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しおりを挟むその後は、ゆっくりと他の店を見て歩いた。
途中、ボヌールへのお土産を買う事にし、専門店に入った。
「首輪と、リードが要りますね、散歩がし易くなりますよ」
子犬用の首輪とリードを出して貰い、ランメルトと並んで話しながら、色を決めた。
「ボヌールは体が白、黒なので、それ以外なら合うと思いますよ」
「ボヌールは何色が好きかしら?」
「茶色でしょうか?餌と似ているでしょう?」
「それでは、餌と間違えてしまいますわ!」
「ははは、齧ってしまったら困りますね、それでは茶色以外にしましょう、赤」
わたしは顔を顰め、頭を振る。
「赤はお嫌いですか?」
「派手ですもの、ボヌールの可愛さが台無しです」
「意外と手厳しいですね、それでは、飼い主と同じ、深緑はいかがです?」
ランメルトがわたしの顔の隣に、深緑色の首輪を並べて眺めた。
「深緑では少し暗いですわ、ランメルトの色の方が良いです」
わたしは青色の首輪を取り、彼の顔に並べた。
ランメルトが「ふっ」と笑い、「それでは、青色にしましょう」と、わたしの手ごと、それを掴んだ。
思わぬ事態に硬直するわたしを余所に、彼はそれをわたしの手から取り、リードを選び始めた。
首輪は青色、リードは紺色にした。
それから、玩具にと、柔らかいボールと、縄の様な物で出来た人形を買ってくれた。
本屋で辞書を買ってくれた後、「お茶にしましょう」と、ランメルトは店に入った。
紅茶と菓子を置いている店で、客は若い女性が多く、
彼女たちは、ランメルトにチラチラと視線を送り、囁き合っていた。
「素敵ねあの方…」
「背も高いし、美形ね!」
「品も良いし、きっと貴族ね…」
「恋人かしら、羨ましいわ…」
聞こえて来る声に、わたしは恥ずかしくなり俯いた。
ランメルトは気付いていないのか、先程と同じ様に、わたしに椅子を引いてくれた。
それだけで周囲は色めき立っているというのに、ランメルトは変らず、
わたしに微笑み掛ける。
「お義母さん、どうぞ」
「ありがとうございます…」
わたしはぎこちなく笑みを返し、座った。
「紅茶にしますか?カフェオレや果実水もありますが…」
「紅茶でお願いします」
「ケーキは何が良いですか?」
わたしはメニューに目を通し、それを見付けた。
「…フレジェを」
「お好きなんですか?」
「はい、小さい頃は良く食べていました…」
お茶の時間には、フレジェ、苺のケーキが出される事が多かった気がする。
今にして思えば、母が好きだったのかもしれない。
「それでは、僕も同じ物を頂いてみます」
ランメルトは紅茶とコーヒー、フレジェを二つ注文した。
久しぶりに食べるそのケーキは、記憶の物とは違っていたが、美味しく感じた。
「美味しいですね」
ランメルトが微笑み、わたしは「はい」と微笑み返した。
「ほら!やっぱり、恋人同士よ」
聞こえて来た声に、わたしは顔が熱くなり、俯いた。
そんなわたしを、ランメルトは不思議そうに見た。
「どうかしましたか?お義母さん」
ランメルトは実にゆったりとコーヒーを飲んでいる。
わたしは顔を近付け、小声で言った。
「ランメルトはおモテになりますのね、皆さんが見ていますわ」
「実はそうなんです、モテる息子を持って、お義母さんは鼻が高いでしょう?」
ランメルトがニヤリと笑う。
どうやら、自覚はある様だが、あまり真剣には受け取っていない様だ。
わたしは眉を下げた。
「あなたは自慢の息子ですが、注目されると、邪魔をしている気になります」
「邪魔?」
「皆さん、あなたに声を掛けたがっていますわ」
「それなら、お義母さんが居て調度良かった、僕の防波堤になって下さい」
ランメルトが楽しそうに笑う。
声を掛けられたくないというなら、考えられるのは、決まった相手の存在だ。
「ランメルトは恋人がいらっしゃるのですか?ああ、もしかして、婚約者が?」
「婚約はしていませんが…そうですね、近しい人はいます」
ランメルトははっきりとは言わなかったが、相手がいるのは明らかだった。
その事に、わたしは内心、驚いていた。
今まで、その事を考えた事が無かったからだ。
だが、二十三歳であれば、相手がいて当然だろう。
「そうですか…あまり聞いてはいけませんね?」
「お話し出来る様になれば、紹介します」
「楽しみにしております…」
答えながらも、何処か上の空だった。
店を出ても、ぼんやりとしていた所為か、酒場から出て来た男たちと
ぶつかりそうになり、ランメルトに「危ない!」と肩を掴まれた。
「す、すみません!」
もう少しで、という処でぶつからずに済んだのだが、相手は酔っ払っていて、
バランスを崩し、一人で転んでいた。
「あいたたた!腕が折れちまったぜー!」
男が大声を上げ、大袈裟に腕を押さえると、仲間らしき男たちがそれを囲んだ。
「おい!大丈夫かー」
「ひでー事しやがるぜ!」
「おい!落とし前付けていけや!」
ランメルトはわたしの肩を掴み、「行きましょう」と足を速める。
だが、相手はしつこく追って来た。
「おい!無視してんじゃねーぞ!」
男たちの声が嫌悪さを増し、わたしは身を竦めた。
ランメルトは足を止めると、わたしをその背に回し、男たちと対峙した。
「これ以上、絡んで来ると、本当に医師を呼ぶ事になりますよ?」
ランメルトが冷たく言うと、相手は怯んだ様だった。
だが、ランメルトは一人で、男たちは四人だ。
大勢でいるからか、酒の所為か、相手は気が大きくなっていた。
「うるせー!薬代払っていけや!!」
「ついでに、酒代も払って貰おうぜ!」
「ああ、迷惑料だ!!」
男たちは大声で喚き散らす。
体裁を悪くし、ランメルトが金を払うのを待っている様だ。
だが、ランメルトは「断る」とキッパリと告げた。
通りを行く人たちは遠巻きにしているが、ランメルトを悪人と見ている者は少なかった。
背に女性を庇っているランメルトに対し、相手は柄の悪い酔っ払いだ。
「嫌ね、昼間から…」
「酔っ払いよ…」
「絡まれて気の毒に…」
耳に入って来る言葉に、男たちも分が悪いと悟ったのだろう、
先程、腕を痛めたと騒いでいた男を引っ張り出してきた。
「仲間が怪我させられたんだ!黙って引き下がれるか!」
「か弱い女性にぶつかった位で腕が折れるとは、随分ひ弱だな」
ランメルトの返しに、周囲から笑いが洩れる。
だが、わたしはランメルトの口調が変わった事に、不穏なものを感じた。
「尤も、ぶつかってもいないだろう?言い掛かりは止めろ」
「うるせー!やっちまえ!」
男たちが襲い掛かって来る。
わたしはランメルトの服の裾を掴み、悲鳴を上げた。
だが、彼らは、ランメルトに近寄る事も出来無かった。
「うわああ!」
男たちは足を取られたのか、声を上げ、バタバタとひっくり返った。
「魔法…?」
わたしが呟くと、ランメルトは顔だけで振り返り、「しっ」と指を立てた。
だが、ニヤリと笑っている。
「今の内です!」
ランメルトはわたしの手を取ると、駆け出した。
「おい!待ちやがれー!くそ!!」
石畳に倒れ込んだ酔っ払いに、俊敏さなど無く、
わたしたちは追い付かれる事も無く、馬車まで辿り着いていた。
急いで馬車に乗り、出発した時も、追手の姿は微塵も見えなかった。
わたしは安堵の息を吐いた。
「ああ、驚きました、わたしの所為で迷惑を掛けてしまい、すみませんでした」
元はというと、わたしが、ぼんやりしていた所為だ。
だが、ランメルトは紳士的だった。
「いえ、僕が同伴していたというのに、怖い思いをさせてしまって、
僕の方こそ謝らなければいけません」
「そんな!あなたが謝る必要はありませんわ!守って下さいましたもの」
「そう言って頂けると、僕も安心します」
「町では、気を付けなければいけませんね…」
「酔っ払いは厄介ですからね、まぁ、酔いが醒めれば覚えていないでしょう」
まだ、恐怖で体が強張っているわたしとは違い、
ランメルトは『やれやれ』という調子で肩を竦めていた。
「絡まれる事は多いのですか?」
「いえ、そこまでは…ですが、酔っ払いは見慣れています、父は酷い酒豪ですからね」
「アラード卿が!?」
愕然としたわたしに、ランメルトは訝しげな顔になった。
「ご存じありませんでしたか?父の酒豪は有名だと思っていたんですが…」
「はい、そういった事は…」
「それは余計な事を言いましたね、父はあなたに良い顔をしていたいのでしょう」
ランメルトはフォローのつもりかもしれないが、それは全くの見当違いで、
わたしには何の救いにもならなかった。
アラード卿が酒豪だなんて…どうしよう…
わたしは酒飲みの相手など、した事は無かった。
父は部屋に閉じこもり、一人で飲む人だし、
パーティに行っても、酷く酔って帰って来る事は無かった。
カサンドラも酔う程には飲まない。
唯一、母は酒が好きで良く飲んでいたが、そういう時は、わたしは近寄らなかった。
アラード卿が先程の男たちの様に暴れ、塔に押し掛けて来たらと思うと、怖くなった。
「暴力を振るわれたり、されるのでしょうか?」
「喧嘩を売られない限り、それは無いでしょう。
今まで女性に暴力を振るったという話は聞きません…
ただ、酷く酔った時には、やはり覚えていない様なので…
飲ませない様にした方がいいでしょう」
ランメルトはそう言葉を結んだ。
だが、ランメルトの助言は、わたしには少し滑稽だった。
わたし自身が、アラード卿に酒を飲ませる事は無いだろう。
今も、顔すら見る事は無いのだ。
塔に来ても、酒は置いていない。
後は、酔ったアラード卿が、塔を訪ねて来ない事を祈るばかりだ___
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