10 / 32
10
しおりを挟む金曜日になり、ランメルトから手紙が届いた。
明日、土曜日の昼前に来るので、一緒に町へ行こうと誘ってくれた。
ボヌールには危ないので留守番をさせ、昼食は断る様にと書かれていた。
わたしはボヌールを抱き上げ、言い聞かせた。
「ごめんなさいね、ボヌール。
町はあなたには危ないのですって、お留守番していてね」
「キューン…」
ボヌールが分かっているのか、分かっていないのか、悲しい声を出すので、
わたしは明日の分まで、思い切り構ってあげる事にした。
翌日、わたしは着替えをし、ランメルトを待っていた。
コンコン。
扉がノックされ、わたしは「はい、どうぞ」と答え、扉の前に立った。
鍵が開けられ、扉が開く。
ランメルトの姿を見て、胸は高鳴った。
「迎えに上がりました、お義母さん」
ランメルトが笑顔で、軽い抱擁をする。
この挨拶にも、すっかり慣れ、わたしはその大きな体を抱擁し返した。
「ボヌールを置いて行っても大丈夫でしょうか?」
「少し可哀想ではありますが、町は危険ですからね…ボヌール」
ランメルトはボヌールに声を掛けると、その体を抱き上げた。
「僕が寝かしつけましょう、二階の部屋がいい、ここは危険な物がありますから…」
わたしは階段を上がり、部屋の扉を開け、ランメルトを通した。
その頃には、ボヌールはすっかり眠っていた。
ランメルトはボヌールを籠のベッドに入れてやり、「いい子で寝ているんだよ」と声を掛けた。
ボヌールは不思議な程、良く眠っている。
いつもは気配に敏感なのに…
「良く眠っていますわ…」
「魔法を使いました」
ランメルトが、サラリと種明かしをした。
「ランメルトは魔法が使えるのですか!?」
思わず声を上げたわたしに、彼は指を立て、「しっ」と合図をした。
「眠らせてはいますが、大きな音や声で目を覚ましますので…」
わたしは手で口を塞ぐ。
ランメルトは悪戯っ子の様な顔を見せ、わたしの背をそっと押し、部屋から出る様促した。
わたしたちは足音を忍ばせ、部屋を出て、階段を下りた。
魔力は多かれ少なかれ、皆が持っているものだが、
半数以上の者は、魔力が小さく、使う事が出来無い。
魔力を何かしら役立てられる者は、千人に一人位だ。
そして、大きな魔力を持ち、それを使いこなせる者は、それこそ、一万人に一人位と聞く。
そういう者たちは、魔法学園に通い、魔力の使い方を学び、
王宮勤めの魔術師になる者がほとんどだという…
わたしはランメルトに連れられ、裏口から外へ出て、
待っていた馬車に乗り込んだ後、漸くそれを聞く事が出来た。
「ランメルトは魔術師なのですか!?」
ランメルトが王都に勤めているというのを思い出した。
だが、ランメルトは笑った。
「いえ、僕は事務官をしています。
魔法学園を出ているので、要請が掛かれば、魔術師として出動しなければ
いけませんが、今の所は、争いもありませんからね」
だが、それは、魔術師として戦力を持っているという事だ。
それに、魔法学園を出ているなら、エリートである事は間違いない。
「凄い方だったのですね…」
わたしの周囲で、魔法が使える者はいなかった。
いや…昔来た、旅の一座に魔法を使う者がいた気がする。
わたしはそれを思い出した。
母が何度か、旅芸人の舞台を観に連れて行ってくれたのだ。
魔法か、それとも、何か仕掛けがあったのかもしれないが、派手な演出に心惹かれた。
元踊り子だった母も、目をキラキラさせステージを観ていた。
その帰りは、いつも興奮し、館に着くと踊り出していた。
母はまたステージに立ちたいのかもしれない、わたしはそれを観たいと思った。
だが、突然、母がいなくなり、一座と町を出て行ったと聞かされた時は、
そんな考えは愚かだったと悟った。
それに、父はわたしを激しく罵った。
母の不貞を何故知らせなかったのかと…
わたしは母の不貞の隠れ蓑に使われていたのだろうか…
嫌な事まで思い出し、わたしの気持ちは沈んでしまった。
「魔術師は嫌いですか?」
ランメルトに聞かれ、彼がわたしを見ていた事に気付いた。
「いえ、大変ご立派だと思います。
ただ、昔、旅の一座で見た事があり、それを思い出したのです…
わたしは魔法だと思っていましたが、今思うと、仕掛けがあったのかなと…」
「きっと、魔法ですよ、子供に夢を与える魔法です」
ランメルトが笑みを見せる。
その優しさに、わたしは何故か泣きたくなった。
彼に、聞いて欲しいと思ってしまったのだ。
母の事を、自分のこれまでの事を___
だが、話す事は出来無い、わたしは、【コレット】ではなく、
【クリスティナ】でいなくてはならないのだから…
「あなたは、きっと、素晴らしい魔法使いですわ…」
「そう、あれたらいいのですが…」
ランメルトは呟き、視線を窓の外へ向けた。
「お義母さん、見て下さい、花畑ですよ___」
ランメルトが話を逸らす。
わたしはそれに気付かない振りをし、窓の外、花畑に視線を向けた。
きっと、わたしたちは互いに、触れられたくないものを持っている…
決して触れてはいけない、それは相手を傷付ける事だから___
だけど、それを、少しだけ、寂しいと感じた。
◇
馬車は町へ向かい、大きな通りで停まった。
通りは人も多く、賑やかだった。
「まずは、この店がいいでしょう」
そういってランメルトが入って行ったのは、仕立て屋だった。
店内には沢山の華やかなドレスが飾ってあり、
数人の綺麗な貴夫人たちが話しながら、ドレスを見ていた。
「ランメルト、わたし、ドレスは…」
買うつもりは無いし、わたしには少しの所持金も無かった。
不安になるわたしを余所に、ランメルトは楽しそうに、ドレスを見ていた。
「僕がお義母さんに買ってあげたいんです、僕に選ばせて下さい」
「でも、もう、沢山頂いてますわ!」
これ以上、買って貰う事には気が引けた。
だが、ランメルトは何でも無い様に言う。
「お話しした通り、僕は働いていて、十分に稼いでいます。
僕にはこれといった趣味も無いですし、大金を使う機会もありません。
こうして、町の人たちに還元するのも良いと思いませんか?
お義母さんが喜び、それで僕も喜び、そして町も潤うなら、
これ程有意義な金の使い道はありませんね___」
悪戯っ子の様な表情に、わたしは釣られて笑みを零していた。
ランメルトは満足そうに頷く。
「そうです、お義母さんは息子のする事を、笑って見ていて下さい」
だが、ランメルトは店長を呼び、最近の流行を聞き…デザイナーと本格的に
ドレスを選び始めたので、わたしは笑う処か、大いに恐縮したのだった。
「奥様はお若く細身ですので、フリルの多いものか…逆に、大人なものも
お似合いでしょう…こちらの型はいかがですか?」
ランメルトはデザイン画を眺め、その内から一つを取った。
「これがいいでしょう」
ドレスは出来上がり次第、塔に届けてくれ、直しがあれば直してくれる。
ランメルトが全て対応し、わたしは採寸をしただけに止まった。
どの様なドレスが出来るのかは、わたしには全く想像も付かなかった。
「次はこちらです」
次にランメルトが入って行ったのは、帽子屋だった。
わたしは幾つか帽子を試着し、ランメルトが選んでくれ、今日はそれを被るように言われた。
白色で、花飾りが付いている。
あまり鍔の大きくない、邪魔にならないスタイリッシュな帽子だ。
貴夫人は帽子や傘で陽を避けるのだが、わたしはどちらも持っていなかった。
いや、家から被って来た物があったが、鞄に詰め、ベッドの下に押しやってしまっていた。
この結婚が嘘で、父に利用されただけ、と知ってから、家から持たされた物は見るのも嫌だったのだ。
「良く似合っていますよ、お義母さん」
自分に向けられる、ランメルトの笑み。
そこには、優しさと愛情が見えた。
こんな風に、父が自分に愛を向けてくれた時があっただろうか?
それを考えると辛くなり、そして、ランメルトの存在に縋りたくなる。
この義理の息子を、ランメルトを失いたくない。
ああ、どうか、いつまでもこのままで居て…
「この店にしましょう」と、ランメルトが店に入って行く。
テーブルが幾つか置かれ、皆、食事をしていた。
ランメルトが慣れた所作で椅子を引いてくれ、わたしは緊張しつつ座った。
ランメルトは特に趣味は無いと言っていたが、パーティや社交の場には慣れていそうだ。
堂々とし、落ち着き、余裕がある。
「お義母さんは何がお好きですか?」
ランメルトがメニュー表を開く。
料理名がズラリと並んでいる。
わたしが困っていると、店のお勧めを教えてくれ、適当な物を頼んでくれた。
コーンスープ、トマトのパスタ、デザートの小さなケーキと紅茶。
どれも驚く程美味しかった。
だが、それは、目の前で一緒に食事をしてくれる人が居るからかもしれない。
わたしは自分でも驚く程、食が進んでいた。
「とっても、美味しいです!ランメルトは良く来られるのですか?」
「時々ですが、町を散策するのは良いものですよ、
賑わいを見れば安心しますし、変化を感じられます」
店の中、楽しそうに食事をしている家族や恋人たちを見ると、確かに心は和んだ。
「お借りした犬の本ですが、分からない言葉が多くて、進んでいません。
お返しした方がよろしいでしょうか…」
「僕で良ければお教えしますよ、それと、辞書があると良いかもしれませんね。
本屋に寄りましょう」
「でも、わたしはお金を持っていないので…」
わたしは、それを気まずく打ち明けた。
流石に、ランメルトは驚いていた。その深い青色の目を丸くした。
「その…失礼ですが、全く手持ちが無いのですか?」
「はい…」
「ご実家から持たされては?」
「いえ…すみません…」
何も持たされずに嫁いで来るなど、常識では考えられないと、わたしでも分かる。
わたしは今更ながら、両親の仕打ちに傷付き、恥ずかしさもあり泣きたくなった。
それを察したのか、ランメルトがサラリと言った。
「それでは不便でしょう、僕が少しご用立てしましょう」
「いえ!そんなつもりでは…塔から出なければ、必要ありませんもの」
「いえ、いつ何があるか分かりませんので、御守り代わりと思って下さい」
ランメルトは店を出てから、小さなポシェットと財布を買ってくれ、それに紙幣を入れ渡してくれた。
勿論、こんな事までして貰うのには気が引けた。
「いけませんわ、こんな事をして頂くなんて…」
「お義母さんに何かあれば、その方が困りますから、持っていて下さい、
これは息子からのお願いです」
深い青色の目は真剣で、ランメルトが心配してくれているのが分かる。
わたしは有難く受け取った。
「ありがとうございます、お気持ちうれしいですわ、ランメルト」
だが、これは、余程の時でなければ、使えないだろう。
わたしの気持ちが伝わったのか、ランメルトは苦笑し、頷いた。
21
あなたにおすすめの小説
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~
夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。
ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。
嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。
早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。
結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。
他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。
赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。
そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。
でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる