなら十分だ」
オディロン王の暴露は、着々と広まっている様だ。
「文字が下手な者は外しても良いでしょうか、あまり汚いと読めませんので…」
「ああ、構わない、他の作業に回してくれ」
「絵が描ける者には絵を中心に描かせてくれ」
「民に向けてのものにする、文字が読めない者も多いだろう」
「これはクリストフが描いたものだ、こういう分かり易いものがいい、見本にしろ」
思わぬ所で自分の名が出て、僕は読んでいた本を顔まで上げた。
最後の者の報告が終わり、僕は本を置いた。
「兄さん、もっと、大きな用紙に描くのはどうでしょうか。
立札か、壁か何かに貼れば、目に留まりやすいのではないかと思うのですが」
「ああ、そうだね、紙を撒くにしても、国内となると広いから、
そういうものがあればいいね、クリス、描いて貰えるかい?」
「はい、僕で良ければ」
「色もあった方がいいね、用意させよう。クリス、ありがとう」
お礼を言われ、気恥ずかしくなった。
少しでも役に立てていたら、うれしい…
「それじゃ、身支度をして寝よう」
顔を洗い、濡らした布で体を拭き、夜着に着替えるのだが…
体を拭く時も、着替える時も、暗黙の了解で、僕たちはお互い背を向けている。
寝床も、二人分、それぞれ、離れて置かれている。
正直、最初は、あの夜の様な事になるのでは…と、緊張したのだが、
こんな状況だからか、それとも、周囲のテントには他の者たちも居るからか…
あの時みたいに、ランベールが僕に触れて来る事は無かった。
それ処か、距離を取っている。
「お休み、クリス」
「お休みなさい、兄さん」
僕たちはそれぞれの寝床に入る。
ランベールは直ぐに僕に背を向けた。
少しだけ、それが悲しく思える…
昼間は何かと引っ付いて来るランベールが、寝る時だけは別人の様に素っ気ない。
もしかすると、あの夜、良く無かったのかも…
それとも、僕が拒否したから?
だが、ランベールがしたくないのであれば、安心だ…
僕は別に、したい訳じゃない…
正直、ああいう事は困る。
だから、これでいいんだ…
◇◇
「おい!」
作業場で、用紙にペンを走らせていた時、声を掛けて来た者がいた。
尤も、名を呼ばれなかったので、最初、自分だとは思わなかった。
「無視すんじゃねーぞ!クリストフ!」
ギョッとして顔を上げると、
いつの間にか、周囲には誰も居なくなっていて、その人だけが立っていた。
第二王子、アンドレ。
赤毛で、くすんだ緑色の目は釣り目で、太い眉も吊り上がっている。
三人の王子の中で一番血の気が多い王子という認識があり、
僕は息を詰めて手を置いた。
アンドレは僕の側まで来ると、腰に手をやり、不機嫌そうな顔で見下してきた。
「おまえ、何でこんな所に来てんだよ!騎士団員でもねーくせに、邪魔なんだよ!」
「すみません…」
「フン!おまえ、何が目的だ?」
「目的?ゾスター部族とサンセット王国の争いの終息ですけど?」
それ以外、何かあるのだろうか?
キョトンとすると、アンドレはあからさまに顔を顰めた。
「嘘臭ぇんだよ!おまえ、マジで気持ち悪いから止めろ!」
えええ…??
「それに、おまえ、いつから、あいつとつるんでんだよ」
「あいつ?」
「王太子に決まってんだろ!おまえ、あいつの事嫌ってたじゃねーか!」
それは…
二人が関係を持つ前…だろうか?
僕はカッと赤くなり、身を縮めた。
「そ、そんな事、無いです、
前からその…好きだったから、素直になれなかったというか…」
恐らく、クリストフの性格的に、そういう事なのだろうと、推測して話したのだが、
アンドレには全く理解出来ない様だった。
「はああ!?」
恐らく、アンドレは、ランベールとクリストフが恋人同士である事を知らないのだろう。
それならば、そういう風に話を合わせなければ…
今更ながらに、僕は気付いた。
「兄弟で親しくしていると、何か不都合ですか?」
「気色悪いだろ!」
はっきりと言われ、僕は自分でも驚く程、傷ついてしまった。
「兎に角、どんな魂胆があるか知らねーけど、下手な芝居は止めろ!
苛々すんだよ!おまえは、出来損ないの王子らしく、城で遊んでればいいだろ!
こんな所まで来て、俺を苛立たせるんじゃねーよ!分かったら、とっとと消えろ!」
アンドレが吠えていたが、僕の耳には届いていなかった。
茫然としていると、更に怒りに触れてしまったのか、アンドレが僕の胸倉を掴み上げた。
「やめ…!!」
殴られると察した僕は、目を固く閉じ、身を竦めてその時を待った。
だが、それは中々訪れず、代わりに声が聞こえてきた。
「アンドレ、どういうつもりだい?
理由無き暴力行為には、罰則、減俸、降格、何れかが科せられる。
その覚悟があってしているのかな?尤も、覚悟があったとしても、許さないけどね?」
ランベールがアンドレの振り上げた手を掴んで止めていた。
その声は冷たく、そして、その薄い青色の目も氷の様だった。
「離せよ!この変態野郎!」
「クリスに謝ったら離してあげるよ、アンドレ。
それ共、このままで居たいのかい?」
アンドレは顔を歪め、渋々「悪かった」と言葉を絞り出した。
「もう、二度としません、は?」
「もう、しない、これでいいだろ!さっさと離せ!気色悪いんだよ!」
ランベールが手を離すと、アンドレは肩を怒らせ、足早に去って行った。
「クリス、大丈夫だった?アンドレには近付かない方がいい…」
ランベールが困った様な顔で、優しく僕の頭を撫でた。
僕は体の強張りを解こうと、呼吸をした。
「怖い思いをさせてごめんね、クリス」
「何故、兄さんが謝るんですか?」
ランベールの所為ではない。
尤も、何故、アンドレが兄弟であるランベールやクリストフを嫌うのかは分からないけど…
「あいつはね、昔、私が男とキスをしている所を見て以来、反発しているんだよ」
え…
その情景が頭に浮かんだ瞬間、胸に重い物が落ちた。
「アンドレは私を毛嫌いしていてね、生理的に受付無いんだろうけど…
それにしても、クリスにまで突っかかるとは思わなかったな…
巻き込んでしまって、ごめんね?」
僕は頭を振った。
気持ち悪いと言われた時、ショックだった。
だけど、ランベールが罵られた時には、怒りを覚えた。
そして、男とキスをするランベールの姿を想像すると…
「ああ、クリス、泣かないで…!怖かったよね?ごめんね」
僕は悔しいやら、怒りやら、何だか分からない感情の渦に巻き込まれ、
酷く泣きたい気分になった。
いや、実際に泣いてしまっていたんだけど…
勘違いしたランベールは、僕を優しく抱きしめて、
その大きな手で頭や背中を擦って慰めてくれたが、僕はランベールに縋り、泣き続けた。
他の人と、他の男と、キスなんかしないで!
強い感情に、僕は自分が怖くなった。
これまで、いつも平常心で生きてきた。
修道院では、感情は要らなかった。
だから、知らなかったんだ。
本当の僕は、酷く暗い、醜い感情を秘めている事を___
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