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しおりを挟む姉はレオナールの婚約者候補として、わたしはその姉の侍女として、
再びヴェルレーヌ伯爵の館を訪れた。
明るい陽の元で見た館は、白く輝き、わたしが夢に見た通りのお城だったが、華やぐ気持ちよりも、寧ろ、切なく胸が疼いた。
レオナールは、わたしではなく、姉を選んだのだ___
わたしには過ぎた場所であり、歓迎される事はない。
それは、まるで、わたしの家族がわたしに対するのと同じだろう…
きっと、わたしは疎外感を感じる事になる。
いや、それ以上に、家族でありながら《侍女》として連れて来られるなど、家族から大事に思われていないと言っている様なものだ。
それは、酷く恥ずかしく、わたしを惨めな気持ちにさせる。
伯爵家の人たちも、取るに足らない者と思うだろう。
想像は出来たのに、どうして、わたしはここに来てしまったのだろうか?
両親や姉の言い付けに背けなかった。
これまでも反抗した事は無い。
そもそも、反抗したとして、それを受け入れてくれる家族ではない。
でも、それは言い訳だろうか?
わたしの本心は、ここに来たかったのではないか?
レオナール様に、もう一度会いたい___
それを願わなかったと言えば嘘だ。
「いけないことよ…」
わたしは先に馬車を降り、姉が降りるのに手を貸した。
姉はたっぷりと生地を使った豪華なドレスに、高価で派手な宝飾品と、豪華に着飾っているので、馬車から降りるのも一苦労だ。
わたしはメイド服ではないものの、飾り気のない質素なワンピースなので、
姉に無遠慮にぶつかられ、馬車で肩を打った処で、汚れを気にする必要は無かった。
馬車を降りた姉は、得意満面の笑みを浮かべ、女王の如く恭しく玄関への石段を上がった。
「どうぞ、こちらです___」
初老の執事に案内され、玄関ホールからパーラーに向かう。
わたしも当然、中に入るものと思っていたが、姉に睨まれた。
「侍女は外で待つものよ」
冷たく言われ、わたしの足は止まった。
大きな扉の向こうに姉の姿が消え、わたしはそろそろと壁際に下がった。
「マイヤー男爵家の侍女の方ですか?」
執事に声を掛けられ、わたしは「はい」と答えた。
「私はこの館の執事、ピエールです。
慣れない内は大変でしょう、何かあれば遠慮なく、私やメイドに聞いて下さい」
マイヤー男爵家の執事とは違い、穏やかな口調で、表情にも冷たさは無かった。
家族からも他人からも、好意的に接して貰った事の無いわたしは、オドオドとしてしまった。
「クラリスです、どうぞよろしくお願い致します」
執事はメイドに何か申し付けた後は、ディオールが出て来るまでの間、わたしと一緒に居てくれた。
ディオールが出て来ると、執事はメイド長を紹介し、彼女がわたしたちを部屋に案内してくれた。
二階の客室で、陽当たりも良く、明るい部屋だった。
「こちらが、ディオール様のお部屋です、お隣は侍女の方のお部屋です、内扉で繋がっています。
今日はお疲れでしょうから、お部屋でゆっくりお休み下さいとの事です。
晩食はお部屋にお届け致します、何か御用があればお申しつけ下さいませ」
ディオールは頷いただけだった。
メイド長が出て行くと、ディオールは早速不満を漏らした。
「ヴェルレーヌ伯爵家は裕福だと聞いてたから期待していたけど、大した事無いわね。
伯爵も伯爵夫人もレオナールも、皆、古臭くて地味な恰好だし、
宝飾品も目を凝らして見なきゃ見えない位、小さいのよ?
それに、出されたのは紅茶と珍しくもないクッキーですって!
次期伯爵夫人を迎えるっていうのに、馬鹿にしてるわよ!
こっちは、気合を入れて準備してきたっていうのに、ガッカリだわ!」
わたしは実際に目にした訳ではないし、姉がわたしの意見を求めているとは思えなかったので、黙って視線を落としていた。
すると、姉の批判はこの部屋にまで及んだ。
「外から見れば立派だけど、この部屋は何なの?
狭いし、家具も古臭い、これなら自分の部屋の方が立派だわ!」
姉が言う程、部屋は狭くない。
わたしから見れば、寧ろ、広い位だ。
天蓋付きのベッドは大きいし、床には大きな伝統的な絨毯が敷かれている。
必要な家具は揃っていて、古臭いと言うが、重厚で趣があり、細工も見事で、どれも高価に違いない。
マイヤー男爵家では、姉に一番広い部屋が与えられているし、姉の望むまま、豪華な物で埋め尽くされている。
尤も、流行りや人気のある物を取り寄せるだけで、統一感はまるで考えていなかった。
ここは、お姉様の部屋よりも、ずっと素敵で、落ち着く場所だけど…
そう思っても、当然、わたしは口にしなかった。
姉は一通り文句を付けると、宝飾品を外させ、もう少し大人しいドレスに着替えさせた。
そして、長ソファに足を伸ばし、横になった。
「長旅で疲れたわ、晩食まで休むから、荷物を片付けておいて」
姉はこちらを見る事なく、瞼を伏せた。
わたしは届けられていた荷物を解き、ドレスや靴をクローゼットに仕舞い、
下着はチェストに、化粧品は鏡台に並べた。
他にも細々とした物を片付け、それから自分用の荷物であるトランク一つと鞄を持ち、内扉を開けた。
広さは、姉に用意された部屋の半分程もある。
窓の近くに木枠のベッドが置かれ、そのカバーにはフリルやリボンがたっぷりと使われていて、可愛らしく、わたしの心を浮き立たせた。
「まぁ!お姫様のベッドみたい!」
小さな木の机にはランプと鍵が置かれていて、同じ木の椅子もある。
小さな鏡台、木造りのチェスト、小さなクローゼット…
どれも温もりがあり、素朴な優しさを感じた。
「心が落ち着くわ!」
小さな丸テーブルの上には花瓶が置かれ、淡いピンク色の小さな花が、溢れんばかりに生けられている。
「わたしを歓迎してくれてるみたい!」
自意識過剰に違いないが、構わなかった。
「思うだけは自由だもの!」
二人座れる程度の長ソファには、暖色のキルトのカバーが掛けられ、
可愛らしいフリル付きのクッションが並んでいる。
とても侍女の部屋とは思えない程に、可愛らしい部屋で、
一つある窓から入る陽射しが、それらを明るく見せていた。
「ああ、なんて素敵なの!夢のお部屋ね!」
ここが、今日からわたしの部屋___!
惨めな気持ちは吹き飛び、清々しい程で、
わたしは両腕を広げ、深く空気を吸い込んだ。
「今日からよろしくね!」
わたしの荷物は然程ない。
質素なワンピース、三着をクローゼットに仕舞い、他の衣類はチェストに仕舞った。
それから、持って来ていた本を机に置き、手帳やインク、ペンは引き出しに。
そして、レオナールから貰ったハンカチ…
お守りだもの…
手にそっと包んでから、同じ引き出しに仕舞った。
うさぎの人形メロディも、勿論持って来ている。
わたしはメロディにキスをして、ベッドに寝かせた。
「素敵ね、メロディ!今日からここが、わたしたちのお部屋よ!」
意識はしていなかったものの、わたしも長旅で疲れていた様で、
気付くとメロディと一緒にベッドで寝ていた。
陽が落ちる頃で、部屋は随分薄暗くなっており、わたしは慌てて起き上がると、姉の部屋への扉を開けた。
姉はまだ起きておらず、起きる様子も無いのを確認したわたしは、「ふぅ…」と息を吐き、胸を撫で下ろした。
「良かった…」
姉を待たせると半日は機嫌が直らないのだ。
わたしは置かれていたマッチで、ランプに火を点け、部屋のカーテンを閉めた。
そうしていると、扉が叩かれ、声を掛けられた。
「ディオール様、晩食をお持ち致しました」
わたしが扉を開けると、メイドが二人、ワゴンを押して入って来た。
流石は伯爵家で、ワゴンも立派だし、クローシュの数も多い。
物音で気付いたのか、いつの間にか姉は体を起こし、長ソファに座っていた。
「こちらのテーブルをお使いですか?」
「他にはないでしょう、分かり切った事は聞かないで」
姉は何が気に入らないのか、不機嫌で、言葉にも棘があった。
だが、メイドたちは「失礼致しました」と言っただけで、慣れた様子で料理をテーブルに並べていった。
「侍女の方の食事はどちらにお持ちしましょうか?」
メイドはわたしに聞いたが、答えたのは姉だった。
「侍女は主人の食事が終わってから、調理場で取るのが決まりよ」
メイドに伺う様に見られ、わたしは慌てて、「後で、調理場で頂きます」と答えた。
「食事が終わりましたら、食器をお下げしますのでお呼び下さい」
メイドがワゴンを押して出て行き、姉は大きく嘆息した。
「全く、鈍臭いメイドね!それに、この食事…
どれも平凡でつまらないわ!伯爵家の晩食だから期待してたのに…」
わたしは聞こえない振りをし、紅茶を淹れた。
姉は料理にケチを付け、一口ずつ食べた後は「下げなさい!」と言い、再びソファに横になった。
メイドを呼ぼうと部屋を出ると、空のワゴンが置いてあったので、
部屋に入れ、食器をワゴンに乗せた。
「食事をして来ます」
姉に声を掛けたが、返事は無かった。
いつもの事なので、わたしはワゴンを押して部屋を出た。
勿論、調理場の場所など知らないので、出会ったメイドに声を掛けた。
「すみません、調理場はどちらですか?」
「片付けなら、あたしたちでしますよ」
「調理場に行くついでですから…」
「それなら、一緒に行きますね」
メイドは気さくで感じが良く、一緒にワゴンを押してくれ、調理場まで付き合ってくれた。
「あんたが、ディオール様の侍女かい?
ディオール様はあまり食べていないね、口に合わなかったのかね?」
わたしは返事に困り、「疲れていたのかもしれません」と濁しておいた。
「ああ、あんたの分はそこに置いてるよ」
料理人が教えてくれ、わたしは調理場の隅にある、小さな机に向かった。
侍女ならば普通の事かもしれないが、妹だと分かったら、さぞ憐れまれるだろう。
ここにいる間、誰にも知られないといいけど…
驚く事に、姉に出された食事と同じ物が用意されていた。
温かいスープに、肉を焼いたもの、マッシュポテト、果実、良い香りのバケット、ワインとチーズ。
それから、紅茶、デザートに小さなケーキまである。
「凄い…ここでは、皆、同じ物を食べるのかしら?」
マイヤー男爵家では、はっきりと区別されていて、
使用人の内でも下層のメイドや下男の食事は酷いものだった。
どれも美味しく、わたしは自分でも驚く程に沢山食べていた。
「料理はどうだったかい?」
「どれも、とっても、美味しかったです!」
「そりゃ、良かった!」
料理人が大きな声で笑うので、わたしまでうれしくなった。
楽しい気分で姉の部屋に戻ったのだが、
早速、「遅いじゃないの!愚図なんだから!」と怒鳴られ、一気に身が引き締まった。
文句を言われながら、姉の寝支度を手伝い、姉がベッドに入ると、漸く解放された。
わたしは自分の部屋に入り、「ふぅ…」と息を吐き出した。
だが、その途端に、楽しい気持ちが戻ってきた。
引き出しからハンカチを取り出し、キスをして戻す。
それから簡単に寝支度を済ませ、ベッドに入り、メロディを抱き締めた。
「伯爵家の使用人たちは、皆優しい人ばかりよ!」
わたしが声を掛けると返事をしてくれるし、親切にしてくれる。
わたしを見ても、嫌な顔をしない所か、とても感じが良かった。
「こんなに人と話した事は初めてかも!」
家族は一方的に捲し立てるだけで、わたしの言う事など求めていない。
あれは会話とは言えない。
「それに、食事も凄く美味しいの!」
お肉は柔らかく、肉汁もたっぷりで、
バケットは小麦の良い匂いがし、ケーキはふわふわで甘く…夢の様だ。
「やっぱり、ここは、素敵なお城だった___」
尤も、わたしはお姫様ではなく、侍女だけど…
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